始まりの予兆 その3‐2人の王子‐
リーシャは3人のうち、1人の顔には見覚えがあった。
「ようリーシャ!」
「お久しぶりです、フェンリル王子」
その人物はクレドニアムの第2王子、フェンリル・ジュレル・ハイド・クレドニアム。以前王城に呼び出された時に少し話をして以来だ。
リーシャはノアたち竜を王都に出入りさせていた罰として、フェンリルの呼び出しに応じ、彼の指揮する騎士団の遠征に同行しなければならないという事になっている。
本当はこの数か月の間に2回ほどフェンリルからの呼び出しがあったらしい。
けれどリーシャは魔法学校からの講師の依頼など、いろいろな重要な役割をこなしていたため呼び出しには応じることができず、今日久々にフェンリルと顔を合わせる形になったのだ。
そんな事情をきちんと理解してくれているからか、フェンリルは呼び出しに応じられなかった事を咎める様子は無く、親しい相手に向けるような視線をリーシャに向けていた。
「ほんと久々だよな。本来なら遠征に同行してほしかった案件があったし、もっと早く会うはずだったんだけどな。ギルドに使いを出したら、お前講師として別の街の魔法学校に行ってるっていうじゃねぇか。マジかよって思ったぞ」
「その節は申し訳ありませんでした」
特に嫌味を言っているつもりはないようだけれど、国王の指示に背く形になってしまっていたため、リーシャは深々と頭を下げた。器の大きいフェンリルの事なので処罰するなどという事はないだろう。
ただ、リーシャの力が必要だと判断された任務に同行できなかった事で問題が発生していないかと言う不安はあった。
「あの、フェンリル王子」
「なんだ?」
「普段の遠征で私を呼び出すことってほとんどなかったじゃないですか?」
「そうだな。騎士団だけで事足りることがほとんどだからな」
「ってことは、私を連れて行こうとしていた任務って魔法使い不在じゃ厳しい相手だったのではないですか? 大丈夫だったんでしょうか……」
「あー……んーまあ、結果としては平気ではあった。やつらの目的も戦闘ってわけじゃなかったみたいだし」
「そう、なんですね。それならよかった」
同行できなかったせいで負傷者が多数出たと言われなかった事にリーシャは安堵した。
突然フェンリルは不満そうな顔をした。リーシャは気に障るような言動はとっていなかったはずだ。
「あの、フェンリル王子?」
「つーかさ、王子はいらねぇって前に言わなかったか? フェンリルでいいって言ってんだろ? あと敬語もいらね」
「そういえば……う、うん」
リーシャはフェンリルの横にいる上等な衣服を身にまとった美しい男性をちらりと見た。フェンリルが良くても彼の方は無礼だと不快に思うのではないかと心配だった。けれど、今のところそのような素振りはない。
フェンリルはリーシャの回答に満足したようでニカッと笑った。
「よし」
その笑い顔は王族のというよりギルドの仲間のような印象だった。
すると横で話しに入る機会をうかがっていた男性が話に入って来た。どことなくフェンリルに似ているような気がする。
「兄上、無理強いするようなことを言うのは良くないですよ。あなたも一応王族でしょう」
「今のやりとりを見てどこが無理強いしてるように見えたんだよ。リーシャは素直にうんって言ってたろ。お前、耳の医者に診てもらったほうがいいんじゃないのか?」
「私たちが強く口にしたことを国の民が断れるわけないでしょう」
「そんなもんか?」
「そういうものです。兄上のそれは強要ですよ」
彼もフェンリルの奇行には悩まされているのか、皺を寄せた眉間に手を当てた。
兄上という事は彼も王族のようだ。
フェンリルの弟王子はリーシャの方を見ると優しく微笑んだ。
「失礼いたしました。私はアルベルト・ジュレル・ヒューニジア・クレドニアム。この国の第3王子で、この研究所の監査官を任されております。兄上のように無理にとは言いませんが、楽にお話しください」
「はい、ありがとうございます。アルベルト様」
フェンリルとは似ていない、物腰の柔らかな話し方をする王子だ。
リーシャが軽く会釈をするとアルベルトはにっこりと笑った。
「それとですね、こちらの方がグリード・モンハメルド氏。この研究所の所長です」
アルベルトは存在を薄くしていた男性を手で指した。
