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魔道具技師への道 その5‐好きな人‐

 ルシアたちがいる部屋が近くなると、楽しそうな話声が漏れ聞こえてきた。

 きっとルシアは、スティアナが抱いているような感情を彼女に対して持ち合わせてはいない。それでも、2人の声がはっきりと聞こえるようになるにつれ、リーシャの足取りは重くなっていった。

 部屋の前に辿り着くと間髪を入れず、ディフェルドはノックもせずに扉を開け放った。


「邪魔するぞ!」

「お父さん? どうしたの?」


 勢いのある登場に、部屋にいた2人は驚いたような顔をしていた。ディフェルド越しに見えた2人の距離は、リーシャが部屋を出る前よりも近くなっているように見えた。

 スティアナはディフェルドの登場に驚きつつも、顔には「とても楽しんでます」という雰囲気が滲み出ていた。ルシアの顔も笑顔が浮かんでいる。

 一見ルシアも会話を楽しんでいたように見えていたけれど、どうも様子が変だった。

 違和感を持ったリーシャはルシアの事をジーッと見つめた。そして気がついた。


 目の奥が笑っていない……ううん。笑っていないどころか、かなり冷め切ってるよ、これ……


 どうやらこの場でそれに気がついているのは、その視線を向けられている本人以外のようだった。

 

「……進歩の具合がどんなもんかと思って見に来たんだが、どうだ?」

「どんな具合って……まだ1時間しか経てないのに、気が早すぎよ……」


 ディフェルドの問いにスティアナは呆れ気味に答えた。

 けれど机の上に置いてある模様の描かれた紙を手に取ると、ひらひらと動かし態度を一変させた。


「って言いたいところだけど、彼、かなりセンスいいわ。もうこれ必要なくなっちゃったんだから」


 紙に描かれている模様は先ほどまでルシアが描き続けていた図案と同じだった。どうやらそれは練習に使っていた紙のようだ。

 その紙は切れ目などは一切なく、元の形を保っていた。


「必要ないって……もう成功したのか?」

「見ての通り! ちなみに2回、連続成功! 描くスピードも上がったのよ! すごくない? それで、今はもう次の段階に入ってるの」


 ルシアの前には彫られかけの木版が置いてある。手元には先の鋭い道具が握られていた。

 今ルシアが何をしているか漠然としかわからないリーシャは、ディフェルドに向かって問いかけた。


「次の段階って? あの木版を使って刻印を彫る練習、ってことですか?」

「そうだな。まあ正確には彫るというより、“魔力を付与しながら”彫る練習だ。いきなり石や金属を使ってもいいが、慣れないうちからそう言った材料使って失敗されまくっちまうと損失がな。捨てる前の廃材使って練習させてるんだ」

「なるほど」


 リーシャがディフェルドに問いかけていた間に、ルシアの木版に刻印を彫る手は止まった。


「こんなもんだろ」

「ほー、もうできたのか。今日は魔法紙に描く工程を成功させることができるかどうかのところで終わると思ってたんだがな……」


 ディフェルドは机に置かれた刻印のある木版を手にすると、ペンのようなものを取り出し、その先から発せられる光を当てた。

 どうやらその光は特殊なもので、付与された魔力を見ることができるようだ。彫った箇所は光を帯び、薄い黄緑色に変わった。あの変色した部分が魔力を付与されたところなのだろう。

 ただ、そのままの木の色を残した部分が目立つほどまばらに点在していた。面積にすると3分の1ほどだろうか。

 角度を変えながら木版を見ていたディフェルドは何かに納得したように頷いた。


「魔力のコントロールにまだ粗さは残ってるみたいだが……初めてにしては大したもんだ」

「マジ? 俺ほんとにセンスあるのか?」


 思わぬ評価がかなり嬉しかったようで、ルシアの見開いた目を輝かせた。


「ああ。図案を正確に描くのも難しいが、それよりも魔力を操ることの方が難しいんだ。鍛錬を始めて、ここで躓いてやめてく連中も多いくらいだ。初日でここまでできたやつは少なくともここでは初めてだぞ」

