青年2
「今度は何をしているのだ……」
長身を利用してむき出しの馬車の中を覗き込む青年の言葉はがちゃがちゃと音をさせるアネモネには聞こえてないようだ。
半壊した馬車の椅子の下、そこは引き出しとなっておりはそれらを開け中から必要なものを袋に入れるのに夢中になっていた。
「ポーションは……無事。私の食べる分は心配ない。後は」
四つある引き出しの中の物をあらかた入れを終わったことで愛用の二振りを回収しようと馬車の出入り口へ振り替える。
目の前に二つの眼があった。
気配を全く感じなかった。そのことに背筋がざわつくのを感じたアネモネはとっさに炎を右手に纏わせ殴りかかった。が、それは青年の左腕によって上に払われ不発に終わった。
「いきなり何をする」
どうやら青年はアネモネの行動がどうしても気になり近くで見ていたようだ。
「それはわるかったわね。振り向けば巨大な何かがいたものでつい」
殺す気で振った拳がいとも簡単にあしらわれたことに戦慄すら覚えた彼女だが、あることに気づくと引き出しからだしていたマントをその顔面にぶつける。
んぐっ!? くぐもった声が布越しに聞こえた。
「は、はやくそれで汚らしいものを隠しなさい!」
顔を真っ赤に告げるも、ずり落ちたマントから現れた顔は困ったような顔だった。
――あれ? この顔どこかで。
つい最近みたような、そんなことが頭をよぎりいつ見たのか思考に入ろうとする。
「ふむ、隠すといわれても、これをどう使えばよいのだ?」
「……うそでしょ?」
しかしそれは青年の一言で断念することになったのだった。
「け、汚された気分だわ」
顔を両手で覆うアネモネ。その後ろでは青年が不思議そうに腰みの代わりにしたマントを触っていた。
どうやら彼女は意を決して彼の腰にまいてあげたようだ。
それは前からなのか後ろからなのか、結び目が前にあることからお察しできるだろう。
「ふむ、何故これをつけるのか分からぬが、それでお前が納得するなら、そうしておこうか」
青年の言葉に羞恥心はないのかと吐き捨てたくなるが飲み込む。
「それじゃぁ、妹——サニーの所までお願いするわ」
「ん、うむ。そうだな」
とは言ったものの、彼が指さした山は走れば1時間ぐらいで着くのだが、一体山のどこに置いてきたのだろうか。疑問に思い聞いてみると、驚くべき場所だった。
「や、山の中腹じゃないっ。貴方一体どんな暮らししていたらそんなところに住めるのよ」
頭を抱え、ため息が溢れる。
山までの距離は大丈夫。だが、山を登るとなると話は別になる。
かつて鉱山として栄えていたオルトロス廃鉱山。鉱石を運ぶ為の道はまだ残っているだろうが、それも数年前のこと。無事かどうかわからない。
一体どうやっていくつもりなのか。まさか、歩いていくとかいわないよね?
たらりとその考えに冷や汗がでてきた。もしそうならサニーのみが危ないとさえ考えたアネモネはその青年に聞くことにした。
「ねぇ、貴方どうやっていく、つも、り?」
振り返った先に青年の姿はなかった。
えっ、えっ!? いつの間に、消えた? というか。
「お、おいてかれた?」
ひくひくと頬が痙攣する。
嘘でしょ、案内するつもりじゃなかったのあの男。これからどうやってあんな山、登れっていうのよ。
天を仰ぐアネモネは、そこで固まった。
青年は、先に行ってなどいなかった。ずっと彼女が出発するのを待っていたのだ。
金色に光る長い髪を棚引かせながら、宙に浮いて。驚きで固まったアネモネは、いやよく知っている飛行魔法『フライ』とは何か違うと気が付く。
そうだ、揺れていない。体が釣られた魚のようになっていない。そこに足場があるようにその場に立っている。そう表現したほうが正しいだろう。
「何をやっておるのだ。ほれ、お前もやるがいい」
「い、いやいやいやっ」
何さらっとやってみろといってるのこの野郎は!? 信じられない!
首を左右に何度も振りながら彼の非常識なそれに頭が混乱させられた。
彼がどうやって空に立っているのか――おそらく魔法なのだろうが――まったくわからない。
魔法を使うために必要な物を彼は何一つ付けていなかった。つまりこの男は己の持つ魔力のみで成し遂げているというのか。
あり得ない。どれだけの魔力を内包しているというのか。
「何、できないというのか?」
「あ、え、えっと。そ、そうよ。今は空を飛ぶための飛翠石も持ち合わせてないから、同じことはできそうにないわ」
ふむ、と青年が一瞬考えるそぶりをしたかと思うと、仕方ないといった顔でこちらを見てきた。
「きゃあああぁぁぁぁっ。な、なんでこうなったぁああ!?」
青年の体に必死にしがみつきながら静寂な世界を破るよう、悲鳴をあげるアネモネの姿が夜の空にあった。
突然青年に体を抱えられたときは急に何をするかっ。いや、でも見た目以上にいい身体してると若干楽しんでいた彼女であったが、彼が空高く跳躍すると一変。乙女にあるまじき声をだしていた。
「口を閉じていろ。噛むぞ」
そんな彼女をお姫様抱っこする青年はどこ吹く風……いや、一応は心配をしているそぶりをみせていた。
鳥のように“飛んでいる”のではなく“跳んでいる”青年達は、ある高度まで行くと、上へ行く力はぴたりと止まった。
それが何を意味するのか―――。
「ひっ」
空中で止まってしまったことに一瞬間抜けな顔をしたアネモネだったが、次にどうなるのかを察して小さく引きつった声がでる。
大地の重力に促されるように二人の体は急降下を開始した。
上昇した時とは違う、落下する速度はどんどん増していく。
「い、いゃぁぁ落ちる落ちるおちるっ」
「っ。だまって、ろ!!」
青年が何かをひり出すように叫ぶ。
ガクンッと体に衝撃が入り顔を顰めたアネモネは、下を見てギョッとする。
「ほ、ほんとに空の上に立ってる…」
月夜の光に照らされた深緑よりも暗い森の風景を前に驚きを隠せないアネモネ。
彼が目の前で同じ事をしていたのは見ていたが、実際に自分も体験してみると、その凄まじさに……彼の|人外とも言える魔力量に《・・・・・・・・・・・》戦慄を覚える。
ほぁと口を開けて惚ける彼女を見て青年は安心したと思ったのか、アネモネへ告げる。
「ほら、跳ぶぞ」
「えっ。ちょま、ヒャァァァァァァ——」
そしてまた始まった空の旅に、弱い18歳のうら若き乙女の悲鳴がまた、木霊していくのだった。