その男性もメルティナ同様の丸渕メガネをかけていて、まさに彼女の父親だというのがすぐにわかる外見だった。
「はじめまして、リーシャです」
「お噂はかねがね。今日はよろしくお願いしますね」
「は、はい!」
王子たちとのやりとりでやや忘れかけてはいたけれど、今日ここへ赴いた1番の理由は研究の手伝いをするためだ。
自分が何かをするというわけではないけれど、ノアたちの保護者であるリーシャは気を引き締め直した。
するとフェンリルが口を開いた。
「んじゃあ、先にそっちの用事済ませてくれよ。俺らの用事は後でいいから」
「よろしいのですか? フェンリル様方の要件をお先に済ませた方が良いのではないでしょうか。ご公務もあるでしょうし」
「いいからいいから。んで、とっとと終わらせてくれれば問題なし。なぁ、アルベルト」
フェンリルに話を振られた第3王子、アルベルトは穏やかな顔でグリードに視線を向けていた。
「ええ。私たちの事はお気になさらず。急ぐ必要もありませんのでごゆっくりどうぞ」
「お前……なんでそんなに俺の言う事をいちいち否定したがるんだよ」
仲が良いのか悪いのか。
王子たちがそんな内容の言い争いを続け、リーシャとグリードは苦笑いを浮かべた。
フェンリルたちが茶番のようなやり取りを続ける最中、グリードは切り出した。
「それでは、リーシャさん。本題に入らせていただきますね」
「はい。お願いします」
「本日お越しいただいたのはお手紙にも書かせていただきましたが、そちらの方々から検体を採取させていただきたいのと、あとは脳波などの身体的なデータを取らせていただきたいのですが……」
グリードの視線が一瞬ノアたちの方へ向いた。
人の姿をしていてもノアたちは竜。友好的だという噂が流れているとはいえ自分とはかけ離れた存在だ。
そんな彼らから血液を採ったり、謎の機械を装着したりするわけなのだから、警戒されて襲われるのではないかと思うのも無理はないだろう。
「大丈夫ですよ。本人たちも納得した上でついて来ていますので」
ほっとしたのか、グリードの表情が和らいだ。
「それはよかった。以前送っていただいた黒竜や雷竜の遺体も保存状態は良かったのですが、やはり死んだ後の体ですと調べられることも限られていまして……」
「黒竜……あっ……!」
「? どうかされましたか?」
「あー、いえ、なんでもないです。あはは……」
リーシャは心の内を笑ってごまかした。
思わず反応しちゃったけど、その黒竜ってあの時の竜だよね……ノアとエリアルは気づいちゃったかな?
リーシャはノアとエリアルの様子を盗み見た。
丁度その時ノアもリーシャの方を向いたため視線がぶつかってしまった。リーシャが何を考えたのかがわかったらしく、溜め息をつくとリーシャの耳元でささやいた。
「もう昔の話だ。俺自身もはっきり覚えてるわけじゃない。気にするな」
「うん……ノアがそう言うなら……」
本当はリーシャの事を気にしてそう言っているのではないかと心配だった。
けれど、ノアはいつも通りのけだるげな眼を向けていた。エリアルの方はリーシャの視線の意味がわからずきょとんとしている。どうやら心配は杞憂だったようだ。
リーシャの重たい雰囲気を感じ取ったグリードは申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、僕は何かまずいことを言ってしまいましたかね?」
「いえ、その。まずいことは言ってないですよ?」
リーシャが誤魔化そうとしていると、ノアはいつもの猫かぶりの時に見せる顔を貼り付けていた。その顔にリーシャは嫌な予感がした。
「……その黒竜というのが私たち兄弟の母親だった竜、というだけの話です」
予感は的中だった。先ほどの遠回しな内容は聞こえないように小声で話したのに、何故濁すことなく詳細を言ってしまったのだと、リーシャは頭を抱えるように眉間に指を当てた。
ノアの事だ。後からバレて面倒ごとになりそうなことは先に片づけておこうとでも判断したのかもしれない。
グリードの顔からサーっと血の気が引いた。
「⁉ す、すみません! まさかあなた方のお母様だったとは、知らなかったこととはいえ……!」
ノアの愛想笑いが、怒りを抑えている笑顔にでも見えたのだろう。
