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お茶会 その後

 

 戻ってきた〝北の塔〟にはゼーレ様の他に第一王子殿下がいらした。アデルハイト殿下の勉強を見てくれていたようだが、部屋に入ってすぐのニヤニヤ顔がなんか腹立つ。

 フロイド様はここまでの道中ずっと無言。怒っているオーラがすごく、ものすごーく出ていて正直怖い。美形は怒った顔も美しいがその分恐ろしい。下手に話しかける事も出来ず、ずっと無言のままだ。



「只今戻りました」


「おかえりー、お疲れ様だったね~」



 軽い調子の第一王子殿下はニヤニヤ顔でねぎらってくれるが全くもって嬉しくない。えぇ、本当に。全くもって、全然、一切! 嬉しく、ない!!


 そんな思いを胸に秘め、顔には一切出さないがどういう訳か殿下にはわかるようだ。少しばかりの怒りを含んだ笑顔を向けてきた。



「何? 何か言いたいことがあるなら言ってくれていいよ」


「いえ、別に……」



 なんでこの人私が不敬な事思ってたら気づくんだ……。

 毎回冷や汗をかく思いだが、そんなこと思っているのが悪いのか。なら仕方ないな。



『本当に見違えたな!! うむ、良く似合っておるぞリズ!! 美しい!!』



 ゼーレ様が獣化形態で褒めて下さった。ご機嫌なご様子のゼーレ様はゆらゆらゆっくりと尻尾を振り頭をお腹に押し付けてくる。撫でろと言わんばかりのこの態度に初めは恐縮したものだが今はされるがまま。むしろこの時とばかりに撫でまわす。もっふんもっふんの毛並みが美しく実に癒される。ゼーレ様も『もっと撫でろ!』とばかりにさらにお腹に顔をうずめてくる。あぁっ、今日頑張って良かった……!


 気になるのは隣のフロイド様から殺気のようなものが放たれている事だ。えぇ……、何に怒ってるの?



『アデルよ! 其方もこちらに来るといい。良き匂いがするぞ!』


「ゼーレ様!!」


『おぅ!? な、なんだフロイド……。そんなに怒らんでもよかろ?』



 機嫌がすこぶる悪いフロイド様だが、まさかゼーレ様に対してまで声をこんなに荒げるなんて……。今まで無くもなかったけど今日のこれは、おかしい。



「あの、フロイド様。私は、何かしてしまったのでしょうか?」



 原因があるとしたらそれは私だろう。あの茶会の騒動を結果的に引き起こしたのは紛れもなく私なのだ。怒りの矛先は私であるべきだ。それにしても視界の隅でクスクス笑う殿下くっそ腹立つな……!



「お叱りなら私に」


「っ、違う。君が、悪いわけじゃ……」



 苦しそうなフロイド様は左手で胸をかきむしり、右手で顔を覆ってしまった。苦しそうで、今にも泣きだしてしまいそうなその姿に、狼狽える。



「え、え、あのっ? な、なにがあったのです? あの、フロイド様……?」



 どうしていいのか、わからない……! 一体何があったというのですか……!



「リズ……きれい。ねぇ、こっちむいて?」



 うっとりとしたアデルハイト殿下の言葉に振り返るが視界に殿下が入ることは無かった。何故なら、



「!……フロイド様? っ!!」


「ほどほどにな~」



 はっはっはっ! 

 第一王子殿下のわざとらしい笑い声を聞きながら視界を何かで塞がれた私は強い力で引きずられながら部屋から連れ出された。勿論、連れ出したのはフロイド様で間違いない。視界を塞いでいるのはフロイド様の大きな手だ。


 抵抗する事も出来ただろう。だけどそれは何かいけない気がする。ここでフロイド様を拒絶したら、元に戻れない気がしたのだ。それは彼の手が小刻みに震え、繋がった魂から彼の動揺を感じ取れたことも大きい。普段の生活ではいくら魂が繋がったとはいえ、相手に思考や感情が伝わるわけではない。なのに、今は苦しい程に彼の思いが流れ込んでくる。



