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二度と離さない

 

『決別することはないだろう』



 今生の別れと思って最愛の人を見送る。……はずだった。

 現れたのは先日突然顕現した王国守護聖獣、ゼーレ。何の前触れもなくこの場に現れたことに声を失うほど驚いたのはアーサーだけではなかった。


 潔く去ろうとする王妃ジュリエットも、ただ黙って両親のやり取りを見守っていた第一王子も、二人をずっとそばで見守ってきたエドガー、グリーンフィールド魔術師団長もが驚き固まってしまった。


 しかし元凶である聖獣の方はというとアーサーには目もくれず王妃ジュリエットに歩み寄る。



「っ!」



 長年王妃として公務を熟してきたジュリエットはちょっとやそっとの不測の事態では動じないほど肝の据わった女性だ。それでも今回は王国の守護聖獣が相手。緊張と初めて見る聖獣に身が竦んだ。



『なに、取って喰いはしないぞ? ただ、貴様が我と敵対するというのなら話は別だがな』


「聖獣様!!」


『まぁ慌てるな、アーサー。良き伴侶を得たな。婚姻を結んだ時に伝えられれば良かったのだが……』


「!!」



(それはもしや……! 聖獣様は祝福してくれていた……!?)



 姿は見えず、声も伝えられずとも初代シリル王の時代から長きに渡り王国の守り神であった聖獣ゼーレ。そのお方からのお言葉。聖獣からの祝福。

 アーサー達はずっとゼーレに見守られていたのだ。



『我は王国守護聖獣ゼーレ。貴様に礼を言いに来た』


「……ぇ?」


『貴様が産んだ子、アデルハイトは我の主となれる器よ。ここ数百年は我を認識できない者ばかりでな。久方ぶりの主と出会えたことに感謝しようと思ったのだ。王妃よ。アデルを生んでくれた事、感謝する!』


「っ……!!」



 王妃は信じられない思いでいっぱいだった。

 待望の次子が『黒持ち』であった事に絶望し、拒絶。産んだことさえなかったことにしようと、何度も暗殺の手を送った。自分の完璧さを追求するために生まれた子を否定した、そんな自分に対し王国の守護聖獣が感謝を述べたのだ。ありえない。そんなことは許されない……!



「恐れ多くも王国守護聖獣、ゼーレ様にご挨拶申し上げます。シリル王国王妃、ジュリエット・エマ・ラファティでございます。お会いできて光栄の至りにございます」


『ああ。我も嬉しく思う! 楽にせよ、我はそのような堅苦しいのは好かん』


「……畏まりました。ですが一つ発言の許可をいただけますでしょうか」


『よいよい。好きに発言せよ』


「ありがとうございます。それでは……。我が子でありながら幾度となく暗殺を仕掛けていたわたくしには勿体ないお言葉にございます。ですが、罪は罪。聖獣様には申し訳ありませんが……どうしても、あの、ア……デ……を、我が子と認める、事が、出来ず……。っ何度も……! わたくしっわたくしはっ!」


『うむ。わかっておる。リズから聞いた。『黒持ち』がこの国を含める周辺諸国でどのような存在で、どのような扱いを受けているのかもな』


「「「!!」」」



『黒持ち』リズ。アデルハイトの護衛魔術師として三か月前に任務に就いた。

 アデルハイトとは違い、市井で平民として育った彼女にはこの国での『黒持ち』の扱いが奴隷と同等、若しくはそれ以下として扱われ生きるか死ぬかの生活を送ってきた。そんな彼女が語ったのなら話を偽ることもしなかっただろう。


 話を聞いた聖獣ゼーレ。

 アデルハイトが実の母親に殺害されようとしている理由を知り王妃に会いに来たのだ。そして、覚った。



『アーサーよ。子殺しを企てたこと、甚だ遺憾である。だが、アデルは何も望んでおらぬ。そして何より』



 ゼーレは王妃と対面したことでわかったことがある。これまで何とか存在を維持してきたので動くのは最低限。出来るだけ力を国を守る結界に力を注いできたので見落としていたのだ。



『王妃は呪詛を受けている』


「!? 呪詛!!?」


「王妃様に!?」


「まさか……! そんなっ!」



 王妃が呪詛を受けている。

 その事実に周囲は驚愕の声を上げた。まさかこの国最高権力者の妃が呪詛を受けていたなんて……!



