魔道具技師への道 その3‐謎の魔力刻印‐
リーシャはスティアナに教えられた通り、部屋を出ると右に続く廊下を歩き始めた。
突き当りまではほんのわずかな時間。すぐにスティアナが言っていた部屋に辿り着いた。彼女が嘘をついていなければこの部屋にディフェルドがいるはずだ。
リーシャはその部屋の扉をトントンと軽く叩いた。
「誰だ」
中から男性の声が聞こえてきた。その声はディフェルドのもので間違いない。
「リーシャです。お伺いしたいことがあるのですけど、お時間いいでしょうか?」
「リーシャ? リーシャ……ああ、嬢ちゃんか。入りな」
「失礼します」
部屋の中心に立つディフェルドの傍には四角くて大きな白い物体が置いてあった。その周りには何か部品のようなものが散らばってる。どうやら仕事中だったようだ。
「あっ、すみません。お仕事中でしたよね。出直します」
「大丈夫だ。そんなに難しい作業じゃねぇし、急ぎのものでもないからな」
ディフェルドは手に持っていた道具を道具箱らしき箱の中へ仕舞った。
周りに転がっている部品はかなりの数だ。しかもほとんどの部品に魔力刻印が彫り込まれている。にもかかわらず、この部屋にいたのはディフェルド1人だけだった。
手伝ってもらわないのかな? それともこの魔道具、ストロネシアさんしか彫れないような難しい図案が必要な物なのかな?
リーシャは持ち込んだ疑問よりも目の前の魔道具の方に興味をそそられた。
「あの、それはどんな魔道具なんですか? 魔力刻印をかなり彫ってるみたいですけど、他の人に手伝ってもらえないような難しいものなんでしょうか?」
「いや、難しくはないな。これは新型の洗濯用魔道具でな、必要な刻印で難しい図案のものはない。だが、それぞれの部品の作用具合によって印の大きさを調整したり、どこに彫るかその都度決める必要があるんだ。1つ1つ様子見ながら順番にやってかないといけねぇから、人数集めても仕方ねえ。だから俺が全部やってるんだ」
「へぇ……床にある部品、見てもいいですか?」
「ああ、かまわない。触らないなら中も覗いてもいいぞ」
「! ありがとうございます!」
リーシャが嬉々として答えると、ディフェルドの表情が微笑ましいものを見ているかのように和らいだ。
「じゃあ、こっから覗いてみな」
ディフェルドに促され、リーシャは開いている箇所から中を覗き込んだ。
金属らしき箱に接続されているあらゆる部品に魔力刻印が彫られていた。これだけの数の部品に刻印を彫るのに、どれだけの時間を要したのだろう。
こんなにたくさんの部品が魔力でどう動くのかな。気になる。
リーシャはわかる図案の刻印を見つけるたびに、その部品がどんな動きをするのか予想しながら観察を続けた。時間を忘れられるくらいに興味深い仕組みだった。
「で? 嬢ちゃんはこれを見に来たんじゃないだろ? なんか聞きたいことでもあってここに来たんじゃないのか?」
「あ、そうでした」
ディフェルドに言われてリーシャはハッとした。
彼の元を訪れた本来の目的を完全に忘れていた。
ディフェルドはそんなリーシャの好奇心旺盛な姿が微笑ましかったようで、柔らかに口角を上げた。
「肝心な方を忘れるくらい興味津々だったんだな」
「アハハ……」
リーシャは子供のように無我夢中で魔道具を観察する姿を見られたのが少し恥ずかしくて、うっすらと頬を染めた。
「で? 要件は何だったんだ?」
「えーっとですね、さっきまであの部屋に置いてあった本を読ませていただいてたんですが、ちょっと気になる部分を見つけてスティアナさんに聞いたんです。けど、わからないと言われて。ストロネシアさんなら知ってるかもと言われたのでお聞きしに来たんです」
「あいつがわからないってことは相当だな。けど、あの部屋にそんな難しい本置いてたか? どれだ?」
「本、というか覚え書きみたいなんですけど」
リーシャがその本を見せるとディフェルドは目を見開いた。
「それ! あんなとこにあったのかよ。去年の夏ごろから見かけなくなって探してたんだ」
「これ、ストロネシアさんのなんですか?」
「ああそうだ。大体の刻印は覚えてるんだが、なにせ種類が膨大にあるからな。思い出せない時のために簡略化したやつをこれに書き込んでたのさ。で、これのどこがわからねぇんだ?」
覚え書きを受け取ったディフェルドは、難しいことを書いていたか確認するようにパラパラとページをめくっていた。それらしい箇所が思い当たらないようで、首をかしげている。
