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フロイド視点

 

「疲れた……」



 ぽつりと漏らしたのは本日の立太子の儀の主役アデルハイト王太子殿下。朝から晩までみっちり詰め込まれていた全ての予定をどうにかこなし、今漸く殿下に与えられた自室で息をついたところだ。

 〝北の塔〟で過ごしてきた王太子殿下に王宮に住まいを移したのだ。王太子宮には未だ殿下にお仕えするに足る人材は揃っていないし、何なら警護も不十分。されど王太子となった殿下がいつまでも王族専用監禁塔である〝北の塔〟にいる訳にはいかないという事で今夜からこちらに生活を移したのだ。



「お疲れさまでした、王太子殿下」


『お疲れ様だ! アデル、よう頑張ったな』


「えへへ……はいっ」



 はにかみながらも嬉しそうに頬を染める王太子殿下。初めてお会いした時とはまるで違うその表情に感慨深いものを感じる。年齢に対して幼い言動をとる殿下に憐れみを感じても自分ではどうする気もなかったのだ。表情は死んで、ただ時間が過ぎるのを待つだけの人生。忘れられた第五王子。それがアデルハイト王太子殿下だった。


 それが変わったのが私と同じく護衛魔術師として任務に就いた最愛の妻、リズの功績であり彼女の献身あってこそだと胸を張って言える。むしろ声を大にして言いたい。『私の妻は世界一!!』と。



「ねぇ、フロイド。リズは?」



 心の中で世界に向かって我が妻、リズへの愛を叫んでいるとふいに殿下からリズがいない事を指摘された。私はリズへの思いをそのままに殿下へ応える。



「妻は今所用で出ています。日付が変わる前には戻ってくると言っていたのでもうじき戻ってくるでしょう」


「ホント? リズ、褒めてくれるかなぁ」



 そういう王太子殿下の頬は赤く染まり期待に胸膨らませている。そんな殿下の姿が微笑ましく思う……思えればよかったのだが。

 如何せん。私に流れるグリーンフィールド家の血の性なのか、彼女に恋慕の情を向けるこの小さな王太子が憎い。幼さを前面に出して素直に甘えるこの王太子を何度リズから引き離して懇々と彼女が自分の妻でどれだけ私がリズを愛しているのか説きたいくらいだ。すでに何度もリズが私の最愛の妻でどれだけ愛しているのか何度も伝えているというのに全く気にもしない王太子殿下は今もリズが戻ってくる事を待っている。


 王太子殿下からすればリズは初恋の相手。母代わりであり、姉であり、師であり、友であり、初めて愛した異性なのだ。


 それが自分の最愛の妻でなければこんなにも心がざわつく事はなかっただろう。むしろ、殿下はあの状況下で生きてきた事を考えれば誰かを好きになって愛する気持ちを持てた事は喜ばしい事だ。夫婦や恋人に成れずとも生涯傍に置く事も出来ただろう。だけど。



(リズは私の妻!! いくら王太子殿下であろうとそこばかりは譲れない!!)



 疲労し眠気もあるというのに殿下は起きたままリズが帰ってくるのを待つつもりのようだ。眠気でとろんとした大きな藍の目をこすりながら待つ王太子殿下。気持ちはわからなくもないがとても複雑な思いだ。


 それに……。



(ゴールドバーグ……! 何の目的でリズと会いたいというのだ!)



 殿下の後ろ盾となっていただくべく向かった神聖ザカライア法王国。そこで出会ったのが第一王女殿下の婚約者で公爵家の長男、ブレット・マーシャル・ゴールドバーグ。初対面の時から柔和な笑みを浮かべる彼だったが私がリズの夫であると話の中で知ると一転。ピリッとした殺気を放たれその後リオネル殿下を連想させる嫌な胡散臭い笑みを向けられ後ろ盾となる条件として我が妻リズと一対一で会いたいというのだ。


 私は勿論その場で断った。だが、すかさずオールバンス様から脇腹に肘鉄を喰らい悶絶している間に了承してしまったのだ! 何という事だ、夫の許可を得てもいないのに他の男と逢引きを許すなど! 痛みを堪えながら再度拒絶。リズと会わせないといけないのなら後ろ盾など不要! と息巻いたところで再度肘鉄を喰らってしまった。今度は先ほどよりも力が込められており、涙目になった。


 それからも認める認めないで大激論。寛大なことに法王猊下は楽し気にされておられたが私は必死だった。ただでさえ交渉の補佐として随行した事でリズともう何日も会っていないというのにっ! それに任務中だと真面目な彼女は無駄話なんかしない公私混同など一切行わないのだ。出発前に少しの会話をしただけ……とても寂しい。


 夫である私がこんな思いをしているというのに何故この男を引き合わせないといけないのかっ! 貴様には第一王女がいるだろうに!



