アデルハイトの心の中
お待たせしました。
更新再開いたしましたのでよろしくお願いします。
温かな湯の中を揺蕩う様ような感覚に、アデルハイトの意識は覚醒していった。
(あれ……、僕……?)
目覚めたばかりの頭は靄がかかったかのようで状況が飲み込めないでいた。辺りを見回しても暗闇が広がるばかりで何も見えない。それだけではなく地に足がついていない。魔法で浮いている訳でもなく重力が存在しない、そんな感覚に次第にアデルハイトは自分の状況を思い出していった。
上位魔族と対峙して、交渉しようとしたけど……それから?
思考を巡らし、片手で髪を掻き毟りながら思い出そうとする。確か魔族の男と話していて……?
ハッーーー!
「ここはっ? 王都はどうなった!?」
『ここはお前の心の一番奥底だよ』
「!!」
暗闇の中、自分だけだと思っていた空間に柔らかい声が響いた。その声はどこかで聞いた覚えがあった。
「……初代様」
『やぁアデル。久しいね』
何処か兄であるリオネルを彷彿させる初代国王シリルその人が、真っ暗な暗闇の中光り輝いて立っていた。
アデルハイトは困惑する。どうして初代がここにいるのか、ここが自分の心の奥底だとはどういうことなのか、それが本当だとして何故自分の心の中に初代と対面出来ているのか、魔族はどうなったのか。
『聞きたいことが山ほどあるようだけど、ちょっと待ってね?』
「は―――ッぇ?」
―――ズゥモォォォッ
「ひっ!?」
『動いちゃ―――だぁ……めっ!!』
暗闇だというのに急に現れた闇色の触手の存在はどうにも異質ですぐに分かった。ドロドロでヘドロのような大きな物体から伸びる大小さまざまな触手がアデルハイトに向かって襲い掛かる。足に絡みつかれそうになった時、情けなくも悲鳴を上げてしまったが、近づかれただけで不快な感情が溢れた。
気持ち悪い―――
それがアデルの本心だった。
ドロドロでブヨブヨで見た目が気持ち悪い。
アレは一体なんだって言うんだ。
アデルが不快感を抱いている内にシリルは手に持った大きな鎌を振り上げ、そのドロドロを切り裂いていく。好青年の姿からは想像もできないその巨大な獲物を振りまわし、何なら笑みを浮かべながら暴れ回る初代は、あの日、立太子の儀で見た時とは真逆。
戦闘を心の底から楽しんでいるかのようなその笑顔に、アデルハイトは絶句した。
『―――ふぅ、まぁこんなものかな』
切り裂かれたあの気持ち悪い物体は切られた瞬間から消滅していき、遂には全て消滅してしまった。
特に荒ぶった様子もない初代は大鎌を肩に担ぎながらニコニコした笑顔でアデルに歩み寄ってくる。
その姿に若干の恐怖を感じたアデルは思わず一歩後退る。
『ここがどこなのかは先ほど言ったね。君の心の奥底だ。そして何故ここにいるのかだけど』
ニコニコした笑顔。兄を彷彿とさせるその姿に、アデルは漸く気づいた。
(怒っている……)
怒りの矛先は間違いなくアデルハイト本人。だが、何故?
『―――あぁ、勘違いさせたね。アデルハイト、君に怒っているのではないんだ。僕が怒っているのは……』
「―――ッな、なにを」
右手を尽きだし何かを握る仕草をした後、強烈な痛みが胸を襲った。
息も出来ない苦しさに、涙目になって初代を睨み付けるが初代は無表情。そうしてそれが数秒か、数分か経過した後、突き出した右手を引き払った。
「―――ッ!!」
何とも言えぬ不快感と同時に体の中から何かが抜けたような感覚がした。そうして何かが抜けた後は不快感もなく、今までにないくらい体が軽い。
驚き初代を見るとそこには険しい目つきのままの初代が、何かを睨みつけていた。
『酷い……! 酷い! どうして皆私をいじめるの!?』
誰だ……? この女性は。見覚えのない顔だけど、何故だろう。僕はこの女性を……
「知っている? でも、一体……」
『この女の名は〝イェルサ〟お前やリズを迫害する原因となった女だよ』
「え!?」
この女性が……?