グリードは慌てて深々と頭を下げた。
思いがけずとはいえ、所長と言う立場の人間に謝罪させるきっかけを作ってしまったリーシャの方も慌てていた。
「あの、大丈夫ですから! ノアも気にしていないって言ってますから頭を上げてください!」
「で、でも自分の親を殺されて平然としていられるわけが……僕には絶対に無理です!」
「いやいや、討伐したの私ですから! 人間恨んでたら真っ先に殺されるの私ですから!」
「あっ。そ、それもそうですね。リーシャさんがこうして生きてらっしゃるのなら僕たちが襲われることはないですよね」
グリードはようやく落ち着きを取り戻し、眉を下げて微笑んだ。
その会話を耳ざとく拾った人物がいた。もう少し言い合いを続けてくれればよかったのにと思わずにはいられない人物だ。
「ってことはお前ら、親の敵に惚れてんのか! マジかよ! しっ、しかも、よりにもよって、こんなおこちゃまを? ギャハハハハ!」
「兄上……そのように笑うなど、失礼ですし、はしたないですよ……」
この場にいたほとんどがフェンリルの大爆笑に呆れて言葉を失った。本当にこの男性がこの国の王子の1人なのだろうかと疑いたくなっていた事だろう。
そんな中、リーシャをけなされたことに腹を立てたノアとエリアルはフェンリルの事を睨みつけた。殺気が目に見えるような気さえしてくる。
「フェンリル……」
ノアが冷ややかな声で彼の名を呟いたけれど、全く動じる様子はなかった。笑いをこらえるのに必死のようだ。
「わっ、わるいわるい。つかノア、お前猫被るの忘れちまってるぞー。ほんとお前、リーシャ絡むと冷静さなくなるんだな」
「……」
「黙ったってことはちゃんと自覚はあるんだな。気を付けねぇといざって時に後れを取っちまうぞ?」
ノアまでもフェンリルのマイペースさに調子を崩され口を閉じてしまった。図星を刺されたのが歯がゆいようで眉間に皺が寄っている。
普段は能天気のように振る舞っているフェンリルだけれど、実際は切れ者だという事はわかっていた。彼は広く情報を得て、的確に処理をする事に長けている。
けれどこの時のリーシャは、フェンリルがまさか苛立つノアを一瞬で黙らせる事が出来るとは思っていなかった。
ノアはフェンリルの大笑いを聞き流そうとするかのように、ふぅと息を吐いた。そしてグリードの方を向いた。
「1つお聞きしたいのですが良いでしょうか?」
「なっ、なんでしょう」
グリードの体はビクついていた。直接会話をするのはまだ緊張するようだ。今すぐに逃げ出してしまいたそうにしている。
ノアはそんなことなど気にする様子は無く、淡々とグリードに問いかけた。
「以前こちらに運ばれた黒竜の遺体と私たちに血の繋がりがあるか確認できますか?」
「それは、できますよ」
「でしたら調べていただいてよろしいですか?」
誰も予想していなかった問いに、この場にいた全員が疑問を浮かべた。リーシャも、何故そのようなことを聞くのか全く見当がつかなかった。
「ノア、急にどうしたの?」
突然ノアの表情に影が差した。
「ずっと気になっていたんだ。状況的にリーシャが討伐したというのは俺たちの母だ。気持ちも、そういう事だろうと既に整理はつけている。が、やはり実際に討伐されるところも、体を回収されるところも見ていたわけではないから、もしかすると未だに俺たちの事を探し回っているのではないかと考えてしまう事があるんだ」
「ノア……」
先ほどグリードに以前運ばれた黒竜が自分の母親だと申告したのは、その竜との繋がりを調べて欲しかったからなのだろう。
哀愁の漂うノアの横顔に、リーシャまで悲しくなった。あの黒竜にとどめを刺したのは自分だというのに。
グリードもノアの気持ちに心を痛めたのだろう。体から緊張は剥がれ落ちていた。
「わかりました。調べてみましょう。結果はおそらく今日中に出ると思いますよ」
「……ありがとう」
力なく微笑み感謝を述べたノアの顔は、どこか結果を知るのを恐れているようだった。
お読みいただきありがとうございます。
結局更新は1週間空きになってしまいました……書いた部分を修正したりといろいろやっていたので全然進みませんでした。ストックもないので不用意なことは言わず、次回更新は次の日曜日ですとお伝えしておきます。
でわ、また次回!