『……力が落ちていたとはいえ、これまで気づかなかった事悪かった。その呪詛は内面から徐々に蝕んでいく類のもの。心の闇に漬け込み、侵食していくことで心を破壊する。……よく耐えてきたな』


「!! わ、わた、くし……っわたくしは……!」



 耐え切れずぽろぽろと涙を流す王妃は声を詰まらせ膝をつく。慌てて国王が駆け寄り大切なものを扱うかのような手つきで王妃を支え、背を撫でてやる。その姿は本当に王妃を愛しているのが見て取れるほど愛情が溢れていた。


 長年痞えていたものが一気に溢れたのか、中々涙が止まらない。早く止めなければと思えど、愛する人が優しく寄り添ってくれている状態が嬉しくてまだ止めたくないとも思う。聖獣様の前だというのに何とも浅ましい考えなのか。こんな自分はやはり陛下の傍に立つ資格はないのでは。


 完璧な淑女の顔を持つ王妃ジュリエットだが、実際はとても繊細な女性だった。小さな頃から厳しい教育を強いられ弱音を吐くことも許されなかった。厳しいだけで褒められた記憶はほとんどない。出来て当然だと突き放されるだけだった。物覚えがいいわけでもなかったので家庭教師からは叱責も多く、完璧な淑女と持て囃されるようになっても内心は自己肯定感の低い人間となっていた。



『貴様に呪詛を掛けた者はお前の心の弱き所に種を植えた。そして負の感情が大きく呪詛を成長させ、心を蝕んでいる。……だが、貴様にとっての幸運はある程度で成長が停滞したことだ』


「ある程度? それは……一体どういう意味でしょうか?」



 ゼーレはニヤリと笑うとアーサーの方を向いて言った。



『アーサーの所謂〝愛〟のおかげだな! 負の感情をお前からの〝愛〟で相殺したことで呪詛の成長が緩やかになった。もしお前に愛されていないと感じていればもうすでに廃人となっていただろうよ』


「そ、そんな……!」


「一体、一体誰がジュリーに……! 必ず殺してやる……!」



 ぎゅうっと力強く抱きしめられる。あまりの強さに息が詰まるがそれ以上に嬉しいと思う王妃。



(わたくしは……やっぱり陛下に愛されていたのね。……っ嬉しい……嬉しいです、アーサー様っ)



 抱きしめ返す王妃。

 長年すれ違っていた時を埋めるかのように二人は抱きしめ合い涙した。

 もう二度と、傷つけない。ずっとそばにいる。



『お熱い所悪いが呪詛は解呪した方がいい。今後のお前たち親子の関係にも関わるからな』


「「!!!」」



 この場にはオールバンスとリオネル殿下の他にもグリーンフィールド宮廷魔術師団長の他護衛として近衛騎士も多数いる。そんな中で国王と王妃が仲睦まじく二人の甘い時間を堪能していたのだ。……多数の目の前で。

 愛情を示すための方法としてキスは頻繁に行われる挨拶のようなものだ。だけど、それが本当にお互いを求めてのものなら次第に深くなるのも当然な訳で……



(((見てるこっちが恥ずかしい……!!!)))



 取り残された全員の気持ちが一緒になった瞬間だった。

 そうして我に返ったが離れることはしない国王。もう、完全に吹っ切れたようだ。つい先ほどまでは今生の別れみたいな空気になっていたのに。



「おほんっ! あー、うん。皆、すまなかった。此度の件だが、王妃にかけられた呪詛に大きな原因があると考える。だが、事が事である為この場での王妃の処遇は保留とする。先ほど炭鉱送りにした者達に関してはすでに罪状が確定しているが、これからの調査結果次第では減刑とする。速やかに! 王妃に呪詛を植え付けた人間を炙り出せ!!」


「「「はっ!!」」」



 王妃を相変わらず抱きしめながら命令する国王アーサー。もう片時も離れないと態度で示しているかのようだ。


 その腕に抱かれる王妃も、嫌がりもせずただ恥ずかしそうに俯き頬を染める。美しいだけで無く、なんとも可愛らしいその姿に国王の忠臣であるオールバンスとグリーンフィールド宮廷魔術師長も思わず頬を緩める。

 国王になる前の王太子時代、それ以前からの親友としてずっとそばで見守ってきた。婚約者時代から仲睦まじいい二人を応援してきたのだ。結婚して幸せの絶頂から徐々に拗れていくのをただ黙ってみてきた。それがどれだけもどかしかった事か。だがそれも。



