お茶会 騒動
息を切らせて慌ててやってきたのはフロイド・グリーンフィールド魔術師。だが、今日の彼は魔術師のフロイド・グリーンフィールドではなく、バーセル侯爵家嫡男としての姿だ。いつもの見慣れた魔術師のローブ姿ではなく、貴族らしい洗練されたその姿に思わず固まってしまった。こんなにしっかり正装された姿はあの結婚式の日以来だ。でも、何故にフロイド様がここに? 第一王子殿下に止められたのではなかったっけ? それに殿下の護衛は?
聞きたいことが色々あるのでさっきまでの重たい気分はどっかにいってしまった。私のお茶会デビューは失敗だろう、それはもうそれでいいけど殿下の事は別!
「フロイド様、殿下の護衛はどうされたのです」
「……」
「フロイド様?」
「……」
返事がない。一体どうしたの?
フロイド様の呼吸は随分治まった、というか息してる? 心配になってきた。
「あの、フロイド様?」
「……」
やはり返事がない。これでは何があったのかわからない。
(仕方ない。塔に帰ろう)
ここはまだ王妃様たちの目がある。フロイド様の登場に会場の中が騒めきだした為早々に立ち去る方がいいだろう。何も言わないフロイド様の横を通り過ぎようとすると、
「フロイド。何か言うべきことがあるのではないの?」
「!」
斜め後方から異様な魔力反応あり! 火炎系魔力と推測される!
私の防衛本能が「危険!」と叫んでる! 撤収! 撤収せよ!!
冷や汗ダラダラ流れ始めたわ、こりゃダメだ。逃げるが勝ち!
「私、塔に戻ります。殿下の事が心配ですので……」
「り、リズ……。すまない! その、とても綺麗だ。本当なら私が用意すべきそのドレスも……良く、似合っている……。それにっ」
さっきまでの沈黙は何だったのか。フロイド様はうっとりとした表情で褒め殺してきた。
「名前呼びっ!! これ程自分の名を呼ばれて心が躍った事があるだろうかっ! やはり君は私の女神だっ……! その美しさに心を奪われてきたが今日でまた私は君に恋をしたよ。これ以上私を惚れさせてどうする気だい? 君の気高さ、美しさ、魂の清廉さ……。どれをとっても私を引き付けてやまない……! リズ、何度でも伝えるよ。君を愛してる……! 私の妻となってくれてありがとう、私の最愛、私の唯一の人……!」
片膝を付き、私の右手に口づけるフロイド様はそれはもう、もう……!
(最っ高にカッコいいんだよ!!)
蕩けるような瞳で見上げられ、愛を囁かれるなんてそんな! 物語のようなことがまさか自分の身に起きようなんて……!
心臓が五月蝿いぐらいにドキドキしてる。きっと、表情も取り繕えていない。顔が、熱い。
しばらくお互いに見つめ合っていたと思う。と言っても、私はただ固まっていただけに過ぎないけど。
(ああ、この人は……)
本当に、私を愛してくれている。
鼓動が、呼吸が、彼が発する魔力が。彼の瞳が、彼の全身が、彼の全てが。
(私を、愛してくれている)
日頃から伝えてくれているその言葉に疑いの余地はない。
彼の瞳は真剣そのもの。熱に浮かされ頬を染め、私を見上げるフロイド様。
「私も……お慕い申し上げております」
きゅっとフロイド様の手を握り返してみた。私とは違う、男性にしては細くしっかりした指。大きな手は私の手などすっぽり包み込んでしまいそうだ。
「リズ……! ありがとう、愛してるっ」
そう言って一瞬のうちに抱きしめられフロイド様の匂いに包まれた。彼の温かな体温を感じるなんて、なんて贅沢なんだろう。本当に、私は幸せだ。
「フロイド、リズ」
ハッ!
呆れたような、されど冷たさを含んだお義母様の声で現実に戻って来られた。危ない危ない! 正装したフロイド様は素敵さ3割増しだ。漂う大人の色気が実にけしからん。
顔の熱も引いて落ち着きを取り戻せばどうでしょう。まだ私達はお茶会会場からバッチリ見られる所にいたもんで、先程までのやり取りしっかり見られていたではあ~りませんか!
(穴があったら入りたい!)
会場にいるご婦人方のみならず、警護の騎士や給仕のメイドまでがこっちをガン見している! 皆が皆、口を開けて呆然としているので恥ずかしさも何処かに消えて笑えてきた。だってあの公爵夫人ですら、ぽっかーんって顔してるんだよ!? マナーとか作法とかそういうの何となくネチネチ嫌味言ってきそうな人なのに! あ、でもコレ私の想像だけどね。
お義母様から冷ややかなお声を頂いた時点で私も通常通り。つまりは無表情。気を抜いてしまうとすぐこうだ。長年の習慣はそう簡単には直せないようだ。
「さぁ、帰ろう。私の愛しい人」
そうしてフロイド様にエスコートされて歩き出す。フロイド様はあまりに周囲に関心が無いらしく、嬉しそうに私をエスコートして下さった。流石侯爵家嫡男とあって彼の動作の全てがスマートかつ完璧。……出来ない事あるの?
