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始まりの予兆 その5‐危険信号‐

 応接室の中には緊張を誘うような空気が充満していた。

 リーシャの隣に座るノアはその空気をものともしない様子。その反対隣りに座るエリアルはというと、いつの間にかソファにもたれかかって眠っていた。

 リーシャの問いに口を開いたのはアルベルトだった。


「まずは竜の活動が活発化している原因を知りたいのですが。リーシャさん、何か思い当たるところはありませんか?」

「原因、ですか……」


 思い当たる事といえば、1つだけあるにはある。

 協力したいとは思う一方、リーシャは竜王から得た情報をこの2人に教えても良いものかとも思い、葛藤に苛まれた。

 リーシャがそんな事を考えて悩むそぶりをしていると、アルベルト王子が続けた。


「この地域一帯に縄張りを持つ竜の姿は、この数百年の間確認されていません。そこへ突然の竜たちの度重なる襲来。何か原因となる事が起こっているとしか考えられません。それを取り除くことさえできれば、この襲来は収まると、私たちは読んでいるのです」

「あの、アルベルト様たちは、襲ってくる竜を滅ぼそうとかは……」


 不安気なリーシャの問いにアルベルトは首を横に振った


「考えていませんよ。その方法は成し遂げられたとしても我々の犠牲が大きすぎます。今この地に集まっている竜の数もわかっていませんし、下手に手を下して竜たちを刺激するのは避けるべきでしょう。平和的に解決できるものならば解決させたいというのが私の考えです」

「そうですか。よかった……」


 竜側の事情もおぼろげながら知っているリーシャとしては、過去の惨劇を辿らせるような事にはなって欲しくなかった。

 リーシャはほっと胸を撫で下ろした。

 

「なーにがよかっただよ。全然よくねぇっつーんだよ。今大損害受けてんのはこの国の民だぞ。民! ことと次第によっちゃあ、1匹ずつ討伐していかねぇとなんねぇんだからな」


 フェンリルの声が割り込んできた。

 そして、彼は深刻そうな顔をすると、両手を膝の上に乗せ、顔の前で組んだ。


「とは言っても、そう簡単に討伐できるような相手でもねぇんだけどな。最近の出動で竜との力の差を思い知らされた。あんなのがわらわらと現れるかもしんねぇと考えると……」

「竜1匹討伐するのにも人間100人以上の戦力がいるからね」

「ああ。正直、昔の人間はよくあいつらを絶滅寸前まで追い詰められたと感心させられる。お前らもよくあんなのを討伐できたよな」

「運が、良かっただけだよ」


 フェンリルが口に出したある言葉に胸がズキリと痛み、リーシャは悲しげな顔で言った。

 その違和感にフェンリルは気がついてしまった。


「どうかしたのか?」

「ううん。なんでもないよ。話を元に戻そ。竜たちが暴れまわってる原因について、だよね」


 リーシャは無理やり笑顔を作った。

 どうせ話さなければならない事なのに、なぜわざわざ話をそらしてしまったのか自分でも不思議だった。

 アルベルトが再び同じ質問をリーシャに問いかけた。


「そうです。リーシャさん、あなたはなにかこの付近で竜を興奮させるような原因となる事に心当たりはありませんか?」

「それは、ですね……」


 2人の王子がリーシャに賭けた思いを汲み、答えようとするけれど言葉が出て来ない。口を開けたり閉じたり、繰り返すだけだった。


 竜側の戦力とか、人間に伝わっちゃダメな事は、竜王様は一切口に出さなかった。フェンリルたちが知りたがっている事は伝えても問題ない。はず。


 そう思うのに、本当にそれを言ってもいいのか、言ってしまう事は竜王の気づかいを無下にすることになるのではないかという思いが働き、どうしても言いだせなかった。

 躊躇うリーシャを見ていられなくなったのか、ノアは後押すような事を口に出した。


「リーシャ。それくらいは言っても問題ないだろう。そもそもアイツも人間側に情報が筒抜けになる事は承知の内。知られてもいい事しか俺たちに話していないはずだ」

「うん。そう、だね……そうだよね」


 リーシャたちの会話に、フェンリルが前のめりになりながらくいついた。


「なんか知ってんのか‼」


 勢いよく机を鳴らすものなので、驚いたリーシャは弾かれたように体を仰け反らせた。そうしてしまうほどフェンリルは今の状況に頭を悩ませているのだろう。

 リーシャは決心し、姿勢を正して頷いた。


「うん。フェンリルたちが知りたがってる原因っていうのはあるにはあるんだけど、それは今の私たちじゃどうすることもできないよ」

「どういう事だ?」

「今竜たちの行動が活発化してる理由の原点が、過去に絶滅に追い込まれる程に仲間を殺されて、自分たちの領土を奪われた事にあるの。その恨みが原因だから取り除くことは無理」

