血は水より重い
「私は子など産んでいない」
大広間に響いた侯爵夫人の声に仰天する貴族達を横目に、だらけ始めた人間がいる。
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「暇、ですね……」
「まだ終わらないの……? 僕、ちょっと疲れちゃった」
「飲み物でも貰いに行きましょうか? 正直つまらん話ですし殿下に関係あるとは思えませんし」
まぁリオネル殿下は今にも笑い転げそうな程楽しそうだけど。この日を別の意味で待ち望んでたのが殿下だもんねぇ。それが思っていた以上の形で実現したんだから笑いが止まらない筈なのに、いつもの微笑みの仮面をつけているのだ。中身チンピラのくせに王子様顔が得意だなんて、なんという役者っぷりだ。万が一王家がダメになってもリオネル殿下は自力で生きていけそうだ……。
気が緩みそうなつまらないお家騒動。
つまりのところ、ベレスフォード侯爵夫人に子は無く第一側妃は侯爵と平民との間に出来た子であったにも関わらず夫人の子として偽り養育してきたのだという。
夫人がそんな事を言い出した侯爵と別れずにいたのは夫人の母親の愛人の一人が侯爵の父であった事。一つ上の兄がもしかしたら義父の子かもしれないという疑念があった。それを公表すればお互い醜聞はまのがれないにしても、公爵家の方がダメージが大きい。それと子供の頃の不注意で出来てしまった傷が元で傷物と揶揄されていた夫人からすれば、離縁したところで修道院に入るくらいしか道はない。なら、侯爵夫人として貴族としての責任を果たそうと思ったらしい。
子は女の子で自分が男児を産めば後継ぎは問題ない。
そう思っていたのに侯爵は夫人には興味を持たず初夜以降、床を共にすることもなくなった。後継ぎは親戚筋の優秀な子を養子として迎え、無事に領地経営を熟せているそうだ。
ちなみに酌婦だった第一側妃の実母は侯爵家の離れに住んでいたが出産後は多額の金を渡され放り出されたらしい。妊娠中の豪遊っぷりと侯爵でない使用人の男性にも色目を使っただのなんだのとで一気に冷めたらしい。その後は当てもなく彷徨い、酒場で酌婦として店に出たが酔った客同士の争いに巻き込まれて亡くなられたようである。
「う、嘘……、嘘よ、そんなの!!」
王族席から悲痛な叫びが上がる。勿論それは第一側妃のものだった。
信じられない、嘘だと繰り返す第一側妃様。
確かに信じられない事だろうけど確認も取れた。当時使用人として働いていた人々からラヴクラフト様が証言を得たのだ。貴族の子ではあっても庶子を嫡出子として届け出た事を知っていたのに黙認した事は違法であるが、雇用主と使用人の関係である以上仕方ない。法で裁かない代わりに今回の証言を得たという。ラヴクラフト様も大変だなぁ。
「それが真であるなら貴族籍の虚偽は重罪。ベレスフォード侯爵夫人、最後に確認するが間違いないのか」
「はい。間違いなどございません」
「そうか……。侯爵、言い訳はあるか」
「! いえ、その、」
この期に及んでまだ言い逃れをしようとする侯爵に陛下は明らかに不快だと顔に出した。
挽回するような画期的な思い付きもなく侯爵は小さく「ありません……」と答え項垂れる。
「あの人どうなるの?」
「さぁ……? 貴族と偽ったのですから極刑、つまり死刑になっても可笑しくはないでしょうけど」
詳しくは知らんが平民が貴族と偽った場合処刑される。若しくはこの国では奴隷という制度はないが他国の奴隷商に売る事はある。生きてはいられるが一生涯を奴隷として生きる事になるので早く死にたいとさえ思う事も多々あるだろう。
だけど殿下の目的は侯爵ではない。
第一側妃をその座から引きずり下ろす事が目的だからここからが本番と言ってもいいだろう。その前に、本当に血縁関係が無いのかしっかり確認しないとね。
結果から言うとブラッドフォード公爵の子供達三人は別の男性との子供であることが証明された。それも子供達全員が別の男性との子供だという事実も明らかになってしまった。そしてベレスフォード侯爵夫人と第一側妃との間にも血縁関係が無い事が判明した。
調べることに渋っていた側妃だが陛下の一喝が効いたようでその後は大人しくされるがまま。事実を確認した事で更に大きな問題へと発展する。
第一側妃の子供達だ。
もうこれ、王族の話じゃん。私いらないじゃん! 帰ってこの服脱ぎたい! 魔術師の礼服って地味に重いんだよ、通気性も悪いし、無駄に長くて動きづらいし!