学院時代の彼を知る人なら今の彼が本物のフロイド・グリーンフィールドであると断言できるだろうか。冷たい眼差しに冷たい態度が通常だったあの彼が、こんなにも優しい表情を浮かべ頬を赤く染める姿を想像出来るだろうか。
ちらり。
会場には未だ呆然とする夫人達の姿がある。その中には年若いまだ十代であろう少女が唖然とした表情から徐々に憎いと言わんばかりの目つきで私を睨みつける。歯を食いしばりその場を耐えているが、魔力が激しく波打つ。自分でコントロール出来るの出れば問題ないが、さてどうだろう?
「…んた……か、……なぃ」
アカンやつだわ。憎しみに駆られた眼は激しい怒りを含んでいる。
「っあんたなんか! フロイド様に相応しくないのよ!!」
暴走ではなく意思をもっての魔術行使。勿論攻撃魔術。彼女は水系統が得意なようだ。
「きゃああぁぁぁ!!」
突然の攻撃魔術にその場にいたご婦人達はパニック状態に陥った。警護の騎士達が直ぐさまご婦人達を守り一部は安全地帯に誘導、一部は魔術行使を行う少女の前に立つ。
「王妃様!」
激流と言えるほどの激しい水流は少女の心理状態を現しているようだ。全てを飲み込みその命を奪おうとする大量の水は鋭く強力な槍に姿を変え、十以上の槍となる。
王妃様の護衛騎士は直ぐさま攻撃に備えた上で安全地帯に誘導する。だが、少女には王妃様をどうこうする気などない。だって攻撃対象は言うまでも無く私だからね。
「リズ、母上! 私の後ろに!」
少女の魔力の波動が荒れ出す直前に異変に気付いたフロイド様は防御結界を発動させ警戒態勢に素早く入っていた。こういう所マジ優秀。流石次期魔術師団長と誉れ高いだけある。
少女の魔力は怒りの感情で大きく跳ね上がっている。通常よりも威力の高い水槍は真っ直ぐに私を狙っている。
いいでしょう。
買いますよ、その喧嘩!
「狙いは私なので私がお相手致します」
そうしてフロイド様の腕から抜けだし前に出る。
「駄目だ! 下がれリズ!」
「フロイド様はお義母様をお願いします。大丈夫です。子供相手に本気なんて出しません」
魔力は元から高い方。学院時代もそこそこ優秀だったろうね。実習でも率先して敵を倒すタイプ。でもって水系統が得意ならある程度の回復魔法も扱える。チーム戦では前衛後衛共に優秀、仲間から頼りにされる生徒。
「馬鹿にして! 後悔するがいいわ! 薄汚い魔族が!!」
おそらく十代。貴族令嬢。このお茶会に招待されている事から高位貴族なのは間違いない。学院時代は優秀。これまで大きな挫折もなく生きてきたであろう事は想像に難くない。
だからこそ、目の前で氷の貴公子と呼ばれたフロイド様の隣に立つのが私という『黒持ち』なのが許せないのだろう。
身分も容姿も頭脳も魔術も自分の方が上なのに自分の方が相応しいと疑わない。
「お子様はねんねの時間ですよ」
「水 槍!!」
迫り来る数十の水槍が標的に一切の容赦なしに襲いかかる。激しい水流は触れるだけでも岩をも砕く程の威力。人の手足など簡単にひき裂けるだろう。
……当たればね!
予備動作も必要ない。研修に出てもいない魔術師かぶれが、私に敵うと思うなよ。
サァ―――
「なっ!?」
水槍は私の手前3メートル程の位置で全てが霧とかす。日の光を浴びて霧散したおかげで何とも美しい虹となり跡形もなく消え去った。
自分の魔術に絶対の自信を持っていたであろう少女の、何が起こったのか分からないという表情。それでも傷一つない私を目視すると、直ぐに次を繰り出そうとする。
「え……?」
ガクンっ!
その場に膝から崩れ落ちた少女は為す術無く深い眠りに誘われる。これで暫くは起きないね。魔力もほとんど注ぎ込んだ水槍のおかげで枯渇状態。これで脅威は過ぎ去った。
「塔に戻りましょう」
くるりと振り返り、待たせてしまったフロイド様とお義母様に向き直る。お義母様は塔には入れないからこのままお別れかな? あ、ドレス着たままでいいのか? 着替え置いたままなんだけど。
兄弟とはいえ、まだ会って間もない兄と二人は気まずいだろうと思う。ゼーレ様が戻っておられるならいいけどね。不敬を承知でいうならあの腹黒い兄と一緒なのは殿下の教育上よろしくないもの。腹黒担当は第一王子殿下が担えばいい。
……あれ? なんか様子が可笑しいぞ?
