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第四章・嗤い声








それは、吊り下げられた真っ赤な果実のように








1.

いつ終わるのかもわからない、途方もない議論。

虚偽と事実とが入り混じって、彼らの妄想は膨らんでいく。

「…………」

ブラック鉤爪クロウにとって、《赤》の魔女という存在は自分たちにとって都合の悪い《敵》でしかない。もう既に死んだことになっているバルドウェイン博士など、彼らにとって意味を成しはしない。

それが―――いつかホントウの意味で彼らを滅ぼすかもしれない原因になるなんて、誰一人として思わずに。

そうやって、気付いたときには何もかも終わっているんだ。

そうだ―――誰も、ここにいる愚か者たちは気付けない。


バルドウェイン博士の―――あのどこまでも澄んだ藍色の、ホントウの『願い』なんて


「おい、大丈夫かよ…顔色悪いぞ」

少しだけ心配そうな表情で、と言ってもサングラスで隠れていてわからないが、師匠が小声で囁いた。僕は視線を下に落としたまま顔を上げない。とてもじゃないが、僕はこの夜会にまともに参加する気にはなれなかった。僕が《あいつ》の眷属というだけで、ほとんどの魔女は僕という存在を奇異な視線で見る。絶対的に一定の距離を離して、それ以上近つ゛くことはない。

「……大丈夫、ですよ」

本当は、全然大丈夫なんかじゃない。

こんな、自分のことしか考えていないような奴らから《あいつ》についての話題が挙がるだけも吐き気がするのに―――それを、ただ黙ったまま聞き続けなければならないなんて。

どうしても、苛々してしまうんだ。

「…………」

ぎり、と唇を噛む。

僕の肩の上に視線を移すと、カインがどこか軽蔑を含んだ眼差しで周囲を見渡していた。

何となく思ってしまう。こいつも―――どこにいるかわからない、自分の本当の主のことを考えているのだろうか。


最悪だ、―――ここは、僕の心を弱くする。


「『ソルジャー』エインセル、《赤》の魔女の所在はまだつかめないのか?」

突然名を呼ばれて、僕は微かに眉根を寄せた。

ゆっくりと顔を上げ、総帥の方を見る。

「…はい、依然として居所はわかりません」

「―――そうか、もし奴の抹消に成功すれば、『リッシュ』の座はまだ残っているぞ?今のナンバー3は欠番だからな」

ナンバー3.

それは、エレールさんの場所だ。

欠番ミッシングナンバーで《白》の魔女である―――彼女の。

そして、フォルンさんの親友だった彼女。

「まあ無理な話か…眷属である貴様には」

どこかせせら笑うようなその声音。

周囲からも、くすくすと軽蔑するような視線を感じる。


つらいわけじゃない。

悲しいわけでもない。

僕は一体――――何に対して怒っているんだろう。



2.

旅用の長衣ローブが、歩を進める度に静かに揺れる。

祭りの最中出店が立ち並ぶ大通りを抜けて、綜威チェン・ウェイは一人街中をさまよっていた。

とくに目的があるわけではない。ジェノンには「この街の書庫をあさるから」と置いてきたが、実際は喫茶店・東雲シノノメでアリスに読まされた本に、総ては記されていたのだから。

ずっと、私が願っていたこと。

ずっと、私が追い続けていたこと。

それはたった一冊の本の中に記されていた。


あの―――『海の魔女の物語』に。


「…………」

私がやるべきことはわかった。

アリスの目的を総て知った上で、私自身は既に彼女の思い描いた物語に組み込まれていることも。

皮肉なことだ、彼女の眷属であるエインセルは、何も知らないというのに。それでも彼は彼女を信頼して―――大切に思っている。

「大丈夫、か」

溜め息交じりに、呟く。

自分を含め、世界そのものを憎んでいた頃の気持ちは、もうなかった。不思議だ。あの子一人の笑顔を見ただけで―――こんなにも心が洗い流された気分になるなんて。

こんな気持ちになることは、もう絶対にないと思っていたのに。

こんな人間らしい気持ちになる資格なんて、私はとっくの昔に捨て去ってしまったはずなのに。


(「ふふっ、気に入らなかったら殺してもいいけど…簡単には殺されてくれないと思うよ?リゼルは」)

(「……随分気に入っているのね、その眷属のことを」)

(「まあね。でも、この程度さらっと乗り越えてもらわないとお話にならないの」)

(「…………」)

(「気長に待っててよ。―――きっと、あの子は綜威ちゃんを綺麗に負かすと思うから。だから、その時は――――」)


