後悔と決意
第二側妃の息子で第四王子アレクシスが国王アーサーの子でないことが判明した。項垂れ、自分の犯した罪に後悔する第二側妃と今までなんの疑いもしていなかった父親が本当の父でなかった事にショックを隠せないアレクシス。鋭い眼光で側妃を睨みつける王姉のブリジット。
そんな様子を黙って、されど顔を青褪めさせ震える女性が一人……。
「プリシラ様。どうなさいました? 酷い顔色ですよ」
「!!」
第一王子リオネルが声を掛けたのは第三側妃プリシラ。先ほどから義姉のブリジットの視界に入らないよう身を小さくしていたというのに、その声がきっかけでブリジットだけでなく全員の視線が集まる事になった。
「い、いえ……、なにも……」
「ですが本当に顔色がお悪い。ハリエット様の件で何か思い当たる事でも?」
この紳士面した悪魔のような王子は知っていた。ハリエットだけでなく、第3側妃プリシラの子も王の子ではないという事を。
だけどもしかしたら……という思いがプリシラにはあった。だけどその低い可能性はあっさりと打ち砕かれてしまう。
「もういっそ全員の血縁関係を調べようと思いましてね。サイラスとチェルシーの毛髪を採取してきました。で、結果が……」
「二人とも……? どうなっている。流石にアーサー、貴様の責任も大きいぞ」
「申し訳ございません……。ですが……私も驚いています」
『あれを側妃と言っていいのですか?』
いつの日かリズが発した言葉。聖獣ゼーレにも確認してもらい確信を得た事で開発されたのがこの魔道具である。いわばコレを作るきっかけとなったのが第三側妃プリシラの子供達という訳だ。
「非常に残念です。サイラスもチェルシーも、兄弟と思っていましたが……。二人とも、父上の子ではなかったとは……」
悲し気な顔を作るリオネル。本当に兄弟だと思っていたのに、裏切られた、悲しいと言わんばかりの態度。心優しい第一王子が見せるそんな表情にプリシラは愕然とする。
自分達側妃は王妃が子を中々授からなかった事が原因でほぼ押し付けるようにして嫁いできた。当然王妃からは憎まれて当然のはず。なのに王妃は一切文句も言わず嫌がらせの類も一切行わず、むしろ王宮での暮らしに不慣れな自分達を最大限サポートしてくれた。リオネルも弟妹達の面倒をよく見てくれた。
だというのに。感謝していたはずなのに、いつの間にか欲深くなってしまった。プリシラは他の二人よりも後に嫁いできた身だ。デビュタントでアーサーに一目ぼれし、側妃でもいいからと無理やりに嫁いだのだ。それも、薬を使って既成事実を作った。実際に事があったように見せかけたのだ。
アーサーは否定したがプリシラの両親は責任をとるように迫り、プリシラ自身も「娶ってくれないのなら自害する」と脅して。
そうして無理やりに嫁いできた結果がコレだ。
不敬ととられ処罰覚悟で臨んだ一世一代の大博打を打ったというのに、プリシラはアーサーではなく他の男にも体を開いた。一回限りではなく複数。それは今も続いている。
(あぁ……! わたしは一体何を……! あんなに、あんなにもアーサー様をお慕いしていたというのに!!)
「も、申し訳、申し訳ございません、アーサー様! 王妃様! わ、わたし、わたしぃ!!」
ああっと泣き崩れるプリシラ。煌びやかな世界の中の更にごく一部の人間にしか踏み入れることが出来ないこの国の頂点に、若くして飛び込んだプリシラ。伯爵家出身の自分が格上の令嬢に敬われる快感。見る物取るもの全てが超一流でもっともっとと欲望は深くなるばかり。令嬢時代は四女という事で貴族令息からは結婚相手には見られたことがなかったというのに、側妃として嫁いだ途端そんな彼らが自分に傅く愉悦。
どれをとっても、プリシラ自身が招いたこと。同情の余地はない。
「……第三側妃プリシラを貴賓牢へ。ハリエットと共に残された時間を過ごせ」
「あ……ぁあ! あぁっぁぁぁあぁぁ!!」
「連れていけ」
「はっ」
「申し訳! もうじわ゛げございま゛ぜんっ! アーザーざま゛っおうひざま゛!!」
両脇を抱えられながら第三側妃は騎士に連れられて行った。おそらく最後に会うのは彼女の最期の時だろう……。
「……」
目を閉じ、黙ったまま口を開かない国王アーサー。これまでの結婚生活の時間を振り返っているのだろうか。悲痛な顔を見せるアーサーに、王妃は黙って傍に立つ。何も言わず、ただそっと。
結局のところ9人の兄弟の内、父である国王アーサーの血を引く実子はリオネル、アデルハイト、アーヴィン、セオドア、セラフィーナ、コーデリアの6人。その内のアーヴィン、セオドア、セラフィーナは母であるオードリーが本来庶子という事で王族籍を抜けることになる。正当なる血筋というとリオネル、アデルハイト、コーデリアの3人まで減ってしまった。
血筋を調べる方法がなかったとしても、もし何も知らず後継者を3人の他から選んでいたとしたら……。
ゾクッ
背筋に冷たいものが流れた。もしもの話ではあるが、この事実。聖獣はどう思うのだろうか。
誰もが沈痛な面持ちである中、内心高笑いが止まらない人間が一人。
(はははははっ!! あーはははっ!! 漸く、漸くあいつら全員を追い出せる!! 第一側妃だけ処刑にならないのは腹立たしい限りだが、残る二人はこの世からサヨナラだ! どれほど、どれほどこの時を待っていたことか……!)
