その先へ
ベレスフォード侯爵による嫡出子の偽装が明るみに出た事で第二側妃はバラディア離宮に一生涯の幽閉が決まった。
本来なら離縁の上の修道院送りが妥当だが、王族の子を産んだ事と幼い頃ならまだしもすでに成人を果たした王子と成人間近の王子と王女がいる事もあり、表向きには病気療養の為と銘打つことになるそうだ。そして残された三人の子供達はというと全員王位継承権を剥奪の上、結婚しても子を作ることは許されなかった。
第二王子アーヴィン・フィル・ラファティ
彼は第一王子とは半年違いの弟で魔術学院では一つ下の学年に在籍していた。魔術学科ではなく魔法騎士科を専攻していた為リオネルや同じ学年のフロイドとはそれほど関わりを持っていなかった。卒業後、正式に騎士団へと入団。現在は小隊を束ねる隊長に昇格していた。王位継承権を放棄したとしても騎士団への所属は認められた為、今後も王国騎士として働くつもりのようである。
第三王子セオドア・レジナルド・ラファティ
今年魔術学院最終学年を迎えたセオドアは魔術の腕前も魔力量も二人の兄に比べると貧弱というしかなかった。剣の腕前も乏しく勉学にもあまり真面目には取り組んでこなかった彼の未来に暗雲が立ち込める。元から実兄アーヴィンが王太子となりその補佐に回るのだと幼い頃から言い聞かされてきた彼にとって今回の出来事は寝耳に水。今後は兄に頼る事も出来ず自分で与えられるであろう子爵領の領地経営を行って細々と生きるしかない。母の事も祖父の行いで自分は関係ないのだと言い張り怒鳴り散らしてばかりの彼に、未来は来るのだろうか。
第二王女セラフィーナ・ミュリエル・ラファティ
セオドアの双子の妹。こちらも兄同様、魔術の腕前も魔力量も乏しく、王女である事をひけらかして他者を見下してばかりの人間だ。父はその性格と苛烈さを十分理解していた為、婚約者は敢えて作らなかった。迂闊に他国に嫁にでも出せば争いの種にしかならないと判断しての事だったが、本人は自分を他国に嫁がせるのが惜しいと思って中々手放さないのだという身勝手な勘違いをしていた。婚約者がいない分、自由恋愛を楽しむ彼女には勿論監視が付けられており、すでにその身分に相応しくない行いも確認済みである。今回の事が無くても修道院行きは決定事項だったのだ。
「こう見ると随分問題児ばかりの兄弟ですね。まともな人って第二王子殿下、第一王女殿下、アデルハイト殿下くらいなものでは?」
「はは、本人を前にそんなこと言うのは誰かな? 僕だって至って真面だよ?」
「「「どこが」」」
「よしよし、そんなに死にたいの? 仕方ないね。すぐに首と胴を切り離してあげる。ほら、別れの挨拶は済ませたかな? さっさと首を差し出せ」
「「「あなたの何処が真面だと?」」」
ここは大広間近くの控室。集まったのはリオネル殿下、アデルハイト殿下、フロイド様と私それに聖獣様の五人。先ほど断罪は終了し、後程正式な沙汰が国王陛下から下されることになった。ブラッドフォード公爵と公爵夫人、ベレスフォード侯爵と侯爵夫人は貴族牢に囚われる事となった。公爵の子供達と孫達も今頃騎士団が向かって自宅待機を命じられているはずだ。
