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イェルサの民

 

『黒持ち』には魔族の血が流れる穢れた存在。人類の憎むべき敵である。


 それは各国共通の認識だ。特にクラシオン共和国を中心としたクレプス教を国教と定める国では見つけ次第駆除対象となっている程である。


 そんな世界の共通認識が聖獣ゼーレによって覆される。



『今の時代では『黒持ち』と呼ばれているのだな。我がこの世界に肉体を得た時には『イェルサの民』と呼ばれていた』



 そうして語られたのはシリル王国建国よりも更に前の時代。

 今よりも精霊や人、魔物との距離が近かった時代の話。




 *****




 あるところにイェルサという黒髪の女とこの世界を創ったと言われる精霊王がいた。


 二人は深く愛し合っており村から近い森で逢瀬を重ねていた。


 ある日、精霊王はイェルサに贈る花を探しに森の奥深くに向かった。イェルサは王のいない森で採集を行い王の帰りを待っていた。そこにイェルサに嫉妬した村の女が男達を連れてやってきた。



 王が無事に花を見つけて戻って来た時にはイェルサは無残な姿へと変わっていた。

 傍らにいた女にも、イェルサの返り血を浴びた男達にも目もくれず王はイェルサの蘇生を試みる。


 だが蘇生は失敗。

 既に魂を失っていたイェルサはイェルサの形をした亡者でしかなかったのだ。


 自我もなく暴れるイェルサは男達と男達をけしかけた女を襲い暴れ続ける。彼らは逃げ惑い、王に助けを求めた。だが王が助けるはずがない。王の怒りはついに男達に向けられた。一人は焼け死に、一人は雷に打たれて、一人は風の刃に切り裂かれ、一人は大地に引き込まれて。そして元凶の女はその全ての苦しみを与えられて殺された。


 元凶が死んでもなおイェルサの暴走は止まらず美しい森を破壊する。

 この時、王は壊れてしまった。



 イェルサの肉体はただの抜け殻。魂はない。いや、違う。


 こうなる事が予想した精霊たちがイェルサの魂を持ち去ったのだ。この世の理を、自然の摂理を定めた王がそれを覆す事を良しとしなかった精霊達。精霊王から一種独立した上位精霊達はイェルサの魂を砕き、その魂を配下の精霊達に取り込ませる事で精霊王からの手を逃れたのだ。


 これで簡単にイェルサを復活させることは出来ない。魂を輪廻の輪に還すにも今は精霊王に見つかる訳にはいかない。精霊王が悲しみを乗り越え落ち着くまでの苦肉の策としてこの方法をとるしかなかったのだ。


 だが精霊王の怒りは収まることなくイェルサの散った魂を求め彷徨い続ける。多くの生物の命を奪いながら。


 多くの命を奪う精霊王はいつしか『魔王』と呼ばれるようになる。


 事態を重く見た精霊達の中でも精霊王に近い力を持つ精霊達と聖獣達によって『魔王』は封印された。封印するのがやっとだったのだ。


『魔王』はイェルサとの思い出の地でイェルサの亡骸を抱きながら眠ることになる。

 しかし封印される直前、魔族に命令を下す。



『貴様らに力を与える。代わりに眠りについている間イェルサの魂を集め我が前に献上せよ』



『魔王』となった精霊王からは常に瘴気が溢れそれが魔族の糧となった。

 魔族は約束を守り、イェルサの魂を持つ人間を見つけ『魔王』の眠る森に献上した。攫われた人間を連れ戻しに来た者達がいたが、瘴気溢れるこの森には人間どころか魔物以外の生物は近寄る事も出来なかった。


 それが『不可侵の森』の始まりである。



 イェルサの魂は精霊と共に世界各地に飛び散る。輪廻の輪に還るにもイェルサ一人分の魂が揃わない限り還る事は叶わない。


 精霊と一体になったイェルサの魂。

 元の一つの魂となるには各地に散った魂を集める必要がある。唯の魂の姿では脆弱である為、別の人間の魂に入る事で魂を安定させた。


 そうした人間の特徴にイェルサと同じ黒髪をもって生まれてくる。その人間は生まれながらに精霊と同等の力を持つ。イェルサと同じく優しく清廉な魂を持つその人間はいつしか『イェルサの民』と呼ばれる事になった。同じ魂を持つ者同士惹かれ合い、死後魂の欠片は融合していく事で元の人一人分の魂となる。


