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シリルの後継者

 

『我が認めたシリルの正当なる後継者。その名は―――』



 大広間の緊張が最高潮に達する。

 シリル王国守護聖獣ゼーレが認めた人間。それは初代国王と同列の存在であることを意味する。これまで行われてきた王族の中から王太子を選ぶのとは重みが違う。


 誰もが息を呑み、ゼーレの言葉を待つ。


 シンッと静まったことを確認し、ゆっくりとゼーレはその名を告げる。



『アデルハイト・ウィリアム・ラファティ。その者が我が主。次代の王である!』


「「「!!!??」」」



 ザワッ!!


 聖獣ゼーレが告げた名は、ここにいる貴族達や神官は勿論、王族達ですら予想にしなかっただろう。中にはアデルハイトが誰なのかすらわからない人間もいる程だ。それほどアデルハイトの知名度は低いのだ。

 聞きなれない名前に大広間には動揺が走る。


 アデルハイト、殿下?

 誰だ?

 リオネル殿下では!?


 そんな声が広間のあちこちから囁かれる。一体誰なのか、どういった人物なのか。まるで情報のない幻の第五王子について貴族や神官達は聖獣の前であるにもかかわらずその場で情報収集を始める始末。

 そんな様子を黙って見つめるゼーレは不快感を隠しもしない。


 隠す必要はない。

 何故ならゼーレが認めた人間こそがシリル王国の真の王であり、それ以外がどう王位を主張しようとゼーレには関係がない。そうなればゼーレが王国を守護する必要は無くなる。シリルとの盟約も解消しゼーレはゼーレの世界へと戻るだけである。

 シリルの子孫と言えど、ゼーレの主たる資格の無いものに仕える気はないのだ。



『我が認めるのはアデルのみ。それ以外の王は認めぬ。アデルを王と認めぬというのであれば我が今後この国を守護することは二度とない』


「そ、そんな……!」

「まさか!」

「お待ちください! 聖獣様!」



 口々に抗議をし始める面々にますます不快に顔を歪めるゼーレ。不満が威圧という形で押し寄せる。



「「「……っ!!」」」



 更なる威圧に耐え切れず失神する者が続出。貴族のみならず、中には大使や王族からも失神者が出た。

 リオネルとラヴクラフトの両名が王族側に結界を張っていたにも関わらず王族にも影響が出たところで国王、アーサー・ヴェルデ・ラファティは立ち上がり宣言した。



「王国守護聖獣ゼーレ様の加護を受けし我が息子、第五王子アデルハイト・ウィリアム・ラファティを王太子に指名する!」


「おぉ!」

「数百年ぶりの、正当なる後継者が……!」

「そんな……、まさか……」



 国王の宣言に喜ぶのは神官を中心とした神殿と懇意にしている貴族。困惑するのはブラッドフォード公爵家を含む側妃派の貴族だが、メイウェザー公爵家派閥の貴族にも動揺が走った。彼らはリオネルこそが王太子となり次期国王となる為画策してきた。ブラッドフォードを貶める為長い年月と金をかけてきたのはリオネルが国王となった暁に権威を振るう為だ。


 それが聖獣の出現で一変した。

 金も時間も全て水の泡となったも同然。

 それも第五王子と言うこれまで全く表に出たことのない王子が王太子、次期国王になるなど到底納得のいくものではない。


 だがしかし、反論するにも体が震え声が出ない!

 ここで声を上げ抗議でもすれば間違いなく命を落とすことになると直感が告げる。

 国王の宣言に喜ぶ者もいるが、何故奴らは動ける、話せるのだ! 歯を食いしばり威圧に耐える側妃派の貴族達は恨めしそうな表情で神殿派の貴族を睨みつけたのだった。




 *****




『ふぅ! 実に堅苦しい時間であった!!』


「お疲れさまでした」



 〝北の塔〟にて大広間の様子を見守っていたリズ、フロイド、アデルハイトの三人が戻ってきたゼーレとリオネルを労う。疲れた様子のゼーレだが尻尾はご機嫌のようだ。

 リオネルもゼーレの威圧を結界で防ぎつつあの重苦しい空気の中で長時間いたものだから普段よりも疲れているように見えた。


 給仕もいない〝北の塔〟でお茶の入れ方も覚えたリズが全員分の紅茶を淹れる。ゼーレは人型となり専用に作った立派な椅子にふんぞり返りながら紅茶をふぅふぅと冷ましながらちびりと飲む。……まだ熱かったようだ。



『アデルよ! 見たか我の勇姿を!」


「カッコよかったです!! ゼーレ様!!」



 目をキラキラさせて見上げるアデルハイトは本当にゼーレを尊敬しているようだ。人型となったゼーレは「そうだろう、そうだろう!」と笑いながらアデルハイトの頭を愛おし気に撫でる。

 聖獣ゼーレの宣言によってアデルハイトの地位は一気に高まった。そもそもシリル王国は精霊・聖獣信仰が盛んな国。今では他国の宗教も入り込んではいるが国民の生活に浸透した信仰は脈々と受け継がれている。貴族は兎も角、国民からすれば受け入れやすい事だろう。


 ……通常なら。


 問題はアデルハイトが『黒持ち』であるという事。

 精霊や聖獣の存在を受け入れやすくとも『黒持ち』というのは別の話だ。神殿派もアデルハイトが『黒持ち』と知れば諸手を挙げて喜ぶことは無いだろう。



「……今後の対応で陛下もさらに忙しくなる。私も手伝うつもりだ。……アデル」


「! ……はい」



 未だに余所余所しい態度のアデルハイトにリオネルは気分を害することなく微笑む。



「私は王位継承権を放棄し、臣下に下ろうと思う」


「「「!!」」」


「私が無駄に継承権を持っていれば馬鹿共は懲りずに私を担ぎ上げるだろう。そうなれば、ゼーレ様にも申し訳が立たない。……すでに見放されていても可笑しくないのだからな」


『……』



 リオネルの表情はとても穏やかではあるがどこか寂しそうだ。リズは不思議に思った。



(……人らしい感情がある、だと?)