「私は、フロイド様と出会えて幸せです」


「っ」


「こんな私を好きでいてくれて、愛していただいて……妻として扱ってくださるフロイド様に感謝しかございません。私は、私の人生はとても幸福なものであると断言できます。それはフロイド様のおかげです」


「……」


「先ほどのご令嬢のいう通り、本当なら私はあなたに相応しくありません。もっと別の方の方が、つり合いは取れるはずです」


「っリズ、私は!」



 スッとフロイド様がこれから言葉を紡ぐ筈の唇に人差し指を押し付け、先の言葉を遮る。今はただ、私の言葉を聞いてほしいと。



「私が『黒持ち』だという事はこの先ずっと変わりません。そのことでフロイド様にご迷惑をお掛けすると思うと心苦しいですが、それでも」



 最近は大分自分の感情や考えを口に出せるようになった。これもフロイド様と一緒になれたことの嬉しい出来事だ。



「私と結婚して下さり、ありがとうございます。

『黒持ち』という事を抜きにして、私を一人の人間として扱ってくださって、ありがとうございます。

 投げかけられる暴言や侮辱に怒って下さり、ありがとうございます。

 守ってくださってありがとうございます。

 ……愛して下さって、ありがとうございます」



 こう改めて口にすると今までどれだけフロイド様に助けられてきたのか実感する。今こうして気持ちを伝えられるのも、フロイド様のおかげなのだ。彼がいなければ、以前のように背を丸め誰とも目を合わせず、日の光を避けて日陰でひっそりと生きる人生だった。



「私を選んで下さり、ありがとうございます。

 私の事、尊重してくれてありがとうございます」



 苦しかった。辛かった。

 死んだ方がマシだと、何度も思った。

 いつも私の周りは暗闇で、何処を歩いているのかどこに向かっているのかさえ、わからなかった。

 だけど。



「フロイド様は私の光です。私の道標。あなたがいたから。あなたがいたから、学院でも頑張れた。あなたの事を見ていられるだけで、私は幸せだったのです」



 そうだよ。

 本当はずっと前から、学院で同じクラスになってから。ずっと。



「リズはフロイド様を愛しています。あなたの傍にいられる私は、とても幸せなのです。だから、他の誰かが私を悪く言っても何ともないのですよ。だって、世界で一番愛おしいフロイド様が、世界で一番私を愛してくれているのですから」



 黙って聞いていてくれたフロイド様の瞳からは滂沱の涙が溢れている。その美しい瞳を潤ませる涙の美しさは、私を惹きつけてやまない。私はもうずっと昔から、あなたという存在に惹かれていたのですよ。知ってましたか? 



「初めてお会いした時からずっと、私の心にはあなたという存在がいるのです。

 愛しています、フロイド様。だから、怖がる必要はないのですよ」



 繋がったからこそ分かった事だがフロイド様の中にあるのは私への愛が大半ではあるけど、とても深い部分にあるのは恐怖心だ。何をそんなにも恐怖しているのかまではわからないが、彼のこの不安定さにあるのはそれが要因な気がする。


 既に滂沱の涙をこぼすフロイド様は首を左右に振り一歩後ろに下がる。私はその一歩を埋めるかのように前に踏み出し、彼との距離を縮める。こんなに素直に自分の気持ちを伝えたんだ、逃げるなんて許さないよ。



「私は執念深いし、純真でもなければ無垢でもない。それでも、あなたと共に過ごす前までなら感情など抑えることぐらい出来たし受け流すこともなかった事にすることも出来ました。でも、今はそれが難しい。何故だと思います?」


「……な、ぜ?」



 かすれた声で問い返すフロイド様。不思議そうに首を傾げる姿に愛しさを感じ、思わず表情筋が緩み彼の頬がさっと紅く染まる。それを隠そうとしてか、顔を片腕で隠してしまう寸前に愛しい人の頬に手を添えた。



「あなたが愛しい。初めてそう思えた唯一の人だからです。……愛してくれたのも、あなたが初めて。そんな存在を前に、自分を抑えることなど出来ません」



 ハッとした顔をなされているけど、もしかして今初めて気づいたのかな?