「そ、そうか」


 どうやら魔法学校での魔法の特訓が功を奏したらしい。

 ルシアは数分ほど前に見せていた冷め切った笑みとは打って変わった、本当に嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 そんなルシアの喜びは彼女、スティアナの言葉で再び負の感情へと塗り替えられることとなった。


「ねぇ、お父さん。跡継ぎなら絶対彼がいいと思うの! 初めてでこれなら、きっと凄腕の魔道具技師になれるはずよ! お父さんもそう思わない?」

「ティア……お前、どういう意味でそれを言ってるんだ?」


 ディフェルドのスティアナに向ける視線には、戸惑いが混じっていた。これまでの彼女の言動で、何を考えてそう言っているのか想像に難くないからだろう。

 リーシャは、以前同じギルドに所属している娘がいる男性が、娘に彼氏を紹介されるのは複雑な気分だと言っていたことを思い出した。

 今のディフェルドはその男性より複雑な気分になっているに違いない。スティアナが意識している相手の正体は人間ですらないのだ。

 戸惑う父親に気付いていないのか、あえて気づかないフリをしているか、スティアナのルシアのことを売り込もうとする熱意は増す一方だった。


「もちろん、決まってるでしょ! 彼と私が結婚するの! それなら、完全な赤の他人が後継者になるわけじゃないし、その次の跡継ぎは私の血が入るんだから、後継者は一族からっていう初代の遺言にも反さないでしょ?」


 ディフェルドの眉間にしわが刻まれ、深刻な事態に直面している顔になった。


「……ダメだ……」

「なんでよ! 彼の正体が竜だからダメっていうの?」

「当たり前だろ。そいつが悪い奴ではないってことはなんとなくだが分かった。弟子入りしたいって言うんなら、まぁ認めてやってもいいかとは思ってる。が、お前が恋人とか結婚相手とかそういう話になってくるんなら別だ」

「なんでよ……!」


 睨み合う親子の間に不穏な沈黙が流れた。

 思い通りにいかないことに下唇を噛んでいたスティアナが再びディフェルドに向かって悲痛な叫びで訴えかけた。


「なんでよ! 悪い人じゃないって言うならいいじゃない!」

「頭を冷やせ! 竜だぞ? 周りからなんて言われるかわかったもんじゃないんだぞ⁉」

「わかってるわよ、そんな事! それでも私は彼がいいの! 彼、いつも明るく笑ってて、困ってる人を助けてる姿もよく見るの。とっても優しい人なのよ! それに見た目だってかっこいいし……私、初めて見かけたときからずっと好きだったの」

「おまえなぁ……」


 親子喧嘩に終わる気配はなかった。

 スティアナはディフェルドの言葉を聞こうとはせず、自身の意見を何が何でも通そうとしていた。ディフェルドもまた、スティアナに考え直すように説き続けている。

 当事者の1人であるルシアに話を振る様子は無く、親子2人だけで話し合いは進められた。


「あの~」


 リーシャが申し訳なさそうに声をかけるけれど、2人の声にかき消され、届く気配はなかった。


 え~っと……2人とも、ルシアと結婚とかそんな話をしてるけど……スティアナさんってルシアとまともに話すの始めたなんだよね? そもそも、ルシアは私のことが……


 恐る恐るルシアの顔へと視線を向けると、まぁそうなるよね、と感じさせるような顔をしていた。

 目の前で、本人をそっちのけに恋人だの結婚だのといった話が飛び交っているのが不快で仕方ないと言わんばかりの表情。偽りの笑顔は剥がれ落ち、ただ冷たい視線で2人、主にスティアナの事を見ていた。

 ついには黙って聞いているのにも堪えられなくなったようだ。ルシアの不機嫌そうな低い声が部屋に響いた。


「なぁ、勝手に話を進めてんじゃねぇよ。俺さ、アンタのこと初めて知ったんだけど。そもそも、いつ俺がアンタと番うって言った?」

「え? 番うって?」


 人間の世界では聞き慣れない単語に、スティアナは首を傾げた。

 会話が成立しないもどかしさも加わり、ルシアの苛立ちは増す一方だった。


「人間の言うところの結婚の事……はぁ……俺さ、リーシャに迷惑かけたくねぇし、ろくに戦えない人間といざこざを起してまた城に引っ張り出されたたくねぇから、何されようが言われようが大抵のことは我慢してるんだ。けどさ、さすがにもう限界。アンタ鬱陶し過ぎる」