「……それは推測か? そう言い切れる根拠は?」

「あるよ。これまでに別々に会った竜2匹がそう言ってたから。だから間違いないと思う。若い世代の竜が人間に戦いを仕掛けようとしてる、って」


 リーシャがそう答えると、フェンリルは目を見開き、声を張り上げた。


「戦いをって……お前なぁ! そういう重要な事、なんですぐに報告しないんだ!」


 フェンリルの剣幕は、強敵に1人で突っ込んでいこうとするリーシャも一瞬たじろぐほどだった。

 竜が仕掛けてこようとしている事を黙っていたのは良くなかったし、フェンリルが怒りたくなるのもわかる。だからと言ってこんなに怒鳴られるのは納得できなかった。

 リーシャは声を振り絞って言い返した。


「で、できるわけないじゃない! 簡単にこんなことを報告するだなんて!」

「なんでだよ!」

「だって相手は竜なんだよ! ノアたちの事だけでも問題山積みだったのに。初めてその事を聞いたのはまだノアたちの事を隠してた頃だったし、フェンリルと関わりなんてなかったんだよ⁉ そんな報告をして竜側の間者だとか頭おかしいヤツだとか思われるの、嫌だったんだもん! それに今すぐ起こるような言い方じゃなかったから忘れてたの。確信めいたことを教えてもらったのも、わりと最近で……」


 言っているうちにリーシャは徐々に冷静さを取り戻した。

 結局のところ報告せずに忘れていたのも、竜王から聞いた事を誰にも言わずそのままにしていたのも自分の判断による結果だ。こうしてフェンリルたちが訊ねて来なければ、人間は何も知らず滅せられていたかもしれない。

 そう気がついたリーシャの顔色はみるみるうちに悪くなっていった。

 リーシャの俯く様を見ていたフェンリルはバツの悪そうな表情をした。いきなり責め立てるように言った事を後悔したらしい。

 フェンリルは落ち着くため大きく息を吐きだした。


「……怒鳴ってわるかった」

「うん。こっちもごめんなさい」


 フェンリルはソファに座り直すと、腕を組んで渋い顔をした。


「つーか、竜どもはそんな昔の事を今さら引っ張り出してくんのかよ。その頃生きてた人間なんてもういねぇだろ。いい迷惑だってんだ、ったく」


 竜の生態をよく知らない人間の反応としてはそうなるのも仕方ない。

 けれど、長い時を生きる竜にとってはその出来事は遠い昔の出来事といえるほど昔でもない。

 これが寿命の違う生き物の感じ方の違いなのだ。


「竜にとってはそうじゃないんだよ。今でもその頃から生きてる竜はいるから」

「はぁ……そうか。竜は長く生きる生物だったな」

「そうだよ。でも戦おうとしているのはその後に生まれてきた竜たちみたいではあるけどね。広い土地で暮らしたいと思ってるのかもしれない」


 ただ単に復讐しようとしている可能性も非常に高いけれど、もしかしたら自分たちが暮らせる新たな土地を求めているのかもしれない。

 リーシャは後者であってほしいと思った。

 それならば交渉の余地はあるはずだ。


「なあ、そいつらって、今はそれぞれがどこかの狭い土地を縄張りにして暮らしてんのか?」

「詳しくは知らない。けど、竜の国があるってファイと竜王様は言ってたよ」


 突然フェンリルが眉をしかめた。

 また何か余計なことを言ってしまったのかと、リーシャは不安に飲まれ始めた。

 

「どうか、した?」

「国?」

「うん。今竜って1つのところに集まって暮らしてるみたいだよ?」

「ちょっと待て! 群れで暮らしてる? そんなの初耳だぞ⁉ もし今まで言った事が本当なら……」


 フェンリルはアルベルトと顔を見合わせた。


「国……どころか人類が滅ぶ可能性がありますね……」

「ああ。襲ってくる竜は2匹や3匹とか、そんなもんじゃねぇだろうからな」


 リーシャの顔は青ざめた。

 リーシャもやっと気がついた。竜の国から追い出された竜もいるけれど、おそらくこの大陸にいる何十匹もの竜が竜の国に属し、そのすべてが襲い掛かってくるという事。そう考えると相手の戦力の強大さにゾッとした。


