血筋の正当性を問う
「断固、反対いたします!!」
そう声を張り上げたのは王国三大公爵家の一つ、ブラッドフォード公爵であるブルーノ・デール・エアハートだった。すでに老年と言われて十数年という年齢だというのにその声には張りがあり、どっしり重い。その声に誰もが注目する。
眼は血走り血圧が上がって倒れるのではないかと思うほど興奮して赤くなっている。フゥフゥと呼吸を乱す公爵は若い頃よりも自由の利かなくなった身体を必死に動かし壇上に迫る。公爵の剣幕に気圧され騎士も初動が遅れてしまった。我に返り慌てて諫めようと動いたが、国王は手で制し騎士を留める。
「発言を許す。ブラッドフォード公爵よ。何が不満だ」
冷静な国王陛下はブラッドフォード公爵の不敬な行動を咎めず、とりあえず話を聞く事にした。ただ、王太子がアデルハイトである事と時代の王となる事は聖獣の決定した事。覆すなんて事はあり得ない。
「我が主君、アーサー・ヴェルデ・ラファティ陛下にご挨拶申し上げます。不躾な真似ですがお許しを。……ですが、私は断固反対いたします!!」
「続けろ」
「はっ! 私は王国公爵家の当主として王国の為を思い進言いたします! いくら聖獣様が顕現なされ王太子に指名したとしても、アデルハイト殿下は『黒持ち』!! そんな殿下が王太子になれば各国からも批判は必至!! 要らぬ争いが巻き起こりましょうぞ。どうかお考え直しを!!」
臣下として王国の為を思っている体だが実際のところは自分の派閥から王太子を輩出したいだけ。勿論根底には『黒持ち』への嫌悪がある。王太子アデルハイトとその傍に控える護衛魔術師を憎々し気に睨みつける。
「アデルハイト殿下が『黒持ち』という事はその兄であるリオネル殿下も魔族の血が流れているという事! つまりは正妃様の血筋に問題があると考えます! 神聖なる王族に魔族の血など許されることではありません!! 是非ともご再考を!!」
「(ピクッ)」
(((死んだな、ブラッドフォード公爵)))
気づいていないのかブラッドフォード公爵は更に続ける。
「正妃様の御実家リンク侯爵家は元より、メイウェザー公爵家にもその血筋を疑うべきです! 魔族の血を引く公爵家など国の威信に関わる重大事件ですぞ! 今ここでもって、メイウェザー公爵家の爵位を没収し、一族を捕らえ刑に処するべきです!!」
黙って聞いているのをいいことに公爵は揚々と語る。
その権幕と『黒持ち』という事を合わせ公爵に追随する一部の貴族達。
静観する他国の要人達に憤りを隠さない神官達。
「陛下!! どうぞご再考を! 王国の――」
「黙れ。ブラッドフォード公爵、貴様がな」
「な!?」
「何が王国の為だ。王国の為だというのなら貴様らを国外追放する方が余程国の為だ」
「「「!!!?」」」
ブワァッ!!
