青年1
「うぅ、リ、リァもうそれだけ、それだけは……!?」
溜まった息を吐き出すようにして目が覚めたアネモネ。
空は暗く散りばめられた星々の儚い灯りと月光がスポットライトの如く自身を照らしている。
寝ていた場所が悪かったのか、まだ体の節々が痛い。
アノ力を使った反動はないと思うが、それとは別に流血していたことにより体を巡る血流が少なくなっているのか、頭がふらふらする。
「……やっぱり、夢じゃない」
体にあった傷が無くなっている。そんな夢を見た気がして慌てて体を起こし全身を触れば、それは夢ではない事がわかる。
キマイラによる風を纏った爪による肩の裂傷も、かわし切れず奴の火炎によって腕に負った火傷も。
大小問わず、過去の古傷もまとめて、そんざいしてなかったかのように無くなっていた。
あるのは、年相応のうら若き乙女の透き通った瑞々しいい肌。
礼鎧装の破損がなければ、実は今までのは嘘だったのではないかと思えてしまう。
顔を上げた先には半壊した馬車。妹がいるはずの馬車をボーっとみていると、眠る直前のことが頭に思い浮かぶ。
そういえば、あの時。誰かいたような。
ぼんやりとしていた映像がだんだんピントが合うようにはっきりとしていく。
あぁ、そうだ。たしかあの時人がいたんだ。
茜色の夕焼けに照らされる、一人の青年。
太陽を眺めるその瞳は黒くオパールを思わせる、きれいな横顔の男性が。
男性―――とたんに顔が熱くなる。
ち、ちちちちがうの。ど、どどこを思い出してるの私ったら。
い、いやそりゃ目を開けたら目の前にその、いればその、目線というか見たくなくてもみてしまうというか。
そ、そもそも? みたのはあれが初めてじゃないし? 私にだって婚約者はいましたし? 初夜だって……。そういえば、していないのでした。むしろ城に逃げ帰ってそれで。
うっ。思い出したら気持ち悪くなってきました。なんですのあの甘ったるいお香の中に待ち伏せていたオークのような人間は。香りなかでも臭った汗臭。ニヤついたブクブクの顔。
思い出したくもないのに思い出せてしまう。
顔をブンブンと振り、嫌な思い出を彼方に飛ばそうとする。
そう考えると、あの人は、すごく立派でしたわね。我が灰の騎士隊にいる男騎士でも、あんな立派な筋肉はしておりませんでした。
なにより、その……。
再び顔を真っ赤に染まるのが自分でもわかった。
「父よりも………ッ。バカバカバカバカ!」
衝撃過ぎるのか、先ほどの嫌な思い出とは違って中々忘れることができずにいた。
焼き付いたそれを頭から叩き出そうと近くにあった岩に頭突きを何度もくらわすアネモネ。
反射的なのか額に部分強化を施しているためか、
「バカ」
ゴンッ
「バカ」
ゴンッッ
「バカバカバカバカッ」
ゴンゴンゴンゴン……とバカと言うたびに振るわれる鉄槌に無慈悲にもひびが入っていく。
「バカアアアアアァァァッ!」
そして最後と言わんばかりの大振りの一撃により、何の罪もない岩はミシミシと音を立てついに破壊された。
「何をやっているんだ、お前は」
すっきりしたアネモネがふぅと息をついていると、呆れたような声がした。
びくりとし慌てて振り向くと、青年の姿がいた。
月光によって照らされる金髪は神聖に思えるが、こちらを見る二つの眼はすべてを引き込むような黒に近い青紫の左と獣のような黄色の右をしていた。珍しいオッドアを持つその顔は声で予想してた通りの顔をしていた。いや、困惑もあるか?
幼さなんてかけらもない男らしい顔つき。
がっしりとした体型なのがよ~くわかる。
なんではだかなのっ!?
え、やっぱゆめじゃなかったのはいいんだけどその恰好になんの違和感もないの?