「君、独占欲強すぎるね」



 そんなことをにこやかな笑顔で言いやがったこの男を私は許さん。絶対にな!!


 結局何故リズと会いたいのかは最後まではぐらかされたので目的が解らない。そんな怪しげな男にいくら条件としても一人で会わせる訳にはいかないので会うときは私も同席するという条件の元、何とか交渉は成功。今日も後ろ盾としてブラッドフォード公爵の断罪に一役買ってくれた。そのことに関してはまぁ……感謝しなくもない。


 だけどそれとこれは別!! 嫌なものは嫌だ!!


 結婚してからというもの、殿下の護衛に当日から就いた事もあり新婚夫婦らしいことも一切ない。もっと言えばこ、恋人の、ようなことすら……全く……。

 ゼーレ様にも「不能」なのかと言われたしリオネル殿下からは甲斐性ないと言われ、口にはされていないが何故かラヴクラフト様からは無言のされど圧の篭った笑顔を向けられた。何だったのだ……。


 私だって任務が無ければ……リズと……。



「失礼します。リズ、只今戻りました」


「リズ!!」



 モワモワとリズとの生活を想像していたところリズが帰ってきた。ふ、夫婦なら、当然の行為を妄そ……想像していただけだ。別にやましい事など……ごにょごにょ。



「? フロイド様、どうなさいました」


「い、イヤ!? 別ニ?」



 思わず片言になってしまったが、リズは気に留めた様子もない。……殿下が白い目で見ている気がするがきっと気のせいだ。うん。



「リズ! 僕、今日頑張ったでしょ!?」



 護衛に抱きつくなど本来ありえないだろうに殿下は気にせずリズに思いっきり抱きつく。見慣れた羨ましい……実に羨ましい光景にも慣れたがそれは〝北の塔〟内での事。王太子宮に住まいを移したのだからこれは辞めさせなければならない。……決して羨ましいからではないぞ!? 



「はい。よく頑張っておられましたね。今日の王太子殿下も素敵でしたよ」


「! えへへ~! 僕、素敵?」


「はい。とっても」



 きゃあー!! と喜びさらに抱きつく殿下にイラっとするが我慢我慢。初対面を果たした時よりも背も伸びた王太子殿下だがまだまだ平均よりも小さい。リズの胸に顔をうずめる殿下をしっかり抱き留めくるくる回れるほど体重も軽い。まるで姉弟のように戯れる二人の姿は王太子とその護衛には見えないほど仲睦まじい。



「あっ! そうだった!」


「「「?」」」



 一頻り戯れたあとリズが声を上げた。何事かと思っていたら



「ゴールドバーグっ……!!」


「ひどいな。何か僕に恨みでもあるのかな?」



 王太子宮の玄関前に向かえばそこにいたのは(にっく)きゴールドバーグ!! 愛しのリズの姿を視界に入れるとパッと顔を明らめ駆け寄るこのくそ野郎は私の姿を認識するとフッと小馬鹿にしたような笑みを浮かべやがった。クッソ腹立つ……!



「お時間を頂きありがとうございます」



 それでも一応公爵家の人間らしく洗礼された礼をとり、恭しくリズの手を取ろうとする……のを阻止し、二人の間に割って入る。


 バチッ!!


