お茶会 開始
会場入りしてからも視線が突き刺さる。始めは取り繕っていたものの、明らかに不快であると表情を隠そうともしない方々が半数に、青褪め恐ろしいのかカタカタ体を震わせる方々が三割に残りの二割の表情は読めない。だが、私。伊達に『黒持ち』として生きていません。表情の変わらなかった人たちでもわずかに呼吸数が増えており脈拍も速い。
何故わかるか?
人の機微をいち早く察知する事は私にとってとても重要な事だったからである。何も警戒しないで人前に出ることは私にとっては自殺行為に等しい。360度全周囲が全て敵。どこから現れるかわからない敵を常に警戒しなければならないのだ。だからこそ身体強化を行い、五感を高めることで周囲の人間の気配を察知し逃げる。生き延びるため、幼い子供の内から身に付けた生き延びるための方法。そこに魔術が加わり多少離れていても呼吸数や脈拍なども感知できるようになったのだ。
そうして周囲の人間をそれとなく観察していると、その中でも表情の読みにくい人間がやってきた。その女性は私には目もくれず、お義母様に話しかけた。
「お久しぶりね、バーセル侯爵夫人。……今日は随分毛色の違うものをつれているのね」
「……お久しぶりにございます。マルティーニ公爵夫人。こちらは息子の……」
「あぁ! 陛下が後見したというあの! 大変ねぇ」
くすくすと笑いがそこらから発せられる。扇で顔を隠しているつもりなのか、ひどく醜く歪めた顔が覗かせている。うむ、隠れていないな!
「ご子息も、いくら王命とはいえとんだことになってしまったわね。これでは、もう。次期魔術師団長の座もどなたかにお譲りになるのかしら?」
「まさか『黒持ち』を妻に迎えておきながら国の中枢に携われるはずがございませんわ」
「本当に。いつ穢れが移るやもしれませんもの」
穢れ。
『黒持ち』に触れると穢れが移るという古くから伝わる迷信だ。それを引き合いに出した直後、明らかに周囲は私とさらに距離をとり始めた。
「……そのようなことは迷信です。それが本当だとすれば、共に任務にあたる息子はすでに穢れている。そう言いたいのでしょうか」
お義母様すごい!!
こんなに大勢に囲まれているのに真正面から言い返すなんて! ……かっこいい~!!
「あら、やだ。そんなにムキにならないで? ただの一般論でしてよ? ねぇ」
「そ、そうですわ!」
「ええ! そうですよ!」
賛同した他のご夫人たちも、お義母様の静かな激しい怒りに圧されて青ざめたが、マルティーニ公爵夫人という方は動じない。家格は公爵家。バーセル侯爵家よりも上だ。呼吸数も脈拍も落ち着いてる。本当にこの人はそう思っているってことだろう。
「……そうですか。つまり、夫人は冗談で第五王子殿下をも貶したということですね。……息子夫婦は殿下の護衛魔術師。一般論として、殿下はすでに穢れている。そう仰りたいのかしら?」
お義母様の言葉に一瞬顔を顰めたマルティーニ公爵夫人。その後ろにいる取り巻きの女性二人はすでに顔を青くしている。自分たちの失言に今ようやく気付いたということか。
お互いに微笑み合いながらもにらみ合いは続く。だが、ここで王妃殿下がやってきた。
さっと礼をとるお義母様と夫人たち。私もそれに倣って礼をとる。
王妃殿下。アデルハイト殿下の生母様。今日が初めて会うことになるが、一体どういう人物なのだろう。
「皆さま。今日は忙しいなか時間をとってくれてありがとう。今日は特別に用意した紅茶があるの。楽しんでいってくださいね」
そうして王妃様の開始の合図とともに皆席に座る。
先ほどまで睨み合いをしていたお義母さまとマルティーニ公爵夫人もにこやかな顔をして席につく。
……指定された席順で同席したのはマルティーニ公爵夫人。
カーン
私の中で戦いのゴングが鳴ったのだった。
「まぁ、王妃様。本日も素敵ですわ。最近では更にその美しさに磨きがかかっていると聞き及んでおりましたが、本当だったのですね。ふふ、陛下との仲が良好で羨ましい限りですわ」
「ありがとうマルティーニ公爵夫人。あなたも、今日も素敵ね」
「いやだわ、王妃様に比べればわたくしなど!」
マルティーニ公爵夫人と王妃様の会話に同じテーブルについたお義母様とわたしとあと二人の女性。侯爵家と伯爵家のご夫人だそうで、さっきから王妃様とマルティーニ公爵夫人との会話にうなずき相槌を打っている。