「帰っていいですか?」
「まだ待て。もうしばらく辛抱しろ」
「オールバンス公爵家の一人勝ちですもんね。メイウェザー公爵家もこれからじわっと没落まっしぐらに追い込むんですもんね。そうなったら閣下も大忙しですね」
「貴様……! ちょっとは手伝えっ」
「今回の件の一番の功労者はラヴクラフト様でしょうが私も頑張りましたよ。あの魔道具作ったの、わたしですもん」
えへんっ! と小さなというかまな板というかない胸を張ってみる。
まぁ、まだこれからもうちょっと改良をしたいところですがね。とりあえず親子関係が証明されたのですから良しとしましょう。
私の発言に眉を寄せる閣下。「あんなモノ作ろうと思うのは王国中を探せど貴様くらいだろうな」とぽそりと呟いていたのは聞こえなかったので知らない。それよりあの魔道具の改良の事で頭が一杯だ。
(とりあえずの急場しのぎで作った物だから改良の余地はまだある。色で判断するようにしてみたけどこれも……例えば又従兄とかになってしまったら今のでは判別は付かない可能性は高い。でも血縁であることは間違いないわけだから……)
思考の渦に陥ると周りが見えなくなるのは私の悪い癖であるな!
軽ーく閣下から小突かれて漸く現実世界に戻ってきた。現実世界ではベレスフォード侯爵夫人の大暴露によって第二王子、第三王子、第二王女の正当性が揺らぎ始めているようだ。
嫡出子と違い庶子は母親の身分でその身分が決まる為いくら当の本人が庶子であった事を知らなかったとはいえ、第一側妃様は本来平民と同じ扱いだ。だからこそ、王子達の身分も変わってくる可能性が出てきた。
そうなれば第一側妃様の野望もここまでという訳だ。
「わ、わたくしは何も知りません!! 母の子として生きてきたのですよ!? それに、父の子であることは間違いないのですからわたくしが侯爵家出身である事には違いありませんわ!!」
そう叫ぶ第一側妃様。だけどそれがまかり通るのであれば法は必要ない。女性の身分が昔よりも高くなったとはいえ嫡出子と庶子の間の壁は高い。それに今回は庶子であるにも関わらず嫡出子という虚偽を行っているのも問題だ。
だけどまぁ、それは王家が判断する事。だって王家には多数の例外が存在するのだから。
「やっぱり帰ってもいいのでは?」
「だからまだ待てと。殿下、申し訳ございませんがもうしばらくのご辛抱を」
アデルハイト殿下は今日初めて公の場に姿を見せたのだ。見られることへの耐性が出来ていない。しかも『黒持ち』であることからその注目度は極めて高い。今にも倒れてしまいそうなのに必死に立っている。王太子となった事でその自覚が出たのか真っ直ぐに前を見続ける殿下は一回り大きくなったように見える。
『我も飽きてきた。後はリオネルとアーサーがいいようにやるのではないか? 我、いるか?』
「どうかもうしばらくのご辛抱を! さっさと終わらせるようにいたしますので……!」
そして閣下は礼をして離れた後陛下の元に向かう。それを横目に見ていたリオネル殿下はわずかに口角を上げて笑みを深めた。
(うわー、悪い事考えてるよ)
今日この日で決着をつける算段だったリオネル殿下。もうしばらくこの断罪劇を楽しみたかったみたいだけど、一刻も早く王宮から側妃を追い出す事には賛成のようだ。
「第一側妃、オードリー。其方は知らなかったとはいえその身分は虚偽のものであると判断せざるを得ない。本来庶子であるなら離縁し修道院に送るのが妥当であろう。だが、王子、王女を産んだ事も事実。よって第一側妃オードリーをバラディア離宮に一生涯の幽閉とする。また、第二王子第三王子、第二王女の三名の王位継承権を剥奪。第二王子はこれより臣籍降下。伯爵位を授ける。また、第三王子と第二王女は成人後に臣籍降下とする。第三王子には子爵位を、第二王女は修道院送りとする。また、王子王女共に子を設けることは許さない」
「そ、そんな!!」
