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魔道具技師への道 その6‐それぞれの苦悩‐

 扉が閉められてからしばらくの間、部屋の中に何とも言えない気まずい空気が流れた。

 そんな中、ディフェルドが口を開いた。


「……すまなかった。不快にさせるようなこと言っちまったよな」

「いや、別にそこは気にしてねぇよ。むしろ助かった。女の好みについてとか訳の分からない事聞いて来るし、作業の邪魔だから離れようとしても寄ってくるしで困ってたんだ。ああやってベタベタされると鬱陶しいだけなんだよな」


 さんざんな事を言われた当の本人は何事もなく涼しい顔をしていた。けれどそんな態度がまずかったようだ。


「へぇ。それは俺の娘が気に入らないっていうことか?」


 さっきまでルシアとの交際を大反対していたにもかかわらず、ディフェルドはムスッとし、ルシアを見る目も据わっていた。あれこれ言うのは娘が可愛くて、心から大切にしているから。彼も親バカの1人なのだ。

 その目を見たルシアは自分の発言が失言だったとなんとなく悟ったらしく、気まずそうに頬を掻いた。


「あー……その。ほら俺、今はこれだけど人間じゃねぇだろ? だから人間の女に対してどうこう思わねぇっていうかぁ……」

「嬢ちゃんも人間だろう?」


 リーシャの事が話題に上がるや否や、ルシアの顔がキリッとした。


「リーシャは別格だ。うまくは言えないんだけど、人間とか竜とか気にならないくらい好きなんだよ。俺らの事を真剣に考えてくれるし、優しいし、強ぇし、頭良いし。あと、俺らの好きだって気持ち察してくれない鈍いとこもなんか可愛いと思うんだ」

「……なんだそりゃ」


 真面目な顔でのろけ話をするルシアに、ディフェルドはクククッと笑った。娘を煙たがられたのは本当に不愉快に感じていたのだろうけれど、本気で怒っていたわけではないようだ。

 笑いが止むと気の良さそうな男性に戻っていた。


「ちなみにだが、ティアに好みを聞かれたんだろう? 兄ちゃんは何て答えたんだ?」

「当然、リーシャだ」

「……それは好みというより、好きな相手だろ?」

「? 何が違うんだ?」


 違いが理解できず眉を顰めるルシアの姿に、ディフェルドは苦笑いを浮かべた。


「ま、まぁ別にそれはそれでいいんだけどな。兄ちゃんがどれだけ嬢ちゃんのことを気に入ってるのかは分かった。ところで、嬢ちゃんの方は大丈夫か? さっきから俯いて話に入ってこないけど」

「あっ、そういえばそうだな」


 ルシアとディフェルドはリーシャに視線を向けた。

 通常運転のリーシャなら、目の前でこんな話をしていたらルシアの口を押えてでも黙らせようと行動するはずだ。それなのに2人の会話に一切反応していなかった。今のリーシャの精神状態がそれどころではなかったからだ。

 ルシアもはっきりとした事はわからないまでも、リーシャの様子がおかしいことにすぐに気がつき、腰を屈めて顔を覗き込んだ。


「大丈夫か? 調子悪くなったんなら今日はもう帰……るっ! いきな、りっ! いてっ!」


 リーシャは俯いたままルシアのことを力いっぱいに叩き始めた。

 やっと顔を上げたリーシャはキッとした顔をしていて、目には涙が溜まっていた。赤く頬を染め、うるんだ瞳でルシアを睨みつけている。


「ひ、人前でキ、キスするなんて! しかも、あんな……しかもストロネシアさんを諦めさせるためだけに‼」


 リーシャはルシアを叩き続けた。

 軽い口づけをされただけでも恥ずかしくて居たたまれないのに、人前であんなにも濃厚な口づけを無理やりされ、どう感情を抑え込んでいいのかがわからなかった。しかもそれが当てつけのように使われたのだ。許せるわけもない。

 ルシアは自身の行いを悔いたのか眉尻を下げ、リーシャからなされるままに叩かれ続けた。

 いつ止まるかもわからないリーシャの手をディフェルドの手が受け止めた。


「その辺にしといてやりな。ひとまず顔洗ってこい。トイレの手洗い場しかないが、部屋の前の廊下を右手側に進んで始めの角を曲がってすぐのところに標識があるから。落ち着いたら戻ってきな」