「どうかなされたのですか」
黙り込んだフロイド様とお義母様はハッとしたお顔をしたあと、猛烈なお説教を始めた。解せぬ。
それからは会場周辺の警備を行っていた騎士達によって騒動を起こした少女、アークライト伯爵令嬢は医師の診察を受ける為王宮内の治療施設へと運ばれて行った。ただ眠っているだけで外傷はないはず。崩れ落ちた際に膝を擦りむいた可能性はあるだろうけど。
令嬢を運ぶ騎士達に睨みつけられたのは何でだ。『黒持ち』だからか。なるほど!
「なんだあの無礼な連中は!? 騎士団に抗議してやる!」
「待ちなさいフロイド。それより燃やす方が早いわ」
「!? ちょっ……」
「母上は先程の馬鹿共を! 私は残りを砕きます!」
(氷付けにして!?)
グリーンフィールド家喧嘩っぱやいな!?
でもこんな騒ぎの後更に騒ぎを起こすのは拙いって、一旦落ち着きましょうよ!
そんな私の心の叫びなど知らず、フロイド様からは冷気が溢れ出る。警備担当の騎士は怯える夫人達を背に、剣に手を掛ける。
一触即発。お互い冷静さを失っている。相手は20代半ば程の金髪碧眼の美青年。だけど彼の瞳には先程の令嬢と同じく憎しみの色に染まっている。
さて、どうするか……。お義母様も怒りで元からの赤毛が更に赤く輝きを放っているし。うん、綺麗だな! って違う違う!
「鎮まりなさい!!」
「「「!!」」」
鶴の一声。
王妃様が騎士を引き連れ戻って来た。本当なら安全確認がしっかりとれるまでは城内の安全な部屋に籠もられるだろうに。お茶会の主宰者である以上、一人守られる訳にもいけないと判断されたのか。どちらにせよ、お二人が止まって下さったから何でもいいよ!
あぁ、でもこの騒ぎを知った陛下はどうだろう?
(……怒り狂いそうだな)
まったく、おいたが過ぎるよ……!
騎士達対グリーンフィールド家の睨み合いも無事に幕を下ろしたが、両者納得がいかない様子。目付きが鋭いよ。
「リズ」
ここで王妃様からお声が掛かった。無理しなくて結構ですよ!
「リズ、いえミンスター子爵夫人。先程の件、アークライト伯爵令嬢を止めてくれてありがとう。怪我人が出なかったのは貴方のおかげです。本当に、ありがとう」
「いえ、元はと言えば私の存在が原因ですので」
私が居なければあの伯爵令嬢もあんな事はしなかった筈だ。楽しくお茶を飲んで腹の探り合いをして。いつもと変わらないお茶会になる筈だったろうに私という異物のせいで彼女を取り巻く環境は大きく変わるやも知れない。まぁ、あることにおいて変わるのは確定だ。その後如何するかは彼女次第。
「貴女のせいではないわ。あれは、騒ぎを起こした方の問題よ。……バーセル侯爵夫人、ミンスター子爵。リズを危険に晒したこと、弁解の余地はありません。本当に、ごめんなさい」
「おやめ下さい王妃様! 怪我人も無かった事ですし王妃様が謝罪する必要はありません!」
「えぇ、同意見です。しかし、強いて言うなら騒ぎを収束させた我が妻に対して騎士達の態度は許せません」
「「フロイド(様)!」」
王妃様を前にしてもブレないな!
真剣な表情だけど睨まれるなんて可愛いモンだよ、いちいち気にしてられないしぃ?
「教育を徹底させるよう騎士団長に言っておくわ。必ずね」
すぅっと目を細め、微笑む王妃様だがまったく笑ってない。笑顔なのにめっちゃ怖い!
そうして王妃様は他の夫人達の元に向かう為去って行った。
残された私達も解散すべく、今度こそ会場をあとにする。お義母様を馬車停めまで送り届け、殿下が待つ塔に向かう。お義母様は別れ際、「背筋も伸びていて堂々としていた」と褒めて下さった。自分的には敵前逃亡した気分なんだけどね。
私のお茶会デビューはある意味で鮮烈なデビューとなった。本音を言えばもう二度と御免である。
だがしかし! 今の私が最も恐れているのは未だに冷気がダダ漏れの隣にいるフロイド様だ。
(塔に着くまでに落ち着くといいんだけど)
僅かな期待を胸に、私達は殿下が待つ塔に歩みを進める。