陛下の魔力が溢れだす。その魔力には怒りがありありと現れている。流石は王族というべきその魔力にブラッドフォード公爵は息を呑む。その魔力が、陛下が敵意を向けているのは公爵なのだから。
「ブラッドフォード公爵よ。聖獣様のお言葉を理解できないようだな。それでは今後の公爵としての仕事も滞る事だろう。ここで爵位を返還してはどうだ」
「な!? 何をおっしゃいます!? 私はいたって健康です! 失礼ですよ!?」
顔を真っ赤にして怒る公爵。自分の息子と同年代の国王に暗に『耄碌しているから引退せよ』と言われたのだ。当主として今でも現役のブルーノは侮辱ともいえる国王の発言に抗議する。
「第一引退を言い渡されるのは兎も角、爵位の返還とはどういう事ですか!」
「ここで言い渡してもいい。いや、それが良いだろう。立太子の儀の途中ではあるが、こちらを先に片付けるとしよう」
そうして国王は後ろに控えていた第一王子リオネルに目配せをすると、一つ頷いたリオネルは前に出た。
「ここからは私が引き継ぎましょう。ブラッドフォード公爵、陛下の温情を無駄にした事後悔することになりますよ」
少し悲し気な表情を作るリオネル。見る人が見れば作り物だというのは丸わかりだが多くの人間はこの表情にまんまと騙される。だがブラッドフォード公爵は長年貴族社会に身を置いてきたのだ。リオネルの表情が胡散臭い物だという事は承知の上である。
「何が言いたいのですかな? 魔族の血を引く王子よ」
「公爵家の血筋の正当性を問う。私や王太子アデルハイトの血筋を問題視するのであれば、貴殿の血筋も問われる事になるのは当然だろう?」
「私の一族に、魔族の血を引く者などおりません!!」
血筋の正当性。
実にシビアな問題をこのような大勢の、それも他国の要人達もいる前でする事になるとは。だが、先に血筋を持ち出したのはブラッドフォード公爵だ。
リオネルは一切手加減をするつもりはない。もうすでに、ブラッドフォード公爵家一門はシリル王国から抹消される未来は彼の中で決定事項なのだから。
「検証したいのはブラッドフォード公爵家、あなたの子供達の血統についてです」
「私の子供達について……?」
「えぇ、夫人。あなたに心当たり、ありますね」
「!!」
ブラッドフォード公爵と共に登城していた夫人は目立たぬようにひっそりしていたが、リオネルには居場所がバレていた。第一王子リオネルに呼びかけられたらいくら公爵夫人と言えど無視するわけにもいかない。
「……いえ、何の事でしょう。わたくしに心当たりなどございません」
「殿下! いくら殿下といえど、我が妻に対して証拠もない事で貶す行為、断じて許しません!!」
「なら、証拠をお見せしましょう」
「「「!?」」」
そうして用意させたのはのはリズ作の魔道具。
無色透明の玉が三つ並ぶようにして配置してある。その玉には同じく透明の筒状のガラスが玉と一体になっており、玉には陣が刻まれている。
「これはうちの優秀な魔術師が開発した魔道具でね。ここの筒に対象者の髪や唾液、骨、歯、血液などの体の一部を入れると血縁関係のある場合、玉が光る仕組みだ。他人であるなら反応しない。とてもシンプルだと思わない? 公爵、夫人、ブラッドフォード伯爵の髪でいいから採取させてくれない?」
「はっ……、そのような魔道具聞いたこともありませんぞ!? 検証はされているのですか!」
「勿論だとも! 何ならここで証明して見せよう。陛下。実証実験をすることが最もわかりやすく信ぴょう性も高いと判断いたします。陛下の髪と王妃である母上と私とアデルハイトの親子関係の証明を行いたく思います」
「うむ。良かろう。王妃も良いな」
「勿論。何の問題もありません」
そう言って王妃は国王と共に肩を並べる。
陛下と一瞬だけ目を合わせた後、王妃ジュリエットはブラッドフォード公爵を真っ直ぐに見つめる。その目には「調べたければ調べろ。私に後ろ暗い事など一切ない」と語っている。
「私が手を出してしまったら後々不正を疑われるだろうから……。アーヴィン! 悪いんだけど公爵と夫人と伯爵から髪を採取してくれるかい?」
リオネルが指名したのは敵対しているだろう第二王子のアーヴィン。まさか彼ならリオネルに有利になる真似はしないだろう。だが、敢えてアーヴィンを指名するという事はそれほどあの魔道具に絶対の信頼があるというのか。
公爵は頭に血が上りこの場で声を上げた事を後悔し始めた。だが、あの時声を上げなければ王太子はアデルハイトに決定していたのだ。
(『黒持ち』が王太子などありえん!! 絶対に認めてなるものか!!)
この時公爵は王太子の事で頭がいっぱいだった為、全く見えていなかったのだ。……隣で青を通り越して白くなっている夫人の顔色に。
「承知。公爵、夫人、伯爵。協力してくれるな」
曾孫にあたる第二王子はあくまで王族。有無を言わさない威厳がある。
「勿論です。妻も息子も……!?」
ここで漸く気づいた。
身体を震わせ白い顔で空を見つめる夫人に。息子でありブラッドフォード伯爵のダドリーは夫人の動揺っぷりを見て察した。母が、まさかとは思ったがコレでは最早調べるまでもなく肯定しているようなものだ。
「マ、マルヴィナ……? まさかっ」
「っ……ぅ……」
言葉にならず空気を吐き出すしか出来ない夫人の様子に公爵もまさかという思いだ。だが、今までそんな素振りなど見せなかった。なのに、ここに来て……!
