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疲労は人を変える

 

 アデルハイト殿下の立太子の儀まであと三日。


 儀式の内容を確認、作法の習得、その後の対応など多くの事を頭に入れて当日に向けて準備を進めていく。


 大広間の様子を見ていたアデルハイト殿下はあの前に立って儀式を行うという事を知り、緊張と不安が襲ったようで近頃寝つきが悪いようだ。あの大広間に集まった人間よりも多くの人間の前で演説する事にもなる。可哀そうに思うが、これは殿下が自力で乗り越えなければならない事。回数を重ねれば慣れても来るだろうから大丈夫だろう。


 それと王太子の指名が行われたその日から〝北の塔〟に押しかけ殿下に取り次ごうとする不届き者がやって来ていた。想定内であったしそもそも〝北の塔〟は外部との接触は食事の受け渡し程度しか出来ない仕組みだ。どういった理由であれ、出入りできる人間は限られそれ以外の人間は弾かれる。追い返すまでもなく退散していく連中を顔と名前をあの後配置させた騎士に記録させる。


 記録したメモ用紙を受け取りに行くと久々の感覚……! 蔑みを隠そうともしない騎士達は何かぎゃあぎゃあ言った後、メモした紙を放り出したので仕方なく拾い集める。しゃがんで拾っていると後ろから蹴り飛ばされ、手を踏み躙られた。王宮に勤める騎士でもこんな事するんだなぁ、と他人事のように思う。近頃は周囲の方々からとてもよくしていただいたので本当に久々に感じ懐かしい思いだった。


 素早く紙を拾い集め塔の中に戻る。汚れを浄化し踏まれた手を治癒しながら今度はリオネル殿下の執務室に向かう。殿下は何故かこの〝北の塔〟から出て行かない。人の邪魔が入らないのから仕事が進むらしいが、次から次へとやってくる仕事に来客対応、文官とのやり取りなどを一手に担うラヴクラフト様は疲労で倒れないのだろうか。



「心配なら回復薬でも持って行ってやってよ。ついでにもっとやり取りがスムーズに行くような魔道具を作ってくれたらいいんだけど?」


「殿下が本来の執務室に戻ればいいのでは?」


「今の王宮なんて有象無象の集まりだよ? そんなのに構ってられない、時間の無駄!」



 アデルハイト殿下の実兄という立場であるリオネル殿下。最も王太子に近いと呼ばれた男。知性もカリスマ性も国民からの人気も統率力も高いリオネル殿下の人気は王太子が指名されてもなお高い。聖獣様に主として認められたという、姿を見せないアデルハイト殿下よりもリオネル殿下の方が相応しいのではと考える人間は多いのだ。それが王国の為と何とも見当違いな考えで持ち上げる連中は結果それが王国を滅びに向かうことになるとも知らずに。


 うんざりするリオネル殿下に一応部下として労いの思いを込めて回復薬を渡す。用法・用量は以前にお渡しした時に説明しておいたので今回は省く。



「ありがとう! これ、ホントによく効くんだよね。悪いけど、デリックにも分けてやってくれない? あっちもかなり追い込まれてるみたいだからさ」


「……ご迷惑でなければ」



 迷惑じゃないから持って行って! そういわれてやってきた王宮内にあるリオネル殿下の正式な執務室。騒ぎになっても面倒なので前回同様、髪色を変えて人目に付かない様に潜入、目標(ターゲット)発見!声を掛ける前に好奇心から仕事中の様子を伺ってみる。


 うむ。謀殺されておる。


 まず立派な机の上が見えないほどに書類が積みあがって今にも崩れそうではないか。ラヴクラフト様の他にも殿下の部下達が忙殺されながらも書類を次々処理していく。死んだ魚の目をしていながら手は高速で動いているのが面白い。


 しばらく眺めていたけれどそろそろ戻らないと。



「失礼します。リオネル殿下からの差し入れをお持ちしました」



 さっさと渡して帰ろう。1ダース分の回復薬を持ってあたかも今来ました! と演出してみる。ラヴクラフト様が真っ先に気づいて回復薬を受け取ってくれたが重量操作の魔術を掛けていたから重みなど感じないくらいなのでそんなに慌てないで下さいな!



