表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

第七章・白くて赤い記憶








もう二度と、戻ってなんかこないんだよね










1.

無機質で殺風景な、生活感のまるでない真っ白な部屋。

普段ならばそうであるだけの部屋なのだが、そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

部屋にいるのは一人の女と一人の少女。

そして純白の、一体の人形。

そして部屋中に蔓延はびこるように、床や壁、天井から無数の茨が生えていた。


まるで何かを捕らえるように。

まるで何かを守るように。


純白の茨が、広がる。

そこは確かに外とは切り離された空間だった。

異界に、侵された空間だった。


一人の女と一人の少女。

そして、純白の人形。


「………ごめんね、」


静かに微笑んで、女は言った。

腰まで届く長さの、真っ白な髪。

細められた、銀色の瞳で。

優しく、寂しく、悲しそうに、女は言った。

「私は結局君たちを、戦いの渦の中に放り込むことしかできないね」

その女―――――エレールは、今にも死にそうだった。

純白の、無数の茨が身体中に巻きつき、食い込み、ぎりぎりと音を立てる。

静かに、《白》の称号を持ったエレールから、真っ赤な血が滴り落ちた。

純白のはずのその茨たちは、エレールの血を吸って赤黒い。



真っ赤に、染まって、


トマラナイ。


トマッテ、クレナイ。


血、ガ。


「…っ、やだ…やだよ、嫌っ!!お願い死なないで!置いてかないでよエレール!!」


少女は叫ぶ。

ウェーブがかった黒い髪に、右はゴールド、左は赤紫ワインレッドのオッドアイ。

後に、闇の世界においてその名を轟かせることとなる、《赤》の魔女である。

少女は必死に、エレールに絡みつく茨を解こうとする。

しかし解こうとすればするほどに、茨の拘束はきつくなり、少女の血をも無駄に流れるだけだった。


「…お願い、…お願い、だから、死なないで…!」


決壊するように、少女の瞳からぼろぼろと涙がこぼれる。

少女の嗚咽が、響き続ける空間。

エレールは静かに微笑むと、そっと少女の頭を撫でた。

そしてやはり、その声はどこか優しそうにも寂しそうにも、悲しそうにも聞こえた。

「ごめんね、もう、あんまり時間がないの。だからよく聞いて。私は、今からこの命ごと全部、白薔薇人形ホワイトローズドールに捧げるわ。そうすることで、この人形の本当の力を、私は永遠に殺し続ける。」


ぎりぎりと、

みしみしと、

茨は容赦なくエレールの血を吸い上げていく。




「そして彼の…バルドウェインの悲願も、同時に私は殺し続けることになるの。」




微笑んだまま。

その瞳は、真っ直ぐに少女を見据えて。

どこまでも、優しく。

血を吸われて、もうほとんど動かせないはずの腕で、泣きじゃくる少女の頭を撫でる。


「ごめんね、こんな――――こんなことに、巻きこませたくなかった。」

「…、え、エレール、」

「きっとこれから、長く永く、つらい戦いが待ってる。あなたにも――――あの子たちにも」


ごめんね、とエレールは繰り返す。

「本当に、こんなことになっちゃうなんて…すごい滑稽だよね。笑えないくらいに、さ。ずっと、傍で笑っていたかった。ずっと、傍であなたたちの成長を見ていたかった。ずっと、傍であなたたちの幸せを守っていたかった…!


ずっと、傍にいたかった…!!


でも、もう、それもできないね……」


初めて聞いた。

それは少女にとって最初で最後の、エレールの弱音だった。

いや、懺悔と呼ぶべきなのかもしれない。


笑っていても――――それは悲痛な、笑みだった。


「この後のことは、もうわかってるね?」

エレールは、少女を見つめる。

少女はもう泣きじゃくってなどいなかった。

この瞬間に、少女は覚悟を決めたのかもしれない。


「ああ、ほら―――――もう時間だ」


エレールの視線の先には、白薔薇人形ホワイトローズドール

ウェーブがかった純白の髪に、純白のドレス。そして右眼には眼帯。

その純白の人形の、眼帯ではない左眼から、涙が伝っていた。

真っ赤な涙。

エレールから搾り取ったであろう真っ赤な血が、静かに滴り落ちる。

感情を持たないはずのその人形が、エレールの死を悲しんでいるように見えた。

そんなことは、ありえないとわかっていても。

そう、思ってしまう。



「やっぱフォルンに、怒られちゃうかなぁ――――」



ふいに、思い出したようにエレールは呟いた。

とても、もうすぐ命を搾りつくされる人の顔には見えなかった。

愛おしそうに、親友の名を呼ぶ。


《白》の魔女――――エレール・ローゼンフェルド。








轟、と空気が唸った。

アリスが張った結界も、アリスとフォルン二人の魔力の衝突で、大きく揺れる。


「…………」


ざわ―――、と静かに風が煙を流した。

アリスとフォルンは、お互いから視線をはずさない。

形勢は一見互角のように見えるが、実はそうではない。アリスは眉一つ動かすことなく前を見据えているが、フォルンの額には冷や汗が伝っていた。気のせいか、呼吸も微かに速い。しかし、そんなことなど、フォルンはアリスに微塵も悟らせはしなかった。

「…………」

圧されていることは、わかっている。

黒薔薇人形ブラックローズドールを従えるまでになったアリスの実力に――――所詮人間上がりの自分の《炎》では限界がある。


そしてもう一つ、重大な原因があることも。



それでもこれが―――――私のちから



「…少し、話しましょうか」

言って、フォルンは深紅の瞳を細める。

「大戦の引き金となったエレールの死…そのすぐ後にあのお方、バルドウェイン様も死んだことになっているけど、本当は死んでなんかいないんでしょう?たとえ殺すことができたって、あのお方なら何回でも甦ってきそうだものね」

