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初クエスト その2‐Sランク‐

「おい坊主! 腕で振り回してるだけじゃ、切れるものも切れねぇぞ!」


 リーシャとノア、そしてシルバーはクエストのために、シャレット大森林にやってきていた。

 選んだクエストはEランクのもので、この地に生息するシャレットロンバーという魔物の毛皮を、20枚ほど集めてくることだった。

 ちょうど今、ノアはシャレットロンバーと交戦中だ。

 相手はノアの身長の半分くらいの大きさで、的としては小さくはない。実際、剣を振り回しているだけのようなノアの攻撃ですら、数回に1度は当たっていた。

 ただ、シャレットロンバーは皮膚が厚いため、力が十分にのっていないノアの剣では、さほどダメージを与えられてはいなかった。


「ちっ! いいかげん、倒されろ!」


 攻撃は当たっているのに全く動きが鈍らない相手に、ノアは苛立ちを覚えていた。動きにも苛立ちが現れ始め、どんどん隙ができている。

 少し離れた場所ではシルバーはリーシャと2人、草むらに隠れ、ノアの戦う様子を見守っていた。この戦闘ではシルバーは口出しをするつもりはなかったようだけれど、さすがに雑になってきた動きに口を挟まずにはいられなくなったらしい。


「何やってんだか……おい、ノア! 振り方が雑になってんぞ! そんなんじゃ……」


 シルバーは攻撃が隙だらけになっていることを知らせようと叫んだけれど、シャレットロンバーもこのチャンスを見逃してはいなかった。

 どんなに知能が低いと言われる魔物でも、身を守るためくらいの知性はある。

 苛立ちによりできた隙を感じ取り、ノアの攻撃をかわした次の瞬間、カウンターで頭突きをくりだしてきた。

 ノアはそのカウンターに気づいたものの防ぐ行動が間に合わず、腹部にもろに食らってしまった。勢いに負け、そのまま尻もちをついた。

 その隙にシャレットロンバーは森の奥へと急いで消えて行った。

 戦闘が終わりを迎えると、リーシャとシルバーは草むらから出てノアの側へと向かった。


「あーあ、行っちまったな。まあ、あれだな。ノアはまず素振りをしっかりとやったほうがいいな。苛立って振りがあそこまで雑になるのは、体に動きが染みついてないからだろ」

「……」


 標的を逃がしたのがよほど悔しかったようで、ノアは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

 ノアは溜め息をつくとすぐに立ち上がり、手から離れてしまっていた剣を腰にしまった。そして、服についた泥を払い落としはじめた。

 まだ汚れを落とし切れていないうちに、ノアは何故かいきなりピタリと動きを止めた。その瞳はある方向を凝視している。

 リーシャは不思議に思い、ノアの向く方角を向いた。けれど特に何もない。


「どうかした?」

「……地が揺れている」

「え? 揺れてる?」


 リーシャとシルバーは、呼吸すらも止めて地面の動きに集中した。ノアの言うような揺れなど感じられない。不思議に思った2人は目を合わせた。

 けれどノアの感覚は正しかったとすぐに証明されることとなった。森の奥からズシンズシンと地響きがしはじめたのだ。

 その揺れは、揺れの主がだんだんとこちらに近づいているように、大きくなっている。


「……なんだ?」


 シルバーが疑問をこぼした。

 この揺れの大きさからしてかなり巨大な生き物が動いているのはわかる。この森に住む巨大な生き物。リーシャにはここまで地響きをさせることのできる動物や魔物はすぐには思い当たらなかった。


「わからない。ただ、巨大な生き物が近づいているってくらいしか……」

「逃げるか?」

「場合によっては討伐した方がいいと思う。この森、戦うのに慣れてない人たちがよく来てるし。しばらく様子を見てみよ」


 リーシャたちが木陰に隠れて辺りを警戒して見ていると、ちらほらと動物や小型の魔物が音と逆の方向へと走り去っていく姿が見え始めた。

 大きな揺れもかなり近づいている。

 息を殺して様子を窺い続けていると突然、リーシャたちの近くを走り去っていく1頭の鹿めがけて、ピンク色の、細長い棒のようなものが伸びていった。その棒は鹿を貫き、元来た方へと鹿を引きずっていく。

