あの人だ
さぁ、狩りの始まりです。
待っててくださいね、子兎ちゃん♪
壁面に映るのは4つの映像。
随分高い位置から城を見下ろすようにして旋回中の多分鳥の目線。小さな虫か小動物の目線っぽいもの。先ほどから一切動かないで渡り廊下の様子を映し出す目線。そして最後が国王陛下の執務室。
前3つの画像も個人的には大変興味深いけど、今一番注目すべきは4つ目。執務室だ。
何故この部屋が執務室だとわかるのか?そんなの勿論、陛下が大きな机を前に必死に書類に目を通してサインしているし、側近らしき人達があれこれ新しい書類を持ってきているからね。あっ、新しいの渡されて陛下が頭を抱えてる。
「……ち、父上?」
アデルハイト殿下の父君である陛下は何度かお忍びでこの塔に来ているらしい。唯でさえお忙しい身でありながら、仕事の合間を縫って殿下に会いに来てくれたそうだ。身内で会いに来てくれるのは陛下だけ。母君である王妃様やご兄弟については未だにお会いしたことがないのだと。
そんな陛下の様子を見ることが出来た殿下は困惑している。会いに来てくれる時はいつもにこやかで、申し訳なさそうな顔をしているのに、今は書類を前に頭を抱え眉間に深い皺を刻んでいる。初めて見る表情に驚いたようだ。
「陛下ですね。それよりこの部屋に何か生き物でも飼ってるんですかね? これ、完全に室内の様子ですよ」
窓の外から鳥の目線での映像なら魔道具によって干渉した鳥なんかの目線何だろう。でも、これは明らかに違う。これは、低い位置からではあるものの隠れた様子はない。堂々とそこにいることを許可されたからこその目線だ。なので、来客の顔もバッチリ映し出されている。
「……動物。犬、猫、鳥、魚……。魚はないな。水の中からの映像じゃない。鳥……、も違う。それならもっと目線が高いところに鳥籠にいれているはず。ならやっぱり、犬か猫……? にしては、体高が高いか? 大型犬か、調教済の魔獣の一種か……」
執務室内に入室している動物についての考察。大型犬の可能性も否定できないが、魔獣の線が濃厚か……?にしても、陛下も側近たちもあまり気にしていない。飼いならされているのか、絶対に暴れないという自信があるのか。……むしろ、存在に気づいていないような……?
ちら、とミンスター卿に視線を向ける。するとパチッと目があった。
「……リズ」
「はい。如何いたしましたか?」
小首を傾げながらきいてみたら、ミンスター卿は一瞬動きを止めた。が、すぐに動きだした。
「リズ! これは不可抗力だ。あくまで不可抗力だ。そうだろ!? 魔道具を発動させたらたまたま陛下の執務室にいる何かに干渉してしまった。だからこの映像がここに映し出された。そうだな!?」
鬼気迫る勢い。ごめんなさい、ミンスター卿。夜勤明けでの睡眠不足の時にこんなことに巻き込んでしまって。目が血走るほど眠かったんだね。
「勿論です。そんなことより、やはり今日はもうお休みくださいませ。お眠いでしょう?」
「〝そんなことより〟!? リズ、これがもしばれたら牢屋行きだぞ!? 処刑も免れない! わかっているのか!?」
うんうん、盗み見た相手がわるかったよね。まさか陛下の執務室の映像が届くなんて誰も思わなかったよ。こればっかりは仕方がない!てへっ!
「えぇ、そうですね。だから、内緒にしてくださいね?」
基本、バレなきゃいいじゃん? 的な精神の持ち主である私に対して倫理感とか道徳心とか求めちゃだめだよね!そんなもんで腹が満たされる訳でもないんだよ!
「さぁ! それではミンスター卿。今日は遅くまでありがとうございました。戻ってお休みください。何かありましたら夕方の引継ぎの際にご報告申し上げます」
執務室の出入りもそう多くはない。今日明日で殿下に〝教えてくれた人〟が現れるとは限らないのだから、気長に待つしかない。他にも色々方法はあるし、しばらくはこのやり方で行こうか。
「待て! まだ話は……!」
「フロイド様?」
「!!?」
ご納得いただかないミンスター卿に普段は呼ばない言い方をしてみた。そしたら面白いくらいにカチンっと固まってしまった!こりゃ驚いた!
「今から仮の妻として、旦那様であるフロイド様にも申し上げます……」
「…っ!!」
「フロイド様が優秀である事、努力家である事、責任感も強く侯爵家嫡男としてそれに相応しくあろうと並々ならぬ努力を積み重ねてきたことは想像に容易いことでございます。ですがここで私から苦言を」
「……く、げん? 何だ……?」
「体はお一つ。取り替えることは出来ません。どんなに魔力で強化しようとポーションで体力を補おうと、休養は大切です。お付き合いくださいとお願いしておきながら勝手ですが、今日はもうお休みください。……名目上の妻の言葉に、どうか耳を傾けていただけませんか?」
「っ!!!」
ぼんっと顔を真っ赤にして硬直するミンスター卿。体中が真っ赤だ。シューシューと頭から湯気が出ている!? え、嘘!? どうなってんの!?
「フロイド、真っ赤。」
「~~~っっ!!」
先ほどから私たちの様子を眺めていた殿下がぽすんっといつかの日のように私のみぞおち辺りに頭を押し付け抱きついてきた。
「殿下!!!」
「リズ! あれ、いっしょに見よ? でないと現れても教えてあげられないよ?」
「そうですね。それじゃあ、一緒に見ましょうか」
「うん!! ……フロイド、また夕方ね」
「ぐっ!! いえ、私も……!!」
「フロイド」
「ぐぅっ……」
殿下に手を引かれて映像が良く見える位置に移動。椅子も用意して気長に待ちましょうか。
ミンスター卿は未だに納得いかない様子でしたが、殿下に言われてしまえば従うしかない。渋々だがこれで休んでいただける。二人だけの護衛任務。健康管理も仕事のうちだ。まして、相手が仮にも書類上の夫だもの。体調を気にかけるのは妻として当然のことでしょう?
