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羊蹄に揺蕩う雲よ  作者: カゼタ
3/8

ジムにて

 長田先生の診察を終えた後、一旦病室へ戻る。スマホを取り出し、10年以上前の写真を改めて眺め、時の流れを無性に感じてしまった。思い出がよみがえってくる。


 彼は私の高校時代の2つ下の後輩にあたり、同じ合唱部で切磋琢磨した仲であった。しかし弱小合唱部であったため、専ら切磋琢磨したのはふざけて行った即興コントの方であったが。私はテノール、彼はベースを担当しており、数少ない女子の歌声を潰さぬため、歌声を押さえる練習をさせられるほど、お互いに良い声をしていた。


 部活動としては1年だけの交流であったが、その後私が就職してからも、何かかしかの交流を持ち続けてくれた。就職1年目の冬、彼が高校2年生の時、私はうつを発症し、人生で初めての遁走をしてしまった時も、わざわざ自宅まで様子を見に来てくれたことがあった。料理好きで飲食業に進むか、医師にも興味があり、進路に悩んでいた彼は、そこで苦しんでいる私を見て、医師を志すきっかけになったのだ、と、その数年後の飲み会で教えてくれたことがある。


 大学を卒業した彼は、いつか先輩の主治医になりに戻ってきます!と、鹿児島の病院へ向かっていった。それが5年前のことであったが、些細な口約束を、義理堅く守ってくれた後輩に、少しだけ目頭が熱くなってしまった。歳のせいだろうか、最近は涙腺が弱くなってしまっていけない。


 少しの間、思い出に浸っていたが、気づいたら午前10時半を回ってしまっていた。この時間はいつもなら併設のスポーツジムで汗を流している時間であった。私はあわててジャージに着替え、ジムへ向かうこととした。


 ジムには作業療法士とトレーナーが常駐しており、利用する各個人に合わせたメニューを考えてくれるという、至れり尽くせりな施設環境である。使用簿に記名し、軽く準備運動をした後、トレーナーからメニューを渡されるため、それに沿って運動をしていくのだが、必ず従わなければならないというものでもない。そのため、ランニングマシーン3キロの行程に、私はひっそりと心の中でバツ印をつけるのだった。


 無理のかからない程度を見極め、1時間で本日の運動を切り上げる。シャワーは予約制であるが、本日は残念ながら夜にしか取れなかったため、部屋に戻った私は濡らしたタオルで体を拭くこととした。何か伝言がある場合、看護師が入ってくることがあるため、最初の1週間は部屋で体を拭くことにとても恥ずかしさがあったが、人間生きててそうそうハプニングが起きるものではないということを実感したため、今では遠慮なく全裸で体を拭くことにしている。


 ちょうど昼飯時になった。


 本日の昼は、ラーメンであった。かつての給食を思い出すが、ここはその何倍もおいしいラーメンを提供してくれている。付け合わせのサラダとラーメンを、ものの5分ほどで平らげてしまい、しばし昼寝をすることにした。



 うっかりである。やらかしてしまった。昼寝から覚めて起きたら、時計は16時を指しており、その間に予定していた読書をこなすことができなかったのだ。司馬遼太郎著作の「燃えよ剣」、本日は読み始めるつもりであったのに。私は読書を断念し、入院当初から続けている、自分の生い立ちからどうして遁走をするようになったのか、という考察ノートを開き、思考の海に沈んでいくこととした。


 改めて、自身の八方美人としてのふるまいの原因を探るところで、本日のシャワーの時間が来てしまう。私は「烏の行水」の異名をとるほど、風呂やシャワーに時間をかけないため、そそくさと済ましてしまえば、夕飯の時間となった。本日は生姜焼きとキャベツ、ヨーグルトであった。


 食事が済めば、薬を飲むこととなる。私は今のところ、夕食後に安定剤を一錠処方されているため、ナースセンターでその薬を受け取り、水とともに嚥下した。


 部屋に戻り、イヤホンを耳に装着。適当に音楽を流しながら、また自分の遁走について思いをはせつつ、眠気がひどくなれば眠りに落ちてしまう。大体午後9時には寝入ってしまう。


 これが、ここ三か月で見つけた、私の療養中の過ごし方であった。明日は五郎先生のカウンセリングが待っている。おそらく長い話になるだろう。

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