 この光景を見たリーシャは、地響きの正体に目星をつけた。


「こっちに向かってるのは、おそらくガルマイドね」

「俺も同意見だ」


 シルバーとの意見も合致した。ほぼ間違いないだろう。

 ガルマイドを知らないノアは、リーシャに尋ねた。


「ガルマイドとはいったい」

「私たちより数十倍大きい、カエルみたいな魔物よ。カエルはわかるよね? 普段は池の底の土の中で眠ってるんだけど、時々陸に上がってきて暴食するの。ほんとに滅多にないことなんだけどね」


 放っておいても問題はないが、出会ったからには討伐しておいた方が良いだろう。

 ガルマイドの盗伐クエストは最低でもSランク。

 もしこの森で低ランクのクエストに挑んでいる人間が出会ってしなったらひとたまりもない。

 リーシャ1人でもどうにか倒せるだろうが、この場にはシルバーがいる。協力を得るのが賢明だろう。


「シルバー」


 シルバーは頷いた。


「わかってる。倒すんだろ? ヤツから取れるもんはそれなりに金にもなるし、協力するぜ」


 最後まで言わなくとも考えを読み取ってくれるし、どんな相手だろうと立ち向かってくれる。もちろん信頼できる剣の腕も持っている。これほど心強い味方はそういない。

 シルバーが協力してくれるなら、確実に仕留められるとリーシャは確信した。


「ありがとう。それじゃあ、サポートをお願い」

「おう、任せとけ」


 リーシャとシルバーは、先ほど鹿が引きずられてできた跡の上に立った。

 振動は徐々に、さらに大きくなっている。

 揺れが止まった。


「来る!」


 リーシャが叫んだ次の瞬間、かなりの勢いで先ほどのピンク色の物体が向かってきた。

 それをシルバーが剣ではじき、その物体を辿って本体がある方へと走り出した。


「リーシャ!」

「うん!」


 リーシャもシルバーの後を追ってガルマイドの元へと向かった。





 ガルマイドの魔力の主な属性は水属性だ。けれど土属性の特性も併せ持っている特殊な魔物でもある。

 通常の魔法使いに扱える魔法の中で水属性に有効な属性は雷属性だが、土の魔力を併せ持つガルマイドにはほとんど効果が無い。

 さらには土属性に有効な魔法は水属性の魔法なのだが、ガルマイドのそもそもの魔力の属性が水なので効果は無い。

 つまりは一般的に魔法使いにとってガルマイドは天敵なのだ。

 だが、リーシャにとっては違った。

 魔法を研究することが好きなリーシャは、ガルマイドに有効な魔法を見つけ出し、習得していた。


 ピンク色の物体の本体が見えてきた。

 そこにいたのはリーシャたちの予想通り陸地に上がって来ていた巨大なガルマイドだった。ピンク色の棒というのはガルマイドの舌で、リーシャたちが辿り着いたと同時に舌はガルマイドの口の中へと納まった。


「シルバー! あいつの気を引いて!」

「まかせとけっ!」


 シルバーはガルマイドに向かって切りかかった。

 皮膚が厚く、体がヌメヌメしているガルマイドにはシルバーの攻撃は効いていないけれど、気を逸らすことには成功している。

 リーシャは腰につけている袋から植物の種を取り出し、魔力を込め始めた。


「あいつの体を糧に成長しなさい!」


 種を宙に撒くと、風魔法を使って種をガルマイドの方へ吹き飛ばした。


「芽生えろ!」


 ガルマイドの体に張り付いた種から瞬時に芽が出てツタが伸びた。

 そのツタはガルマイドを締め付け、その体から養分を吸い取りながら成長し、地面へ新たな根を生やした。

 植物は土の養分と水で成長する。ガルマイドの体はその条件を十分に満たしている。

 リーシャはそこに目をつけ、植物の種に魔力を送り、成長や動きをコントロールする魔法を生み出したのだ。

 けれど、ガルマイドも大人しく締められ続けてくれるわけもない。植物の拘束から逃れようと必死にもがき続けている。

 シルバーも少しでも早くガルマイドを大人しくさせるため、ツタを切らないように剣で攻撃を続けた。

 突然ガルマイドがリーシャの方へ向けて口を開いた。中からピンク色の物体が覗いている。


 攻撃が来る!


