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第二章・変わったモノ






誰?私をこの世界に迷いこませたのは







1.

綜威チェン・ウェイさ〜ん…………いい加減機嫌直して下さいよぅ…」


時刻はもうすぐ真夜中に差し掛かっていた。しかしアルドヘルムの街並みは祭りの光によって賑わいを増し、それを楽しむ人々の声量は留まることを知らない。しかしそんな明るい喧騒も、綜威にとっては耳障りな雑音でしかなかった。そんな雑音によってただでさえ立ち込めていた苛立ちは更に深くなり、綜威の一切の無感動を決め込んだ表情は不機嫌さが混じった絶対零度のものへと変質していく。

「…………」

はっきり言って、綜威の気分は最悪だった。頭の片隅に、フォルンのからかうような笑みが浮き上がる。

…まったく、私は何を焦っているんだろう。死ねない私に時間なんて有り余る程あるのに、それなのに取り乱してしまうなんてただ無様なだけ。

そうだあの時だって、ジェノンさんが死に掛けた時だって私は全然冷静なんかじゃなかった。どうして?どうして私は――――――――!

ぎり、と無意識のうちに唇を噛み締める。自分の中で答えの出ない、浮遊感にも似た不安が綜威の心を蝕んでいた。

「…………」

そうだ、私の目的はこの不死の身体からの解放。そのためだけに、どんな犠牲を払ってだって目的を達する覚悟が私にはあるはずだ。そのためだけに私は――――戦い続けて、殺し続けてきたんだ。今更、後戻りなんてできやしない。それなのに、わかっているのに―――このわだかまりは一体何?どうして、

「…どうして、私は」


「そのためのヒントならここにあるよ」


瞬間、綜威は我に返ったかのように顔を上げた。まとわりつくかのように耳から離れないその甘い声に、聞き覚えがあったからだ。しかしその声の持ち主を一応知ってはいたものの、綜威にとって絶対にここでは聞くことがないと思っていた声だった。


「…………っ、《赤》の魔女……!」


慌てて周囲を見回してみると、そこは歩いていたはずの道などではなかった。それどころか綜威が今存在している場所は喫茶店のようなところであり、店内にはグラスを丁寧に磨いている初老の男性とカウンター席に座っている少女の二人だけ。

「……私、いつの間にこんなところに…」

とりあえずどうしてこうなったかは置いておくとして、綜威はカウンター席で微笑む少女に目を向けた。少女は緩やかにウェーブがかった黒髪を腰まで垂らし、漆黒の長衣を膝にかけている。何よりその少女の特徴的なところは、普段見慣れたエインセルの使い魔・カインと同じく――――ゴールド赤紫ワインレッドの、オッドアイ!

「お久々だね、綜威ちゃん。まあ立ち話もなんだし座ってよ」

「…………」

促され、綜威は大人しくカウンター席に座った。ただし少女とは一つ分席をあけて。

「もう、警戒しなくてもいいって前会った時も言ったよ、あたし。傷付くなあ。あたしは綜威ちゃんの味方じゃないけど少なくとも敵じゃないってば」

そんな曖昧な言い方じゃ警戒しない方がおかしい、とでもいう風に綜威は青い瞳を不審気に細めた。相変わらずまったく変わりのないその姿と表情に、綜威は仕方ないとばかりに溜め息をつく。

「…こちらこそお久々です。えっとアリスさん、でしたっけ」

「憶えててくれてどーもだね。この《場》に入れたってことは何か悩み事かな?綜威ちゃん」

含んだようなその言い方に、綜威は少しだけ眉根を寄せた。悩み事、というのがあながち間違いではなかったからだ。

「図星、」と一言呟いてアリスはくすくすと笑む。

「喫茶店・東雲シノノメ。ここはどこにでもあってしかしどこにも存在しない場所なんだよ。このセカイの総ての物語は、ここに本というカタチの封印で綴じられる。そしてそれを開き、読み解くべきモノのみがこの《場》に入ることができる。どう?すごいでしょ」