「あんまりです、父上!」
悲痛な叫びをあげる王子と王女。彼らも母親の事は知らなかったというのに有無を言わせず臣籍降下になるなんて、というのが目に見えている。不服を露わにするがどうして自分達には特権が許されるというのだろうか。そんなものを許してしまえば過去の王の庶子を名乗る者達も同情しろというのだろうか。
厳しい判断とはいえ、陛下も彼らの父親。だけどその前に国王だ。国の最高責任者として、見過ごすことは出来ないのだと思う。と言ってもいくら母親が庶子とはいえ公爵位くらい与えるかと思えば伯爵位と子爵位とは。日頃の行いと第二王子の性格を考えての事だろうか。
(アーヴィン様は真面目だからなぁ……)
実は魔術学院で面識のあったリズとアーヴィン。見守ってきたフロイド以上に学院ではお世話になったという自覚のあるリズはアーヴィンが王子だった事を最近知って大いに驚いたものだ。
生真面目な第二王子は伯爵位でも身分が高いと言ってもっと下げるか身分を返上しそうだけど第三王子は明らかに不服そうではないか。王子としての身分を失うのは成人になってから。あと二年もしたら王子から子爵となる。父親が国王というのに下級貴族に落とされるなんて屈辱だ! と言わんばかりの表情。てか口にしてる。
そして第二王女。こちらは成人後修道院送りになる事が決定したのだ。せめてどこかの高位貴族に嫁げればと考えていたようだけどそれも断ち切られてしまった。婚約者のいなかった王女は今から嫁ぎ先を探すにしても母親が結果的に身分を偽った庶子であると衆人環視の前で明らかになってしまったのだ。嫁の貰い手は絶望的だろう。
そんな第二王女にキッと睨みつけられた、気がした。一瞬の事だったので見間違いかと思ったけど人の悪意に敏感になっていた私にはそれが間違いでなかった事くらい判断できる。きっとしょうもない事を考えているんだろうけどね。
「第一側妃オードリー。明日には離宮に向かう事だ」
「そんな……! 陛下、どうかお考え直しください! わたくしは陛下の側妃として、いいえ! 王妃様以上に陛下と国を思ってやってき……ひぃっ!!?」
「それ以上の言葉を紡ぐなよ……。いっそ貴様などこの世から消し去ってやりたいくらいなんだから……」
あぁ、リオネル殿下は間違いなく陛下のお子であるな! 何か殿下とは別の方向に歪んでる感じだわ。
「殿下はまっすぐ育ってくださいね……」
「リズ? 何、急にどうしたの?」
「血は水より重い、というやつでしょうかね」
「???」
純真無垢なアデルハイト殿下もいつかはああなると思うと寂しいしなんか悲しい。
王太子の儀で初の顔見せを行ったアデルハイト殿下よりも後の第一側妃の失脚の方が大きな話題を呼んだ。最後まで反論し、自分は何も知らなかった、騙されていたと言い放つ第一側妃は部屋に戻され翌日には強制的に離宮に向かわされた。バラディア離宮は北の王家直轄領にある離宮で冬の寒さが厳しく、また閑静な土地であるが故に娯楽がない。派手好きの側妃はこれまで一度も足を向けたことのない離宮だ。
そこで一生涯これから先生きねばならないなど、側妃からすれば死ぬのも同然。こんな形で側妃として幕を降ろす事になるなど夢にも思わなかったはずだ。
(ははっはははははっ!! ざまぁ!! これから先は忘れられた側妃として一人寂しく死んで行け! いや、奴のお気に入りの騎士だけ付けての生活もいいだろうな。権力に媚びた騎士に罵倒されて惨めったらしく死んでいくのがお似合いだよ)
第一側妃に対する強い恨みがあるリオネル殿下は処罰を更に上乗せしそうな悪い笑顔ではないか。私怨で罰を重くするのはありなのか……? いや、プライドの高い王子だからな。
(誰にも言ってない、言いたくない程の屈辱を受けたからこそ本来人に興味のない殿下があんなにも嬉々として断罪の材料をそろえたんだろうか……?)
ま、知らんけど☆