外の愛人にも手は回っているらしく、決して逃がさないとリオネル殿下は宣言している。ベレスフォード侯爵家にも同様の措置が取られたが、こちらは第一側妃の生家。あまり強くは出られない……はずもなく、何なら貴族の扱いを辛うじてされているだけで思いっきり罪人として扱っている。知らなかった息子やその妻、使用人達は困惑を通り過ぎて茫然自失状態だ。
それぞれの家で起きている事を魔道具を使って壁に映し出す。そこには証拠品を押収していく騎士団の姿とそれを必死に止めようとする使用人達の姿、泣きわめき夫に縋る妻と茫然とその様子を見続ける夫の姿が見て取れた。
彼らの今後も陛下が最終的に判断を下す。人の将来、人生を大きく変えることになるかもしれない判断を陛下はずっと行ってきた。今後はそれをアデルハイト殿下が担う事になると思うとやはり少し哀れに感じてしまう。
「さて、冗談はこれくらいにして。……あとは王宮広場に顔を出してからの晩餐会だ。国民達はアデルが『黒持ち』……『イェルサの民』である事は知らない。恐らく、罵詈雑言が飛び交う事になる。……アデル」
「……はい」
罵詈雑言。見ず知らずの人間から何故そこまで言われなければならないのだと思わずにはいられないような言葉の数々がアデルハイト殿下に向かう事は想像に容易い。そしてそれが王家に向かう事にもなる。そうなれば市民の抑圧された不満が爆発し、暴動を引き起こす事にもつながる。
過去を紐止めばそれが原因で王家が滅び、新しく国を作ったなどという出来事は世界各地に存在する。とてもじゃないが楽観視出来るようなことではないのだ。
「心配するな。誰がなんと言おうと王太子はお前だよ。そして……お前には強い味方がいる。そうだろう?」
そうしてリオネル殿下が振り返ったのは聖獣ゼーレ様。
『勿論! 我はアデルの味方であるぞ! それに、我だけではない』
そうだ。殿下をお守りするのは殿下の味方という事。それに、護衛でなくても私は殿下の味方なのだ。
「自分達もアデルハイト殿下の味方です」
「始祖様に誓った言葉にかけて、殿下のお傍に」
「いついかなる時でも、我々は殿下と共に」
ラヴクラフト様、私とフロイド様がアデルハイト殿下の前に跪く。心に決めた生涯の主。それがアデルハイト・ウィリアム・ラファティだ。誓った以上、死ぬまで殿下のお味方です。そしてそれは私達だけではない。
『リオネルもな! アデルはリオネルの事も好いておる。口では反論してはいるがリズもフロイドもリオネル、お主の事を気にかけておるのだぞ?』
「……ぇ?」
『気づかなかったのか? 今回の事、アデルが認められるように奔走したのは間違いないがお主の負担を軽くしようとこの二人も駆けずり回ったのだぞ?』
おやおや。フロイド様ってば顔が赤くなってますよ
「側近として、殿下よりも休むことなど出来なかっただけです」
耳まで紅いのです。もう素直になればいいのでは?
「……君も?」
「そうですよ?」
何当たり前な事言ってるんです。上司が睡眠時間も食事も削っているというのに呑気に寝ていられませんもの。胡散臭くて心が読めなくて本性チンピラでも。
「殿下がいなければ私はここにはいなかった。フロイド様と出会うことも、アデルハイト殿下の護衛となる事も。殿下が私を見つけてくれたおかげで私は今、ここにいるのです」
心底驚いた! という顔のリオネル殿下。何だというのだ。私だって感謝の気持ち位持ち合わせていますのに。ぷんぷん!
