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始まりの予兆 その8‐王子と死竜‐

 

 フェンリルにそれ以上の事を追及されなかったことにリーシャは胸を撫で下ろした。

 これで秘密にしていたことはフェンリルに全てさらけ出してしまった。秘密を悪用されないかという不安はあるけれど、もうフェンリルとの接触で警戒する必要が何もなくなった点に関しては肩の荷が下りたようにも感じていた。


「んな事より、お前それ今発動できるんだよな? どれくらいの時間召喚し続けられるんだ?」


 フェンリルはカルディスの指輪を指差し、好奇心旺盛な子供のように前のめりになってリーシャに尋ねた。


「さあ。1週間くらいずっと召喚してた時期はあるから、それくらいは」

「ほーん。やっぱお前の魔力はバカでかいんだな。すげぇな」

「そうなの?」


 リーシャも他の人間よりは魔力が多い自覚はある。けれど、どの程度なのか比べた事などないので知るわけがない。そもそも他人の魔力量と比べようという発想すらなかった。


「俺の知る限りではお前に並ぶどころか足元に及ぶようなヤツはいねぇよ」

「それは、言いすぎじゃないかな?」

「んな事ねぇって。ちなみに昔、召喚に成功したやつは召喚時間10分が限界みたいだったぜ。まあ正しく言うと、召喚し続けるというより、言う事聞かせられる時間がそんくらいだったみたいだけど」

「へ、へぇー……」


 リーシャはシャノウを召喚している時に常に指示を出しているわけではない。そのためフェンリルが言った事とでは純粋な比較にはなっていない。

 けれど、そうだとしてもその数字の差は圧倒的過ぎた。しかもリーシャが召喚を解いたのは、魔力切れという問題ではない。おそらくまだしばらくは召喚し続けられただろう。


 召喚の魔道具使った人って、複数の魔力を同時に使えてる事から考えても、結構魔力が多い方の人だったんだよね? ってことは……私の魔力量って……そんなに多かったの?


 自分のことながらにリーシャがドン引きしていると、フェンリルが期待するような声で話しかけてきた。


「なあ、リーシャ。今その死竜を召喚できるか?」

「出来るけど……」

「ならやってみてくれるか?」

「ここで? いいけど……ここ、監視とかされてない?」

「初めに機密情報を話すから監視や記録の魔道具は止めておいてくれって言ってるから大丈夫だとは思うが……ちょっと待ってろ」


 フェンリルは慌てるように部屋を出て行った。


「どうしたんだ、あいつは」

「さあ。魔道具が止まってるか確認しに行ったとか?」


 取り残されたリーシャたちは大人しくフェンリルが戻るのを待った。

 10分ほど経過したくらいで彼はウキウキしながら戻ってきた。


「待たせたな。魔道具が止まってるの、確認してきてやったぜ。それでも心配なら、魔道具の置いてある場所も聞いてきたから周りを映せないように覆っちまうか?」

「……そんなにシャノウさんが見たいの?」

「シャノウ?」

「死竜の名前。名前ないと不便でしょ?」

「なるほど。シャノウって言うんだな。よし、んじゃそのシャノウに会わせてくれ」


 何の迷いもない声だった。

 シャノウが友好的であれば抵抗感を持つことなく紹介できるのだけれど、シャノウは友好とはまさに真反対の思想の持主と言っても過言ではない竜だ。そんな生き物を国の重要人物相手に紹介していいものかと躊躇われた。


「先に言っておくけど、私たち以外の命の保証はできないよ」

「なんでだ? お前が普通に暮らせてんならいけるだろ?」


 得体のしれない竜と対面しようとしているにもかかわらず、あまりにも軽く考えているようなので、リーシャは困ってしまった。果たしてこのままフェンリルとシャノウを対面させても良いのだろうかと。


「えーっとね、私はシャノウさんを操った事なんてないの。シャノウさんが私たちを襲わない理由は、竜王様に言われて仕方なしにって感じだし。人間の事を憎んでるから、召喚した途端にフェンリルに襲い掛かるかもしれない」