 気持ちの整理がつかないリーシャは、まだルシアの事を叩き続けようとした。けれど手を振り下ろそうとしても、ディフェルドの力が強くて振り下ろせない。

 次第に冷静さを取り戻し、リーシャは小さく頷いた。


「……はい」

「よし。それじゃあ行ってきな」


 ディフェルドの拘束が解けるとリーシャは逃げるように部屋を後にした。





 扉が閉まる音がした直後ルシアは頭を抱え、苦悩の声を上げながら床へ座り込んだ。


「ああー……やっちまったぁ……完全に嫌われたかも」

「んー……、あれは嫌われてはないんじゃないか?」


 ディフェルドの言葉は気休めにしかならならず、ルシアは釈然としない顔で見上げた。


「いや、ぜったい嫌われただろ、あれは。あんなに怒ってたんだぞ?」


 ルシアの頭の中に、涙を目元に溜めた先ほどのリーシャの顔が浮かんだ。

 ノアがリーシャの唇を奪った時の事はわからない。けれど、少なくともエリアルがリーシャへ口づけを迫ったときはこうして泣くようなことはなかった。

 もしかしたら、自分だけ拒絶されているのではないか。

 そんな不安がルシアの中で募り、胸がチクリと痛んだ。


「あれは怒ってたというよりも、ただ恥ずかしくてああいう態度をとったんじゃないか? 本当に嫌で怒ってたならあれくらいじゃすまないと思うぞ。今頃、思いっきり顔を引っ叩かれて真っ赤になってたはずだな」


 ディフェルドは冗談めかしてニッと笑い、自分の頬を軽く叩いてみせた。


「そうか?」

「ああ。まぁでも、見せつけるためにあれはねぇな」

「……それは……反省してる」


 ルシア自身もあんな形でリーシャの唇を奪うことになってしまったことにやるせなさを感じていた。

 そんなルシアの背中をディフェルドは励ますように軽く叩いた。


「後でもう一回きちんと謝っとけよ。こじれる前に、な?」

「わかった」

「それと、反省は口だけじゃなくて態度で示すのが効果的だぞ」

「態度……?」





 リーシャはルシアたちのいた部屋を出ると、一目散にトイレへと向かった。

 トイレの洗面台に立つと、水でバシャバシャと熱を帯びていた顔を洗った。洗ったというより冷やしたという方が適切かもしれない。

 熱が引いて気持ちが落ち着くと、ズボンのポケットへ手を入れた。


 あ、拭く物がないや……


 リーシャは両手を頬に当てると風魔法を使い、顔に着いた雫を吹き落とした。そして大きく息を吐いた。


「これでよし」


 真っすぐ鏡を見つめるとそこに映る自身と目が合った。リーシャは目の下に指先を当てた。


 赤くなっちゃってるよ……


 涙はひいたものの、泣いていたここがバレてしまう程度には目元に違和感があった。

 リーシャは鏡に背を向けると天井を見上げ、目を閉じた。

 魔法で不安定に揺れる水の塊を作ると、未だに熱をうっすらと帯びている瞼の上に置いた。


 まさかルシアにあんなキスされるなんて……


 思い出すとのたうち回りたいくらいの衝動が襲い掛かってくる。

 場所が場所だったため、リーシャは邪念を払うように手を宙でバタバタさせて気持ちをごまかした。

 大きな動きをしたことで目の上に置いていた水が輪郭の外へと落ちた。


「わっ!」


 床に落ちて弾け飛んだ雫が足を濡らした。その冷たさにリーシャの冷静さは呼び戻された。


 ストロネシアさんたちもいたし、びっくりして何が何だかわからなかったけど……ノアたちにされたときもそうだった……嫌じゃない。やっぱり3人の事、そういう意味で好きだってこと……なのかな?


 ルシアがあからさまなスティアナの好意にさらされているのを見ていると落ち着かなかった。

 好意の意味が少し違うけれど、魔法学校に滞在していた時、エリアルがステファニーに懐かれている姿を見てモヤっとした。

 つまりはそういう事なのだろう。

 難しく考えることを止め、認めてしまえばストンと腑に落ちたような気がした。同時に顔には熱が集まってくる。


 もし、3人が思うようにつがいっていう関係になるとしても、誰となんて……3人はそれでいいって言うかもしれないけど……


 リーシャの価値観ではそれを認めてしまうことは出来なかった。かといって1人を選べるほど彼らに対する好意に差があるわけでもない。

 3人それぞれに好ましいと思うところがあるし、直してほしいと思うところも多々ある。

 リーシャは自分の中で答えが定まるまでノアたち兄弟には隠し通そうと心に決めると、ルシアが作業をしている部屋へと戻ることにした。





 リーシャが部屋に戻ると、ルシアは机と向かい合い、再び木板に視線を落としていた。リーシャが戻ってきたことも気がつかないほどに集中している。

 ルシアの様子を見ていたディフェルドはリーシャが戻ったことに気がつくと、立ち上がった。リーシャの方へ向かって歩き出したけれど、側を通り過ぎ、廊下へと出て行ってしまった。そして、リーシャの方へ振り返って言った。


