死竜と黒竜の兄弟
※死竜が人語を話しているように書いていますが、実際には話してはいません。竜語を訳しただけです。
死竜という住竜が増えたため、リーシャは魔法を駆使して家の増築を行った。
新たに造られた1室丸々が死竜専用のスペースだ。リーシャと関わらないようにしているのか、死竜は日がな1日その部屋で眠って過ごしている。
死竜はルシアとエリアルによって不本意ながらもシャノウという名前を与えられた。名前というものにこだわりがあるわけではなかったようで、シャノウはその名前を一応受け入れている様子だ。
「グァァァァフ……」
シャノウがリーシャたちの住む家に居ついて数日後の事。寝るのに飽きてきたシャノウは大きなあくびをすると、ノソノソと部屋の外へと歩み出た。人間の話し声は聞こえてはこないけれど、いくつかの物音がしている。
シャノウは暇つぶしがてら、散策の続きをするかと廊下を歩き始めた。
シャノウが暗黒竜だった頃、住処にしていた場所があった。ただそれはただの洞穴であり、人間の住処のような入り組んだ造りの住処で過ごしたことはない。だからシャノウにとって、この家を見て回るのは密かな楽しみになっていた。
収納スペースらしき場所を漁ればよくわからないものが出て来るし、触れば勝手に動き出すものまである。興味を惹かないわけがなかった。
けれどそんなことを口に出してしまえば騒がしいあの黒竜の兄弟たちに絡まれる可能性がある。なのでそんなことは口が裂けても言えなかった。
シャノウは近くの部屋にいる何者かの気配を感じた。
気配のする部屋を探り当てると中を覗き込んだ。
そこではノアが読書をしていた。
「おい、小僧」
「何か用か?」
ノアは振り返ることをせず、本に視線を落としたままシャノウの呼びかけに応えた。
自分より短い時間しか生きていない相手にそんなぞんざいな態度を取られ、プライドの高いシャノウが苛立たないわけがなかった。
「貴様、目上の相手に向かってその態度はなんだ」
同じくノアも比較的プライドの高い竜だ。
自分の立場がシャノウよりも劣っているとは一切思っていないようで、見下すような視線だけシャノウに向けた。
「そっちこそ、どの口がそんなことを言っている。ここは俺たちの縄張りだ。居候の分際で偉そうにするな」
力はシャノウの方が上ではあるけれど、今はリーシャの支配下にあるようなもの。
リーシャの計らいで指輪に引き戻されず、外の世界で生活していられるような状態だ。
そして人の姿をまねている黒竜の子供たちはシャノウの主人の特別な存在。そして友との約束もあり、苛立ったからという理由だけでノアに手を出すわけにはいかなかった。
「ちっ」
「わかればいい」
「あいつからの言いつけさえなければ貴様らなどねじ伏せることができるというのに」
「残念だったな。で、俺に何か用か?」
退屈しのぎに声をかけただけだった。
とくに用があったわけではないけれど、馬鹿正直にそれを言えばノアがまた見下すような視線を向けてくるのは目に見えていた。シャノウならば間違いなくそうするからだ。
なのでシャノウはこの際だと、ずっと引っかかっていた違和感について聞いてみることにした。
「何故貴様らは人間の娘などにかしずいている? 憎いとは思わんのか?」
「憎い? 何故?」
ノアは言っている意味が全く分からないという表情をしていた。まるで人間に対してそんな感情を持ったことはないと言っているようだ。
逆にシャノウにとっては、今の質問でノアにそんな表情をされた意味がわからなかった。
「人間は我ら竜族を最果てに追いやった種族だそ? 己らの欲のために我らの縄張りを荒らし、住む地を奪った。憎くて当然だろう」
「ああ、そういう事か」
ノアの難しいことでも考えるように寄っていた眉間の皺が伸ばされた。目からウロコだったというところなのだろう。
しかしノアは、理解はしたけれどその考えが理解しがたいといった様子で続けた。