お茶会出席が決まった翌日。第一王子殿下から貴族名鑑を渡され当日までに頭に叩き込んでおくように命令された。記憶することは苦ではなかったけど多くの貴族がこの分厚い本を記憶しているのかと思うと庶民で良かったと思う。親戚関係やら派閥やら面倒な事ばかりだ。
そしてさっきからお義母様にケンカ腰のマルティーニ公爵夫人は側妃派のブラッドフォード公爵家出身。自分より格下だった侯爵家の王妃様が陛下の婚約者に選ばれた事やその後目星をつけていたバーセル侯爵の当時令息だった師団長がお義母様を選んだことでどうにもプライドを傷つけられたらしい。
全くもって子供っぽい怒りを未だにお義母様に向けているそうだ。そしてマルティーニ公爵家も魔術師の息子がいてフロイド様の一つ下らしい。代々バーセル侯爵家が宮廷魔術師師団長を務めるが、ご婦人方の中では私という『黒持ち』と婚姻した事は出世街道から外れる事になるらしい。
「ですが……。陛下も一体どうした事でしょう?」
「あら、どうかなさって?」
「いえ。ただ……護衛であればもっと相応しく優秀な人間はたくさんいるでしょう? なのに……」
ちらっとこちらに視線を向けてきたマルティーニ公爵夫人。私は敢えてにこっと微笑んで見せた。まだご挨拶もしていないが、爵位はこちらが下。公爵夫人から名乗っていただけなければ私は挨拶もできないので、とりあえず微笑んだ。これも表情筋を鍛えたおかげで身に付いた。鏡に向かって微笑みの練習を何度行ったことか……!
「……陛下も、いくら毛色の珍しいと言えど、我が子の護衛になど……。わたくし、王妃様が心配で……」
憂いた表情を作るのも上手い。まるで本心で語っているようだ。舞台女優になれるよ!
直接貶してこない辺り貴族風の言い回しなのか、それとも王妃様が私まで招待したことをどう解釈するべきか迷ってるのだろうか。
「わたくしの事を心配してくれてありがとう。だけど、大丈夫。陛下が信頼して彼女に頼んだのよ。それに……勘違いしないで?」
「「「っ!!」」」
ザワッと空気が変わった。それまで和やかに進んでいたお茶会だが一瞬にしてそれまでの雰囲気を変えてしまうほどのオーラ。王妃という国を背負う者の覇気というべきか。公爵夫人のみならず、招待されたご夫人、侍女や警護の騎士達にも緊張が走る。
「彼女の実力は折り紙付きですのよ。あまり知られてはいないようだけれど……。隣国との争いに終止符を打ったのも、偏に彼女の働きあってこそ。何故かその働きがもみ消されたようだけれど……。マルティーニ公爵夫人? あなた、ご存じない?」
「は、いえ、わたくしは……なにも……」
「そう……。あなたの次男、あの時に駆り出されていたはずよ? 一度聞いてご覧なさい。ご子息の方が詳しいはずだわ」
にこやかに話す王妃様だが笑顔が怖い。なるほど。第一王子殿下の母親なだけはあるわ、笑顔の圧力半端ない……!
にしても、マルティーニ公爵夫人のご子息は西方に駆り出されていたのかぁ。まぁ、それなりの規模だったし会った事もあるかわかんないわな。顔、知らないし。
「っ、まさか! 息子は優秀な魔術師ですのよ? 学院時代に上の学年に『黒持ち』がいると聞いたことはありましたが、成績はいつも最下位で実技も役に立たないレベルのお粗末さと聞いております! そんなのとうちの息子に接点などあるはずがございませんわ!」
接点はないかもしれないけど魔術師として毎年研修まで行うのはそう多くないんだから顔を知ってても可笑しくはない。私の場合は顔と名前が一致しないだけで同じ研修中の同期や軍の一部の人間の顔くらいなら覚えてる。その中でパシりにされてたのは私だけだけどな! それよりこの会話の意図が分からない。今更西方戦線の事を持ち出す理由って何?
「まぁ、ご子息は優秀なのね」
「当然ですわ!! そこの護衛と一緒にされては困ります!!」
なら護衛に選ばれてても可笑しくないのでは? ミ、フロイド様と不仲なの? てかそんな優秀な人っていたっけ?
……初めての戦場で腰を抜かす人間は多くいたけど、そんなに優秀なら接点はあったはず。公爵家次男なら西方戦線が研修地というのもおかしな話だが、現場に出てたのだろうか。司令本部に若い魔術師がいたような記憶もないし。なら、やっぱり前線に?