「ちょっと話そうぜ」

「……はい」


 リーシャがディフェルドの後を追って廊下に出ると、部屋の扉が閉められた。

 ディフェルドの物々しい雰囲気を纏った背中を見て、何を言われるのかとリーシャの心臓が煩く音を立てた。


「嬢ちゃんにとっちゃ余計な事だろうとは思うんだが、娘、ティアが原因だし、少し口出しさせてほしいんだ。いいか?」

「ど、どうぞ」


 わざわざ場所を廊下へと移した時点で、おそらくルシアについてのことのことだろうと、なんとなく察していた。

 ルシアは今、何事もなかったかのように魔道具作りに取り組んではいる。

 けれど実はリーシャの態度にかなり落ち込んでいるのかもしれない。もしかするとディフェルドは、リーシャの行動をやり過ぎだったと咎めようとしてるのではないだろうか。

 そんな気がしながら、リーシャは次に出てくる言葉を身構えて待った。


「嬢ちゃんはルシアの事が嫌いか?」

「いえ、嫌いじゃないです」

「じゃあ、さっきので嫌いになったか?」

「なってないです。びっくりしたし、ああいう……人に見せつけるような事はもうしないでほしいとは思いますけど」


 ディフェルドはリーシャの回答を聞き苦笑していた。


「それならいい。俺もそうじゃないかと思ってルシアにフォローは入れておいた。あいつ、やらかしちまったって、かなり凹んでたんだよ」


 ルシアが凹んでいるという事を聞き、リーシャの胸にチクリとした痛みが走った。

 落ち込んでいるのが可哀想だからといって、そう簡単になかった事にはできるわけもない。

 そんな2つの感情が混ざり合い、心臓辺りがモヤモヤとして気持ち悪く感じた。どうにかしてこの気持ち悪さを消し去りたかった。


「やっぱり凹んでたんですね。けど、凹むくらいならやらなきゃいいのに……」


 思わず嫌味な言い方をしてしまった。

 ハッとしてディフェルドの方を見ると、さらに困ったような顔をしていた。


「ま、まあまあ。兄ちゃんもティアのことで参ってて、正常な判断ができてなかったんだろうし、許してやったらどうだ? 自分がやったことはまずかったって、ちゃんと反省もしてるみたいだったしな」

「うーん……まあ、反省してるのなら……わかりました。私もずっとギクシャクしたままっていうのは嫌なので後でルシアと話をして決着をつけます」


 一緒に暮らす以上これからもずっと顔を合わせる。ノアの件でずっと引きずっていても居心地が悪いだけだと思い知ったのだ。早めに関係を修復するに越したことはない。

 リーシャの言葉にディフェルドも安心したようだ。


「それならよかった。娘のせいで嬢ちゃんたちがこじれっぱなしっていうのも後味わるいからな。俺が話したかったのはそれだけだ。嫌いじゃないなら早いとこ、ちゃんと話して仲直りするんだぞ」

「わかってます。私だってルシアにずっと機嫌を窺いながら話しかけられるの嫌ですから。自然体で、自由気ままにいてほしいですから」


 そう言って微笑むと、ディフェルドが無言で目を見開いた。そしてすぐニヤついたような顔をした。


「な、なんですかその顔……」

「いーや? そうかそうか。やっぱり、元からティアが入り込む隙間なんてなかったんだな」

「え? だから何の話を……」

「なんでもねえって」

「ちょっと!」


 ディフェルドは上機嫌にルシアのいる部屋へと続く扉を開いた。


「あっ! おっさ……」


 ディフェルドを待っていたのか、扉が開いたと同時にルシアが立ち上がった。けれどリーシャの姿を見たルシアは一瞬動きを止めた。

 これではノアの時と真反対だ。仕掛けてきた本人が気まずくなってしまっているのだから。

 ルシアは気を取り直すと、再びディフェルドに話しかけた。


「おっさん。一応できたんだけど、どうだこれ」

「おっ、見せてみな」


 ディフェルドはルシアが差し出す木版を受け取り例の道具で刻印の出来具合を確認した。


「んー、まだ粗いな。これじゃあ――」


 ルシアはディフェルドの言葉に真剣に耳を傾けている。

 ルシアの視界に入る位置に座っては邪魔になるかもしれないと感じたリーシャは、本棚の傍に椅子を持って行き、そこで本を読んで過ごすことにした。

 お読みいただきありがとうございます。

 今回はちょっと場面の切り替えが多かったかなぁという印象が強いです。そのせいもあっていつもより長めの回になりました。読みにくくなってなければよいのですが……

 次回更新は次の日曜予定です!

 でわ、また次回!

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