一話目 まだ諦められる時間じゃない
10月15日、誕生日を一週間後に控えた僕、早瀬高志は、中学の自分の席の机に設置されているモニターの前で、やさぐれていた。
八王子特異領域採掘者養成高等専門学校、通称八王子ダンジョン高専、更に略すと八ダン専の入試に落ちたのだ。昔は学校まで見に行かなくちゃいけなかったらしいが、今は個人の学習用モニターに通知が来て、一般には翌日公表される。
「どうだった」
声を掛けてきたのは、この二年半ダンジョンマイナー部で共に研鑽を積んだ安宮修だった。
「だめ。172番」
「まだいいじゃん。俺233番。お前は1月の補欠あるし」
「ああ、それがんばる」
合格が120番まで。補欠は150番までだが、200番以内の能力未取得者は1月15日に再試験がある。
「既得者は落ちたら今年は終わりだぜ」
「お前来年は受かるだろ。能力取得から試験まで二ヶ月で233番だったなら」
「まあな、お前が補欠で受かったら、先輩か。だめでもお前だって来年は受かる位置だしな。同級生になったらまた一緒にやろうぜ」
「うん。またよろしくな」
男の友情を確かめ合った。傷の舐め合いとも言う。
世界にダンジョンが出現したのは、僕が七歳の時だった。
突然直径100メートルの平地ができ、中心に一辺が20メートルの立方体が出現した。
中にいたモンスターが溢れ出る可能性を考慮して、自衛隊は即応能力を持った軍隊になり、陸海空の三軍の他に、ダンジョン専門の特異領域軍が新設された。
ダンジョンの外側は一辺が20メートルの灰色の石に見える立方体で、入り口の幅は10メートル高さ5メートル、中は一辺が20メートルの物と30メートル、40メートルの物がある。
見た目も手触りも石の壁には、計測からすれば厚みがまったく無いのに、入り口を横から見れば50センチの厚みがある。
ダンジョンは全てインスタンスダンジョンで、一度に入れる人数でA級からF級に分けられた。
インスタンスダンジョンでも無制限に入れる訳ではなく、どのダンジョンでも四分に一回しか入れない。
中に居られるのは最長八時間。時間になると、どこにいてもダンジョンの外に転送される。
入り口を入って両側にある高さ1メートル直系50センチの石柱に十五歳以上の者が触れたときに、二つの能力とトランプカードより少し大きいステータスカード、四次元収納が得られた。
ステータスカードには職業と能力しか表示されず、名前は無い。四次元収納の中はカードを触れ合わせるとお互いに見える。
善良な一般人のステータスカードは、真っ白だと目に優しくないからか、薄い茶色なのだが、ダンジョン出現の一年後、殺人犯は教唆も含めて、被害者の血で染まったような暗い赤になった。
基準は判らないが、殺人ではない犯罪者とみなされた者は血痕に見える汚れが現れ、重罪だと波模様になり、職業の欄が罪名になっており言い訳は一切効かない。他人のカードは持てないので、ごまかしも出来ない。
社会からの退場を命じる、まさにレッドカードだった。
一年の期間があったのは、犯罪者に警戒させずにカードを取らせるためだと考えられている。
ダンジョンを出現させたのは、「神のような者」だと言われるようになった。
世界中で大混乱が起きたが、誰が犯罪者なのか一目瞭然になったので、表の社会からは犯罪者が消えた。
しかし、犯罪者で何が悪いと居直った連中が、政情不安を起こすために、無差別テロを各地で行った。
僕の両親は、一人で行くと危ないからと二人で買い物に行って、二人とも無差別テロにあってしまった。
お母さんの弟の叔父さんが財産の保全はやってくれたのだけど、一人で3LDKのマンションに暮らしていると広すぎて辛くなり、未成年テロ被害者遺族保護施設、普通に言えば孤児院に自分で希望して入った.
小学生でも、両親と暮らしていた家のある子を無理やり入れるような事は、今の行政はしない。
収容所みたいな所ではなく、国が買い取ったワンルームのマンションだった。
店舗だった一階が食堂に改造されていて、職員が過干渉にならない程度に面倒を見てくれる。
叔父さんは一緒に住まないかと言ってくれたけど、ダンジョンが少ししかない埼玉なので、中学からダンジョン採掘者養成が充実している八王子の施設に入れてもらった。
ダンジョン採掘者になり、力を手に入れる。それしか考えていなかった。
マンションがあるのは八王子の駅のわりと近く。世界に三つしかないA級のダンジョンの一つが高尾山麓にあって、特異領域軍関東方面軍司令部もあるので、要塞都市八王子と呼ばれている。壁で囲まれてるわけじゃないけど。
10月22日、僕は安宮に見送られて、関東方面軍司令部の東隣にある、F級富士森ダンジョンに向かった。
F級でも中のモンスターによって強弱があり、富士森は国内最弱とされていて、中学の実習にも使われていた。
能力取得はどこででも出来るし、F級は取得したその日でもちゃんとした装備があれば入れた。
もちろんソロで入るつもりで装備も整えて行った。