王女と側妃の後悔
王宮のとある一室。そこには王族に名を連ねる身分の人間が集まっていた。
その顔には疲労が現れている。今日は王太子の儀で朝から慌ただしかったから今疲労がピークに達していた。だが、いくら疲れていても今この場ではっきりさせねばならない事がある。国王アーサーは一層、気を引き締め集まった面々に目を向け口を開いた。
「皆、ご苦労。疲れているところ悪いがもうしばらく付き合ってくれ」
その言葉に面々は気を引き締める。ここには王太子アデルハイトを認めた聖獣ゼーレがいる。晩餐会での惨劇は記憶に新しく、また同時に聖獣が人に友好的なばかりではないのだと実感させられた。
そのゼーレはというと今はアデルハイトの傍に獣型で寛いでいる。先ほどの第三王子、セオドアを喰らったとは思えないほどリラックスした状態で。
「陛下。今後『黒持ち』を『イェルサの民』と呼称し民に正しい知識を身に付けさせる、という事でしょうか」
真っ先に声を上げたのは第一王子リオネル。彼は王太子アデルハイトの実兄。弟が王太子になった事で妬むかと思えばそんな素振りは一切なく、むしろ好意的で何かと気にかけている。ゼーレと戯れる弟を諫め、話し合いに集中させたりと兄としての振る舞いを見せる。アデルハイトも兄の言葉に素直に従い父である国王陛下に顔を向け、真剣に耳を傾けた。
「それもある。が、それよりも先に。第一側妃とその子らについて。……セオドアの事は父親としては残念に思う。だが……この国の王としては至極当然の事であると思っている」
「お父様!!? お兄様はそこの……きゃぁっ!!?」
何を言おうとしたのか想像は出来るが、それを許すほど国王は優しくない。いつか侍従長を滅した時とは比べ物にならないほど弱い雷撃ではあるものの、王女に対して軽く火傷を負わせるほどの電撃を与えた。
「お、お父様……?」
まさか自分が父親から攻撃されるとは露にも思っていなかったのか、火傷した右手を庇いながら恐ろしいものでも見たかのような表情を浮かべる第二王女。王女を見る国王の目がとても娘に向けるそれでなく、まるで罪人を見るかのような目に、王女は恐怖し訳もなく首を振り後ずさる。何とかその眼から逃れようと周囲を見渡す、が。そこに王女を庇うような目をくれる者は誰一人としていなかった。
「っ……!!」
ここで漸く己のおかれた状況が非常にまずいものであると気づいたが、何が問題だったのかが解らない。自分としては何も間違っていないのだ。『黒持ち』が『イェルサの民』だとかなんだとかいう話があったが、あれは聖獣を名乗る魔獣がいいように作った出鱈目で高貴な血を引く自分とは根本的な身分が、種族が違うのだ。
だが、それを言ってしまえば先ほどの兄セオドアの二の舞。口を噤むが不本意だという事は態度に現れている。それを不快に思うのは勿論ゼーレ。己の立場も理解できない人間に、これ以上時間を割くのは無駄だと判断した。
『これ以上無駄な話に、不快な声に耳を汚損されるのは耐えがたい』
「……っ! ―――!? ―――!!」
『アーサー、進めろ。ソレは放っておけ。声が出ぬだけで他に問題ない』
声を奪われた王女は必死に何かを訴えているが、何を言っているのか全く伝わらない。どうにかして声を出そうとするも、それは叶わず苛立った様子で腕を振りまわす。見かねた国王は王女付きの騎士に拘束させ一人掛けのソファに無理やり座らせた。声が出ない事で静かになり国王は改めて話始める。
「第一側妃が本来庶子の扱いを受けるべきであるにも関わらず、嫡子として育ち王家に嫁いできた。皆の前で言った通り第一側妃は明日、バラディア離宮に向かわせ幽閉とする。子供達に対しても同様だ。第二王子はすぐさま臣籍降下。第二王女は成人後すぐに王族籍を剥奪、臣籍降下後はララフタヤ修道院行きだ。二人とも子を残せないように処置を行う。異論はあるか」
「ございません。陛下のお言葉通りに」
「右に同じく。異論など、有るはずがございません」