「なあお前、竜の戦力がどれくらいとかは聞いてないのか?」

「それは教えてもらってないよ」

「だよな。んな重要なことを言うわけないか」


 フェンリルは横目でアルベルトの事を見た。

 アルベルトはその視線でフェンリルが何を考えているのかわかったらしく、頷いた。


「大陸に住むほぼすべての竜が敵と捉えていた方が良いでしょう。絶滅寸前まで個体数が減ったのは数百年前。その後どれだけの個体数を増やしているかが問題ですね」

「ああ。若い世代ってのは、その時期以降に生まれた竜を指してるんだろう。竜の繁殖能力が低いと言われてはいるが、生物学的にそれを証明しているものは無い。もしかすると竜が長命で個体を増やす必要がなかったからだとか、群れを成さずにそれぞれが縄張り内で生活していたからという理由でそう見えていただけなのかもしんねぇ。多く見積もって考えてた方が良いな」

「ですね。それに今の人間と敵対する動きが過去の恨みからと言うのでしたら、この問題はこの国だけで済む話ではないですね……」


 顔を見合わせたフェンリルとアルベルトは同時に頷いた。事態が事態なだけに、2人の王子の纏う空気は重々しく感じられる。

 そしてすぐにアルベルトは立ち上がった。


「兄上! 私は急ぎ父上に報告し、他国と情報共有を行います」

「頼んだ。ただ、リーシャが今話した内容については、こいつが不利にならないようにうまく話を通しておいてくれ。全て最近知り得た情報ってことで」

「承知しました」


 物々しい雰囲気で状況整理をしていたアルベルトだけれど、リーシャの方を向くと柔らかな笑顔になった。


「すみません、リーシャさん。私はこれで失礼させていただきます。ご助力感謝いたします」

「は、はい」


 アルベルトは一礼すると、急ぎ足で部屋から出て行った。

 残された空間には、未だ重い空気が充満していた。とくに先ほどフェンリルと口論のようになってしまったリーシャは気まずさを感じていた。

 そんな中でフェンリルは口を開いた。


「んで、リーシャさんよぉ。他にもまだ隠してることあるんじゃねぇのか?」

「隠してるって、人聞きの悪いこと言わないでくれる?」

「事実、重要事項隠しまくってたじゃねぇか。聞けば聞くほどゴロゴロ出てきただろうが」


 真実だったので、ぐうの音も出なかった。

 リーシャは申し訳なさげに俯いた。


「……すみませんでした……それで、何が聞きたいのよ」

「お前が知られちゃまずいと思ってること全部だよ。あるなら今ここで白状しろ。後々重大なことが発覚したなんてことになったら、庇いきれねぇかもしれない。今なら裏で俺が手を回しておけるかもしれねぇだろ」


 おそらく闇の魔力についても、フェンリルが白状しろと言っている事柄に当たるだろう。けれどバレてしまい、化け物扱いされるのはまっぴらだった。


「隠してることは……もう、ないかな」


 フェンリルは目を細め、何かを見透かそうとするようにリーシャの事を見つめた。


「ほんとか? 別に竜関係じゃなくてもいいんだぞ?」

「ほんとだよ……」


 あまりにもフェンリルがまっすぐ見つめてくるため、リーシャは思わず視線を泳がせてしまった。


 しまったぁぁぁぁ‼


 これではあると言っているようなもの。実は頭の切れるフェンリルが気づかないわけがないだろう。

 フェンリルのさらに細められた視線が突き刺さり、リーシャの心臓は緊張で鼓動を早くした。


「あるんだな」

「えーっと、その……」

「話せ」


 救いを求めて、リーシャはノアの事を見た。


「ノア……」


 目が合ったノアは即座に首を横に振った。


「諦めて話した方が身のためだ」

「えぇぇ……」


 頼みの綱から見放されたリーシャは肩を落とした。

 お読みいただきありがとうございます。

 今回も解説がいっぱい……セリフ考えるのに疲れました……

 次回更新は次の日曜を予定しています。

 でわ、また次回!

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