「へー、そりゃあ危険だな。まあ、そんくらいでビビりはしねぇけどな。よし、リーシャ。さっそく頼むぜ」


 フェンリルは部屋の鍵をかけた。準備万端のようだ。

 断れるような雰囲気ではなくなり、リーシャは溜め息をついた。


「わかった」


 リーシャはフェンリルに監視と記録の魔道具が置いてある位置を確認すると、土の魔法で覆い隠した。

 全ての魔道具を覆い、テーブルやソファを移動させると、リーシャとフェンリルは距離を取って向かい合った。


「いくよ」

「おう」


 リーシャはカルディスの魔道具に闇の魔力を集め始めた。するとすぐに指輪の石が黒く染まり、黒い光を放ち始めた。

 間もなくして、骨の竜、死竜が姿を現した。


「これが、死竜」


 フェンリルが好奇の目を向けてそうつぶやいた途端、シャノウは頭蓋骨の窪みの中にある赤い光を彼に向けた。

 シャノウはフェンリルのことを認識すると、途端に襲い掛かった。


「フェンリル!」

「うおっ!」


 リーシャが叫んだと同時にフェンリルは咄嗟に剣を抜き、自分に食らいつこうとする死竜の口を止めた。


「マジで、大層なご挨拶だなぁ、おい。シャノウさんよ」

「ガウルゥゥゥゥ……」


 シャノウが襲い掛かる力を弱める気配はない。挨拶どころか本気で殺しにかかっている。


「シャノウさん、やめて! フェンリルは私のと、友達なの!」

「グウゥゥゥゥゥウゥゥ……アウゥゥゥウゥ……ウゥゥゥゥゥ」


 リーシャの言葉を理解したのか、返事をするようにシャノウは唸った。


「そんなことは知らん。手を出すなと言われたのはお前らだけだ。他の人間は殺す。だそうだ」


 ノアが訳すと、フェンリルは命を狙われているのにもかかわらず楽しげだった。


「じゃじゃ馬な竜だなぁ、お前は。いいぜ、あきるまで相手してやるよ!」


 フェンリルはシャノウを押し返すと、すぐに剣を振るった。

 加減などしていない。全力の一撃のようだった。その攻撃をシャノウはギリギリのところでかわした。

 1人と1匹は部屋を破壊しながら戦い続けた。

 研究所の人間からは何をしているのだと思われるほどの騒音を出し続けている。しばらくすると、状況を心配した職員が部屋の前にやってきてしまった。


「あのっ! 大丈夫ですか⁉ 何かありましたか⁉」


 声の主はメルティナだった。

 ドアノブが回されるけれど、フェンリルが鍵を閉めてしまっていたので扉が開かれることはなかった。

 この状況を見られなかったことにリーシャはまず安堵した。


「すみません! 大丈夫です。ちょっと、フェンリルとノアが喧嘩を始めてしまって!」

「おい……」

「しっ! 黙ってて!」


 勝手に騒音の原因にされたノアは不機嫌そうな顔をしていた。

 リーシャも申し訳ないと思いつつも、ノアを生贄として扱う事を止めなかった。その間も激しくぶつかり合う音は続いている。


「本当に大丈夫ですか⁉ 何か壊れるような音も聞こえてるんですけど。止めた方がいいんじゃ‼」

「ほんとに大丈夫です! 危なくなったら本気で止めに入りますし、壊れたものも弁償しますから‼ フェンリルが……」


 メルディナには聞こえないようにフェンリルに責任を押し付けておいた。


 言いだしたのはフェンリルなんだからそれくらいしてもらってもいいよね?