「ジュリー……。君を愛してる。手放す気なんかなかったけど、これでずっとまた一緒だ」


「陛下……」



 熱く見つめ合う二人にはもう心配なんてものは不要。

 二人は婚約者時代の交流会でのみ見せた穏やかで、それでいて熱量の含んだ視線を交わしているのだから。お互いしか見えていない。運命の人というのがあるのなら、この二人は間違いなく運命の人同士なのだろう。お互い、初めて顔を合わせた時からずっと惹かれ合っていたのだから。



「んんっ、ではまずは誰がいつ何の目的で母上である王妃殿下に呪詛の種を植えたのか。それを調べなければなりませんね。それは私とグリーンフィールド魔術師団長で受け持ちましょう。構いませんね、魔術師団長」


「はっ、異論ございません」


「うむ、頼むぞリオネル、ダニエル。……相手が分かったら生かして余の前に連れて来てくれ。ちゃんと喋れる状態で頼むぞ?」


「「はっ、承知いたしました!!」」



 さっと礼をとる二人。

 国王の歪んだ笑顔にひくっと頬が引きつる。



『はっはっはっ! アーサーは王妃のことになるととんでもなく狭量だな!』


「何をおっしゃいますっ!! これくらい、当然の事です」


『いやいや、婚姻前に王妃に近づくものあらばいかなる手を使っても排除してきた癖に。それを狭量と言わずして何を狭量というのだ?』


「ジュリーと私は魂の伴侶。そこに別の者が割って入るなど許されない。私は優しく諭しただけです」


『諭し方も脅しと紙一重というか、脅迫だったがな……。まぁいいさ。おかげでアデルが生まれた。我はそれが嬉しい』



 ルンルン気分の聖獣様はご機嫌にしっぽを揺らす。

 その姿に、未だ納得いかないのは王妃ただ一人。



「ですが、わたくしはア……を……それは、許されるはずが、ありません」



 ぎゅっと己の手を握る王妃は、呪詛にかかっていたとしても自らの行いを許すことは出来ない。国の、民の見本となるべき自分が率先して『黒持ち』を排除しようとしたのだ。処罰された者達も、少なからずそんな自分に影響されていたのではないか。


 そう思うと、今のこの幸せを受け入れることは出来ない。何かしらの罰を受ける必要はある。それがどのような罰であったとしても、国王から愛されているという自覚がある今の自分は全てを受け入れられる。例え極刑でも、生涯愛する人に会うことの出来ない幽閉だろうと。この幸せな時間があればどんな状況でも幸せなのだから。



『我はアデルに対する行いを許すとは言うておらん』


「聖獣様! それは……!」


『だが、先ほども言ったが貴様がおらねばアデルは生まれなかった。だからこそ、チャンスを与える。それを無碍にするか受け入れるか。それを決めるのは貴様ら次第だ』


「受け入れます……! どんなことでも!」


「なんなりと……!! ジュリーを失わずに済むのなら!」


『うむ』



 聖獣ゼーレは王国の守護聖獣。王国と共に生き、共に見守る。これが初代国王シリルから続く聖獣との関係。決して国王や王族に忠実な駒や道具ではない。共に立ち、力を与えてくれる代わりに己の持つ魔力を供給するという約束の元成り立っているのだ。だからこそ、情に流される程甘くはない。



『その前に、王妃よ』


「は、はいっ」



 貴様から王妃と呼び名が変わった。王妃として、ゼーレは認めた瞬間だった。



『其方はアデルをどう思う』


「! ……ア、……について、は……っ」


「ジュリー……」


『殺したいほど憎いか? それは自分が築き上げてきた者を一気に崩したからか』


「!! あ、そのっ……」


『機会があれば再度亡き者にするか。それとも、これまでのように誰の目にもさらさず幽閉生活を送らせるか』


「聖獣様!!」


「っ、」


『答えよ』


 王妃の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 これまで何度も暗殺を企て、実行した。毒を盛った。火を放った。我が子であるのにも関わらず。亡き者にしようとしたのだ。


 だが、先ほどから心が軽い。

 靄がかかったような自分の心が一気に晴れていくような感覚だった。何故……?