確かに艶やかな黒髪を持っている。
僕達が『黒持ち』と呼ばれる原因となった女性が、この人。
『私はあの方と一緒にいたかっただけ! それ以上は望まないわ!! それなのに!!』
『お前はとっくの昔に死んでいるんだ。なのに輪廻に帰る事もせず、現世に生きる者に寄生して留まり続け挙句の果てにこの様だ……! 我が母を含む英雄達の犠牲の元、魔王を封印したというのにお前はいつまでしがみ付いているつもりだ!!』
『あなたに関係ない!! 私はあの方の傍にいたい、あの方と共に生きていきたい! ただそれだけよ!! それの何が悪いっていうの!?』
『お前の命は尽きた。共に生きたいのであれば魂は一度輪廻に帰れねばならない』
『そんな事しちゃったら私じゃなくなる!! 私は私の記憶を持ったまま、あの方の傍にいたいのよ!!』
……意味わかんない。
どういう事?
「つまり、イェルサは死にたくないと。元精霊王である魔王と共に生きた時のままの姿で魔王の傍に侍りたいという事です」
「!? リズ……?」
ひょっこり現れたのは護衛魔術師として仕えてくれた、初めて愛した女性。
あの日、癇癪を起して真面に彼女の顔を見る事も話しをすることもせず不貞腐れた僕に困ったように笑ったリズ。
それが最後の別れになるとは思わなかった僕は、翌日枕元に届けられた手紙を読んで後悔した。
困ったように笑うリズが、最後の記憶になってしまった。どんなに後悔してもそれが覆ることは無いんだと、もう二度と会う事は叶わないんだと、もう二度と。話をすることも抱きしめる事も出来ないのだと、そう思っていた。
「リズ……! リズッ! ごめ、ごめんなさい。ごめんなさいっ!!」
「? 殿下、何について謝っておられるのです? 何かあったんですか?」
「僕っ、僕! あれが最後になると思わなくってっ……! っちょっと拗ねて見せたら、リズはっ! 辞めるの、撤回……して、くれると思って……!」
ああ、なるほど。
そう言わんばかりの仕草を取るリズは何も変わっていない。
寿命が尽きるのも後僅かだときいていたがどこかに不調があるようには見えない。とても元気に見えるというのに、感じる違和感。
「殿下、怒っていませんよ。泣き止んで下さいませ」
穏やかな無表情は相変わらず。アデルハイトの知っているリズそのままだ。
「私がここにいるのはあそこに転がっているイェルサを中継して殿下の心に入り込んできたのです」
「イェルサを中継して? ぇ、それって……!」
「あ、死にました。だから殿下に会いに来ることが出来たんですよ」
「!!!」
あっけらかんと死んだと報告するリズ。リズらしいと言えばらしいが、それでもあまりにあっさり告げるリズにアデルハイトの口は開いたまま塞がらない。
何でそんなにあっけらかんと言えるのか、どうして死んでここに来ることが出来たのか、言いたいことはたくさんあるけど、まとまらない。ショックを受けているはずなのに、目の前にいるせいか実感も湧かない。だけどリズがこの手の嘘を吐く事もしない。つまり、リズが言う事は事実なのだ。
「さぁ! 現実はヤバい事になっています。サクッとヤッてしまいましょう!」
そうしてルンルンと踊り出しそうなリズは初代と睨み合っているイェルサに目を向ける。
無表情である事に変わりはない筈なのに、その顔は怒りに満ちているようだ。
『なんでよ~……! なんで、死ななきゃ、なんないのぉ……!』
「往生際が悪い。これから私達の怨み辛みをもういや! ていう位聞かせてあげますので、さっさと観念しやがれください」
そう言ってリズが背後を振り返る。
そこにいたのは虚ろな瞳を徐々に憎しみに変えていく、大人数の『黒持ち』達。
『こいつの所為だ』
『こいつの所為で私の子供が』
『私の赤ちゃん』
『僕の最愛の人が』
『私の愛しい人が』
『『『お前の所為で!!』』』
『ヒッ!!』
怒りの波動がイェルサを襲う。
あまりの迫力に悲鳴を上げたイェルサだが、キッと睨み返した。
『な、なによ! 私の所為だって言うの!? あんた達が迫害されたのは私の所為なんかじゃない! クレプス教の所為でしょ!?』
「そのクレプス教に於いての唯一絶対神が魔神クルム。そして元精霊王、現魔王フィリウスは魔神クルムの愛しい子供であることはご存じ? あんたは可愛い子供を誑かして魔に堕とした憎き女なんですよ? そんなのに憑かれた私達を、魔神が放っておくとでも? 脳みそお花畑ですか?」
『……ッ』
え? 魔神って、え?
