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始まりの予兆 その7‐共有‐

 フェンリルはリーシャの否定する声の大きさに少しだけ驚いていていた。けれどすぐに楽しげな表情に戻り、話を続けた。


「まあまあ、そう荒れんなって。お前が100匹だろうが1000匹だろうが魔物と仲良くなったって、あっち側について人間を襲うわけじゃねぇんなら俺は何も言わねぇから」

「いや、ならないから! さっきから……」

「ん? 待てよ?」

「へ?」


 突然フェンリルは真剣な表情をして考え込み始めた。話の流れからして、思いついたのはろくでもない内容だという予感しかしない。

 フェンリルはリーシャたちにも聞こえる声でつぶやいていた。


「リーシャが魔物側と繋がりを持つっていうのは悪い事ばかりじゃねぇな。こっち側に取り込めるなら、人間を敵対する魔物が減っていいんじゃねぇか? だが、そこまでの知能を持つ魔物がいるかどうかが……」

「あのー、人の話聞いてますかぁ?」


 勝手に1人で話を進めるフェンリルに、リーシャは申し訳なさげに話しかけた。けれどまるで聞こえていないかのように独り言は続いた。

 王子の顔をしていないフェンリルの自由気ままさに、考えを訂正させようとしても無駄だと悟ったリーシャは、諦めて彼からの誤解を受け入れることにした。

 結局フェンリルはリーシャが魔物との繋がりを持つことは特例として許可すべきだと本人の意思を他所に結論付けていた。おそらく今後、国王にその旨を打診しに行くのだろう。


「ってそんなことはどうでもいいんだよ。話を戻すぞ」

「……」


 勝手に話を膨らませたのはフェンリルなのに、まるでリーシャが話を逸らしたような言い草にリーシャの頬が痙攣した。これで苛立たない人間の方が珍しいのではないだろうか。

 とはいえこのまま話を蒸し返しても話は進まない。リーシャは感情を抑え込むために大きく息を吐きだした。


「隠したことはちゃんと伝えたよ。まだ何かあるの?」


 早く話を切り上げたかった。

 まだ伝えていない事実。これ以上誰にも、フェンリルにさえも知られたくない事実をリーシャは抱えていた。このまま会話を続けていたら、その事を見透かされるのではないだろうかと気が気ではなかった。

 リーシャが自身の心臓の鼓動を大きく感じながら次の言葉を待っていると、フェンリルは再び王子としての表情を見せた。


「隠してるとかそういう話はとりあえず置いておこう。優先すべきはその指輪の所有権について話しておきたい」

「所有権……」


 予想していなかった言葉にリーシャは身構えた。

 こういう話が出るという事は、フェンリルはこのままリーシャにカルディスの指輪を持たせておくわけにはいかないと思っているのだろう。

 けれどリーシャとしてもこの指輪を渡すわけにはいかない。竜王から指輪の中にいる死竜、シャノウを預かってほしいと頼まれているのだから。

 リーシャがフェンリルにどうつもりで言っているのか尋ねようと口を開きかけた時、先にノアが口を開いた。


「所有権も何も、これはリーシャが手にした物だ。これはリーシャのものだろう。王子とはいえ、個人の所有物にとやかく言う権利はないと思うが」


 ノアの声には若干の敵意のような感情が混じっているようだった。

 リーシャにはその理由が、リーシャの持ち物を取られそうになっているからだけではないように感じた。

 おそらく、シャノウに対する感情からも来ているのだろう。共に過ごした時間はまだ短いけれど仲間だと認識し、連れ去られるわけにはいかないという意識がわずかながらにも働いているのかもしれない。

 フェンリルはノアが発する空気にも微動だにしなかった。


「それがそうはいかないんだ」

「何故だ?」

「いいか? この魔道具の中にいる魔物は討伐するのにも骨が折れるやつらだ。その指輪自体、危険すぎる代物とも言われてる。回収されたことを限られた人間にしか知らせていないのは盗まれることを避けるため。そして、わざわざ離れた国同士で管理してんのは、大きすぎる力を1つの国に集中させないためだ。その意味、お前ならわかるよな?」