 そうして漸く輪廻の輪に戻る事ができるのだ。


 そして魔族だがこれは建国譚にあるようにシリルを含む各地の英雄と呼ばれる事になる若者達が決起し『魔王』が眠る『不可侵の森』に封印する。英雄となった者達の中には『イェルサの民』も含まれていた。


 英雄達と共にあった精霊、聖獣達は今後も『魔王』や魔族を封印し続ける為、各地で名を馳せた英雄達の魔力や神力を『不可侵の森』を取り囲む為の結界を創った。『不可侵の森』全体を覆うともなるとそれを維持し続けるには膨大な魔力を必要とする。


 だが封印が解けてしまえば再び魔族が現れ、いずれは『魔王』すらも復活する事となるだろう。

 その為に結界を維持する魔力量の多さ、質、悪用を考えない高潔さ。それら全てが必要であり、その資格を有する者を選ぶのが各国の守護聖獣、守護神である。


 その資格を失えば世界は再び混沌の時代に突入する事となるだろう。

 子々孫々の時代にまで語り継がれる遠い時代の記憶(物語)


 平穏に、幸せに暮らしていた人々の記憶。

 愛し合っていた者同士の突然の別れが引き起こした悲しい惨劇(記憶)




 *****




『貴様らが今『黒持ち』と差別し侮辱している人間は精霊にも等しい存在だ。『不可侵の森』の結界を今現在維持しているのも過去、命を賭してそれを守り続けてきた『イェルサの民』の功績が大きい! これ以上我の前で侮辱するというのなら! 貴様の魂、我が喰ろうて二度と生まれ変われぬようにしてやるわ!!』


「「「ひぃぃっ!!!?」」」



 聖獣自らが語る前時代の過去(歴史)

 王国史を紐解いてもこんな事実は確認されないはずだ。後の世の人間によって『イェルサの民』は『黒持ち』という魔族の血を引く悪しき存在に挿げ替えられてしまったのだから。


 聖獣の存在自体が眉唾物として扱われてきた今の王国には到底受け入れられる話ではない。

 それでも人よりも長い時代を生きてきた聖獣という存在が語った過去は、紛れもない事実であり現に『不可侵の森』の結界は脆弱となっている。


 瘴気が広がり、汚染範囲が広がってきているのだ。

 魔獣の活動が活発となっている今、その原因が結界の弱体化であるのなら強化するべき事象。そしてそれを行えるのは聖獣が認めた王太子、アデルハイトである。



『アデルハイトが成人後結界の維持に魔力を供給する事になる。そして現在はその魔力供給と我の存在を維持しているのがここにいる護衛魔術師リズだ。二人とも『イェルサの民』であったことが幸いしたな。そうでなければあと5年もせずに瘴気は一気に広まり王都にまで及んでいたことだろうよ』


「「「!!!?」」」


「まさかっ……!?」



 いち早く反応したのは西方地方の貴族達。彼らは『不可侵の森』がもたらす魔獣や瘴気の対応に悩まされていた。じわじわと迫りくる瘴気に対処も真面に出来ず怯えていたのだ。

 瘴気に汚染された土地では作物は育たず不毛の大地となる。『不可侵の森』はかつて精霊王とイェルサが過ごした森で精霊王の加護を受けていた事もあり木々が育っているが、これはあの時代のまま時が止まったままの状態で維持されているに過ぎない。



『王太子、次期国王となるのはアデルハイトである。別の人間を置くというのならそれは其れでかまわん。シリル王国が終わり新たなる国が出来るだけの事。あぁ、勘違いするなよ。アデルハイトをそのまま結界の維持に使おうと思っても無駄だ。我が認めぬ人間でない限り、結界を維持する事は叶わない」