『現実では魔神が降臨しようとしている。そしてアデル。君は今、魔神の憑代となるべく魔神に取り込まれようとしているんだよ』
「!!?」
今日一番の驚きかもしれない。
ていうか待って? 魔神? 憑代? 何の事?
「魔神が降臨すれば世界が終わります。人間なんて矮小な存在はこの世界事消滅する。何故か。愛しい息子を魔に堕とし、自由を奪い封印し悪しきモノとして扱う人間なんぞ、魔神は要らないと判断した。人間を正すよりも人間を、世界そのものを消した方が手っ取り早いのですから」
リズと初代が説明するのは魔神はかつて精霊王を生み出したこの世界の創造神で、精霊王は創り出したこの世界の管理者。クレプス教の唯一絶対神がこの魔神クルムで教会の目的は魔神を降臨させ、神の威光のままこの世界の覇権を手にする事。『黒持ち』を捕らえ、惨たらしく処刑していたのは魔神クルムが息子の元精霊王を誑かしたイェルサの魂を最大限に痛めつけた後、自分の元に届けさせることが目的。魂を消滅させ、元精霊王からイェルサの記憶を抹消する為、『黒持ち』の殺害を行ってきた。
そして、愚かな人間は魔神を降臨させる為の儀式を行い、魔神の世界とこの世界とを繋げたのだ。
こちらの世界で魔神は実体が保てない。そこで魔神と意思疎通が可能な魔族が選んだ憑代こそが。
「僕……? なんで……」
『アデルは今現在で最も力ある若く健康な肉体。イェルサの魂を持つ事は遺憾だろうが、憑代となってしまえばコレの魂は嫌でも集まるからね』
「それは……どういう意味ですか?」
「『黒持ち』が死んだら近場にいる『黒持ち』に魂が吸い寄せられるんです。私も……そこの『リズ』の魂を受け取りました。そして」
「……」
「殿下。次は貴方だ。私の魂、私が持つ歴代『黒持ち』達の魂を貴方は強制的に受け継ぐことになる。……彼ら彼女らの記憶を、引き継ぐことになる」
「……ッ」
イェルサを憎しみの目で睨み付け続ける歴代の『黒持ち』達。その全ての記憶と魂を引き受け受け入れなければならない。数日はその膨大な量の記憶と痛ましい記憶に感情に流され昏倒するという。
そうして馴染んだ後は以前よりも高い魔力量と生き延びるための知恵を受け取るのだ。
「そうやって生きてきた。裏切りや運悪く見つかった事によって口にするのも悍ましい死に方を迎えた者もいますが、後年になる程寿命を迎えて死ぬ事が多くなっていった。……まぁ、それでも三十前後で死を迎える事にはなりますがね」
哀し気に笑ったようなリズに言葉が出ない。
リズは死んだ。
ここにいるのは死んだリズがアデルハイトに吸い寄せられた魂。
もう二度と、現実の世界では会うことが出来ない人。
グラグラ煮え立つ湯のように、言いようのない感情がアデルハイトを覆う。そして再びあのドロドロした気持ちの悪い物体が現れた。
ありがとうございました。
私用でしばらく更新休止しておりましたが、再開できました。
相変わらずストックも少ないギリギリの更新になりそうですが今後ともよろしくお願いします!