「わざわざすみません。……その髪は?(ひそ)」


「いえ、殿下の命令ですので。魔術です(ひそ)」



 箱から回復薬を取り出し品質を見定め始めるラヴクラフト様。む、眉間に皺が?



「これ、あなたがお作りに?」


「はい。……飲めませんか」



 お前なんかが作った物など飲めるかー!! と言われるのかと思いきや。

 ガシッ!! と両腕を掴まれ鬼気迫る勢いで迫られた。



「申し訳ありませんがコレを後5、いえ3でも結構ですので作っていただく事は可能でしょうか!? 勿論製作に掛かった金額はこちらできっちりお支払いいたします! 材料が足りないなら薬草園に出向いて貰ってきますので! 出来ればその他に眠気覚ましとか携帯食とかあればこちらで買い取りさせていただきますのでどうにか出来ませんか!?」



 わぉ。

 意外と熱量が高いんだなぁ、とか。同僚の人達が口を開けて固まってるのウケるー! とか。色々思った事はあるけど結局「ラヴクラフト様ヤベェ」これに尽きる。


 とは言え、目の下に隈を作った彼らを前にすれば断るのは憚られる思いだ。


 んん~……、でもなぁ……。



「大丈夫です!! ここにいる者達は殿下に救われた経歴のある者達ばかり! 殿下をこの先唯一の主と決めた者達なのです。その殿下があなたを遣いに出したという事はそれだけあなたを信頼されているという事! そんなあなたを我々が信頼しない訳にはいきません。それを抜きにしてもこの回復薬は宮廷魔術師が作る物よりも品質が高い! 同じ回復薬であるならこちらの方が良いと思うのは至極当然の事。この者達が後にあなたを貶す発言をしたならば、私が責任をもって斬首しますので!」


「いや、斬首はちょっと……」


「斬首がダメなら絞首でも火刑でも水攻めでも!」



 ここまで言われたら断れないのも仕方ないと思うんだ。同僚の方達は随分顔色が悪くなっていたのも仕方ない。観念してその他の薬の製作依頼を受ける。具体的に必要な薬の数などを詰めていると何やら外が騒がしい。



「…ち……さい! 殿下……今……で!」


「どきなさい!! わたくしが誰であるのかわかっているの!?」



 なんだなんだ? どうしたどうした?

 思わず手を止めて声のする扉の方を見る。ちらっを確認したらラヴクラフト様も他の同僚の方々も声の正体に察しがついている様子。面倒くさそうな顔をなさっているので疲労の原因の一旦なのは間違いなさそうだ。



「お兄様はどちら!?」


「はぁ~……。第二王女殿下、何度も申し上げていますがリオネル殿下はお忙しい身。王女殿下に割く時間はございません。何度も申し上げております」


 大事なことなので二度言いました。と言わんばかりのラヴクラフト様だが相手には伝わっていない様子。高飛車な態度そのままにさらに声を上げる。



「どいつもこいつも全く! わたくしは第二王女よ! これ以上わたくしに対して無礼な態度を取るようなら今後城への出仕を禁じますわよ!」


「出来るものならどうぞご勝手に。あなた様にそのような権限があればですが」


「何ですって!?」



 きぃぃ~っ! と更に喚き散らして執務室は混沌と化した。

 最早長居は無用。巻き込まれないうちにさっさと退散しましょうかね。


 誰もが王女殿下とラヴクラフト様の言い争いに注目している。王女が引き連れていたやけに見目のいい護衛騎士も侍女も王女を宥めるが当の本人は意に介さず。ラヴクラフト様だけでなく仕事を熟していた他の同僚達にも当たり散らす始末。


 誰も私の事など気に留めていないのをいいことに、気配を断つ。今までの人生で培った隠蔽スキル。レベルはとても高いのだ。


 おかげで()()()()()()()()()()すんなり入れました。


 王宮内を割と自由に歩き回って情報収集を行っているのだが誰も気づいていない。あまりに気づいていないので実は「敢えて気づかないふりをして泳がしているのでは?」 と深読みしたものだ。


