ネイサン・ヴァレンタイン2
いつもより短めです。
姉が塔を去り半年。アデルハイトの世話にも慣れてきた頃。全く予想しなかった事態が起きた。
長男が原因不明の病に倒れたのだ。
幼い頃から健康そのものだった兄がまさか。ネイサンは知らせを受けたが信じられなかった。それでも実家である伯爵家に急ぎ許可を取り向かえばベッドの中で苦し気に呼吸を繰り返す兄の姿があった。ネイサンは絶句し、兄の姿をただ茫然と見つめる事しか出来なかった。傍らには兄嫁が献身的に看護しており、最後に見た時よりも随分とやつれていた。
両親によると倒れる数か月前から体調に異変があり、すぐに医師にかかるも季節ものの風邪と疲労が溜まっているだけだろうと診断された。兄も薬を飲んで少し寝れば回復するだろうと思い、三日程仕事をセーブしていた。おかげでその時は体調は回復し、また通常通り仕事をこなしていたのだが二週間ほどで再び体調が悪くなった。風邪をぶり返したと思い、今度は薬を飲んで三日間仕事も何もかも休んだ。十分休養し体調も回復したので再び働き始める。だが、また体調を崩した。
主治医は風邪と疲労だという。この前倒れた時にしっかり休養していたのにだ。両親と兄嫁は主治医とは別の医師にも診察してもらった。だが、結果は同じ。
数日休めばまた回復するのでそれほど重大な病には思いもよらなかったが、だんだんとその期間は狭まりベッドでいる事の方が多くなってきた。
ただの風邪と疲労でないことはすでに明白。王都から腕のいい医師を読んでは診察させたが結果は変わらず。どんどんやつれていく兄は気丈で不安な顔は一切見せなかったという。本当は自分が一番恐ろしかっただろうに。
そうしてつい先日、兄は突如意識を失い倒れた。
原因はわからず、苦しそうに呼吸を繰り返す。意識はあるがしゃべることも難しいその姿に、両親と兄嫁は泣きに泣いたという。健康には気を付けており体力づくりにも余念のなかった兄が、何故?
姉に続き、兄までも。
姉は王家からの治療で随分よくなり再び嫁ぎ先の伯爵家に戻れたと聞いた。殿下の乳母を務めていた記憶は改ざんされたらしいが、黒色には過剰に反応するようだ。特に夜になると襲撃されたことを記憶がなくとも覚えているのか不安に陥るらしい。だがその回数は徐々に減り、もう少しすれば落ち着くだろうという判断で伯爵家に帰ることが出来た。このまま忘れて平穏な生活を取り戻してもらいたい。
なのに、今度は兄だ。
医師に原因不明だと判断されたものを、素人の自分たちがどうこうできることではない。ベッドから起き上がることも出来なくなった兄を献身的に支える兄嫁の姿に涙が込み上げる。二人は貴族の中では珍しい恋愛結婚だ。倒れてしまっても兄を思う気持ちに変わりはないと言わんばかりのその姿に使用人も含め、ヴァレンタイン伯爵家は愛を見た。
塔に戻り、どこかにいい医師はいないかと伝手を使って探すことにしたネイサン。真っ先に訪ねたのは実家に帰省中、殿下の事を全て任せてしまったブライアンだ。
ブライアンは長年王宮で働き、医師との面識もある。現役の王宮専属医師に診てもらうことは叶わなくても、もしかしたら引退された医師であるなら、と考えたのだ。
殿下と共に使える仲間として、ブライアンも協力的だった。数日して引退された王宮専属医師を紹介してもらった。もしかしたら、これで何とかなるかもしれない! そう期待してネイサンは再び実家を訪れた。
結果としては原因不明。
だが、隣国での医療経験のある医師によると隣国でも兄と似た症状の患者がいたようだ。原因不明なため特効薬は未だ開発されてはいないものの症状を緩和させ進行を遅らせることは可能だという。しかし、それには多額の治療費がかかる。
兄が良くなる、もしかしたら特効薬も完成するかもしれないとして両親は二つ返事で治療を申し出た。兄嫁も実家に頼ってでも工面するという。
そうして隣国から貴重な薬を取り寄せた。すぐに緩和されることはなく、本当に効果があるのだろうかと疑いの目で見てきたが根気よく続ける事でどうにかベッドから起き上がれる事も出来た。半日程度ならベッドの上で座り会話することも可能。だが、ほんの少し無理をしただけでまた一日眠ることになる。そんな事を繰り返すうちに兄が倒れて6年が経過していた。
*****
〝北の塔〟では年々暗殺の手は増え、命を狙われるというストレスで殿下は癇癪をよく起こすようになっていた。生まれた時からこの塔でのみの生活を余儀なくされた為、外に出ることは叶わず外界に憧れるのは当たり前だろう。