 そのトゲのある言葉に、スティアナどころかリーシャまでもが目を見開いた。

 以前、リーシャの家に訪れてきたラディウスに対してもかなり嫌悪感を抱いていたが、今回はその時とはまた別の嫌悪感を抱いているような感じだ。

 普段見た事のない態度が信じられないようで、スティアナは戸惑い、フラフラとルシアへと近づこうとしていた。


「どうしたの? さっきまであんなに楽しそうに笑って話してくれてた……」

「我慢してるって言ったろ? 普段は雌連中が纏わりついてきても、断ればそれ以上深入りしようとしてくるような奴はいないから、それなりに相手して終わりって感じなんだけどな。俺が竜だって知っても、未だに親切心で声かけてくれるやつもいるから感謝してる。アンタもさ、度を越してなかったら普通にいいやつだなぁって感じで済んでたんだよ。結構あしらったつもりだったんだけど、しつこい。魔道具を作るコツとか教えてもらわねぇといけねぇから大人しくされるがままになってたけど、もう耐えらんねぇ。はっきり言わせてもらう。俺、アンタの事嫌い」


 眉間に皺を寄せ淡々と語るルシアの姿を見て、スティアナはただたじろぐことしかできなくなっていた。街で出会った時の普段の様子のギャップを受け入れられないようだ。

 けれどそれでもまだ諦めきれないのか、スティアナは意を決したようにルシアに話しかけた。


「あの……私たち今日初めて話をしたじゃない? 話をしてたら……」

「わるいけど、リーシャ以外の雌に興味ないから」


 膝から崩れ落ちそうなスティアナの言葉をルシアは途中で遮り、一刀両断してしまった。

 それでもスティアナはどうにかルシアとの繋がりを保とうと、必死に考えを巡らせているようだ。


「けど……」

「はぁ。諦めわるいなぁ……リーシャ」


 ルシアはリーシャに向かって歩みを進めた。

 真剣な顔つきでずんずんと近づいて来るルシアの圧に、リーシャはよろめくように1歩後方へと下がった。


「な、なに? ……わっ!」


 突然両肩を掴まれたかと思うと、荒々しく唇を奪われた。


「んん! んんんんん‼」


 ちょっと! 放してよ‼


 ルシアの固い胸を力いっぱい押し返して抗議するけれど、口内を這いまわる舌の動きは止まらない。

 次第に体からは力が抜けていった。

 ノアともエリアルとも違う口づけ。

 その迷いのない口づけはある意味、リーシャ秘蔵の恋愛関係の書物を熟読していたからこその賜物なのかもしれない。

 解放される頃には、リーシャは自分の足では体を支えられなくなっていた。

 甘い余韻の中、それでもどうにか立っていられたのはルシアに腰を支えられていたからだった。


「俺の気持ちは見ての通りだ。そういうわけだからさ、これからは普通に魔道具技師仲間として仲良くしてくれよ。そしたらアンタの事嫌いだとは思わなくなるかもしれないから」

「……」


 好意を寄せていた相手に他の女性を求める姿を見せつけられたスティアナは放心状態になっていた。

 ルシアとの関係を否定し続けていたディフェルドもさすがに娘が可哀想になったようで、優しい声音でスティアナに話しかけた。


「ティア……後は俺が面倒みるからお前は別のことをしてろ、な?」


 返事はなく、スティアナの直下の床に1滴の雫が零れ落ちた。

 ディフェルドはそんなスティアナの頭を撫で、もう1度優しく名前を呼んだ。


「ティア?」

「……はい」


 スティアナは目をこすりながら出入り口の方へフラフラと歩いて行った。

 その姿を見たルシアもさすがに言いすぎたかと思ったのか、憐みの視線を向けていた。

 お読みいただきありがとうございます。

 続きがけっこう進んだので更新しました。今回は恋愛方面の話を入れてみました。書いてて思ったのは、恋愛方面のお話は書いてて楽しいけど、バトル方面の話を描く方が楽だなってことでした。(次回作はハイファンタジーメインに書こうかな……)

 次回更新は日曜予定です。

 でわ、また次回!

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