「リズ、と言ったわね。息子が世話になってるわ。……今後も、よろしくお願いします」
緊張を顔には出さないけれど、かなり緊張されている。当然だろうけどね。
「勿体なきお言葉です。今後も精進いたします」
当たり障りはない筈。隠していても『黒持ち』としゃべる事も本来許されない立場のお方だ。緊張と恐れがわずかに感じられる。あまり長引かせず、さっさと切り上げる方が良さそうだ。途中で倒れでもされたら陛下のお怒りを喰らうかもしれないし。
「王妃様、このような者に王妃様自ら声を掛けるだなんて……! いくらご子息の護衛だと言っても、『黒持ち』ごときにそのような事……!」
公爵夫人がお茶会会場に響く大きな声で狼狽える。
現役の王妃が『黒持ち』に対して声を掛けた。ただそれだけの事ではあっても、これは異常な事である。そもそも陛下が自分の息子の護衛に『黒持ち』を選んだこと自体が異例。そこに王妃も陛下に賛同したという事は長い王国の歴史上初の異常事態だ。
聖獣ゼーレ様との契約に『黒持ち』の社会的地位の向上があったと聞いたが、これがその契約を果たすための第一歩なのだろうか。
恐怖や嫌悪を押し殺し、何とかしてゼーレ様との契約を果たそうとする心意気は称賛するが、如何せん。
(その恐怖心が伝わって来てるからなぁ……。なんか申し訳ない)
多分ここにいる全員が王妃様の本当の気持ちというのかな。本心には気づいていない。だって、本心は
「ゼーレ様の怒りを買えば、陛下とは本当の意味で離される(ぽそっ)」
「!!」
小声でつぶやいたつもりだったけどどうやら王妃様には聞こえてしまったようだ。ドクンっと一瞬大きく心臓が鼓動し、その後は早鐘を打っている。
王妃様にとって何より恐ろしいのは愛する陛下と離れ離れになる事。
それは物理的な距離の問題ではなく、心の距離だ。側妃様方の元に通われていた時も、心はずっと王妃様の元にあったからこそ王妃様は呪詛の侵食を抑えられていた。
愛する陛下の愛する息子を亡き者にしようとしたことで陛下に対して負い目がある。もし、この先何か失敗をしてしまえば、今度こそ陛下は自分の元から離れていってしまうのではないか? 失望したと呆れられ、蔑みの目で見られることになるのではないか? もしそうなってしまったら、この先自分は正気でいられるのだろうか?
正直残念な気持ちだ。勿論、これは私が勝手に推測しているだけのことで王妃様の本心は別にあるのかもしれない。それに今までの常識を覆すような真似などすぐには出来ないはずだ。だから私が残念に思うのはお門違いというものなんだろうけど……
鳩尾のあたりから湧き上がる不快感と膨らんだ風船がしぼむような喪失感。
「まだ、お会いするには早かったようですね」
「……」
「申し訳ございませんが、気分が優れませんのでこれにて退席させていただきます」
席を立つ際、王妃様のお顔を盗み見る。少し青ざめたその表情に、契約と言えども不憫だなと同情してしまう。これくらいの事でゼーレ様の怒りを買うことは無いだろうけど今の王妃様の立場からすればこんな些細なことですら恐ろしい事だろう。あとでゼーレ様にも報告しておこう。
途中で逃げるようで情けない。この一か月、お義母様とのレッスンの成果を出すことも出来なかった。お茶を飲んで終わり。だけど『黒持ち』が王妃様主催のお茶会に参加した事自体が異例なんだ。針の筵の中よく頑張ったよ!
と、自分自身に言い聞かせ会場から出ようと歩み始める。後ろからはクスクスと嗤い声がする。
「わたくしも、失礼いたしますわ」
お義母様までもが退席されてしまった。これではバーセル侯爵家と王妃様との間に亀裂が入ったと思われる。
お義母様は私の手を取り、共に会場から出る為歩み始める。情けなく、合わせる顔もないと俯いていたが、どうにも可笑しい。
お義母様からは焦りの感情がにじみ出ているのだ。一体なぜ? と思っていたら。
「リズ!!」
「……遅かったわ」
「え?」
お義母様の焦りがその声を聴いた瞬間、諦めに変わった。立ち止まり、声の主へと顔を向けるとそこにいたのはフロイド様。
その表情には怒り、悲しみ、焦りがごちゃ混ぜだ。そこに魔力が溢れだしているから騎士達も警戒する始末。
「リズ……」
そう言ってフロイド様は私の方に歩みを進め―――……