「そ、そんな……!」

「では、殿下を王太子にしなければ国は……」

「う、嘘だ……。そんな、事……」



 目に見えて絶望する連中をさておき、ここで再び第二王子アーヴィンはブラッドフォード公爵と夫人に対して髪の提供を催促する。

 茫然としていた公爵だがハッと我に返ると聖獣に対して息巻く。



「で、出鱈目だ!! そんな作り話、今まで聞いたことがない!! 王国史にそんな話はどこにもないんだっ! 出鱈目を言って魔族を王太子にしようとしているのに違いない!!」


「公爵!!」


「嘘だ、全部嘘だ!! 皆の者、騙されるな! 聖獣と名乗っているがそれが本当に聖獣なのか誰か証明した者はいるのか!? 大方、適当な魔獣に魔術でもかけてそれらしく操っているか使い魔でも召喚して演技でもさせているんだろう!? この邪なる獣め、そこの魔族とつるんで国を乗っ取るつもりだろう!?」


「……話にならんな」


「そうだ! きっとそうだ! 陛下、この聖獣と名乗る獣を召喚し、操っているのはそこにいる魔術師の姿をした魔族です!! これまでの恨みだとかいう見当違いな逆恨みで人間を滅ぼす心積もりなのでしょう! ですが! 私の目は誤魔化されません! 誰も魔族のいう事など「そこまでだ」……!?」



 目を血走らせながら必死に自分の都合のいいように物語を語る公爵に声を掛けたのは王太子の儀に招待されていた神聖ザカライア法王国の代表、法王の甥であり公爵家の長男でありながら将来の法王とまで噂されるシリル王国第一王女コーデリアの婚約者でもあるブレット・マーシャル・ゴールドバーグ。


 国賓として招かれている賓客の前で犯した己の失態。国の為と言いながら他国の王族や皇族、それに近しい血縁の者や大臣クラスの人間の集まりで自国の王族や聖獣を貶す発言。公爵の顔色が青くなる。



「見苦しい。それでも王国三大公爵家の当主だと? 公爵ともなればその責任は重大。大人しく提出せよ」


「ぐっ……! こ、これは王国の問題であり貴殿には……「関係ないからこそ、時間をとらせるなと言っている」うっ」



 そうしてゴールドバーグは王太子アデルハイト、護衛魔術師リズをしばらく見つめた後壇上にいる国王アーサーに向かって礼をとる。



「突然声を上げてしまい、申し訳ございません」


「いや、結構。落ち度はこちらにある」


「それでも。どうしても許すことが出来なかったのです。自制できなかった我が身を恥じるばかりです」



 しおしおっと気にした雰囲気を出すゴールドバーグ。薄い金髪に紫の瞳の美青年はリオネルと比べても遜色ない程の美丈夫っぷりだ。今の仕草なんか老いも若きも女性のハートを貫いた。

 王に一礼し戻る際、もう一度リズを見ていた事にリズ本人は気づいていなかった。その眼が熱に浮かされたかのようにうっとりとしたものだったとは。


 そうして女性達が頬を赤く染め上げている間にブラッドフォード公爵、夫人、伯爵である息子の毛髪を採取し魔道具での検証が始まった。


 結果、父公爵と息子の伯爵とは血縁関係が現れず母の夫人とは反応を示した。玉は夫人との血縁を示すように赤く染まっている。



「赤は母親との縁のみを示す。……公爵、息子が養子であることは無いね? そんな報告は上がっていないし、もし忘れていたとするなら報告義務違反。これが故意であるなら貴族籍の偽りと見做す。……その様子じゃ本当に何も知らなかったようだね」


「……そんな……ばかな……」


「さて、公爵のご子息で伯爵のダドリーがまさか公爵の実の子ではなことが判明した今、疑わしきは他にも出てきてしまった。……が、これ以上は来賓の方々にはつまらぬ検証になりますでしょうから、後程時間をとっていただきたく思います。よろしいでしょうか、陛下」


「うむ。仕方ない。とても見過ごせぬ事態であるからな」


「では、この後に行われる晩餐の前に終わらせるとしましょう」



 そうして王太子の儀は再開されその後は問題もなく儀式は終わった。


 聖獣が認めし王太子アデルハイト。

 その名は国中に知れ渡る事になる。


『黒太子』と。

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