 気になったので気配をしたまま宮廷魔術師団長、つまりフロイド様の父君に会いに行ってみた。そしたら執務に明け暮れている師団長がいたので目の前で隠蔽を解いて話しかけたのだ。


 結果としてはきちんと気配を断てていた。師団長が驚きすぎて椅子からひっくり返ったのについては申し訳なく思う。師団長からは懇々とお説教を喰らったのも致しかたない。


 そんな訳で堂々、第二王女殿下の喚き散らしを観察する事にしたのだ。ラヴクラフト様以下同僚の方々は疲労と苛立ちで不機嫌丸出し。その態度に苛立ちさらにヒートアップする第二王女。宥める王女の護衛騎士と侍女達。



「お兄様はどこ!? 一体どこに居るのよ!!」


「ですから、殿下はお忙しいので別室にて執務にあたっているんです! あなたのように暇ではない!!」


「なんですってぇ!!? わたくしに向かって、なんて口の利き方なの! いいわ! あんたなんかお父様に頼んで解雇してもらうわ、さっさと消えなさい!!」


「私は第一王子殿下直属。人事権は殿下にあります。もっとも、陛下に訴えたところで咎められるのはあなた様の方でしょうけどね!!」



 わぁお!! これ知ってる! 修羅場ってやつだ!

 それにしても王族相手にすごい言い返すな、ラヴクラフト様。さすがに護衛騎士も侍女も抗議の声を上げたがそれも一蹴する。



「第二王女だけでなく、王子王女殿下方には陛下からお声がかかるまでは自室待機を命じられているはず。なのに今ここにいらっしゃるという事はあなた方は陛下のご命令に背いたという事ですね。これは由々しき事態です。早速騎士団と侍従長侍女長に抗議いたしましょう。控える立太子の儀の王宮警備で多忙に多忙を重ねられている騎士団長には申し訳ないですが、陛下のご命令を無視する騎士がいるという事は見過ごすわけには参りませんからね。他国と通じているという可能性も無きにしも非ずですし。第一、国の最高権力者の命令を無視する騎士と侍女なら聖獣様の怒りに触れる可能性がとても高い! あぁ、これは問題です! 建国以来、ずっと王国を守護して下さっていた聖獣様の怒りを買うことになれば最早王国に未来はないでしょう。そんなことになる前に! 今ここで粛清してしまいましょうか!」



 怒涛の勢いで捲し立てるラヴクラフト様は最後に腰に隠し持っていたナイフを取り出し、背後に回って騎士の首にそっと押し当てた。あまりに一瞬の動きで何が起こったのかわからなかった。

 ふふふっと笑うラヴクラフト様だがナイフを握っている手を引けば首が掻っ切られるという笑えない状態。……疲労でハイになってるのかな?


 笑っているけど笑っていないその眼が本気を伝えてくる。


 さすがに護衛騎士と侍女も今の状態が危険なのか判断できたようだ。この騒ぎが公になれば騎士は責任を問われる。侍女もまた上司から処分を下されることだろう。その際には家にもその事が伝えられ、陛下の命令に背く反逆の疑いありとして取り扱われる。そうなれば家の損害は計り知れない。


 それでも騒ぎ立てる王女を少々無理やりに連れて帰る護衛騎士と侍女。引き摺られながらもキャンキャン喚く王女様、ある意味凄い。



 漸く静かになり、一気に疲労が押し寄せる。ぐったりと椅子に座り込むラヴクラフト様達に持ってきた回復薬を渡して回る。



「……ありがとう」


「お疲れさまでした」



 うん。殿下が王宮の執務室に戻らない訳が分かった。


 でもそれもあと三日。

 立太子の儀のあと行われるお掃除で()()も少しは静かになるだろう。


 そうなる事を願って〝北の塔〟に戻る。

 アデルハイト殿下の時代に腐ったリンゴはいらないのだよ。


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