『アーサーの所謂〝愛〟のおかげだな!』


 聖獣からの言葉。アーサーは自分を愛してくれていた。

 どうして忘れていたんだろう。この温かな腕の温もりを、愛の重さを。自分に対するアーサーの執着心を。


 〝愛〟のおかげでわたくしの曇った、黒い心が晴れたのだろうか。だから今、あの子に対しての憎しみや恨みがないのか。まだ幾分かあるにしても、これまでのような苛烈な怒りはない。

 これが呪詛の影響なのだろうか?


 アデルハイトに対しての感情。



(複雑ではある。この国での『黒持ち』がどういった存在であるのか。輩出してしまったことが露見すれば生家や派閥はどうなるのか……)



 王妃という立場では受け入れがたい。だけど、母としては? 

 母、として……

 ―――――!!



「わ、わかりま、せん」


『ほう? 何がわからない』


「わからない。わたくしは『黒持ち』だから憎かった。だから、なかった事にしようとした。けれど、あの子もリオネルと同じく、陛下がわたくしに授けて下さった我が子……。でも、憎しみに駆られたわたくしは、あの子の事なんて……、なにも、知らない……!」



 そうだ。知るはずがない。

 だって、知ろうとなんてしなかった。

 なかった事にしたかったんだから。



「何も、何も……! 何も知らない! 『黒持ち』である事しかわからない! 会ったことも話したことも……! この腕で抱いたこともない……! っ母親なのに! 親なのに! あの子を産んだのに!!」


「ジュリー……もういい。僕も同罪だ」


「わ、わたくしっ! 何も知らないのにっあの子を殺そうと……! 何度もっ! 聖獣様! わたくしは、何もわからない! だって! どう思うか以前に、あの子の事を何も知らないのです! 知ろうともしなかった!」


「ジュリー……」


「母上……」



 王妃としてずっと立ち続けた女性の母親としての悲痛な叫び。

 親として、何一つしてやれなかった。



「わたくしはあの子に対して何か思うことすら出来ない。何か思うことすら可笑しい。『黒持ち』である事以外に知る事など、無いに等しいのですから……」



 自嘲気味笑う王妃は痛ましいことこの上ない。

 その痛みに寄り添うようにして国王・アーサーは王妃を更に抱きしめるのだった。


 王妃の本心を聞いた聖獣ゼーレ。

 語ったのは嘘偽りのない本心。どう思っているのかさえ分からないという胸の内をさらしたのだ。


 これで十分だった。



『わぁーはっはっはっ! 王妃よ、其方の心の内しかと聞いたぞ!!』


「「「……え?」」」


『言ったはずだ。アデルは何も望んでいない。つまりは王妃、其方に対する罰も望んではいない。だが、これまでのことただ許すわけにはいかぬからな。もし呪詛を言い訳に使うようなら、其方の魂は我が喰ろうてやろうと思った。そして、其方達に与えたチャンスを生かすことが出来るのか。見定めようとしたのだ』



 そうして静かに目を閉じた聖獣。

 金の眩い光に包まれ再び姿を現したその姿は人型。



「「「っ!!」」」



 アーサーとオールバンス以外は初めて見るその姿に息をのんだ。

 切れ長の目はまっすぐに国王・アーサーと王妃・ジュリエットを見据える。



『我が望むのはアデルハイトを含む『黒持ち』に対する偏見の意識改革と数年後の王位譲渡。大まかにいえばこの二点だ。成人までは仮主としてリズをアデルの傍に置く。

 ()()()()()()()()()。だが、それまでに『黒持ち』に対する偏見や差別を今より減らしたい。なくすことが目標だがそれは数十年若しくは百年単位の長い時間が必要となろう。この政策を其方達に託す。……出来るな?』


「はっ!! 必ずや!」


「必ずやって見せます……!」



 真っ直ぐに聖獣を見つめる国王夫妻。その目にはありありと決意が燃えていた。

 必ず成し遂げて見せる、と。


 結婚した時、共にずっとだと誓い手を取り合った。

 結婚後、愛しているのにも関わらずお互い素直になれなかった。

 溝は深まり、もう手が届かないのかと絶望した。


 だが、それも今日まで。

 再び繋がれた手。

 今度はもう、離さない。

 何があっても絶対に。


 二度と離さない。


 死が二人を別つまで……絶対に。


王妃の処罰が甘いと感じられる方もいらっしゃるかと思いますが、広い心で受け止めていただけると幸いです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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