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第八章・眠りから醒めた『魔女』








邪魔なものは、総て凍らせてしまえばいい。









1.

「…綜威チェン・ウェイ


優しい声。

誰?


「…死なないで、お願い、生きて」


私を呼ぶ。

いつかどこかで、聞いたはずの声。


「…お願いだから、私を一人にしないで………」


どうして、そんなことを言うのだろう。

おかしなことを言う。


そんな、悲しそうな声で。

そんな、綺麗な声で。



「…生きて、ずっと側にいて………」



今にも消え入りそう。


それにしても、私に「生きて」だなんて。

おかしすぎて笑っちゃいそう。

だってこんな――――――こんな、死ねない私に対して。

「生きて」だなんて、なんて、滑稽。


反響する――――――それはただの、残響だと知っているけれど。

耳に、頭に、心に――――――こびりついて、離れない。


そして一瞬だけ、あの凍りつく程に美しい『青色』が―――――――。








綜威チェン・ウェイさん!」


焦ったようなその声で、綜威は我に返った。

「……」と一瞬だけ呆けていたが、すぐに状況を把握する。

死神・エリアに放ったはずの無数の糸は、何かに邪魔されて届いていなかった。その何かとは、ジェノンともう一人。


「…ったく、遊びすぎだっつの」


黒縁眼鏡、そして全身真っ黒なスーツに身を包んだ男は、不機嫌そうに眉根を寄せてそう言った。

エリアと同じ死神の研修生―――――ヒューゴ・チャスティエ。

ヒューゴは綜威とジェノンに向き直ると、いかにも面倒くさそうに。


「うちのアホがいらんちょっかい出しちまったみたいで、すまなかったな」

「なっ、アホじゃないわよっ!」

「はいはい。文句は仕事が終わった後でよーく聞いてやるから。めんどくせーけど」


ひょい、と猫を掴むようにエリアを持ち上げると、ヒューゴは跳躍する。最早無いと言ってもいい屋根の残骸に綺麗に着地して、下の二人を見やる。


「そういうわけで、俺らは仕事だから」

「…先に手を出しておいて、それはないんじゃないんですかぁ?」


さっさと逃げようとするヒューゴを睨み上げて、ジェノンは言った。


「まあまあ、落ち着けよ。俺らはこれから死ぬはずの魂の回収に行くんだ。あんたら《異形》の戦いに巻き込まれて死ぬ、人間の魂をな―――――。」


面倒そうに、しかしはっきりとした侮蔑の視線を向けて、吐き捨てる。

それだけ言うと、ヒューゴはいまだに「放せえええええーっ!!」と暴れるエリアを抱えて一瞬で消えた。

微かな土煙が、ふわりと巻き起こる。


「…………綜威さん?」


既にヒューゴたちも消え、興味を失った綜威はただ虚空を見つめていた。

ジェノンに名を呼ばれて初めて我に返ると、掴まれていた手を冷たく弾く。


「…どうして邪魔したんですか」


低く、怒りのこもった声音。

綜威は静かにジェノンを見やった。


「止められてなかったら、殺せたかもしれないのに」

「…貴女に…………怪我をしてほしくなかった、だけです」


躊躇ためらいがちに、しかし本当に心配そうに闇紫の瞳を向ける。

目を見開くと、次の瞬間綜威は激昂げっこうした。


「っ私は!死なないんだから…!怪我なんかしたって、すぐにふさがってしまうんですから……!」


わかってる。

こんなのは、ただの八つ当たりだ。


「意味なんて、ないんですから………!」


ジェノンを困らせるだけだと、わかっているのに。

わかっているのに、この心の底から湧き上がってくる醜い感情を止められない自分に、吐き気がした。



私は一体―――――――に怯えているというの?



「っ、」


一瞬目の前が真っ白になったかと思うと、次の瞬間激しい頭痛に襲われた。

バランスが、崩れる。


綜威チェン・ウェイさんっ!!?」


ジェノンが驚きの声を上げて綜威の体を支えた。

すぐ近くにいるはずなのに、今はただ、ジェノンの声がすごく遠く感じる。


反響するように―――何かが響く。


それはいつかの人魚か、《海》の魔女のものなのか。

頭痛での、ただの幻聴なのかわからない。


そこでぷっつりと、綜威の意識は途切れた。




「………」


気を失った綜威を、静かに抱き上げる。

ジェノンは、本当はあの瞬間、綜威の攻撃を止めるつもりはなかった。しかしなぜか咄嗟とっさに動いてしまった。

いや、理由はわかっている。

実は、ジェノンは二人の戦闘が始まった直後くらいには既に綜威を発見していた。

ただ、あの死神の少女の言っていた言葉がひっかかって、動けずにいた。


(「私には見えるなあ―――――――アナタが人魚に巻きつかれている姿が」)