その時は、この物語を見届けると約束してね―――、か。

あの時はその眷属ごときに負ける気もなかったし、約束を守る気もさらさらなかった。

でも確かに、彼は私を綺麗に負かせてくれた。ずっと思い上がりにも似た憎しみを撒き続けていた私を、止めてくれた。

彼の物語を、見届けたいと思ったのは私自身。

こんな私を変えることができた彼だ。バルドウェインとかいう男の目的も、それを止めようとしているアリスの思い描く未来も、彼は変えてしまう気がしてならない。


だって彼は―――物語を狂わせてしまう力を持っているから。


正常だったものが、あるいは異常だったものが、変化を余儀なくされてしまう。

それは、たとえ彼自身が望んでいないことだとしても、例外なく。

変えてしまうんだ―――何もかもを。


「…………」

気付いたら、綜威は教会の前に立っていた。

そこはアルドヘルムの中心に位置する、教会。

もう随分離れてしまったのか、遠くで祭りの喧騒が聞こえる。街の人々は皆祭りで出払ってしまっていて、周囲に人の気配はなかった。

綜威は透き通る程に青い瞳を細め、教会の扉に手を掛ける。

「…」

きぃ、と音を立てて扉が開いた。

頭からすっぽりと被っていた長衣のフードを脱ぐと、中を見渡すように顔を上げる。

虹色に輝くステンドグラスが、一面に広がる。それは一枚の絵になっていて、幻想的なその光景の一部には人魚が描かれていた。

それを見て眉根を寄せると、綜威は少しだけ苛立たしげに視線を逸らす。


人間たちは人魚を美しいモノだと捉えているが、実際は全然違う。

結局のところ本質は怪異で―――化物でしか、ない。

外見は美しく、しかし醜く狡猾で、自分たちが持つ半永久的な時間を他者を苦しめるためだけに使うモノたちだということを、私はこの身をもって知っている。


そして―――


「神なんかいないってことも?」


突如頭上から降ってきた楽しそうな声音に、綜威はばっと顔を上げた。

煌びやかなステンドグラスを背後に、教会の十字架に足を組んで綜威を見下ろす少女。ウェーブがかった黒髪を右上で結い上げ、華奢な体躯に纏うその衣服は、漆黒のゴシックロリータ。

「…………貴女あなた

燦々と輝く薄紅色の瞳を忌々しげに見つめると、綜威は吐き捨てるようにそう言った。

少女が片手に携える大鎌デスサイズが、漆黒の輝きを放つ。

、か。うん!しっくりくるわね。誰?って聞くよりセイカイっぽいし!」

どこまでも楽しそうに笑う少女に、しかし綜威は警戒を解くことはできなかった。

この少女自身が放つ異質すぎる空気が―――そうさせるのだ。


「私はエリア―――エリア・デューク。死神よ」


優雅に座っていた十字架から、エリアは飛び降りた。そして綜威から少し離れた距離に着地すると、持っていた大鎌デスサイズを大きく振り上げる。

一瞬だった。大鎌デスサイズが大きく半円の弧を描いたかと思おうと、エリアの背後にあったはずの巨大な十字架は綺麗に真っ二つになっていた。

かしゃーん、と渇いた音をたてて、支えを失った半分の十字架が床に落ちる。

「―――――死神、」

その光景に綜威は思わず息を飲んだ。

静かに、糸を操るための手袋を嵌める。



3.

「ここ10年の小規模な魔術師たちとの戦いも、まさか《赤》の魔女が裏で糸を引いているのではあるまいな?」

「…………」

ぎり、と唇を噛む。

握り締めた拳から、僕の血が伝い落ちる。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

そうだ僕はいつだって―――《あいつ》のことなんて何も知らない。

でも約束したんだ。

僕は《あいつ》を信じてる。

こんな世界―――ほんとはどうだっていいと思えるくらいには。


「黙ってください。貴方たちがこれ以上彼女のことを侮辱するのは、僕が赦さない」


真っ直ぐに、僕は瞳を逸らすことなく前を向いていた。

どうしてだろう今の僕は―――恐ろしいくらいに心が冷え切っている。

「な――――貴様!」


一瞬で周囲はざわついた。

しかし次の瞬間、一瞬だけ無音になったかのような錯覚を覚えて間も無く、大きな爆音が轟いた。

あっという間に大広間が土埃に包まれていく。続く爆音に混じって、魔女たちの悲鳴が響き渡った。

「―――っ、敵か!!?」

隣で師匠が叫ぶ。しかしその声も誘発するように連鎖していく爆音に途切れた。

「これは―――魔法?」

なるべく埃を吸わないように、僕は袖で口元を覆う。視界もはっきりとしない。しかしうっすらと見える遠くの人影が―――

「エインセル避けろッ!!」

「―――――っ!!?」

カインの声に、咄嗟とっさに僕は跳躍する。

次の瞬間僕がさっきまでいた場所は、木っ端微塵に吹き飛んでいた。背筋に悪寒を感じる暇なんてない。一体何が起こったかなんて考える暇すら与えてくれないほどに、攻撃の範囲は広かった。

「っ!師匠!?大丈夫ですか!!?」

少しずつだが、土埃が晴れてくる。

気付くと何人かの負傷している魔女たちと、そして王都・レインベルクの紋が入った長衣ローブを纏ったモノたちがいた。


「おいおい嘘だろ―――…宮廷魔術団かよっ!!」


悪魔召喚の印を結びながら、しかし師匠は魔術師たちへの警戒も緩めない。

うかうかしてるとまた次の攻撃が飛んでくるかもしれない。人数だけならこっちが有利かもしれない、でもどうしてこの場所が―――。

「弟子っ!あのガキ共が心配だ、見て来い!!」

「で、でも師匠――――『いいから早くしろッ!!』

有無を言わせずに師匠は既に戦闘の態勢に入っていた。

仕方なく、後ろ髪を引かれる思いで僕は師匠に後を任せる。


土埃と入り混じる喧騒の中、僕は駆ける。

また、背後に爆音が轟いた。

「――――くそ、」


一体どうして、魔女夜会ここには絶対に魔法が使えないように結界が施してあるはずなのに―――!

もしくはその結界を破るほどに強力なかが―――?


……………………………………………

………………………………………………………。





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