 リーシャはガルマイドの口が開いた瞬間、すぐにかわす体勢に入った。そのためか余裕をもって避けることができた。

 けれど、なんとなく違和感もあった。

 その答えを求めてリーシャは伸びた舌の軌道を見た。その軌道はリーシャの立っていた位置から若干ズレているように感じた。

 そして舌の向かう先を見て気づいた。


「ノア‼」


 その軌道の先には木の陰に隠れているノアがいた。

 ノアも自分が狙われたことにすぐに気づき、どうにか逃れることに成功した。

 目標を捕らえられなかった舌は複数の木を貫いていく。


「よかった……」


 ほっとしたのもつかの間。

 ノアの危機に意識が向いたことで魔法への意識が途切れ、ガルマイドを捕らえていたツタが緩んでしまった。

 ガルマイドはツタを引きちぎって起き上がると、リーシャに向かって飛び跳ね、手を振りかざした。

 リーシャはその手に弾かれ、勢いよく木に激突。その衝撃で気を失った。

 動かなくなった相手にとどめを刺そうと、ガルマイドは舌をリーシャめがけて伸ばした。


「リーシャァ‼」


 舌が届くよりも先にノアが飛びついた。リーシャを抱えると、飛びついた勢いを使って地面を滑り、攻撃を逃れた。

 ノアは腕の中でぐったりしているリーシャを見て血相を変えた。


「リーシャ! しっかりしろ! おい!」

「ん……」


 ノアの必死な呼びかけで、リーシャは意識を取り戻した。


「よかった……生きて……」


 状況を把握できずにいたシルバーが叫んだ。


「おい、ノア! リーシャは大丈夫か!」

「大丈夫だ。意識はある。そいつをどうにか足止めしてくれ」


 いつもの傲慢な口調にもどっていたが、そんなことを気にする余裕など誰にもなかった。

 リーシャは目を開いた。始めこそぼんやりとした視界だったけれど、すぐに心配そうに見下ろすノアの顔がはっきりと見えてきた。


「リーシャ、俺がわかるか?」

「ノア……でしょ」

「よかった」

「ふふっ……初めてノアのそんな顔見た。いっつも無表情なのに」


 見上げた先にある顔は、苦しそうだが嬉しそうに微笑んでいるようにも見えた。


「俺のことを何だと思ってるんだ」


 ノアは複雑そうな顔をした。

 こんなに表情をくるくる変えるノアは新鮮で、リーシャは少し意地悪をしてみたくなった。


「意地悪なお兄ちゃん?」

「兄か。俺はお前に育てられたんだがな」

「それもそうだね」


 こんな会話をしている場合ではないのに、ノアの滅多に見られない表情を見られ気が緩んでしまっていた。


「……すまなかった。俺がきちんと隠れてさえいれば……怪我は大丈夫か?」

「うん、へいき、っ……!」


 起き上がろうとすると腹部と背中に激痛が走った。


「……すまない」

「ちょっ‼」


 ノアは先に謝るとリーシャの背中側の服をめくり上げた。

 背中には大きな痣ができ、ところどころ出血もしていた。あばらの骨もいくらか折れているのかもしれない。

 ノアはリーシャの痛々しい状態を見たことで頭に血が上ってしまったらしい。体の内側から焼けていくような熱を感じていた。


「よくも……俺の可愛いリーシャを……」

「ノ、ノア?」


 ノアはリーシャをゆっくりと木に寄りかからせると立ち上がり、ガルマイドの方へフラフラと近づいて行った。


「だめ、行っちゃ! ノアが怪我しちゃう!」


 その声に、ガルマイドを足止めしていたシルバーも、ノアが近づいていることに気づいた。


「あのバカ……近づくんじゃねぇ! 下がれノア!」


 2人の声はノアには届いていなかった。ガルマイドとの距離は近づいていく。

 ノアがぴたりと足を止めると、風が足元から渦を巻くように流れ出した。


「よくも俺のリーシャを‼」


 ノアが叫んだ途端巻き上げる風は激しさを増し、背中から2つの黒い翼が服を突き破って現れた。手は爪が鋭くとがり、黒い鱗が生え、口からのぞく歯は噛みつけば肉を貫けるほど鋭くなっていった。

 その現れた部分はまるで竜のもののようだった。

 その瞬間リーシャの中でノアたちを疑う気持ちは消え去った。


「ノ、ノア? あなた、本当にあのノアなの?」


 部分的に竜の姿を取り戻したノアは、地面を土煙がたつほど強く蹴ってガルマイドに向かって跳び上がった。


「消えろ」


 ノアは鋭い爪でガルマイドの肉を切り裂いた。

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