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ネイサン・ヴァレンタイン3

今回も前回に引き続き短めです。

 

 領地の不作により税収は落ち込み、支援としてこれまで有事の際の為に蓄えを放出することで伯爵家の財政は一気に傾いた。来年はこれまでのような収入があればいいが気候ばかりはどうにもならない。それでも治療費を削る訳にもいかず、次男の婿入り先に頼み込み何とか当面の生活ができるだけの資金を得た。


 兄嫁の実家に頼ることも考えたが、恋愛結婚を推し通したこともあり不仲とまではいかずとも距離が出来てしまっていたこともあり、申し出は丁重にお断りをした。あちらとしてはすぐに離縁して新たな嫁ぎ先を見つける方が賢明だと判断するだろう、と語った兄嫁の瞳には明らかな怒りが宿っていた。


 次男夫婦は政略結婚ではあったが夫婦仲は良好であった。家同士も良好な関係を築いてきたが、まだ爵位を得たわけではない次男が自由に出来る資金などなく、当主である義父に頭を下げ父も足しげく通いようやくこぎつけた。


 融資をする際の条件を提示され、その中に中立の立場を貫くヴァレンタイン家にメイウェザー公爵家派閥に属するようにというものがあった。

 ヴァレンタイン伯爵家は歴史ある名門伯爵家。陰日向にと王国を支え続けてきた由緒ある家柄だ。その伯爵家がメイウェザー公爵家派閥に属するというのは社交界に大きな波紋を呼ぶことになる。中立であるヴァレンタイン家が派閥に属するとなれば他の中立派も動揺するはずだ。まず第一に、メイウェザー公爵家と対立するブラッドフォード公爵家は黙っていないだろう。


 政治的背景と現状を天秤にかける伯爵。王国にとって大切なのは国内で争いを生むことではなく、国民が平和に暮らすこと。内乱などもっての外である。名門貴族に生まれ責任ある立場の当主としてなら情勢を見極め王国の利になる方を選択するべきだ。

 だが一人の父親としては……


 ヴァレンタイン伯爵は条件をのみ、メイウェザー公爵家派閥へと加わった。

 これをきっかけに同じ中立派だったいくつかがメイウェザー公爵家派閥へと流れた。ブラッドフォード公爵家派閥からも少ないながら鞍替えした者達もいたことからヴァレンタイン伯爵家の影響力の大きさが知れた。


 そうして融資を受け、メイウェザー公爵家からも援助を受けることが可能となり、長男の治療もこれまで通り受けられることとなった。安心した伯爵家の面々は喜び合った。……ただ一人を除いて。


 長男、フェリックス。

 彼はこれまでの治療でどれだけ伯爵家がひっ迫しているかも領地の不作も、資金を得るために中立という立場からメイウェザー公爵家派閥へと移った事も全て把握していた。故に、自分の治るかどうかもわからない病のために、伯爵家の矜持を捨て野心が目に見えるメイウェザー公爵派閥となることが許せなかった。


 勿論、両親も妻も弟たちもが自分の為に奔走してくれたことに感謝している。してもしきれないほどに。だからこそこんな自分の為にこれ以上無理をしてほしくなかった。

 幼い頃から伯爵位を継ぐため、父から貴族とは何か、身分とは何か、国とは何かをよく聞かされたフェリックスは貴族としての誇り高い父を尊敬してやまなかった。父の決断がどれほど苦悩したのかよくわかるからこそ、それで得た資金で治療を受ける自分がとてつもなく害悪であり、フェリクスは自分がとてつもなく惨めに感じた。


 尊敬する父に、貴族としての誇りを穢させた。原因は自分だ、と悔やむ毎日を過ごす。

 父は一人の父親としての判断をしたのだ、気に病むな。この決断をしたのは父自身なのだからフェリックスが悔やむ必要はないのだ、と何度も繰り返すがフェリックスが聞き入れることはなかった。


 次第に薬を拒否し、妻であるクラリッサとは再び離縁の話題が出るようになった。

 発症してすでに10年。やせ細り、ベッドから起き上がることもすでにままならない。領地を歩き回り、領民と言葉を交したのも今は遠い昔。


 長い話し合いの末、これ以上の延命治療は行わず余生を静かに過ごすことになった。誰もが必死にフェリクスを説得するがその意思は固く折れることはなかった。

 クラリッサは最後の時まで共に居るといい、離縁はせず別れが来た際には修道院に入ると宣言。結婚生活のほぼ全てを看病にあてた彼女に、せめて修道院での生活に困らないよう伯爵家から毎年寄付を行うと約束を交わした。

