立太子の儀
「さぁ、時間です。準備はよろしいですか?」
「……うん」
「では、参りましょうか」
新しい時代の幕開け。その第一歩を踏み出す。
*****
シリル王国王都プレアデス。
普段から活気ある街だが数日前からその賑わいはさらに高まっておりシリル王国内外からたくさんの人間が集まってきていた。人々の表情は明るく、皆希望に満ちていた。
立太子の儀が本日行われる。
告知されたのは10日前。急なことだが大きな混乱はなく、時代の先導者が決まったことに安堵する国民が多かった。アデルハイト殿下とは一体どんな王子なのだろうか。リオネル殿下が良かった! いや、第二王子だ! など、王太子に選ばれなかった第一王子や第二王子の良さを思い思いに語っていく。
普段は真面目に仕事を熟す職人気質の頑固な男も、家事に子供の世話に夫の世話にと大忙しの主婦でさえも今日ばかりは羽目を外し、大いに騒いでいる。
「聖獣様だってさ! やはり聖獣様は我々を見て下さっていたのだ!」
「ああ! なんて素晴らしい……! きっと王太子様も聖獣様がお選びになったお方なのだから素晴らしい方に違いない!」
「ハハハッ! 違ぇねぇ! シリル王国万歳!!」
「「「万歳!!」」」
老いも若きも昼間だというのに酒を仰ぎ、普段ならそんな姿に文句をいう肝っ玉母ちゃんも今日は無礼講。まだ見ぬ王子の立太子の儀を祝ってあちらこちらでそんな声が上がっている。儀式が終わり次第、王宮広場に姿を現す事を楽しみにしながら、楽しい時間は過ぎていった。
*****
立太子の儀。
既に大広間には関係各国の要人や自国内の貴族が集まっている。先日の記憶が新しいせいか、顔色が優れない者が多数いるが意地と誇りでその場に留まっている。
期待に胸膨らませる者や野心を抱く者、王太子となる人物を見定めようとする者。関心なくただの儀礼としか考えない者など様々な思惑が大広間に集められている。これからこんな連中を相手に茨の道を行くアデルハイトを憐れむのが彼の護衛魔術師であるリズだ。
リズは自身が庶民として生き、平民以下奴隷以下の生活をしていた。ある時第一王子リオネルに拾われたことで人生が一変する。隠れて生きていた彼女が大勢の人の前に立った時のあの人々の反応。
あのような事が起こらないとは限らない。自分とアデルハイトでは立場も権力も天と地ほどの差があるが、人の感情がそう簡単に覆るとも思えないのだ。憎まれ、蔑まれ、罵倒されてきたリズはある意味で耐性がある。しかし、アデルハイトはどうだ。長年〝北の塔〟で暮らしていたアデルハイトはこんなにも多くの人間を直接見るのも初めての事だ。平常心を保てるものなのだろうか。
緊張と不安が混じった表情のアデルハイトを見ると、外に出られるのは良かったが王太子の役目が重いのではないのかと思わずにはいられない。どこか田舎の王家直轄領で細々と暮らした方が殿下の為になるのではないか。何度も頭に過った考えだが、それを口にするほどリズの身分は高くなく王家や貴族と言ったしがらみに詳しくもない。王家に生まれた責任というのも理解できないリズにはアデルハイトに全てを投げ出して生きろなどと無責任な発言は出来ないのだ。
そうこうしているうちに王家に名を連ねる者達の入場が始まった。次々と入場してくる王族達の中にはリオネルの執務室に突撃をしてきた第二王女の姿も勿論ある。だが、王太子指名の際に不敬にも聖獣に近寄ろうとした第二側妃の姿はどこにも無かった。
厳かな空気が流れ、最後に国王陛下が現れた。そしてその傍らには聖獣ゼーレの姿がある。おおっと驚嘆する人々を尻目に、ゼーレは堂々とした姿を崩さない。国王の傍らに留まり、式の開始を待つ。
「これより、立太子の儀を執り行う」
国王の宣誓を皮切りに神官達が用意していた神具を慎重に取り出す。王太子の証である剣と玉だ。神官は祈りを捧げ終わるとスッと元居た場所に戻る。
「第五王子アデルハイト。前に」
その声が大広間に響き、一人の少年は姿を現した。
「きゃぁぁぁ!!?」
「な!? 何故ここに魔族が!?」
「衛兵! 即刻排除しろ!!」
姿を見るなりコレだ。
予想は出来ていた。むしろこれが正しい反応。明らかな嫌悪を隠すこともしないその姿はひどく醜い。顔を顰め口を覆い、口々に罵りの声を上げる。今が何の最中であるのか忘れたかのように。
「静まれ」
「「「!!!」」」
重々しく、はっきりとした声でそう告げたのは国王陛下。ハッとして慌てて口を紡ぐが時すでに遅し。国王はそんな人々の顔をまるでゴミ屑でも見るかのような表情だ。その瞳には一切の感情が抜けている。
「アデルハイト・ウィリアム・ラファティ第五王子。前へ」
慌てて弁明しようとする各国、各貴族達だが儀式は継続している。神官に名を呼ばれたアデルハイトは歩みを再開させ、国王の眼前にまでたどり着いた。
12歳という割に小さく華奢なその体はよく見れば小刻みに震えている。泣き出してしまいそうなのを必死で堪える姿に、王妃であり母であるジュリエットの胸が軋んだ。