そう答えたのは第二王子アーヴィンと王弟ヴァージル・ノア・ラファティ。二人ともそれが当然と言わんばかりの態度であった。厳格な性格であるヴァージルは口に出さないが晩餐会での第三王子と第二王女の王太子に対する態度は王族として、国のトップに立つ者として決して許されるものではない。まして良い噂のない第二王女が今もなお生きてこちらを睨み何かを訴えている。これを生かしておく理由があるのかとさえ思う。
「……同意する。しかし第三王子を亡くした今、この娘を生かしているのは何故だ。今もなお、反省の色もないこの馬鹿を殺さない理由は娘可愛さか? アーサー」
国王を問い詰めるのは姉のブリジット・ドナ・ラファティ。軍に所属し中央司令部にて中将の地位に就く彼女は常に細剣を携え今もソファに座りながら弟を睨みつける。その眼光は鋭く、身が竦む思いだが王としてここで怯む訳にはいかない。
「決してそのようなことはございません、姉上。セラフィーナへの処罰ですが、考え合っての事。今はまだその時ではないというだけのことです」
「つまり、その時が来たら処分するというのだな?」
「!?」
「無論。これ以上、聖獣様と王太子に対する無礼を許すことなど出来るはずもありません」
それは娘に対する死刑宣告に等しい。驚愕し体の力が抜け大人しくなった第二王女はただただ茫然と父親である国王を見る。その眼は変わらず厳しく、父が向けるものとは違い王として罪人を扱う目であった。娘に対しての哀れみも同情も命乞いもしない父に、第二王女セラフィーナは漸く目の前にいる男が王であることを思い出す。思い返せば父は愛情をもってくれてはいたが、王として王族の振る舞いを忘れるなと何度も言い聞かされてきた。なのに、セラフィーナはそれを無視し奔放に振る舞ってきた。考えてみればこの年にもなって婚約者がいなかったのも、可愛さから手放したくないという事ではなく初めから修道院に行かせるつもりだったのではないのか。だから、婚約者を作る必要がなかったのではないのか。
サァーッと顔を青くするセラフィーナ。王族の振る舞いを忘れ自由奔放に過ごしてきた。父がそれを何も言わなかったのは知っていたからだ。もう修道院に行くしかない事を。すでに純潔を失い多くの貴族男性と関係を持っている事を。
今までの振る舞いを後悔し始めた第二王女を放って話は続けられる。
「第二側妃ハリエット」
「はい。陛下、第一側妃様が離宮に向かうとなればわたくしがその代わりにお役目を……」
「貴様を姦通罪で起訴する。証拠もある。不倫相手からの証言、侍女からの証言もな。そして―――。第四王子と第一王女の親子鑑定を行う。不義密通が確認された今、見過ごすわけにはいかない」
「なっ―――!?」
「コーデリア、アレクシス。お前たちもいいな?」
「はい。当然の事と考えます」
「……そんな……」
当然と応える第一王女コーデリアに対し、第四王子は母の不義密通が信じられないようで茫然自失。そのままでは時間がかかると判断したのか姉のコーデリアが無言で弟アレクシスの髪を引っこ抜いた。「痛っ姉上!?」と、姉の行動に我に返ったアレクシスが抗議の声を上げるがすでにコーデリアは自身の髪を提出した後だった。
「そんな、髪でいったい何がわかるというのです……!?」
第二側妃はギャアギャア喚くが彼女は式典に参加させてもらえず、ブラッドフォード公爵家及びベレスフォード侯爵家の断罪は後から聞かされたものの、血縁の証明がされたことは伝えられなかった。その為これから何が始まろうとしているのかも全くわからなかったのだ。
逆に式典に参加し第一側妃の貴族籍偽装が判明した事を目の前で見た第一王女と第四王子はそうではない。国王は疑っているのだ。本当に自分の子供なのかと。国王からすれば側妃は全員王妃との仲に亀裂を入れる原因となった存在。義務として受け入れはしたものの不義密通が発覚した今、受け入れが無駄だったのではと思っても仕方ない。第一、王の血を引いていない者が国王となってしまった場合正当性は完全に失われ、聖獣ゼーレは確実に国を見捨てるだろう。
