大広間 聖獣ゼーレの顕現
アデルハイトのお披露目まで残り20日。
今日は聖獣ゼーレの顕現を国王の名の元に発表する重大な日だ。
この日の為にシリル王国の全貴族家当主が王城に集められた。20日後再び登城を命じられている事もあり、何故今? という疑問が聞こえてくるが国王陛下の勅命とあらば文句の言いようもない。
国中の貴族が集まってくることで王都は活気づいているが多くの平民は何が起こっているのかわかっていない。貴族と交流ある商人達の中には薄っすらと感づいてる者もいるがそれも王太子の指名が行われるという推察。聖獣ゼーレの顕現については全く考えも及んでいない。
「準備はよろしいですか?」
『うむ! 問題ないぞ!』
各地から召致した貴族たちが大広間に集められた。物々しい雰囲気に誰もが息を飲む。王太子の決定にしても、国中の貴族が集められることはほとんどない事だ。国境守護の辺境伯ですら今回は代理参加は認められず当主の参加が義務付けられていた。
滅多に会うことのない辺境伯に王国屈指の公爵家の当主。下級貴族からすれば雲上の存在に尻込みしつつ、縁を結ぶことにはこの上ない状況であることも確かだ。
(何が始まるのかは知らないが……またとないチャンス!)
高位貴族よりも下級貴族の方が貪欲に繋がりを求めているようだ。逸る心を静め、機会を窺う。周囲を見回しても同じことを考えている下級貴族の当主たちはお互いをけん制しながら様子見に徹する。
そして―――。
シンっと静寂が唐突に訪れた。
大広間に現れたのは国王、アーサー・ヴェルデ・ラファティ。
威厳に満ちたその表情からは何も読み解けないがただならぬオーラが発せられている。すでに王妃、および側妃と子供達含む王族に連なる身分を持つ人間は玉座を中心にして一歩下がり控えていた。
玉座の前に立つ。
全ての貴族が頭を下げ礼をとる中、王ただ一人がその様子を見つめる。大広間の隅から隅まで目を向けたあと、ゆっくりとされど厳しさを含んだ声を発した。
「顔を上げよ」
一拍置いて貴族たちは顔を上げる。
目の前にいるのはこの国の最高権力者。国を束ね、舵取りを行うその男にはそれに相応しい威厳がある。誰もがその低く厳しさの含んだ声に耳を傾け続きの言葉を待つ。
「今日、集まって貰ったのは他でもない。信じられない事だが、これから話すことは事実だ。それを心して聞いてほしい」
そうして語りだした王の言葉にこの場に集まった貴族達、各国の大使、そして大神官さえもが驚愕し
言葉を失った。
「我がシリル王国建国の祖であるシリル初代国王と共に長き時を歩んでこられた王国守護聖獣、ゼーレ様が数百年振りにそのお姿を現して下さった! そして今、ここに! その姿を現していただける! 皆の者よ! 伏して控えよ!」
「「「!!!!???」」」
誰もが息を飲み、その言葉の意味を理解しようと頭をフル回転させる。目を見開き、呼吸が止まる思いをしながらも国王陛下の言葉に頭を巡らす。
シリル初代国王、守護聖獣、数百年振り、姿、現す。伏して控えよ!
―――ザッ!!
恐らく瞬時に理解した人間はほとんどいないだろう。だがしかし、目の前の王国最高権力者が膝を付き頭を下げる様を見ればそれがどれほど重大で、異常な事であるのかが解る。何も解らずとも、国王が膝を付き、頭を下げるのであれば一介の貴族がそうしない訳にはいかない。
頭を下げ、敷かれた最高級の絨毯を見つめながらも先ほど国王陛下が言った言葉を再考する。そして、息を呑む。
(聖獣、様が……現れた!!?)
言葉の意味を理解した者は息を呑み、心臓がバクバクと鼓動し、汗が噴き出した。
(あ、ありえない……! そんな、聖獣など……おとぎ話だろう!?)
