七話目 遺された者が殺された者にしてやれるのは復讐だけ、なのだけど
エレナは僕の部屋に泊まった。約束だからじゃなくて、僕を自分の男と認めてくれた。
エレナのお父さんは貿易商で結構な金持ちだったので、彼女も経済的には焦る必要がないのに、なぜか自分の稼ぎだけで生きて行けるようにならなくてはいけないと思い込んでいた。
一人で生きて行けるようになるではなく、無意識に独りで復讐出来るようになろうとしていたんじゃないだろうか。
僕は、意識的に復讐者になろうと思っていた。血族に限らず、大切な人を理不尽に殺されたと意識している者が、更生不可能とされている、波模様に赤く染まった赤斑の犯罪者を殺しても職業は奪われない。ステータスカードに赤い罅が入るだけ。殺人の数が増えると罅も増える。
こちらは鮮血の赤。魂が傷付いて血を流していると言われていて、例え白い部分がなくなってしまっても犯罪者とはみなされない。
僕らのような無差別テロ遺児ならば、無関係の赤斑をどれだけ殺しても、中央に一本入った罅が長く太くなるだけだ。
太い罅の入ったステータスカードを持つ者を復讐者と呼ぶ。
遺児ではなくとも、罅が増えるのを承知で犯罪者を狩るのが自警団。一般的には区別なしにどちらかで呼ぶのもが多い。一纏めでダークヒーローとも呼ばれる。
人間が改造された訳ではなく、罪状が明記されるだけなので、犯罪者は絶滅しない。
だけど、僕らの直接の復讐の相手はもういない。無差別テロが行われていた頃は、赤札は当然、赤斑も見付かり次第、人を襲う凶獣として殺処分された。誰が赤斑を殺しても罅は入らなかった。
政情が落ち着いてから、罅が入るようになった。「神のような者」から見て、混乱期の直接の復讐が終わったと見なされたのだろう。
アヴァターラモンスターが出るようになったのもそれからだ。犯罪者をシェイプシフターにしないためだったと思われている。
僕は中学に入って、馬鹿で能天気な安宮や、どこか抜けた感じの百瀬先生に知らずの間に癒されて、普通に暮らすのが一番両親の供養になるんじゃないかと思うようになっていた。
それでも、今の時代では力は必要だと思う。外国には赤札や赤斑のシェイプシフターがいる。
ダンジョンだって何が起きるか判らない。
そして、最弱猫ちゃんを手に入れたからには、行けるところまで行く。
一番に成ろうとしなければ、二番にも成れない。教科書には載っていない偉人の名言らしい。
ゴミを漁るカラスの鳴き声に起こされた。三千世界のカラス全てに殺意が湧いた。
一緒に登校したけど、エレナが重い。なんでか負ぶさろうとする。
中学卒業程度試験は二人とも受かっているので、授業を受ける必要はないのだが、格闘実習のために部室に行く。安宮は普通に授業を受けている。
「先輩! おはよう御座います!」
部室には安宮の分体が増殖していた。東と小田もいる。
「こないだまで同期だったはずだが」
「面倒見てあげてよ、特別追加入学決まったんだから」
百瀬先生が個人情報を暴露する。みんな知ってはいるんだが。
シェイプシフターなら、願書出しただけで受かる。1月15日までにシェイプシフターになったら無条件で追加入学。
「どうすりゃいいんです。エレナ入れたら十人いるじゃないですか」
「座敷わらしはいないから大丈夫よ」
「なにがどう大丈夫なんですか」
「一緒に行ってくれればD級に入れるから、十二人いけるでしょ」
「安宮は置いて行くんですね」
「あの子だけなのよね、部で卒業程度受かってないの。知能が上がらなくても、脳の血行は良くなってるはずなんだけど」
「それで今が限界と考えられますね。でも、安宮が受かったら、この中の一人は外れるんですが」
「それは承知よ。二ヶ月でも三ヶ月でも付き合ってあげて」
三ヵ月後には三年生は、高校入学後の準備のために授業をしない。
本人の知らないところで戦力外通告を受けた安宮を置いて、向かうは高尾駅北の三高の鳥ダンジョンである。