「………」

微かに眉を動かしたが、アリスは沈黙を保ったまま。

それをさして気にすることもなく、フォルンは続けた。


「だってバルドウェイン様は―――――悲願を達成するためなら、きっとどんな手でも使う…。きっとどんな惨い手段でも、そのためなら迷わずに犠牲にする」


どこか悲しそうに、フォルンは言った。

フォルンにとって、バルドウェインは想い人だった。今も昔も――――決して変わらず。

叶うことはないと、わかっているけれど。

残酷なくらいに。



「…フォルンさんあなたは―――――、一体どこまで知ってしまっているんですか?」



思わず、アリスは金と赤紫の双眸を見開いた。

別に?とフォルンは嗤う。

些細なことだと、下らないことだと言いたげに。

「たいしたことは知らないし、もう―――知りたくもないわね。」

「…………」

かつん、と靴音。


「言いたいことは大体言ったし、もう終わりにしましょうか」


もう魔力は充分に練った。

ありったけの想いと力――――その総てを、うたに乗せて。


フォルンの声が、空気を振るわせた。



「<夕暮れ色のあかき牙、夕闇色のあかき翼、燃え広がる血刃の群れたちよ―――――我が命を喰らい、鉄槌を顕現せよ>!」


 










2.

教会。

果たして爆風で半分以上どころか屋根すらぶっ飛んでしまったこの建物を、教会と呼んでいいのかはともかくとして。

まあ、最早廃墟と言ったほうが正しいか。


「く、」


薄紅色の瞳を忌々しげに細めて、死神・エリア・デュークは呻いた。

何度も力任せに引いてはみるものの、まったく動かない。

エリアの大鎌デスサイズは今、綜威チェン・ウェイの武器である無数の糸によって雁字搦がんじがらめにされていた。

きりきりと、音が響く。


「この糸が何でできてるか、貴女あなたさっき聞きましたっけ?」


やけに、澄んだ声。

澄み渡る。

その声はどこか怒っているようにも、何も思っていないようにも聞こえた。

よくはわからないが――――流れが変わってしまったような、そんな感覚が否めない。


淡い青のその瞳が、ただ恐いと感じる。


「これは伝説の武器職人――――技術屋ゴーシュの『作品』ですよ」


淡々と、綜威は言う。

語る、ともまた違う。

ただ取り扱い説明書を読んでいるような、そんなノリ。

感情の無い人形のような―――それはただの音声だった。



「これ、ぶっちゃけた話―――原材料は人魚の髪ですよ。びっくりしました?」



そこで初めて、綜威はエリアに対してにっこりと笑った。


わらった。

可憐に。

残酷に。


「貴女が知っていたように、私は300と余年もの間、不老不死をやっています。とある人魚に騙されましてね。いや、まあ結局のところ人間だった頃の私が弱かっただけなんですけれど…ま、そんなことはどうでもいいでしょう。」


きりきりと、響く渇いた音。

綜威が言葉を発する度に力が入るのか、大鎌は今にも悲鳴を上げそうだった。


「重要なのは、人魚に遭ってしまった。ただそれだけの事実。ただそれだけの事実が――――私の人間としての人生を狂わせた。こんなモノに――――なってしまった。

こんなのはもう、生きているとすら呼べない……だって、死ぬことができないんだから」


思い出す、あの淡い青色の人魚を。

《私》という存在を、この闇の世界に引きずり込んだ、残酷なほど美しく、まさに残酷だったあの心優しい人魚。

優しすぎて、《私》のことを想い過ぎて、そして《私》を壊すことになった―――あの心優しい人魚。


思い出すだけで、吐き気がする。


ってしまってすぐのことは、そりゃあ酷いものだったんですよ?だって全然終わってくれないこの苦しみ―――あはは、わからないでしょう?人間ですらなかった貴女には。だからね、情報収集ついでのただの八つ当たりですよ。そう、ただの八つ当たり―――なんの意味もない。なんの概念もない。あの技術屋に期待なんてこれっぽっちもしてはいませんでしたけど、使ってみたら案外しっくりはまったというかなんというか、うふふ。便利だから、こんな憎くてしょうがなかった化物のを、わざわざ使ってやろうという気になったんですよ」


そう言った。

言い切った。

この眼前の女は、まさしく真っ当に狂っているのだと―――そう、エリアは肌で感じた。

正常に異常なのだと―――そう、認識させられた。





「だから、知ったふうな口を利かないでほしいのよね、この小娘が。」





丁寧な口調が一気に外れた。

実はこれが綜威の素。

いつもはちゃんと敬語だが―――頭に血がのぼっていた。

その冷め切った瞳に、エリアは思わず息を飲む。


「…っ!」


大鎌デスサイズに、微かに亀裂が走っていた。


嘘でしょ!?まだ研修生とはいえ仮にもこの死神の武器に傷を付けるなんて…!

なんて女なの!


「ふふ、ふ、ふふふふ、あはははははははははははっ!あははっ!」

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――、っ!」


瞬間、大鎌に絡みついていた無数の糸が外れたかと思うと、既に綜威は次の動作に移っていた。

ひうん―――と響く。

鳴り響く。


糸が、無数の糸という糸が、一斉にエリアを八つ裂きにしようと襲い掛かって――――――!


そしてそこに、二つの影が割り込んだ。

……………………………………………。






 




グミのモ〇イクロールぱねえと思います。

ちなみに次章は第八章・眠りから醒めた『魔女』 です^^

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