最初は死神の少女の戯言だと思った。

そう思いたかったのだが、ジェノンには何回か思い当たる節があった。


ジェノンは綜威と行動を共にしてきて何回か――――人魚の姿を、目にしたことがあるのだ。


はっきり視たというわけではなく、気付いたら視界のはしる。

真っ青な美しい髪、淡い青色の尾ひれが、綜威を取り巻くように、あるいは少し離れて見守るかのように。

まるで『人魚』を連想させるような一部を、時たま見かけることがあった。

もちろん、ただの気のせいだと思っていたし、綜威も『それ』が見えるようなそぶりはまったくなかった。

だからただの気のせいだと、そう思っていた。


しかし『あれ』を視て――――確信した。


綜威が死神の少女に対し、激しい殺意と無数の糸を放ったその瞬間―――――ふわりと、まるで綜威を心配しているかのように、その『人魚』は綜威の背後に現れたのだ。


とても優しい瞳で、悲しそうに―――その『人魚』は綜威を見ていた。

ちょうどもう一人の死神の男も現れたところで、つい綜威の攻撃を止めてしまった。

急に、はっきりと姿が見えるようになった『人魚』。


そしてその『人魚』は今も――――少し離れたところから、綜威を見ている。

心配そうな瞳で。

まったく穢れのない瞳で。


ジェノンにはそれが少し恐ろしく感じられて、ごくりと息を飲んだ。

……………………………………。









2.

「つまーんないのー!もう終わり?傭兵団・餓狼がろうのメンバーって言っても所詮は子ども、か」


よく響くかん高い声。金髪の女は言ってくすくすと笑うと、意地悪そうな瞳を向けてリオンを見下ろす。

片膝をつき、リオンは息をするのもいっぱいいっぱいだった。


「ま、でも?その餓狼は無惨にも潰されちゃったんでしょー?宮廷魔術団わたしたちの、シュゼットによって!」


心底傑作だとでも言いたげに、金髪の女はくすくすと笑い続ける。

リオンの黒曜石の瞳は静かに女を睨み、そして力の及ばない悔しさからか、かつての仲間を侮辱された屈辱からか、それともその両方なのか――――ぎり、と唇を噛む。



(「リオンっ!」)



一瞬、咲くような笑顔で自分の名を呼ぶ、シャーロットの姿が心によぎった。

なぜそんなことを思い出すのか、今のリオンにはわからない。

それでも、仲間たちのあの声、あの笑顔を、もう二度と見ることは叶わないのだと。



今更になって、本当に今更――――――そんなことに、気付くなんて。



「私は宮廷魔術団・アルベルタ・チャスティエ。安心して?痛みも悲しみも苦しみも―――――残らずぜーんぶ喰べてあげるから」


言って、リオンに剣を振りかざす――――――。

視界も霞む。


こんな、ところで…終わるの……?

みんなを殺した副隊長に、何も聞けないまま。

会って、ちゃんと納得、できないまま―――――!


「リオンっ!」


記憶なんかじゃない。

現実の、私の名を呼ぶ声。


黒い短髪に、自分と同じくらいの小さな体躯が目の前にあった。

ミヤビは、リオンをかばうようにアルベルタとの間に立ちふさがっていた。


っ、危ない――――――!


間に合わない。

リオンがそう思った刹那、今までとはまったく違う冷気が漂っていることに気付いた。

ぞく、と悪寒が襲う。


これが、恐怖………?


静かに視線をあげると、はっきりと目に見える<異常>がそこにはあった。

振り下ろされたはずのアルベルタの剣は、ミヤビの眼前で止まっていた。

いや、止められていたと言ったほうが正しい。


「ミ、ヤビ………?」


震える声で、そう呼んでみた。

そこにいる<何者か>は、ミヤビでないことはわかりきっているのに。そう呼ばずには、いられなかった。


さっきまで黒だったその髪色は、青のような、緑のような、そんな色に染まっていた。

ミヤビの瞳の色と同じ、翡翠色の、髪色に。


そしてその<ミヤビ>の背後にいるだけで感じる、このおぞましい感覚。


アルベルタの剣は、ミヤビの眼前にある氷の膜のようなモノで止められていた。

ガチ、と剣先と氷がぶつかる音が響く。


「な、な、なんなのよ!このガキ―――――!!」


突然襲ってきた思わぬ災厄に、アルベルタの信じられないというような声が一段と響いた。

一応、かばわれているリオンでさえそうなのだ。この異常な状態の<ミヤビ>を目の前にしているアルベルタの恐怖は、リオンとは比べ物にならないだろう。


「ミヤビ…?」


もう一度、呼んでみる。

しかし返ってきたのは、いつも通りの明るい声なんかじゃなくて。


一瞬ミヤビの背中が震えたように見えたその瞬間。

狂ったような嗤い声が辺りに散らばった。


「はははははっ……!ぎゃははははははは!ぎゃはははっ!!あーーーーっ!!ようやっと出られたぜ!!ぎゃはははははははははははははっ!!」


撒き散らすように、嗤い続ける。

その声は確かに<ミヤビ>のものなのに。こんなにも、違う。

狂ったように、違っている。


恐怖という恐怖で、リオンは動けなかった。

その<ミヤビ>を、見ることしかできない。


「……っ………!?」


嗤い続けていた声をぴたりと止めたかと思うと、<ミヤビ>は楽しそうに言った。

背後にいるリオンに、目の前のアルベルタに。


おかしそうに、そう言った。




「オレか?――――――オレは、氷の魔女だ」










ポケモンセンターに行きたくてしょうがない今日この頃。 


次章は第九章・「<赤>の魔女の嘘。<炎>の魔女の本音。」です

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