なんで? 普通恥ずかしがったりするでしょ!?
アネモネは混乱するのも無理はない。青年は気絶する直前と同じ全裸。月光が余計な部分まで照らしてくれるものなので見たくもないものががっつり目に入ってしまった。
ザザッ。ドスンッ。ザザザザザザッ。
思わず後ずさったアネモネだが、微妙に残っていた岩の一部に足を取られ尻もちをつき、それでも足りないとばかりに後ろに下がり、馬車に後頭部をぶつけてようやく止まる。
わずかに頭が痛むが、それよりも見たくもないものを早く視界から外さなければいけないと思い後ろを向く。そして目を大きく開いた。
振りむいた場所は丁度馬車の中がよく見える所だった為そこに妹がいないのに気づいたのだ。
「貴方、何者なの? この森には貴方のようなヒトがいるなんて情報聞いたことないわ」
牽制のために右手の赤炎石の指輪と左腕の緑桜石のブレスレットに魔力を込めておく。
それがわかるのか、青年が体を強張らせたのが気配で分かった。
この森は定期的に兵士の遠征訓練の為に来ることが多く、野営の仕方を覚えるとともに生態系の調査も兼ねている。
ゴブリンやコボルトなど、繁殖能力の高い魔物が増加していればそのまま討伐し、新たな生物がいればその生態の調査などが行われる。
その中に、この男の話が上がらなかった事から、最近ここにやってきた遭難者、ともいえるのだが。
「何者、といわれてもな。どう説明すれば良いものか」
カリカリと頭を掻く青年。声色的にも返答に困っているようだ。
ルックス的にはどこかの国の貴族ないし王族のようにも見えるのだが、いかんせん相手は何一つ纏わぬ身一つでこの場にいる。しかも羞恥心というものがないのか、気にした様子はない。
裸族、裸族なのかと混乱しそうになるアネモネだが、警戒は怠らないようにし次の質問をする。
「……貴方のことは、まあいいわ。ところでこの馬車。この中に赤子がいなかったかしら」
私の妹なのというと、青年はキョトンとした顔をする。
「妹? にしてはいささか似てないように見えるのだが」
「紛れもなく私の妹よ。やっぱりしってるのね。なら話は早いわ。今、妹……サニーはどこにいるの」
「あそこだ」
そう言って指を指す青年。だが後ろを向いているアネモネにはどこなのか分からない。
仕方ないとおもったアネモネは、首を動かし青年を——なるべく下が見えないようにしながら——見た。
その指を指してる方向は青年からして右上。それが分かった彼女は首の位置を彼の指す方に向けた。
その先には一つの大きな山があった。
その山は不思議な形をしており、山の鉄板が2頭の犬が重なったようになっている。
「……オルトロス廃鉱山?」
訝しげに呟く彼女に、青年は言う
「俺の住処が、あそこにあるんだ。そこに置いてきた」
「置いてきたって貴方!」
「仕方ないだろ? ここにずっと置いていれば他の連中に喰われてたんだ。それを考えれば、妥当だと思うんだがな」
確かに、経緯はどうあれキマイラの魔の手から逃れたわたしたちだが、戦える存在の私は眠ってしまっていた。その間に魔物ないし肉食獣にでも狙われれば、ひとたまりもないだろう。
そのことを理解したアネモネは渋々といった表情で、そうだなと呟く。
「んで? 私の可愛い可愛いサニーちゃんを置いてきて、貴方は何してるのかしら」
そう睨みつけると男はあぁ、と何かを思い出したかのように両手を合わせた。
「そうだった。お前の珍妙な行動に驚かされて忘れる所だった。実はお前に頼みがあるのだ」
「頼み?」
「うむ。その赤子、サニーといったか。そのサニーがあやしてもあやしても泣き止まぬのだ」
その言葉を聞いたアネモネは最初何故か分からなかったが、ある事を思い出すと、とたんに顔を青ざめた。