第一王子リオネル。彼の表情は皆と同じかそれ以上に悲し気な表情を浮かべている。なのに心の内では側妃三人を罵倒し、王宮から追い出せることに笑い転げている。ザマァ見ろ!! お前らはこれでおしまいだ! 死んでからも己の過ちを反省し、来世はゴミ虫として生きるがいい! その時は今回同様、踏みつぶしてやる!
心が昂っているのを一切表に出さないのはさすがというべきか。彼の本性にはアーサーや王妃ジュリエットですら気づいていない。弟妹に優しい、いい兄だと信じ切っているのだ。これまでも、今後もリオネルが本性を現すことは無い。例え結婚しても相手を騙し続ける。そしてそれを熟せるのがこの第一王子リオネルなのだ。
王弟ヴァージルも王姉ブリジットもそんな彼に騙されている。彼の本性を知るのは彼の侍従のデリックと側近のフロイドとリズの他には聖獣ゼーレとアデルハイト位だ。ゼーレはリオネルの性格を知っているが特に何も思わないらしい。むしろ、彼の性格が歪んでしまったのも仕方ないとさえ思っているのだ。
議会にかけられ処罰を決めるが側妃二人が処刑されるのはほぼ確定。王家簒奪の疑い、国家転覆を狙っていた訳でなくとも結果的には王家に対する裏切り行為。父親を含め処刑となり、実家である両伯爵家はお家取り潰し。貴族籍剥奪の上国外追放。若しくは鉱山での強制労働。後者の方が辛いだろう。そして、子供だが。王家の血を引いていない者が王族を名乗る事など出来るはずがない。両伯爵家を処罰するにも理由の開示が必要。下手に虚偽の理由で処罰するより、聖獣に対し誠意を見せる為にも嘘偽りなく正直に発表することが望ましい。なら、子供達が王族として生きることはもう出来ない。
側妃達の実家は処分され寄る家もないなら修道院に入るしか道はない。
まだ幼いサイラスやチェルシーには酷だろう。だが、例外を認めることは出来ないのだ。そもそもアーサーに非がなかった訳ではない。
子が出来ない事でジュリエットが気に病み側妃を娶るように進言されてからは真面に話すことが出来なくなった。自分を拒絶されたようで悲しくて苦しくて腹立たしかった。憎く思ったのだ。側妃と仲を深めればもしかして嫉妬してくれるのではと思ったのだ。それが浅ましい身勝手な思いだったと気づいたのは二人の側妃を娶った日。王妃は嫉妬など見せることもなく、二人を歓迎した。
アーサーの妃であるがジュリエットは王妃としての責務をとったのだ。子が産めずとも自分に出来ることはある。あなたの傍にいられるだけで私は幸せなのだ、と言われたようだった。
嫉妬し自分を求めてくれることを期待した自分が何とも浅ましく、小さく、そして愚かな人間だと実感したアーサー。ジュリエットの隣に立つなど自分には相応しくないのだと側妃に逃げた。娶ったからには大事にしなければ。彼女達はジュリエットが選んだ女性なんだから、愛さないといけない。子を、作らないといけないんだ。そう言い聞かせて。
ジュリエットの気持ちより自分を優先したのだ。当時王太子だったアーサーはこのところ体調が悪化した父である国王の仕事を任され慣れない事もあり忙殺されていた。毎晩側妃の元にも通わなくてはならず、心身共に疲れ果てていた。それでも金曜の夜は何があっても王妃の元に通い、朝を迎えた。側妃の元では朝を迎えず、終わったらすぐに自室に戻っていたのだ。
そうしてジュリエットは側妃を迎えて三か月ほど経過した頃待望の第一子を妊娠。それがリオネルだった。初めて抱いた小さな我が子にアーサーは涙をこぼした。この子とジュリエットさえいれば何もいらない。本気でそう思った。
それからは側妃の元に通う事も少なくなった。第一子リオネルが生まれ、半年後に第二子のアーヴィンが生まれた。もう、いいだろう。子はこの二人で十分だろうと。