「難しくてわからないというわけじゃないんです。ただ、最後の方にある文字が塗りつぶされてるページが気になって」
「塗りつぶしてる? ああ、これか」
そのページを開いたディフェルドは眉をしかめた。
リーシャはその図案はディフェルドが自分で書き留めたはずのものなのに、何故そんな表情をするのか不思議だった。もしかするとあまり出回っていない図案なのかもしれない。
「そこに書かれている図案って、一般的に使われているものじゃないんですか?」
リーシャが問うと、ディフェルドは難しい顔のまま首を小さく縦に振った。
「ああ。この刻印の入った魔道具は出回ってない。これはな、親父からこの工房受け継いだ時に教えられたものなんだ。いつの代かは知らないが、昔、図案を考えたからこれを彫った魔道具を作ってほしいと依頼されて、実際に作ったことがあるらしいんだ」
「ってことは、もともと公表されていたものじゃないんですね。いったいどんな魔道具だったんですか?」
「わからない」
リーシャはディフェルドの答えに驚いた。
商品として渡す品ならば、きちんと使えるか確認をするはずだ。代々続いている歴史のある工房が使えない物を商品として渡すわけがない。
「あの、発動の確認とかはしなかったんですか?」
「未知の刻印だったんだ。当然依頼主に必要な魔力やどんな効果の魔道具になる予定なのか聞きはしたらしいんだが、教えてはもらえなかったみたいだ。試しに火、水、風、土、雷の魔力を使ってみたが、どの魔力にも刻印は反応しなかった。一応図案自体は魔法を発動させることができるものだったみたいなんだが、出来上がった魔道具が本当に使えて、どんな能力でどれだけの力を発揮できる仕上がりだったのかはよくわからないのさ」
「そうなんですね……じゃあ、ここには何を書き込んでいたんですか? 他のページには魔道具の効果を書いてるみたいですけど」
ディフェルドは、黒く塗りつぶされた箇所を指でなぞった。
「ここには俺なりに立てた仮説をメモとして書いておいたんだ。けど、立証する手立てがなくてな。本当にそうかもわからないか説を残しておくのが気に食わなくて、刻印の形だけ残して塗りつぶしたのさ」
嫌な予感がし始めていたけれど、未知の魔法への探求心が勝ったリーシャは聞かずにはいられなかった。
「どんな仮説を立てたんですか?」
ディフェルドは簡易的に描かれた謎の刻印の中心を指差した。
「この部分が属性に関係する部分だってことはわかるか?」
「はい。それぞれの属性ごとに固定された模様が書いてありますよね」
「そうだ。で、このよくわからない刻印のこの部分。よく見ると各属性の模様を組み合わせて使っているように見えないか?」
「あっ、ほんとだ」
謎の刻印と各属性の中心部分を見比べていくと、言われた通りそれぞれの属性の図案の5分の1ずつがバランスを崩さないように繋ぎ合わされていた。
「はじめは全属性の合成魔法かと思ったんだ。けどな、同時に全属性の魔力を同時に作り出すことなんてできるやつがいるわけねぇだろうし、いたとしたら絶対に語り継がれてるはずだろ? それに仮にいたとしても、俺の周りにはそんな超ハイスペックな奴がいるわけもないから検証不可だったんだ」
「なるほど」
合成魔法は異なる属性の魔力を決まった割合で組み合わせることで発動できる魔法だ。魔力の割合を変えることで発動する効果も異なってくる。必要とする属性が増えるほど難易度は上がる。
おそらく上位の魔法使いであっても属性3つの合成魔法を使うのが限界といったところだろう。
全属性の5種類を特定の割合でともなると、使える者はいない。そう考えるのが普通だ。
「あの、ちなみになんですけど、その刻印を彫った魔道具って今ありますか?」
「いや、作ったところで検証のしようがない仮説ばっかりだからな。作ってない」
ディフェルドはこの工房の親方であり、取りまとめる役目にある人物だ。使えない魔道具を作るほど暇ではないのだろう。
けれど、彼の仮説を検証する手立てがあるというのなら話は別のはずだ。
「あの、魔法として具現化させなくていいなら、同時に全属性の魔力をコントロールすることは一応できますけど」
「マジか⁉」
ディフェルドは興奮気味にリーシャに詰め寄った。ルシアがいたら騒ぎ始めること間違いなしの距離の近さだ。
リーシャもその距離の近さに、足を後方へと1歩下げた。
「ち、近いです!」
「あっ、ああ、すまない。俺としても気になる図案ではあるから、気が急いちまった。慣れない図案だから時間がかかると思うが、今度作っておくから試してもらってもいいか?」