『黒持ち』なんかを愛する人間がいない事を。



「フロイド様が恐れるものが何なのかはわかりません。でも、もし許されるのなら知りたいです。どうにもならない事でも、あなたの苦しみを私も知りたい。……苦しい事を分かち合うのも夫婦でしょう?」



 ぶわっ!

 おぉっ、まだ涙がそんなに!?



「愛してるっ、愛してる、愛しているんだ、リズ! 好きで好きで好きでどうにかなってしまう位、好きだ……! 愛してる……、重苦しい程に……狂おしい程……、君の周囲の人間を排除してしまいたくなる程……」



 ぎゅうぅぅっと苦しいくらいに抱きしめられながらフロイド様の心の内を語ってくれた。要約するなら私を想いすぎるあまり私の周囲の人間や身に付けている物全てに嫉妬してしまうそうだ。その対象が着ている服や食事であったりすることには驚いたが問題なのは執着しすぎて私自身を壊してしまうんじゃないかという事。本当なら誰にも会わせない様にフロイド様が作った部屋に閉じ込め会うのはフロイド様のみにしたいそうだ。私が声に出して呼ぶのはフロイド様のみにして他の人間の名を呼ばせないよう、魔術で縛りたい。食事も自ら給仕して入浴の世話も着替えも排泄だって管理したいと。最後に関してはさすがにお断りしたい。切実に。



「全てを受け入れる事は出来ないですが、着地点を決めましょう。夫婦は対等。フロイド様ばかりが我慢をすることは私も望みません」



 そうして再び抱きしめて下さったフロイド様に、今度は私も彼の大きな背に手を伸ばす。彼の熱が伝わり何とも言えない幸福感が包み込む。



 ひとしきり抱き合い、泣いて腫れた目を癒してから殿下たちが待つ部屋に戻った。変わらずニヤニヤしている第一王子に関してはめっちゃ腹立つ思いだけど、オロオロとしていたゼーレ様とアデルハイト殿下には二人で謝罪した。


 アデルハイト殿下が謝罪と受け入れて下さった後は私のドレス姿をとても綺麗だと褒めて下さった。キラキラした目がとても美しく、これこそが純真な瞳なのだろう。そんな美しい気持ちを大事にこれからも成長してくださいね。




 *****




「いや~、まさかあんなに取り乱すとは。バーセル侯爵家の呪われた血というのは面白いな」



 深夜。一人の男がワイングラスを片手に一人が家の立派なソファに腰かけ、壁際に立つ人間に話しかける。ほどほどに呑んだ男だが、酔っているわけではないことはその人間にはわかっていた。



「で? どうだったのかな? お茶会は」



 男の名前はリオネル。第一王子殿下にしてリズをお茶会に参加させた張本人だ。そして、壁際に立つ人間はそのリオネルによって強制的にお茶会に参加させられたリズ本人だった。



「ただ夫人の横で座っていただけです」



 端的に伝えればそうなる。だが、リオネルが求めていたのはそんなことじゃない事も、彼女は良く理解していた。



「……お会いするにはまだ早く、完全には解呪されていない状態での多人数への接触はあの手の呪詛には格好の餌になります。感情の揺れ幅が大きければ大きい程、良く育つ」


「まぁね! あの後すぐに処置させたけど少し状態が元に戻ったみたいだねぇ~」



 ふふっと笑うリオネルだが、呪われているのは実の母親だ。それなのに笑っていられるものなのかと、家族愛など知らないリズですら疑問に思うがそんなことは勿論口に出さない。自分の仕事は命じられたまま従う事だけだ。



「それで?」



 そう言ってリズは手に持っていた物を不敬ではあるがピンっと指先で弾きリオネルに向かって投げた。それを華麗にキャッチしたリオネルは満足そうに掌にある物をつまみ、月明かりに照らすようにして掲げた。