誰もが国王の言葉を信じられず、ありえないと否定したが体が震えた。手が、足が、呼吸もままならないほどの圧迫感が襲ったのだ。
国王を前にした時も震える程の威厳を感じた貴族は多い。だが、これはその比ではない。
命の危機をも感じてしまうほどの重圧感。中には失神してしまう者まで現れた。
それは貴族だけではない。
王族として出席した王妃、側妃、王子、王女も例外ではない。
国王アーサーと第一王子リオネルのみが冷や汗を流しながらも王族としての威厳を保っていた。それは以前からゼーレと親交を深めていたことが大きい。王族だからと言って聖獣ゼーレのオーラの影響を受けないという事ではないのだ。
『顔を上げよ。我はシリル王国守護聖獣、ゼーレである』
「「「……!!」」」
厳かな空間に神聖さも加わった。
これまでおとぎ話や神話として語り継がれてきた初代国王と聖獣ゼーレの建国譚。他国よりも精霊信仰が盛んなシリル王国ではあるが聖獣ゼーレの存在は空想上のものとされてきた。
なのに。
この体に降りかかる重圧感。
息が苦しくなるほどの清浄な空気。
自身がどれほど汚染された、汚い存在であるのかと実感させられる程神聖な存在が目の前にいる。
信じない訳がない。
百歩譲って王国守護聖獣でなかったとしても、目の前にいる存在は誠に尊き存在で神聖な存在であることには違いない。精霊、聖獣、神。どれだとしてもただの人間でしかない自分達がどれだけ矮小な存在であるのか、そう実感させられた。
『数百年の眠りから覚めた。今ここに新たな王の誕生を宣言する』
「「「!!??」」」
聖獣の言葉にいち早く反応して見せたのは側妃達。
「王国守護聖獣、ゼーレ様にご挨拶申し上げます! わたくしは第二側妃の、ひぃっ!?」
第二側妃は言い終わることなく意識を刈られた。黒い靄とも、影ともいえるものに口を覆われたかと思うとすぐに意識を手放し崩れ落ちたのだ。傍にいた第二側妃の子である王子と王女は何が起こったのかわからず目を白黒させる。されど聖獣のオーラに体の震えが未だ治まらない子供たちはその場に崩れ落ちた母を助けることも出来ずにただ眺めるだけだった。
「発言の許可は出ておらぬ。皆、失礼のないように」
側妃が気を失おうとも気にもせずただ聖獣に向かい続ける国王。
母を気遣いもしない父に不満を抱えつつも何もできない王子と王女。
先走り、馬鹿をした第二側妃を内心嘲笑う残された側妃達とその子供達。
一切の動揺を現さない国王、正妃、第一王子。
その様子を見つめ、どの陣営に付くべきか吟味し始める貴族達。
数百年振りの聖獣の顕現に動揺を隠せない神官達。
今後のシリル王国との関係を再考する大使達。
それぞれ考えを巡らせる中、脳内に響くような聖獣ゼーレの声が大広間に響く。
『我とシリルの盟約。我が王国を厄災から守る代わりに我に魔力を与え、地上での肉体を得る。魔力が与えられない限り、我の存在は消え国に厄災が降り注ぐ。シリルの子孫まで受け継がれたこの盟約は情に流され、有耶無耶に出来るようなものではない』
「申し訳ございません! 私の責任です」
顔を青くさせ、頭を下げる国王。
あの場で第二側妃は始末されても可笑しくなかった。
ゼーレは聖獣。本来気位が高くおいそれと声を掛けていい存在ではないのだ。ゼーレ自身、シリルの子孫でもない第二側妃を排除することに躊躇いなどなかった。だが、ゼーレが手を下すことなく第二側妃は落ちた。
大広間にいない〝北の塔〟にいる一人の魔術師の手によって。
*****
事前の打ち合わせで騒ぎ立てる者が出るのは想定内。それを処理するにも警備の騎士ですらゼーレの圧に気圧されて動くことが叶わないだろうという事で、大広間の光景を〝北の塔〟でアデルハイトの護衛をしながら見守り、邪魔をしそうな人間の意識を刈り取る作業を任された。