 フェンリルはリーシャの事を見た。ある意味これはリーシャに対する牽制でもあるのだろう。

 問いの答えに予想がついたリーシャは頷いた。


「召喚の魔道具が1人の人間のところに集まらないようにするため、だよね。もし指輪を扱える人のところに集まってしまったら、その人が悪い事をしようとした時止める手段がない。国も同じ。すべてを手にした人間が世界の支配者って言っても過言じゃないよ」

「ああ。そういう事だ」

「それくらいの事はわかってるつもりだよ」


 事情を理解しているリーシャの回答に安心したようで、フェンリルの表情が和らいだ。

 既にこの国がカルディスの指輪を1つ所有しているという事は、新たに見つかったこの指輪はどこかの大国に送らなければならないという事だ。リーシャもその必要性の理解はしている。

 けれどこの指輪に関しては、既にリーシャの一存で所有権を放棄できる状況ではなくなっているのだ。

 リーシャはフェンリルの説得を試みた。


「けどね、フェンリル。私はこの指輪は人に渡すわけにはいかないの」

「それはどういうつもりで言ってる?」

「別に世界の支配者になりたいとかそんなことはこれっぽっちも思ってないよ」

「だろうな。お前がそういうヤツじゃないのはわかってる。だがこの問題は、先に見つけたのが自分だから、この魔道具は自分のものだって言えるような問題じゃねぇんだ。お前の所有欲のために国を危険に曝すわけにはいかないんだ」


 この指輪についてフェンリルに知られるのがあと数か月早ければ、リーシャだって素直に差し出しただろう。

 けれどシャノウとの対面を果たし、竜王に彼の事を託された今、ここでカルディスの指輪を手放すことに同意してしまえば、竜王の信頼を裏切る事になる。それが竜王にバレれば、即竜との戦争になりかねない。国同士での争いよりそちらの方が恐ろしい。

 リーシャは全力で首を横に振った。


「所有欲とかそういう問題じゃないの! その……これは今、私が預かってる状態だから。勝手に人にあげたりはできないの」

「? どういう事だ?」


 フェンリルのカルディスの指輪を確実に回収しようとする意志が揺らいだようだった。眉間に皺を寄せながらもリーシャの事を見ている。


 これは……正直に話した方が良いよね?


 事情が分かればフェンリルはリーシャがカルディスの指輪を所有できるように取り計らってくれるかもしれない。

 闇の魔力を扱えるとバレるのではと懸念を持ちつつも、リーシャは指輪に関する出来事を話す事にした。

 

「……実はね――……」


 リーシャはフェンリルに竜王との約束、死竜になってしまった暗黒竜の話、そしてその死竜がこの指輪の中に捕らわれている事を簡単に説明した。

 フェンリルは興味深そうに、リーシャの話に耳を傾けていた。そして話し終えると、突然フェンリルは頭を抱えた。


「お前さ……なんでそんな大事(おおごと)になるような隠し事ばっかしてんだよ。しかもさっきはもうないみたいな言い方してたくせに。バカじゃねぇの?」

「私だって、好きで増やしてるわけじゃ……」


 知られたくない隠し事をまだ抱えているリーシャの声は小さく、言葉に詰まった。

 その様子を見ていたフェンリルは何か言いたげな顔をした。


「つーことはお前、もう1つ隠してることあるな? わりと重要な事」


 リーシャの心臓が大きく跳ねた。


「な、何?」

「お前、カルディスの指輪の発動条件はわかってるよな?」

「うん……中の召喚獣が持つ、有属性の魔力と同じ属性の、魔力を流し続けること、でしょ?」


 声を絞り出すように問いに答えた。恐れていた事態が目の前に迫っていることを悟ったリーシャの表情は曇っていた。


 ……気がつかないでほしかった……


 リーシャの思いを察したのか、ノアは横からそっとリーシャの力のこもった拳に手を添えた。何も言ってはくれなかったけれど、何があっても味方だと、その動作が語っている。

 フェンリルはリーシャの回答にそうだと頷くと、話を続けた。


「この国で保管している指輪の中にいるのはローインパーズ。召喚するにはこいつが持つ属性の土、風、雷の魔力をある一定の割合で流し続ける必要がある。実際にその条件で召喚に成功したという記述も残ってる。お前が持ってるのもその条件で間違いないか?」