えっへん、と胸を張るアリスに、初老の男性が穏やかに口を挟んだ。

「《赤》の魔女様…ここはわたくしめの店でございます…。私めはここ、東雲シノノメの店主で浮雲ウキグモと申します。はじめまして、綜威様」

「…はじめまして」

コト、と浮雲がカップを置いた。一瞬で包み込むようにコーヒーの香りが広がる。

「それにしても、だね。…この前会ったの7,8年は前なはずだけど、短い間で変わったよ」

「……変わった。私が、ですか?」

「うん。何て言うか、前はもっとぴりぴりしてて『ぶっ殺すぞー』って感じだったんだけど。今は少しだけやわらかくなった気がする」

言って、アリスは持っていたカップに口をつけた。

綜威は微かに瞳を見開き、アリスの言葉を心の中で反復させる。

…、変わった、か。でもそれは、私にとって本当にいいことなんだろうか。

「…アリスさん私は、結局は貴女がかつて言った通りにエインセルさんたちと旅をしています。貴女の影を、ずっと追い続けている彼とです」

「あはは、面白い子でしょ、あの子」

「…私は自分の目的のために、自分自身の死だけのために今を生きてるつもりです。だから私には、貴女の目的に口を挟む資格がないのはわかってます」

ここで、綜威の雰囲気と口調が一気に変わった。鋭い光だけをこめて、目の前の少女の姿の魔女を睨む。


「貴女はセカイを救いたいと言った。そのためには彼、エインセルの力が必要なのだと。そして私に協力してほしいとも。…私は、こんな世界に興味はない。誰が死のうが消えようが、私には関係ないから。貴女の過去に何があったかなんて私は知らない。でも貴女は、一体何を考えているの?貴女の考えたシナリオの先に、エインセルとアリスって存在は残るの?貴女にとって…貴女にとって一番大切なモノって何!?」


「…」とアリスは笑むだけで、どこか悲痛なその問いに応えることはなかった。

「さあ、あたしにはわからないな、自分のことなんて…………」

「…………、ごめんなさい。こんなこと言うつもりじゃ、」

少しだけ気まずそうに、綜威は目を逸らした。数瞬の間、重い沈黙が流れる。

「ま、とりあえずこの本を読んでみてよ。この本は、綜威ちゃんに読み解かれるのをずっと待っていたんだから。大丈夫、ここで流れる時間はあっちとは全然関係ないよ」

できるだけ明るい口調で、アリスは一冊の本を綜威に差し出した。一つ頷いてそれを受け取ると、綜威は静かにその本の扉を開く。


『海の魔女の物語』と題された、その扉を。




2.

「死んだ者を、生き返らせる…………」

僕のその呟きに、カインも師匠も押し黙った。

頭の中に、他に考えられる憶測はそれしかなかった。

「確かに、博士ヤツはずっとその研究をしてた!だけど!そんなこと…………!!」

できるはずがない、と師匠は言いたいのだろう。僕だって同じ気持ちだ。確かにカインが言った通りそれができたとしても、これは、絶対にあってはいけないことなんだ。

死んだ者を生き返らせる、物語を終えた者の眠りを無理やり妨げる……そんなの死者への、冒涜にすぎない。

「僕の昔の記憶の中でも、バルドウェイン博士はその研究をし続けてましたよ。…悲しいくらいにね」

「ケッ、くだらねーぜ」

ふぁ、とカインは一つあくびをした。

「やっぱり、彼の目的はただそれだけなんだ。でも…だとしたらどこに」

…今のイザヤは、宮廷魔術団。イザヤを蘇らせたのが博士なのだとしたら、彼の居場所は―――――――。


「…王都?」


そんなこと、

そんな、ことが

「おいおい、マジかよ…………!」

「…………」


じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりっ!

空気を裂くかのようなその音に、もうすぐ夢の中へと入ろうとしていたカインが飛び上がった。

「んなっ!」

「エインセル、すぐ準備しろ。どうやら召集令だぜ」

「…随分早いですね…」

一つ溜め息をついて、僕は重い腰を上げる。

魔女たちの集う夜会なんて気は進まないが、こればっかりは仕方がない。

ブラック鉤爪クロウの正装である長衣ローブを片手に、僕は店の奥へと進んだ。




「…………!」

出店が立ち並ぶ道のはずれで、フォルンはミヤビ、リオンを連れてさくさくとスコーンを食べていた。フォルンの両手には、とりあえず今まで買った美味しそうなモノが詰め込まれた紙袋が。

「…どうしたの?おねーさん」

突然何かに反応するように顔を上げたフォルンに、リオンは不審気に声をかけた。隣でミヤビが「?」と首を傾げる。その口元には今まで食べてきたお菓子や食べ物のかすが付着していた。

「あー…ごめん、二人とも。これ食べてていいから、適当に楽しんだらさっきの店に戻ってて?」

「…………」

とりあえず満腹でご機嫌なのか、リオンもミヤビも大人しく頷いた。

「じゃ、変な人についてっちゃダメだからね!」

言って、フォルンはその場から一瞬で姿を消した。向かったのだ、召集先に。


…ああもうっ、もっとミヤビ君たちと遊びたかったのに〜っ!