だが側妃を二人娶った際の条件として子は二人以上生む事を組み込まれていた事もあり、回数は少なくなったが妊娠しやすい次期を狙って側妃達との夜を迎えていた。アーサーからすればそれも仕方なしと思っていたが側妃達は不満だったのだ。それに気づいてやれなかったのはアーサーの落ち度。
更には十二年前、プリシラに薬を盛られるという失態を侵したアーサーは新たに側妃を迎えることになる。手を出した覚えのない相手だからこそあまり通う気にはなれなかった。そんな時間があるならジュリエットと過ごしたい。もうすぐジュリエットとの子が生まれるのに、構っていられなかった。
そうして生まれたのがアデルハイト。黒髪藍目のジュリエットとの第二子。『黒持ち』だろうとジュリエットが命がけで生んでくれた可愛い我が子を処分など出来るはずがない。アーサーは一目を避けるため〝北の塔〟にアデルハイトを隠した。それも、アデルにとっては最善なのだと言い聞かせて。
相手にしなかったせいかプリシラの行動は派手になる。平民が一生を懸けても稼げないような金額のドレスを作り、一度着たら二度と着ず、中には作らせるだけで袖を通したこともないものも多数あった。宝石を買い漁り、お茶会を開き、見目の良い男を侍らせた。
それも、アーサーから相手にされない寂しさを紛らわす為のものだったのだ。先の側妃二人はアーサーなりに大事に扱ったが、プリシラとは年も離れていたこともあり良くて妹扱い。女性として妃として見る事が出来ず行為も淡白なものを一夜に一回だけ。それも少しでもプリシラが声を上げれば終わらせてしまう。大事にされているのか、面倒だと思われているのかプリシラはわからなくなった。
プリシラだけでない。オードリーもハリエットも。自分がいる意味を見出せなかったのだ。子を生む事が最大の仕事だという事はわかってる。だけど結婚したのだから妻として扱われたいと思うのは女性なら当然だろう。だけど、アーサーが妻として扱うのは王妃ジュリエットだけ。子が出来なかったから嫁いできたのに一番先にアーサーの子を生んだのは結局ジュリエットだった。
なら、自分達は何のために嫁いできた? 子はジュリエットの子がいるではないか。生まれてからは明らかに渡りの回数が減った。夜を過ごしても淡白なもの。体には気遣ってくれたがどんなに強請っても朝まで過ごしてくれることは無かった。行為が終わった後一人残される惨めさ。悔しさ。ジュリエットに対する羨望、妬み、嫉み。誰かに縋りたかった。一番はアーサーだが、彼が自分達を見てくれることは無い。なら、誰でもいい。寂しさを埋めてほしい。―――温もりがただほしかった。
「―――全ての責任は私にある。責任をとる為にも私は王太子アデルハイトが成人した後すぐに退位する事にする。これは聖獣様とも約束した決定事項。退位までに王国の膿を出し切り、何の憂いもない状態でアデルハイトに国を託そう。それが、私に出来る償いだ」
シリル王国の成人年齢は18歳。アデルハイトの成人まで残り6年を切っている。その間に『イェルサの民』の真実を国民とその周辺国に周知させ、これから出てくるだろう反王太子派を潰し、正当なる後継者であることを徹底させる。クレプス教会騎士団に対しても警戒し国を守る為にも防衛力の強化を行わなくてはならない。万が一、戦争になっても持ちこたえるように諸外国との連携を取りつつ、食糧の国内自給率を高め備蓄していく。時間が足りなすぎる。
「休む暇はない。情けない私だがどうか、力を貸してほしい」
その決意が篭った瞳に誰も反論する事なく皆力強く頷いた。
誤字報告ありがとうございました。