感情が高ぶり時には物をぶつけられたり、外に出たいと泣かれたり。泣かれ、喚かれるごとに魔力が暴走をする。しかし、ここは〝北の塔〟。幸いなことに塔内では生活魔術程度のものしか扱うことが出来ない。一定以上の魔力を感知すると塔全体に組み込まれた魔術によって魔力を吸収される。吸収された魔力は塔に施された魔術の動力源として蓄えられる。なので殿下の魔力も塔に吸収され、ネイサン達を傷つけることは出来ない。おかげでアデルハイトの魔力暴走は食い止められていた。
……筈だった。
成長していくにつれ魔力が増え、ついには塔でも吸収できないほどの魔力量となった殿下。いつものように外に出たいと泣き、それを慰めるネイサンだったが。
気が付けば自室の天井が飛び込んできた。
何故? 困惑するネイサンはベッドから起き上がり記憶をたどる。ハッ! として上階の殿下の自室に向かえば、階段を上がったあたりから壁やら何やらが崩れていた。散乱する瓦礫に息を飲み、恐る恐る足を踏み入れたならば……
強固に組まれた壁が崩れ、そこにめり込むようにして倒れているブライアンの姿があった。
駆け寄り安否を確認すれば意識を失っているものの、大きな怪我はないようだ。ともあれ、頭部を打ち付けたのなら医師に診てもらった方がいいだろう。
そして、この現状を作り出したであろう張本人は。
ヒックヒックと泣き、小さくなっていた。
アデルハイト7歳。
人生で初めて他人に怪我を負わせた。
小さく小さく、「ごめんなさい、ごめんなさい……」と繰り返し繰り返し謝り続けるその姿を、ネイサンは哀れに思った。
ブライアンの怪我は大したことはなく、翌日には通常通りの勤務が可能となっていた。
だが、アデルハイトはその日から自分の殻に閉じこもるようになってしまった。ネイサン自身、気の利いた言葉を掛けることが出来ず、アデルハイトを苦しめてしまった。
思えば溝が出来たのはこの時からだと言える。
*****
アデルハイトは日に日に力を増していく。ちょっとしたことでも魔力が溢れだし、それは凶器へと変わりネイサン達に襲い掛かった。そんな生傷の絶えない生活と兄の治療、そして伯爵家の後継問題がネイサンを苦しめた。
嫡男である長男は世継ぎを期待することはもはや困難。順当にいけば次男だがすでに婿養子として伯爵家に入っていた。なら、次男の子を養子に取るか三男のネイサンか。しかし、そうなると兄嫁はどうなる?
兄夫婦は互いに深く愛し合っている。どうなるかわからない長男をこのまま看病をさせるのは兄嫁の為にならないのでは? まだ子供だって十分に望める年齢であることから、離縁することで新たな嫁ぎ先で生活する方がいいのでは?
両親は兄嫁の献身的な支えがあったからこそ、長男は生きる希望を失うことなく今日まで生きてきたのだからどうしたいかは兄嫁自身が決めればいいという。離縁にしても、このまま伯爵家にいて長男を支えるにしても、出来うる限りのサポートはする。それが伯爵家の決断。
兄は若いのだから離縁し、もっと健康な人と一緒になってほしいと願ったが、兄嫁は突っぱねた。『最後の一瞬までずっとそばにいたい』それが兄嫁の願いだった。
何度も夫婦で話し合い、ようやく折れたのは兄だ。『しょうがないな』と苦笑いする兄の瞳には涙が滲んでいた。
症状を緩和させ、進行を遅らせる薬は確かに効き目があった。だがそれはとても貴重な薬草を使っているらしく、とても高価なものだ。代々質素倹約の教えを守り、慎ましやかな生活を送っていたヴァレンタイン伯爵家。蓄えは十分あったが、薬代に消えていく。それでも長男が生きていてくれるのならとどうにか工面してきたが、ここに来て支払いが苦しくなってきた。
ネイサンも護衛騎士としての給料を家に仕送りしているが、焼け石に水。
借金まではなくとも、このままでは領地で有事の際にと取り分けていた分にまで手を出さざるを得ないところまで来ていた。
そして不幸は重なる。
領地は数年に一度の不作で思う様に税が取れなかった。苦しい領民にさらなる税をとることなど出来ず、ヴァレンタイン伯爵家は次男の婿入り先に融資を頼んだ。
そのことが更なる不幸を呼ぶことになるとは、その時は思いもしなかった。
もう少しネイサン過去編続きます。
更新ペースが遅くなってきてます。どうにかもっと更新できるように頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