「フロイド様。おやすみなさいませ」
「!!! お、おや、すみ」
尻すぼみになっていくも、最後まで聞こえた。これならきっと自室に戻ってちゃんと眠ってくれるでしょう!
そう思っていたが、実際のところ。初めて名前で呼ばれたことに、夫として心配されたことに大変身悶えたフロイドが興奮して寝付けなかったことはリズは知らなかった。
それからは只壁に映し出される映像を見るだけだった。幸いなことに視線からは書類の内容まではわからなかった。これでもし国家機密など知ってしまったら人探しどころの騒ぎじゃ収まらないところだった。まっ、そうなったら他国に逃げようかな!『黒持ち』でも過ごしやすい国はあるんだから。
午前中は初めてみる外の世界に興奮していた殿下も今は大分落ち着いている。それでも他の映像をちらちら見て目をキラキラ輝かせる様はとても子供らしく、純粋に愛らしい。
昼食の時間になり、一旦持ち場を離れる。殿下がお住まいのこの塔は5階建て構造になっていて自室兼寝室として使われているのは最上階の5階だ。毎食1階にある通用口から食事が届けられる。通用口と言っても出入り口となる門は魔術で堅く守っているので外の小窓のような小さな隙間から差し入れるようになっている。食事を届けるために作られたものなのでとても小さい。
外から中に入れない為、こうして毎食5階から1階まで降りて食事を運ぶ。その間殿下は勿論一緒だ。護衛が二人しかいない状況で一人は常に殿下の護衛に徹しなければならない。目を離すことが出来ない以上、殿下には出来る限り一緒に行動してもらうことで何とか私とミンスター卿の二人でやっていけている。そりゃ、年取った執事さんには辛いわ。
北の塔は王族専用の貴賓牢だ。高い魔力を持つ王族が外に出れないように試行錯誤して作られたこの牢は脱出は難しいが入るのも難しい。外から手引きして脱出を試みた王族がいたんだろう。正直言って護衛も簡単に外に出られないのでとても不便だ。
「おや殿下、今日は果物がついていますよ。2週間振りですね」
「ほんとだ!やったー!」
きゃー!! と喜ぶ姿を見るととても暖かい気持ちになる。けど、その反面。王族の彼が果物一つで喜ぶなんて、と切なくなる。
自分が殿下の時分には学院で生活していたが、食事はほどんどまともにできなかった。平民でも使用できる食堂があっても『黒持ち』に食わせる飯はない!! と受け入れてもらえなかったのだ。
仕方なく水で空腹を凌ぎ、実習で向かった森などで食べられる食材を大量収穫、収納することで何とか食いつないできた。実習はグループ分けしても私が入れるところはなかったのでほとんどボッチだったからやりたい放題できたのだ。
久しぶりに食べる果物を噛みしめるようにして食べる殿下。おやつが出る訳でもないので甘い物は果物くらいしか口にできない。高級食材を使われているわけでもないのに、果物も数週間に一度の頻度。一体どこに消えているのか。
き~に~な~る~よ~ね~ぇ~?
食事を済ませ、少し腹休めをしたら再び映像を観察する。
執務室の映像は移動したのか見える景色が変わっていた。そのことが功を奏した。
「あの人だ……」
「殿下?」
殿下の執務室。午前中の映像には映っていなかった人物がいた。殿下の執務室に続く部屋には側近たちや文官たちが使用する机が並べられている。そこには一際大きな机が置かれ、綺麗に整っているものの周辺に補助として置かれた机の上には大量の書類が山積みされている。
黙々と手を動かし、部下であろう人物に指示を出して積みあがった書類を片付けていく。
この人物は見たことがあった。
陛下との謁見の際、傍に控えていた人だ。大きな机に山積みの書類。文官タイプの側近だろうか?
「殿下、この方でお間違いありませんか?」
確認のため、壁面に映った顔を指で差し示す。答えは、是。
思いのほかすぐに見つかった。これであとはこの人物とちょっと話し合いをするだけとなった。数日かかると思っていたから早い進展に驚いた。
魔道具を操作し、この人物を記憶する。
年齢は陛下と同じか少し上かな?眉間に刻まれた深い皺が彼に神経質そうな印象をあたえる。髪はダークブラウンに瞳はやや明るい茶色。落ち着いた色彩であるのにとても冷たい目をしていた。
「間違いないよ。この人だ。……リズ」
不安げな殿下。今にも泣きだしてしまいそうなほど、目は潤んでいた。魔力の暴走は、ない。
「ほんとうに、大丈夫? 何も心配ない?」
「だーい丈夫ですよ! このリズにお任せください! 心配なら、殿下はここでミンスター卿と一緒に見ていてください」
そう言って一度魔道具の映像を切る。そして再度起動させればあら不思議!!
壁に映ったのは殿下の可愛らしいお顔!!
「えっ! え!?」
「ふっふーん♪ さっき接続を切って私とこの魔道具を繋げたんです。なので私視線の映像がここに映し出されているのですよ」
これなら殿下も私とあの男のやり取りを鑑賞できますからね。殿下が心配しなくても、きっちりお話してきますよ。まっ、それはミンスター卿が交代でやってきた時のお楽しみですけど!