「……うん」

「お前の話を全て信じるとすると、姿形や変異した条件からして死竜ってのは竜であると同時に、死を司るアンデッド系統の生き物の可能性が高い。そうなると死竜の持つ有属性は闇じゃないかと推測される」

「ねぇ、フェンリル……」


 ここまで言われてしまえば、フェンリルが口にしようとしている事とは何なのか、明白だった。

 リーシャの心臓は激しく警鐘を打ち鳴らしている。


 お願い……言わないで。気がつかないふりをして。


 フェンリルは、そんなリーシャの思いを他所に解説を続けた。


「さらに言うと、噂程度の情報しか持ち合わせてないが、死竜になる前の姿、暗黒竜も闇の属性だ」

「……て」

「その魔道具の中にいる竜の属性は闇とみて、ほぼ間違いないだろう」

「……めて」

「つまりそいつを召喚させることに成功したリーシャ、お前も闇の魔力を持っているってことだ」

「やめて!」


 大きな声に驚いたエリアルは、体をびくりとふるわせた。そして心配そうにリーシャの事を見つめた。


「ねぇちゃん……」


 様子がおかしいと気がついているはずなのに、フェンリルは追及を止めはしなかった。


「違うか?」

「……わかっても知らないふりをしてほしかった」

「やっぱそうか……大丈夫だ。俺はこのことを広めるつもりはない」

「じゃあ、なんでわざわざ」

「リーシャ、お前を出来る限り守ってやるためだ」

「守るため?」


 リーシャとフェンリルはほとんど関わりがない。

 それなのに何故わざわざ守ろうというのか、リーシャには理解できなかった。


「言っただろ? お前の隠し事がたとえバレたとしても、俺が先回りして手を打てるかもって」

「うん」

「俺さ、お前の事だけじゃなく、ノアの事もルシアの事もエリアルの事も気に入ってんだよ。実際に会ったのはお前が城に来た時くらいしかねぇけどさ、街でいろいろと噂を聞いて、前から面白そうなやつらがいるなとは思ってたんだ。実際に会ってみてもその考えは変わんなかったし、王子とか関係なしに友達にでもなれたらなって思った。そんなお前が、お前らが窮地に立たされるようなことにはなって欲しくはない。まだ俺の事それほど信用できないかもしれねぇが、俺にも秘密を共有させてほしいんだ」


 フェンリルがまた頭を下げた。

 頭をあげさせなければとは思いつつも、リーシャの口からは別の言葉が出てきた。


「本当に? 本当に秘密にしてくれる?」

「ああ。ただ、さすがに指輪の事は親父に話しとかないとまずいから、それだけは勘弁してくれ。魔力の事はうまくごまかしとく」

「……わかった」


 リーシャは渋々頷いた。

 もう話は終わりだとリーシャが安心していると、フェンリルがなにか迷っているような表情をした。

 何を迷っているのだろうと見ていると、意を決したように口が開かれた。


「あとさ、もう1つ気がついちまったんだけど」

「何?」

「お前の生まれって……」

「……」


 どうやらフェンリルはリーシャが生まれてからずっと隠し続けてきた事も気がついてしまったらしい。

 何がきっかけだったのかはわからない。けれどそれはリーシャと亡くなった母親しか知らない事で間違いなさそうだ。

 リーシャのさらに曇った表情を見たフェンリルは首を横に振った。


「いや、これはお前が本気で隠しておきたいことなんだろうから、これ以上詮索しねぇでおくよ。合ってたとしても、俺らにとっちゃたいした隠し事でもないしな」

 お読みいただきありがとうございました。

 登場人物たちの動きが無さ過ぎて、情景描写を書くのが一苦労です。セリフばかりになるのは嫌なので、一生懸命頭を働かせて1話分を書いています。(疲れた)

 次回更新は次の日曜予定です。

 でわ、また次回!

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