「其方をシリル王国王太子に指名する」
「……拝命、いたします」
そうしてその小さな手に剣と玉を手渡す。国王も自らの立太子の儀の際に受け取ったものだ。その頃の緊張とアデルハイトの緊張とではかなり質が違う。我が子に苦労をかけることになると思うと心苦しいが、心を鬼にしてこの大役を任せねばならない。それが国の存亡に関わるのだから。
剣を受け取り、控えていた神官へと渡し次に玉を受け取る。
―――玉を手にした瞬間。
カッと明るく白い光が玉から発せられた。そして、その光は大広間全体を覆い白い空間が出来上がる。何が起きたのかザワザワする人々だが、アデルハイトや国王、傍らに控えていた神官達や王の斜め後ろに控えていた王族達は絶句する。
『やぁ。君が僕の意思を継いでくれるのかな?』
そう言って優しい微笑みを浮かべる青年。
国王と同じ金の髪と藍の瞳の男。
『シリルよ。其方に再び相まみえた事。嬉しいぞ!』
『ゼーレ。久しいな!』
「「「!!?」」」
青年の正体。それはシリル王国建国の父であり王家の始祖。シリルその人だった。
俄かには信じ難いが、聖獣がシリルと呼んだ事と王家の色である金髪と藍の瞳が何よりの証拠。何より、ここで否定することが出来る人間はいない。この清廉な空間で言葉を発せられる人間などいないのだから。
『アデルハイト。君にこの国を託す。しっかり守ってくれ』
「はっはい……! 心得ました!」
『うん! ……アデルを頼むよ。イェルサの民よ』
「……御意。この身尽きるまで、アデルハイト殿下にお仕えする事を誓います」
アデルハイトの傍に姿を消して控えていたリズ。この白い空間ではどれだけ隠蔽しても正体が明らかになってしまうようだ。跪き頭を垂れるリズにシリルは人撫で頭を撫でる仕草をする。実体のないシリルでは触れることは出来ないが、不思議と温かさが伝わった。
『アデルハイト・ウィリアム・ラファティを次期国王と認める。我が意思を継ぐアデルハイトよ。今後の王国を頼んだぞ』
「ははっ! 始祖様の思いを継ぎ、アデルハイトは今後とも精進することを誓います!!」
最後にうん、よろしくね! と言って微笑むシリルは徐々に消えていき、元の大広間に戻った時には光はすっかり消えていた。
あまりの出来事に今までの事は白昼夢だったのかと疑ったがアデルハイトが手にしていた玉の色が透明から藍と金の混じった色に変化をし、まるで生きているかのように玉の中で煌めいている。
『すっかり色を失っていたが本来の色に戻ったな。この玉に魔力を満たす事が出来る者が次代の王の証。今ここでアデルハイトが玉に魔力を満たした事を確認した。ありがとうアデル。そして、おめでとう!』
アデルハイトは元の大広間に戻った後もしばらく茫然としていたが、聖獣の言葉に我に返る。手に持っていた玉の変化にも今気づいたようで慌てたが、玉を落とすというようなことは無かった。受け取った時は無色透明。でも今は王家の色とも呼ばれる藍と金。夜空を思わせるその色合いに思わず見惚れてしまう。
「おぉっ! 神具が……!」
「やはり、先ほどの青年は……!?」
「あぁ! 何という事だ!!」
弾んで興奮した声を上げるのは神官達だ。目の前で起こった現象に興奮を隠せない様子。いい年をした大人であるがまるで子供のようなはしゃぎっぷりである。
それでもその様子を咎める者はいない。
国王ですら今目の前で起こった事が信じられない思いだった。他の貴族や各国の要人達も同様に、皆茫然自失である。
『控えよ!』
「「「!!!」」」
聖獣の一喝。
これで漸く我に返り、聖獣の前に平伏す。
『皆、心せよ。始祖シリルに選ばれたのはアデルハイトだ!!』
「「「おおおぉぉぉ!!!」」」
大広間に響く雄叫び。
主に発せられたのは神官と聖獣信仰の貴族達。他の者達は声を上げることは無くても拍手をすることで恭順の意を表した。
国外の要人達は未だに先程の事が信じられないようだ。聖獣の顕現だけでも眉唾物だというのに聞けばさっきの青年はシリルという王国の始祖だというではないか。ありえないと頭では思っていても目の前の光景を見せられたら信じざるをえない。魔術でも幻術でもない。あれは現実だったのだ。
王太子アデルハイトの為人を調べる事が国から与えられた命令。聖獣の顕現や先程の青年の事は謂わば二の次。だが、アデルハイトを知る為には聖獣や先程の青年の事を知るべきだ。そう直感が告げる。アデルハイトが『黒持ち』でありながら王太子に指名されたのもそこに要因があるのではないか。
忌むべき存在である『黒持ち』。
各国でその扱いはそれほど差はない。人に害成す存在で祖先に魔族と交わった魔人である。それが各国共通の認識である。
中には明らかな嫌悪を現したままの者も多い。
そしてその中から騒ぎ出す者が現れる……。
「断固、反対いたします!!」
大広間にいる人間全てがその言葉を発した男に目を向ける。
そこにいたのは三大公爵家の一つ、ブラッドフォード公爵だった。