 大変失礼極まりない感想である。


 ギンッと一瞬にこやかながら睨まれたがリオネルの表情は穏やかなまま。顔芸がすごい。

 不謹慎にもそんなことを思うリズであった。



「恐れながら、継承権の問題は今後陛下とも詰めていくべきかと。せめてアデルハイト殿下の地盤が盤石なものになった後でも問題ありますまい」



 フロイドや父親のバーセル侯爵はアデルハイト殿下の立太子に賛成の立場だ。だが、リオネル殿下の王位継承権の放棄については賛成しかねる。せめて殿下が王太子として認められ国王に襲名した後でもいいのではと考えているのだ。


 ゼーレ様が主として求めるのはシリルの子孫であり、国を愛する心を持つ人間でゼーレ様を顕現させ続ける事の出来る魔力量を持ちゼーレと相性のいい人間。人側でなくゼーレ本人が決める事である為、将来アデルハイトが結婚し子供が出来たとしてもその子供が条件に当てはまるとは限らない。つまり。



「アデルハイト殿下の婚姻がなされなかった場合、現王族でアデルハイト殿下に次ぐ魔力量を誇るリオネル殿下と第二王子殿下であるアーヴィン殿下には子を残す責務があります。国を存続させ、民を守る事を考えるなら継承権放棄は得策とは思えません」



 今まで疲れ果てていたラヴクラフトがリオネル殿下に対し、厳しい眼差しを向ける。臣下でありながら主君に対してとは思えないほどの睨みを利かせた眼差し。フロイドの睨みも冷たいものがあるが、ラヴクラフトのものはまた一味違う。信じていた主に裏切られたかのような怒りも感じる程だ。


 そんなラヴクラフトの睨みなどものともせず、飄々とした態度のリオネルはアデルハイトの頭を撫でる。その表情は弟を可愛がる兄のようで二度見どころか三度見していしまうほどの柔らかい表情だ。



「お前さ、ちょいちょい失礼な事考えてるだろ」


「はて、何のことでしょう?」


「んのっ! ちっ!」


「わぁー、舌打ちしたよ」


「あ゛?」


「チンピラ王子」



 リオネルとリズの軽口の応酬。信じられない事だがリオネルはリズに対してかのような態度を取ることを容認している。侍従であるラヴクラフトもそのことは知っていたが『黒持ち』のリズが恐れ多くも王族に対してこのような態度なのには驚きを隠せない。普段のリズは立場をわきまえ、目立たぬよう騒ぎを起こさぬよう空気のような存在感しか出さないのにだ。


 それが第一王子に対してチンピラなんて……!

 首が飛ぶ。物理的に。



「はぁ~……、別に首を飛ばそうなんて思ってない。第一そんなこと出来るはずがないだろ?」



 ラヴクラフトやフロイドの心の声を見透かしたかのようなリオネルの答え。事実、リズは今のところゼーレの仮主。リズが死ねばゼーレへの魔力供給はアデルハイトに頼らざるを得ないが、未熟なアデルハイトには今はまだ出来ない事だ。それに。



「首刎ねられる前に逃げるので問題ありません」



 あっけらかんと答えるリズ。

 事実、王国の粋を集めても全力で逃げたリズを見つけることは出来ないだろう。『黒持ち』であるという魔力量の多さに加え、技量も最高峰。そこに行くまでには並々ならぬ努力があったがリズが自ら語ることは無い。


 アデルハイトの婚姻については様子見になる。

 いくら王太子に指名されたからと言えど『黒持ち』に嫁がせる貴族はいるだろうか。政略としても嫁がされる令嬢は納得できるだろうか。


 自分の婚姻について何も知らないアデルハイトはリオネルやラヴクラフトの言っている意味が解らない。そもそも興味がない。アデルハイトが結婚するにしても、しないにしてもすでに心にいる女性は一人。



「僕はリズが好き」


「ありがとうございます、殿下」



 むぅ、と口を尖らせるアデルハイト。リズが結婚してフロイドの妻であることも、リズと結婚出来ない事もわかっているがそれでも子供扱いされてさらりと躱されるのが納得できない。

 無礼な行為だと以前オールバンスがリズに怒っていたがアデルハイトはリズに頭を撫でられるのも、抱き上げてくるくる回すのも、膝に乗せられ魔術書を読むのも好きだった。



(好き。好き好き、大好き。ずっと一緒が良い!)



 リオネルとラヴクラフトだけでなくフロイドもアデルハイトの気持ちを子供のものだとは考えていない。母恋しさからくるものでもないという事はすぐに解った。

 アデルハイトの目は男の目だ。

 年齢が離れていようと、子供であろうとも、好きな女性を求めることに貴賤も関係ないのだ。



「リズ、大好き!」


「私も殿下の事が好きですよ」



 のほほんとしているリズは気づいていない。

 アデルハイトの愛しい人へ向ける眼差しも、フロイドの嫉妬に燃え、愛する人に愛を乞う瞳も。

 そして―――。


 リオネルとラヴクラフトの見せる眼差しの意味にも。



(ふぅむ……。人の子とはいつの時代も難解なものよな)



 聖獣ゼーレはいつの時代も変わらぬ人の感情に関心し呆れ微笑ましい思いをしながら黙って冷めてきた紅茶を啜るのだった。

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