「さぁ! こっちは準備出来たよ。向かって左が国王陛下真ん中が王妃殿下で右が私。アデルハイトのはこっちに。まずは私と国王陛下夫妻の親子関係を調べよう。その後アデルハイトとの親子関係。最後にこれは必要ないかもしれないけど、私とアデルハイトとの兄弟関係。親子である場合、父の玉は青、母の玉は赤、子の玉は紫に光る。血縁関係が無い場合は無反応、つまりは無色透明のままだ。いいね?」
「「「……!」」」
そうして筒に対象者三名の髪を入れ、魔力を流す。
すると三つの玉はそれぞれ青、赤、紫に輝き光を放つ。
「うん。血縁関係が証明された。では今度はアデルハイト。……うん、血縁関係ありだ。皆も、ここまではいいかな」
「こ、これは……!」
「この魔道具を開発されたのは一体……!?」
大広間中がどよめき魔道具について誰もが口にする。中には青褪める夫人も見られるではないか。こんなものが出回りでもしたら、血を重んずる貴族にとって画期的でもあるが混乱を齎すに間違いない。
「では、私とアデルハイトとの兄弟関係だ。左に私、右にアデルハイトを並べる。うん。二本とも綺麗な紫色になったね。このように実の兄弟であれば紫色に光る。では、私とアーヴィンのように異母兄弟ならどうだろうか。疑問に思うだろう」
「異母兄上。私の髪もここに?」
「問題ある?」
「いいえ。ありません」
そうしてアーヴィンは自らの頭髪を一本抜き、アデルハイトの筒を抜き取った。そこに新たに自分の髪を入れた筒をセットする。
結果は。
「緑色だね。父と母が同じの私とアデルハイトは紫。母の違うアーヴィンとは緑。父が同じなのだから玉が反応するのは当然。だが、母が違うのだから同じとはいかない。どうだろう。これでこの魔道具の信ぴょう性は高まったはずだ。勿論、すでにこの魔道具は宮廷魔術師団長も検査済だ。よって魔術省最高責任者としてこの魔道具を正式に承認する」
おぉっと歓声が上がる。この魔道具があれば血縁関係が一目瞭然。これまで家門の入ったネックレスを持っていた、同じ場所にホクロがある等いまいち信ぴょう性がない貴族の落胤を自称する者を迎えるにしても確固当たる確証が欠けていた。それがこれで解消できる。
そしてその逆も然り。
「さぁ。公爵、夫人、伯爵。髪を提供してもらおう」
「……っ」
「どうした。早くしてくれ」
冷たい目で催促するアーヴィン。曾祖父が窮地だというのに何故こうも冷静なのだ。
ちらっと壇上を見ると顔色を失った第一側妃が見えた。
「こ、ここで証明する必要が……」
「ある。貴殿はこの場でアデルハイト王太子に対して血縁を指摘した。王太子が『黒持ち』であろうと陛下と正妃様の親子関係が公の場で認められた。なら、貴殿もここでその血統を証明する必要がある。王族が証明して見せたのだ、貴殿がしない訳にはいかない」
「で、ですが……! 王妃様の血筋が魔族の血を引いている事の証明には何の……!」
『『黒持ち』というのはアデルやそこにいる護衛魔術師リズの事だな?』
「「「!!」」」
これまで無言を貫いていた聖獣ゼーレ。
「ひっ……!」
これまで抑えていた威圧。それが今、ブラッドフォード公爵に向けられている。あまりの恐怖が公爵を、夫人を、伯爵を襲った。公爵家親子だけではない。睨まれたのは王国貴族だけでなく、各国要人達にも向けられた。
『皆、心して聞くがよい。『黒持ち』と呼ばれる彼らの本当の正体をな。』
そうして語られるのは『黒持ち』と呼ばれる人間について。それはいつの間にか隠蔽された真実。いつの時代からか変換され陥れられた『黒持ち』の正体だった。