その作業を行うのは勿論リズだ。
大勢いる貴族をフロイドとアデルハイトで騒ぎ出しそうな者を探し、動く前に狩る。
ゼーレのオーラに気圧された者以外にもこうして意識を刈り取られた人間もそれなりにいたのだ。
ちなみにこうして国内貴族が一堂に会するのは滅多になく、20日後のお披露目までに顔と名前を覚える意味でアデルハイトもしっかり見ていた。
「ねぇ、何で皆青くなってるの?」
純粋な殿下の素朴な質問。……だが、フロイドからしてみればため息をつきたくなる質問でもあった。愛しいリズに対してもだが。
「……普通の人間ならゼーレ様の存在は畏怖の対象でしかありません。聖獣と言っても、私達からすればゼーレ様は神にも等しい存在です。そんな方があんなに近くにいるとなれば、恐れ多いを通り越して最早恐怖です」
「? ゼーレ様、もっと近くにいるのに?」
「それは殿下がゼーレ様の愛し子だからです」
「フロイドもリズも平気じゃないの?」
「私が初めてゼーレ様と会った時もあのように震えましたし本能的な恐怖を感じましたよ」
「私もですね。体を押し潰されるような威圧を感じました」
そう言いながら貴族の顔色を窺いつつ、恐怖で本能的に逃げようとする者の意識を刈り取るリズ。映し出された大広間にいる貴族の顔と名前を確認するアデルハイトとフロイド。
全く緊張感がない。
現状、この〝北の塔〟だけが城内でもっとも安心できる場所である為、気が抜けているかのようだ。
しかし、それは大きな間違いである。
大広間に比べ平穏な空気が流れる〝北の塔〟だがいつ何時敵襲があるかもわからない。王妃様が暗殺を止めたからと言って油断はできないのだ。
何といってもアデルハイトは正妃の第二子。リオネルの次にその地位は本来高い。
王位を求めるには敵は少ない方がいい。側妃達はこれまでもアデルハイトの暗殺を企てていたのだ。
だからこそ、油断はできない。
アデルハイトの身に何かあれば、聖獣の怒りを買うと同義。そうなれば王国は跡形も無くなる。
「それにしても、何故第二側妃様は動けたんだ? 王族側が最もゼーレ様に近いだろう」
フロイドが疑問に思うのも無理はない。第二側妃は魔力がそれほど高い事も無く、魔力耐性が高い事もない。それなのにあの威圧の中立ち上がり、歩み寄り、名乗ろうとしたのだ。フロイドは初めて会った時の本能的な恐怖というのを未だに覚えている。とてもではないが立ち上がることも歩くことも、名乗ることも出来なかった。ただあの威圧に耐えるだけしか出来なかった。なのに、どうして第二側妃は耐えられた?
「あぁ、それは王族側には威厳の問題もあるからとリオネル殿下と裏に潜んでいるラヴクラフト様が結界を張っているからでしょう。何故か第二側妃様の辺りだけ強固でしたから他の王族の方に比べ威圧の影響が少なかったのだと思われます」
「……わざとだな」
「ええ、確実に」
((底意地の悪いリオネル殿下がやりそうなことだ))
リズとフロイドの心が一つになった。
勝手気ままというほどでもないが、人使いが荒く人の都合なんて考えないリオネルに二人は苦労させられてきた。互いにそのことは知らないままに。
(これで第二側妃は失脚。これも殿下のシナリオの一小節に過ぎない)
何処まで何を考えているのか読めないがリズは狼狽えない。
何故なら考えたところで自分が駒であることには変わらないからだ。人間である以上、感情はあるがそんなものは国の行く末を思えば些末な事であると考えている。
これから先、どう扱われようとそれが王国の為アデルハイトの為だと言われてしまえば従わざるを得ない。
リズは『魔術師』。
上司の命令には逆らえないのだ。