 リーシャが答えると、メルティナは少し考えていたのか黙ると、再度口を開いた。


「わかりました。ほどほどで止めてくださいね。ノアさんといっても、人と竜なので。フェンリル王子が怪我をする前に」

「そう、ですね。2人共まだ平気そうですし、止めて欲しくなさそうなので……」

「……お願いしますよ。あと、せめて壁は破壊しないでください。近くの部屋には大事な機材がたくさんありますから……」

「それは、はい」


 メルティナは渋々といった様子で立ち去ってくれた。

 強行突破してくるような性格でなかったことに安心した。


「たっ、助かったぁ……」

「……リーシャ」

「……あっ」


 今日1番の不機嫌顔したノアが背後に立っていた。

 関係ないのに責任をなすりつけられたのだからこの表情も仕方ない。

 リーシャは冷や汗を浮かべ、ノアを見た。


「シャノウさんの事を言うわけにはいかかなかったから。ごめんね?」

「……わるいと思っているのなら、お前からしてもらおうか」

「するって、何を……?」


 こういうお仕置きじみた言い方をしている時の要求と言えば、なんとなく想像はつく。

 けれどリーシャは、言いづらくてわからないふりをした。


「わからないか?」

「わから、ない」

「口づけだ。頬にでもいい。こんな機会にでも少しずつでも慣らさなければ先に進めないからな」

「先って……」

「わかるだろう?」


 リーシャは赤面した。


 ノアが言う“先”って、番った後の……


 リーシャはわかるもわからないも言えなかった。

 戦う音が響く部屋の中、雰囲気もなにもない。フェンリルもシャノウも戦いに集中し、エリアルも2人の戦う姿に目を奪われている。


「ノア……」


 リーシャは耳を貸してともとれる手招きをした。

 ノアはフッと笑い、リーシャの指示に従う。


「1回だけね」


 リーシャは目を閉じ、唇をノアの頬に押し当てた。


「黙っててよね」

「上等」


 ノアは満足そうに口角を上げ、そしてお返しだとでも言うようにリーシャの頬に唇を触れさせ、離れ際に舌先で撫でていった。


「なっ!」


 驚いて見ると、ノアは舌なめずりをして楽しげな顔をしていた。リーシャは何も言えず、さらに顔を赤らめた。

 すると、フェンリルたちへと視線を向けたノアが口を開いた。


「さて、そろそろあの2人、止めた方がいいんじゃないか?」

「え?」


 気がつくと、フェンリルがボロボロになっていた。


「うわっ! シャノウさん、お願いだから止まって‼ フェンリルも!」


 リーシャの声が届いているのかいないのかわからないけれど、彼らが止まる気配はなかった。

 リーシャは腰につけている袋から植物の種を取り出した。種に向かって多めに魔力を込めるとフェンリルとシャノウに向かって投げつけた。


「芽生えろぉぉ!」


 リーシャの言葉に従い種は即座に芽生え、1人と1匹に向かってツタを伸ばした。


「なんだ⁉」

「グァウ⁉」


 ツタは急成長を遂げ、通常の何倍もの太さでフェンリルとシャノウに巻き付き、動きを止めた。

 けれど、シャノウの方は体を巨大化させるエネルギーで引きちぎろうとしているようで、巻き付いたツタがメキメキという音を立てている。

 このままでは一方的にフェンリルが攻撃を受けてしまうと思ったリーシャはシャノウに駆け寄った。


「シャノウさん! もういいでしょ! これ以上やったら人が来ちゃうから! そしたら、シャノウさんもう指輪から出られなくなっちゃうかもしれないよ!」

「グアァァ!」


 言葉がわからなくても、シャノウが何を思ったかはわかる。


 やめる気は無いってことだよね。


 リーシャはそれならばと、掌をシャノウに向かって突き出した。


「じゃあ、ここからは私が。気が済むまで相手してあげる」

「……グゥゥ」


 リーシャは自分が相手なら止まってくれるのではないかと望みをかけた。もしこのまま敵対行動をとられ、仮にシャノウが全力で向かってきたら、さすがにこの場の人数では手が付けられないだろう。

 けれどそんな心配は不要だった。シャノウはリーシャの望み通り動きを止めた。

 そして大人しくツタに絡まれた体で床に伏せた。


「ありがとう、シャノウさん」

「グウゥゥゥゥ……」


 今シャノウが何を言ったのかわからず、リーシャは首を傾げ、ノアを見た。


「お前のためではない。アイツとの約束のためだ。だそうだ」

「……それでもだよ。シャノウさん」


 リーシャが笑いかけると、シャノウはいつものごとくそっぽをむいた。

 お読みいただきありがとうございます。

 突然いちゃつき始めて書いててびっくりしました。まあいいかと思いつつリーシャとノアの事は放置しましたけど。”始まりの予兆”編もたぶん次回で終われると思います。(続いても残すは2話といったところです)次回でついに100話なので、予定していた通りちょっとしたお話を間に挟んでから、本編? に戻りたいと思います。

 次回更新は、次の日曜日の予定です。

 でわ、また次回!

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