「はい! 喜んで!」
発動のさせ方がわからないとはいえ、その刻印が彫られた魔道具は珍しい魔道具には違いない。
それを1番に試せるのだから、嬉しくないわけがなかった。他の仮説もあるのなら、喜んで協力したいほどだ。
「ちなみになんですけど、他にも仮説は立てたりしてるんですか? かなりの文字数を塗りつぶしてるように見えるんですけど」
「ああ。まだ2つほど考えてはいたな。光か闇の魔力刻印はどうだろうってな」
こんなところで闇属性の魔法に関する話を聞かされることになるとは思っていなかったリーシャの体は、緊張で動きが一時停止した。視線も真っすぐディフェルドの方へ向けられず、時々泳いでいるような状態だ。
「どうした?」
「い、いえ。さすがにそれは無いんじゃないかと思って? 有属性用の魔道具ってその刻印に対応した属性の魔力を使うことで発動しますよね? 合成魔法ならともかく、闇の魔法って一部の魔物しか使えないような魔法ですし、それに光の魔法なんてそもそも聞いたことないですよ?」
闇魔法の可能性を否定したかったリーシャは、震える口で言葉を紡いだ。不自然さが出ているような気がして、バレてしまうのではないかと不安になった。
けれど、そんな不安は不要だったようだ。
ディフェルドはリーシャが発する違和感を感じることはなかったようで、変わらず話を続けた。
「この刻印の件で昔色々調べたんだがな、光魔法っていうのは存在する可能性はあるらしい。過去にそれらしい魔法の発動の痕跡があったみたいだ。けどそれは1度きりで、本当にそれが光の魔法なのかってことの証明ができなかったから、大々的には発表されなかったみたいだな」
「そうなんですね。初めて知りました」
「俺も知った時は驚いたぜ。ってなことで、存在してないと思われていた光魔法が存在する可能性があるなら、実は闇魔法を使える人間がいてもおかしくはないんじゃないかと思ったんだが……」
塗りつぶされた部分とディフェルドの反応からして彼の出した結論はわかりきっていた。
たとえその仮説が正しかったとしても、覆すような発言は絶対にしてはいけない。検証という興味をそそられることのためであっても、闇の魔法の事だけは隠しておかなければならないのだ。
リーシャはディフェルドが結論を言うのを、口を閉じて待った。
「実際に闇や光を使える人間がいたなんて記述は見当たらないし、例え過去にそんな奴がいたとしても、今この時代にその魔力を持つ人間がいねぇと仮説の証明しようがない。だからこの図案の効果を探るのは諦めた」
「そう、だったんですね」
「ああ。どう考えても時間の無駄だろ。考えても立証できない事しか思いつかなかったんだ。うだうだ考えなくて済むように、仮説はこうして塗りつぶしたのさ」
「ってことは、合意魔法の刻印じゃなかったらこれは謎の刻印のままなんですね」
ディフェルドは苦笑いを浮かべた。
「まあ、そうだな。けど、どうしても知りたいってんなら、この依頼をしてきたやつの末裔を探すのもありだな。もしかしたら受け継がれているかもしれない。どっかの魔法貴族だったらしいぞ」
魔法貴族から不本意ながら関心を持たれている今なら、上手くすれば話を聞き出せるかもしれない。
面倒と好奇心を天秤にかけた時、リーシャのそれがどちらに傾くかは考えるに容易い事だった。
お見合いするふりして、探りを入れてみようかな。
地域を絞り込めれば不可能な話ではない。
「その貴族がどの辺りに住んでたとかわかりますか?」
「いや、そこまでは伝わってないな」
「そうですか……」
どの辺りに住む魔法貴族なのかわからないのならば、しらみつぶしになってしまう。
魔法貴族と関わりたくないリーシャの中で、面倒という言葉が重たくなっていった。
悩むリーシャを見たディフェルドは苦笑した。
「すまないな、答えられなくて」
「あ、いえ。魔道具について面白い考えを知ることができたのでよかったです。ありがとうございます」
リーシャは感謝の意を込め、にこやかに笑った。
お読みいただきありがとうございます。
最近ちょっと情報を詰め過ぎかなと思いつつも、必要な事なので書かずにはおけないので苦悩してます。それにちゃんと説明が伝わるようにかけているかという悩みも……
次回更新は次の日曜予定です。進み具合がわりといい方なのでもしかしたら間に1回更新するかもしれませんが……まあ無理でしょう。
でわ、また次回!