「発芽して呪詛が発動するまでの時間は()()()()()で十数分。感情が昂る事で呪詛自体が強力なものへと成長しました」



 リズが投げ渡したのは今日のお茶会で暴走した伯爵令嬢に()()()()()()()呪詛の種。今はただの種のような形をしているが、魔力を通し標的に植え付ければあとは発芽するのを待つだけのお手軽な呪詛種だ。


 クスクス嗤うリオネル。何がそんなに楽しいのかリズにはわからないが、この性悪王子の研究の為にお茶会に参加させられたのかと思うと多少の怒りの感情も湧きあがる。


 ムスッと内心不機嫌全開だ。



「あははっ! そっか! 他には?」



 この人は誰の事も信用していないわりに感情を読み解くのは長けている。だからこそ、信用できないんだろうけど。



「……呪詛の成長には宿主の魔力と感情が必要。ですが、発芽するには術者の魔力が必要なようです。……殿下の魔力残渣を感知いたしました」


「へぇ? どれくらい?」


「極わずかな時間で残渣も消滅したので気づいた人間はいないでしょう。少なくとも、あの場にいた人間にそれを感知できるほどの者はいませんでした」



 お気づきでしょうか。

 あの伯爵令嬢が王妃様主催のお茶会にてあれほどの暴挙ともいえる騒動を引き起こした原因、その元凶がこのリオネル殿下であるという事に。



「ふぅん? あの子ねぇ……。学院では謙虚で大人しくて誰にでも優しいと評判のご令嬢だったんだけど……違ったのかな?」



 悪びれもせず、かといって自分がやったとも言わず。ただ、この人にあるのは魔術への関心。

 その関心だけであの令嬢が選ばれた訳でなくても、わずかながらに同情する。何故なら。



「殿下。もう一つ、これを」


「何……、これ!」


「彼の令嬢の魔力核です」



 魔力核。一般的にそう言われているその核は魔獣からとれる魔石と同様の働きがある。つまりはこれが無ければ魔力を貯める事も出来なければ魔術も使うことも出来ない。……貴族としては致命的な欠点だ。



「あはははははっ!! いいね! やっぱり君のそういうとこ、好きだなぁ!!」



 これで酔ってないんだからリオネル殿下は大層笑いの沸点が低いのだろうか。

 ともあれ、私もあの暴挙には腹を立てたのだ。初めてのお茶会で緊張していたし気が立っていたのも事実だけど、あの場には、私の隣にはフロイド様がいたのだ。


 それはフロイド様に矛を向けたも同然。しかも私の前で。



「少しばかり細工をしましたのであの後の検査では何の問題もなかったはずです。でも、明日いえ今日起きたら魔力が無いことに気づくでしょう」



 貴族としてあって当然の魔力。

 それがなくなったと知ったら、あの令嬢はどうなることだろう。



(まぁ、知ったこっちゃないけどね……、ふふっ)



 大層ご満悦のリオネル殿下。

 あの令嬢が殿下の標的になったのは何か問題アリの令嬢だったんだろう。もしくは彼女の家か。


 彼女の魔力核はそのまま破壊する事も出来れば彼女に返せば元通り魔力を使える。もっとも、陛下の怒りに触れた今、彼女やその家に希望は無いだろう。


 月明かりに照らし出された紅い石。光を眺めるリオネルは恍惚としていて一枚の絵のようだが、うすら寒い。

 ふふっと笑って『バリィィン』と音を立てて魔力核はあっけなく砕かれた。



「いらないよ」



 破壊され粉々に散った破片の一片も残さず消滅させたリオネルの顔は驚くほどの『無』


 その表情もすぐに消し、いつもの胡散臭い笑顔を張りつけるリオネル。

 ワインをもう一度注ぎ、その後リズは退室した。


 残されたのは部屋の主であるリオネルのみ。

 上機嫌に口の端を歪めて笑う姿は、誰も知らない。


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