3.

ぱたん、と乾いた音が店内に響いた。

綜威は静かに本を閉じる。

「…………」

「わかった?あなたがするべきことが」

そのアリスの言葉に、綜威は頷くことはできなかった。まだ混乱しているのもあったし、何よりこの本を読むことによって自分がしようとしていることが一体何なのか、それこそ理解してしまったから。

…私は、

「…こうなること、貴女は最初から知ってたんですか」

「…そう。言ったでしょう。あたしは綜威ちゃんの味方じゃないけど、少なくとも敵じゃない。それでも、あたしはあたしの目的のために利用できることは総て利用するつもりだよ。今まであなただって、そうしてきたんでしょう?」

寂しそうに瞳を伏せ、アリスは言った。

「成る程、自業自得と言いたいんですか」

「っ、違うの!そうじゃなくて……!!」

「だったらどうしてッ!!」

ぎり、と綜威は拳を握り締める。自分の中で渦巻く感情が、手のひらに食い込む力となって血を流させた。

「私に、私にこれ以上何を失えって言うんですか!?私はもう、手放すものなんて何もない!!」

「本当にそうかな?よく考えてみて」

「…っ」

アリスはゆっくりと立ち上がると、綜威をなだめるように静かに抱きしめた。

「…ごめん。この本の中身は確かにあなたが求めていたものだけれど、同時にあなたを傷付けるものだって…わかってた」

「…………っ、」

「あなたは変わったでしょう?だって憎悪と狂気を糧に殺し続けていたあなたとは、もう違う。綜威ちゃんには―――――大切なモノが、できたから」

「…そんなの…っ…!」

「違わなくないよ。本当に本当の、大切なモノ。それは時に自身より重い、かけがえのないモノ」

気付いたら、綜威の頬には涙が伝っていた。止めようとしても次から次へと溢れ出て―――止まってはくれない。こんな少女に、自分よりかは遥かに短い時を生きてきただけの少女に、綜威は自身を何もかも包んでくれるような何かを感じた。魔女なのに、自分と同じ化物のはずなのに、何もかもが赦されたような気がした。


それがただの錯覚であっても、かまわないと思えるほどに。


「…変化は、常に出会いから生まれる…て、あたしの師が言ってた。人を変えられるのは、出会いだけだって。誰もが何かを共有して、絶対に孤立した存在なんてどこにもないんだって、あたしも思うんだよ。だってそうとでも思わなきゃ―――――こんなセカイやってらんないじゃん?」


アリスは笑っていた。それでも綜威は、心は泣いているのだと思った。

それは同情でも、共感でもないけれど。

「…もしその瞬間ときが来ても、私が何を選ぶかは私が決めます」

「あはは、やっとらしくなったね。そう、選択の権利は常に綜威ちゃん自身が持ってるんだよ」

静かに、アリスは抱きしめていた手を離す。少しだけ名残惜しそうに―――――淡い青の髪に触れて。

「未来には多くの選択肢がある。ほんの些細な出来事によって、それが変わってしまうことだって。あたしもあなたも、それを痛いくらいに知ってしまってる。でも、恐れないで戦って。あたしはあたしの、あなたにはあなたの望む――――未来のために」

りん、と一つ鈴の音が鳴った。

「わお、もう時間だね。さあ行って。待ってるよ―――堕天使の彼が」

頷く。

ずっと心の中にあったわだかまりは、もう溶けるように消えていた。


「ありがとう―――それにごめんなさい。巻き込んでしまって」



からんからん、



「行ってしまわれましたね…」

「うん…」

寂しそうに、アリスは微笑む。

「大切なモノ…あたしに、それに手をのばす資格があるのかな?」


本当はわかってる。何が一番、あたしの求めたいものなのか。

だってあたしが一番、欲しかったものは――――――――。


…………………………………………………



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