始祖シリルの血を引かない者が王族を名乗る事があれば、それは聖獣ゼーレに対する裏切り。いくら不義密通を行ったとて、子供達は国王の血を引いていると信じたい。だが、疑わしいのであれば正式に調べるべきだ。そしてその方法が確立した今、調べないという事などありえない。
誰もが固唾を飲んで魔道具を見つめる。緊張した空気が室内に張りつめた。
「……残念だ」
「そんなっ……。嘘だっ! 嘘ですよね!? 母上!!?」
「アレクシス……」
第四王子アレクシスと国王アーサーとの血縁関係は認められなかった。アレクシスは側妃と浮気相手との子であった事が証明されてしまった。そして、姉コーデリアだがこちらは国王との親子関係が証明された。
「な、なんですの? その玉が光らなかっただけでしょう!? それが、一体何だというのです!?」
この魔道具がどういうものなのかわかっていない第二側妃は事の重要性を全くわかっておらず、自分の仕出かした事が王族の前で晒された事もわかっていない。息子の第四王子が国王アーサーの子でない事が証明された事をわかっていないのだ。
「……側妃ハリエット。第四王子を王族として偽証した事が証明された。正式に沙汰を下すまで牢に入れる。アレクシスも同様だ。……騎士達、その二人を連れていけ」
「陛下!? 一体何を……!? わたくしは何もっ」
「母上……」
「アレクシス! あなたも何か言いなさい! コーデリア! あなたもです、黙ってないで母を助けなさい! ……っ無礼者! わたくしを誰だとっ!?」
ガァァァン―――!!
大理石の床に細剣を突き立てたのは国王の実姉ブリジット。眼光鋭く第二側妃ハリエットを睨みつけ、今にも剣を抜く勢いだ。
「ひっ!!?」
「ドブネズミめ……。子を産んだのだから浮気ぐらい目をつぶってやったが、まさか子が浮気相手の種だったとはな……!」
「お、おねえさま……?」
「黙れ!! 貴様に姉呼ばわりされるなど、反吐が出る!!」
「―――っ!!」
グワッと溢れ出る魔力と加減なしに向けられる殺気。現役将校に向けられた本気の殺気に、ハリエットは涙が零れ訳も解らず謝罪を繰り返す。ハリエットだけではない。第二王女セラフィーナもあまりの恐怖に腰が抜け、ガクガク震えた後気絶した。アレクシスも伯母の怒りと殺気に気圧され、その場に尻餅をつく。
「貴様の息子アレクシスがアーサーの子でないことがこの魔道具で証明された。覚えがあるだろう? 相手は貴様がその当時気に入っていた騎士崩れだ。当時王太子だったコイツがいながら他の男と関係を持った汚物め……! 王族の身分偽証は貴族のそれとはわけが違う! 残された日々を後悔して死んで行け……!」
「……ぁ……っそ、そんな……」
嘘だ! アレクシスは陛下の子だ! その魔道具は間違ってる!
そう言いたいのに声が出ない。あまりの殺気に恐怖し声など出るはずもなかった。それ以前に。
(嘘……そんな、今までバレなかったのに……! どうして!? あの魔道具、いえ、わたくしの浮気がバレていた!? アレクシスの父親はアレクシスが生まれる前に西方に追い出したし、2年前ザカライアとの争いで死んだと……! なのに、なんでいまさら……!?)
アレクシスがアーサーの子でない事は事実だ。当時、アーサーの渡りが減っていた事や第一側妃が王子二人と王女を産んだ事に焦っていた。また、アーサーの心には王妃ジュリエットが住み着き横やりを入れる事も出来ない状況に疲れていた。そこに付け入るように現れたのがアレクシスの実父。
始めは拒んだ。側妃の役目は世継ぎを生む事なのに手を取ってしまえばどちらの子なのかわからなくなる。そう思って。だけど日々のストレスによりハリエットは男の手をとってしまった。
(なんて、愚かなことをしてしまったの……っ)
項垂れる第二側妃は己の犯した罪を今更ながらに後悔したのだった……。