「君には……恨まれていると思っていたんだ」
「? 私、殿下を〝恨みます〟なんて言った事ありませんよ?」
隠れていた村の教会の地下から引き釣り出されて連れられたのは王宮。見たこともない程大きくて綺麗で人がいっぱいで。
たくさん罵倒されて蹴られて殴られて毒を盛られて水に沈められて火に焼かれて。
たくさんたくさん嫌な事もあったし死にたくなったのは事実。
だけど用意してくれた毛布があったかくて。初めて手を握ってくれた殿下の手の温もりが忘れられなかった。だから。
「腹立つ事はありますが恨んではいません。恨むよりも感謝の方が大きいのですから。それに私に八つ当たりするくらい、殿下の努力に比べればなんてことないですもの」
「……っ」
「天才とかカリスマ性があるとか言われてますけど殿下って努力は欠かしませんもの。それを隠すのが上手いので持ち上げられるのでしょうけど、しっかり隠れて勉強したり魔術の訓練や剣の訓練をしてるのここにいる者達は皆知ってます」
ね? とフロイド様に目配せをすると苦笑いが返ってきた。ラヴクラフト様に付いては含み笑いをしながらコクコクと頷いておられる。
結局、隠していると思っていたのは殿下だけで周りは良く殿下の事を見ていたという事。
「そんな心優しい部下からのお願いです。……もう少し、我々を頼っては下さいませんか」
さっきまで笑いを我慢していたラヴクラフト様の真剣な表情。思わず二度見してしまったのは仕方ないと思うんだ。
「信用できないのは仕方ないにしても、我々から殿下への忠誠心を拒否しないでもらいたいのです。我々は勝手に殿下の部下として動いているだけ。殿下の都合のいいように動く都合のいい者達。こちらが勝手に忠誠を誓ったのですから、殿下も我々を勝手に使ってくれていいのです」
ラヴクラフト様の言葉に驚くリオネル殿下だがすぐに元に戻った。
「ありがとう、これからも頼むよ」
「……。仰せのままに」
受け入れなかった。ラヴクラフト様は少しだけ、ほんの少しだけ残念そうだ。意地っ張りめ。
「さぁ! 広場には大勢の民が待ってる。そろそろ行こう」
そう言って立ち上がるリオネル殿下はいつものように微笑み仮面を被っていた。切り替えが早い。
殿下を筆頭に王宮広場に設けられたベランダに向かう。すでに広間には大勢の国民が集っており祝福の声がすでに聞こえている。
その声は単に祝福であってもアデルハイト殿下や王族からすればその声は重圧となる。
(とてもじゃないが私じゃ耐えられないだろうな……)
この先一生この声に応えないといけない。この声を守らないといけない。王族として、王太子としての責任。簡単に責任というけどその重圧がどれほどのものなのか。一つの間違いが国民を簡単に殺してしまう立場にある以上、間違いは許されない。だけど王族も人間なんだから間違いだって犯す。
それでも殿下の場合、普通の王太子よりも厳しい目で見られるだろう。
これから『黒持ち』が『イェルサの民』で魔族ではなく精霊に近しい存在である事をシリル王国内外に認知させていかなければならない。でなければ魔力量、魔力の質が低下してきた近年において『不可侵の森』を封じておけるのは『イェルサの民』の他にはほんの一握りの人間だけ。
その『イェルサの民』が各地で迫害を受け、命を散らしていっている。殺された『イェルサの民』の魂は輪廻の輪に戻る事なく現世に留まり続ける。魂の欠片でしかなくても精霊と融合した欠片は肉体を失えば力の塊。それも輪廻の輪に還れなかった憑依されていた人間の魂をも取り込んでその力は後世に行くほど強力になっていく。
還る事の出来なかった魂が私やアデルハイト殿下の中にもいるのだ。そして私達が死んだあと、次代の『イェルサの民』の中で眠ることになる。
「……時代を越えて、人は生きていくんですね」
自分が死ぬ時は世話をしてくれたあの女性のような最期を迎えるのだろうとは思っていた。死んだ『イェルサの民』の魂は同じ『イェルサの民』に惹かれて同一化されるという。それには覚えがある。確かに私の中にはあの女性がいる感覚があった。それが同一化されたという事なんだろう。
「あぁ。自分が死んでも子供達がその先の時代を生きる。……そうやって我々は命を繋いできたんだ」
「……壮大な物語ですねぇ」
「これからも続く。……続かせる。それが今世の我々の役目でもあるんだ」
命を繋いでその先へ。
その先の時代が少しでもいい物である為に、今を生きる私達が最善の選択を行い後世の憂いを晴らす。
それが今を生きる私たちの役目。
隣に立つ愛しい人の子孫が何の憂いもなく生きていくために私が出来る事。
……それがこの人を、大切な人達を守る事になるのなら。