「別に俺たちはお前たちとは違って人間を憎いなどとは思っていない。というよりそんなことに興味も無い。そもそも縄張り争いなんて竜同士でもやっている事だろう。相手が竜ではなく人間だったからというだけで人間全般を恨むのはお門違いというものだ。竜族だって人間やら他の魔族やらの縄張りを奪って自身の縄張りを増やしてきたんじゃないのか?」
「だが我らは1度、それで全滅寸前まで追いやられた」
「そんな事俺が知ったことではない。そもそも俺たちは親以外の竜に仲間扱いされたことが無いんでな。弟たちにいたっては親すらも覚えていないだろう」
シャノウはあまりにも自身と考え方の違うノアに対し、本当にこいつは同胞なのかという感情が湧いてきた。
そして、人間を恨む気持ちが無いことも理解できないが、もう1つ余計に理解できないこともあった。
「では何故甲斐甲斐しくあの娘の世話をしている? わざわざ別種族の世話をしている意味がわからん」
「愚問だな。リーシャは俺たちの番になる、守るべき存在だからだ」
「……冗談だろう?」
「いや? 本気だが何か問題でもあるか?」
ノアのさも当然のような態度に、ますますシャノウは意味がわからなくなった。
挙句の果てには、ノアのあまりの堂々とした態度にシャノウの方がおかしなことを言っているのかと思えてくる始末だ。
シャノウは頭を左右に振った。
「わからんな。たかだか人間の小娘にそのように思入れがあるなど」
「別にあんたにわかってもらう必要はないし、わかってほしいとも思っていないから安心しろ」
ノアは再び本と向き合い始めた。
「生意気なガキだな」
「それはどうも。他に用が無いなら出て行け。読書の邪魔だ」
「ちっ」
気に食わないガキだと感じながらシャノウはノアの元を後にした。
家の中を歩いていると、今度はどこからかカリカリと何かをひっかくような小さな音が聞こえてきた。
音の聞こえてくる場所を目指すと、今度は黙々とペンを動かしているルシアを見つけた。ルシアもシャノウの気配を感じたからかふと顔を上げた。
「ん? シャノウのおっさん? 何か用か?」
「何をしている?」
「魔道具作るための練習だよ。魔道具動かすための模様を描く練習してんだ」
「何故人間の真似事をしている?」
「んー、魔道具ってのが面白いからってのもあるけど、魔道具について勉強したら、リーシャの力になってやれることが出てくるかもしれないからな。それに魔道具の話してるとリーシャが楽しそうにしてくれるのが嬉しいんだ」
「貴様もあの娘を番にしようと思っているのか?」
「も?」
ルシアの眉間にしわが寄った。雰囲気もどことなく冷めたような気配がある。
シャノウは直感的に誤解を与えた可能性を読み取った。
「長髪の坊主が言っていた」
「ああ、兄貴か。まぁ、そりゃあな」
番にしようとしている相手がノアだと口にした瞬間、ルシアの雰囲気が元の飄々とした雰囲気に戻った。やはりシャノウがリーシャを番にしようとしていると誤解したようだ。
シャノウには、何故兄弟そろって人間を大切にしようとしているのか全く理解できなかった。
「あの娘の何がいいんだ? たかだか人間の小娘だろ? 人間は俺たち竜族を地の果てに追いやった種族だぞ?」
ルシアは腕を組んで悩み始めた。
「んー、正直言うとそういった話は興味ねぇんだよなぁ。別に俺ら自身が被害受けたわけじゃねぇし」
シャノウはムッとした。
シャノウが眠りについてから数百年の時が過ぎている。その間に価値観はこうも変わるのかと思い、嘆かわしい気持ちが沸き上がっていた。
「兄弟そろって同じことを……お前らには竜としての誇りはないのか?」
呆れたようなシャノウの言い方に、ルシアは何故そんな事を言うのかというような表情をした。けれど、すぐに笑顔を作り飄々とした態度に戻った。
「そんな誇りとか、なくても別に困らねぇしなぁ。まぁ、それを持ってることを否定するつもりはねぇけどさ、俺らがその誇りを持ってたとしてもリーシャと暮らしていくのに邪魔になるだけだし。俺らにとっての誇りつったら、そうだな、リーシャに認めてもらえてるってことだからな」
「……やはりわからんな」