 互いに何か相いれないものを当初から感じていた。無意識に目線が会うと火花が飛び散った。



「お話とは一体どういう用件でしょうか」



 リズの凛々しくも可愛らしい声が私に冷静さを取り戻させた。あぁ、この声だけをずっと聞いていたい……。愛しいリズ、その声だけでどれだけ私を魅了しているか分かっているのかい? もしわかっているというなら君はとんだ小悪魔だ。だが、君に騙され心奪われるというなら私は喜んで騙されるよ。私の心を魅了してやまない私の小悪魔で天使で女神のリズ……。



「話の前に君は少し下がってもらえる?」


「私がいると話せない様な事を? なら話はこれまでだ。さっさと戻れ」


「ほんとに狭量だね。そんなんじゃ愛想をつかされても可笑しくないよ?」


「狭量? 愛する妻はとても魅力的な女性なのでな。夫である私が勘違いした男に現実を教えてやらねばならんのだ。……お前のような男から、な」


「へぇ? 勘違いしてると?」


「違うのか? 我が妻にも困ったものだ……。その溢れる魅力でまた一人、身を亡ぼす事になったのだから……」



「「……」」



 ふんっ!!

 お互い気が合わないことは承知。相手が公爵家の長男だろうが王女の婚約者だろうが私の敵だ!



「あの……それでお話とは?」



 再びリズが口を開く。ここで時間をかけるとその分ゴールドバーグがリズと同じ空気を吸う時間が長くなるという事だ。ここはさっさと要件を聞き出し、帰らす方が得策。



(落ち着けフロイド……。リズが愛しているのはこの私。私とリズとの間に割って入るなどありえないのだ、ゴールドバーグが何の用があるのか知らんが私達の絆を断つなど不可能!)



「……妙な真似は許さない」


「妙……とはどんな事か聞きたいけど、誓ってやましい事はしない」



 若干の煽るような物言いにイラっとするが我慢……!

 リズと少しばかりの距離を取り二人を見守る事にした。無表情ではあるがリズは苦笑いをしているようだ。表情を動かさないのはリズがこれまで生きる為に身に付けた処世術。それでも感情はあるのだ。僅かな、本当に小さな小さな変化を見逃さないようにいつも注視しているとだんだんとわかってきた。きっとゴールドバーグにはわかるまい。そう考えると優越感すら覚える。



「リズ様。お時間を頂戴した事、感謝申し上げます」


「いえ。……それで?」


「はい。実は……貴女に、お礼がしたくて」


「……礼?」


「はい!」



 にこやかなゴールドバーグと困惑するリズ。覚えがないと言わんばかりの様子だが、ゴールドバーグも解っていたかのようにその経緯を説明し始めた。



「私は二年前、『不可侵の森』にて戦闘に参加していたんです。そこで重症を負ってしまい死ぬ寸前でした。死を覚悟し、その時を待っていたところに……」



 恍惚とした表情のゴールドバーグは跪いてリズの右手を両手でそっと割れ物でも触れるかのような慎重な手つきでとり、額にあて祈るかのようなポーズをとる。無言のまま一分、ゴールドバーグはゆっくりと手を離し立ち上がるとすっきりした顔をしていた。



「ずっとお礼を言いたかった。貴女のおかげで今の私がいる。感謝してもしきれない程、感謝しています」



 にこっと作り笑いじゃない笑顔を向けゴールドバーグは私を見ると会釈した。



「願わくは、命の恩人である貴女と一緒になりたいとも思いましたが……。ふふふ……。お邪魔虫のようですね」



 残念と言わんばかりで肩を竦め、「では」と言って帰ろうとするゴールドバーグをリズはジッと見つめる。……見過ぎではないだろうか。嫉妬心が顔を出し始めた頃、



「あぁ。お顔が違ったので結びつきませんでしたが……。しっかり施したので問題ないはずですよ」


「! 覚えて……?」


「はい。腕も足も、問題ありませんか」


「っはい……はいっ!」



 振り返ったゴールドバーグの瞳には涙が溢れていた。

 まさかリズが覚えていると思っていなかったのか、驚きの表情を浮かべその後は嬉しい嬉しい! と全身がそう叫んでいるかのようだ。



「ありがとうございますっ……ありがとう……! 貴女のおかげで結界は保たれました。民も……あの争いに駆り出されていた軍人達も……最低限の被害で済みました。すべて、貴方様のおかげです……!」



 感極まったゴールドバーグ。感極まったのは良いだろう。訳が分からないがあの争いでリズが活躍したのも確認が取れている。だが……



「リズから離れろ!! この暴漢が!!」



 リズを抱きしめるとは何事だ!!



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