 先のことは決めたが別れが来ない方がいいのだ、と涙を滲ませながら微笑むクラリッサ。

 

 フェリックスはその時が来るまでの時間を有意義に、懸命に、最期の瞬間まで生きる事を誓ったのだった。



 *****



 兄夫婦が穏やかに最期の時を迎えようと決意した頃、ネイサンはアデルハイトに悩まされていた。


 何か我儘をいう訳ではない。むしろ全くそんなことは無く、以前に『外に出たい』と言っていたのが嘘のように静かだった。それでも溢れる魔力のせいで一日に一度は壁に叩きつけられる。

 最早慣れてしまった程に当たり前の光景となった。ただ、そう思っているのはネイサンのみでアデルハイトはその度に自分が怖くなり魔力に怯え、殻に閉じこもるばかりだ。


 暗殺未遂は今でも頻繁に起こっている。

 ブライアンとネイサンにより水面下で処理され、アデルハイトのいる居室に侵入した者は未だにいない。そもそもこの〝北の塔〟は王族専用監禁塔。外への脱出は難しいのは当たり前だが外部との連絡を絶つため、入り込むのもまた至難の業である。


 食事に毒を入れられたり、塔に火を放ったり、猛毒の蛇や蠍を塔に放ったり。多種多様な暗殺の手をこれまで躱してきた。塔に守られている以上、魔術での殺害は困難。物理によるものが圧倒的だった。


 自分の命を狙っているのが実の母と知ったのはいつだったか。

 物語で『母』というものを知ったアデルハイトがそれが何なのかわからなかった。ブライアンが説明したがその『母』に死を願われていると知った時、アデルハイトは何を思ったのだろう……


 月に一度はどうにか都合をつけて国王陛下がやってくる。

 忙しい合間をぬっての親子の対面は、どこかよそよそしい。かつ、短時間だ。

 アデルハイトにとって、『父』という存在はどういったものだろう……


 姉のこともありアデルハイトに対しては少々思うことがあるネイサンだが、それは個人の感情であり任務とは無関係だと己を律する。自分の仕事はアデルハイトの護衛。それ以上でも以下でもないのだ。


 そうして日々を送っていたある日、ネイサンは見た。

 ブライアンがアデルハイトの食後に何かを飲ませているのを。


 普段なら何も気にすることもなかったが、何故かその日はその『何か』がとても気になった。……どこかで見たことがある? という、あやふやな記憶を懸命に辿る。


 何処で見た?

 騎士団の医務室? 渡していたのは粉薬のようだった。では、城の医務室か。いや、もっと……もっと身近に……。身近……実家か? そうだ、確か兄の部屋だ。すぐに飲めるよう、枕もとの棚、に……。兄嫁が……いつも……。アレは……。


 …………


 あれ……?


 何故、それが……?


 どうして、ブライアンが……アデルハイトに……?


 だって、アレは……。兄の『治療薬』で……



「―――――っ!!?」



 まさかという思いと、そんなはずはないという二つの思いが交錯する。

 あり得ないのだ。あの薬がここにあるはずがない。だってアレは、とても貴重な薬草を使ったとても高価な『治療薬』だ。

 第一、もしそんな。薬を飲まなければならないようなことなら、ブライアンも自分に隠すことなく報告するはず。だって、アレは薬で。兄の病の進行を遅らせる為のもので……。アレを飲むということはつまりはアデルハイトも原因不明の病ということで……。


 そうだ。

 まだ、そうと決まった訳じゃない。ちらっと見えただけで断定することは出来ない。粉薬だって何百と種類はある。きっと、きっと気のせいだ。


 ……記憶の中にあるあの、独特な甘い香りが部屋からかすかに漏れ出ていても。


 きっと、気のせいだ。そうに決まっている。

 あの慈愛に満ちた優しい微笑みが嘘のはずがない。


 ……あるはずが、ない。



次くらいでネイサン回終わらせたい……。

お読みくださりありがとうございました。

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