シャノウは自分の頭がおかしくなる前に退散しようと思い、扉の方へトボトボと歩いて行った。
「もう話いいのか?」
「かまわん。ただの暇つぶしだからな」
「ん。わかった」
ルシアの手元から再びカリカリという音が聞こえ始めた。
やはり人の真似事をする竜の子供の考えることは謎しかない。
シャノウが部屋に戻ろうとすると、今まで訪れた部屋とは別の部屋から物音が聞こえ始めた。何かを切るようにトントントントンと、一定のリズムを刻んでいる。
その音はどうやらダイニングの方から響いているようだ。
覗いてみるとエリアルがキッチンに立って何かを作っていた。時間帯的に、夕飯の下ごしらえをしているといったところだろう。
ダイニングテーブルではリーシャがうつ伏せになって眠っていた。
シャノウは料理をするエリアルのへ行き、手元を覗き込んだ。今日の夕飯は凝った肉料理のようだ。
「どうしたの? シャノウのおじちゃん」
特に用という用はない。
けれどこの際だと思い、エリアルにも兄たち2人に聞いたようにリーシャの事を聞いてみることにした。
「貴様はあの娘の事をどう思っているのだ?」
「リーシャねえちゃんのこと? 僕、ねえちゃんだぁい好きだよ! 優しいし強いし!」
兄2人と同じような反応。
既にどういう返事が返ってくるかは予想がついていたけれど、さらに質問をぶつけてみた。
「人間が憎いとは思わんのか?」
「なんで? 人間だっていい人いっぱいいるよ。怖くて嫌いな人もいたりするけど、皆が皆怖かったり、悪い人ってわけでもないし。人間皆を嫌いになるわけないじゃん」
やはり似たような回答だった。これが世代の差なのだろうかと、シャノウは複雑に思った。
エリアルはニコニコしながら続けた。
「ねぇちゃんへの大好きとはちょっと違うけど、シルバーにいちゃんとかフェンリルのにいちゃんとかも好きだよ!」
「? だれだ?」
「シルバーにいちゃんはねえちゃんの友達だよ。フェンリルのにいちゃんは――……」
想定外の長話が始まってしまった。
さすがのシャノウも純粋無垢なエリアルに邪険な態度をとることができず、しぶしぶエリアルの長話に付き合う羽目になった。
言っている事がちぐはぐな事も多く、よくは理解はできなかった。けれど、シャノウは大人しくエリアルの語りをひたすら聞いていた。
「あっ! そう言えば僕ご飯作ってる途中だった! おじちゃん、お話はまた後でね!」
エリアルは自身が夕飯の下準備をしていたことを唐突に思い出し、再びキッチンの方を向いた。食事を作ることが好きなようで鼻歌を歌っている。
シャノウはよくわからない長話が終わった事にほっとした。
自室に戻ろうと振り向くと、未だに眠っているリーシャの存在を思い出した。
世代というよりも、コイツの影響なのか?
シャノウが近づくと、気配を察したのかリーシャは目を覚ました。
「ふぁ? シャノウさん? どうしたんですか?」
寝起きとは言え、あまりの間抜けな声。
それはシャノウが思う人間像から大きくかけ離れるものだった。
じっとリーシャを見つめるシャノウの様子に、リーシャは見当違いな事を頭に浮かべたようだった。いきなり、そうだと言いたげに手を叩いた。
「あ、もしかしてお腹すきました? ちょっと待っててくださいね、棚におやつが……って、シャノウさん?」
黒竜の子供たちがリーシャに何故好意を向けているのか、結局そのことについては理解できなかった。とくにリーシャに対して魅力というものを感じることができなかったからだ。
けれど、リーシャが死竜の姿を見て怖がったり嫌がったりしないという点に関してのみは好感を持てる。
思うところがなくなったわけではないけれど、シャノウは自身を死竜に変え、檻に閉じ込めた人間とリーシャを一括りにはすべきではないのかもしれないと密かに感じたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
とりあえず、次回更新は日曜を予定しています。頑張らねば……
でわ、また次回!




