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魔道具技師への道 その2‐実践と恋敵‐

「俺はルシアだ。よろしくな!」


 ルシアはスティアナにさわやかな笑みを向けた。


「ええ、よろしく。それじゃあ、こっちに来て」


 スティアナに促されるまま、ルシアはなんの疑問も持つ様子もなく彼女の隣に座った。

 指導するからと言われればそれまでなのだけれど、そんなに近づかなくてもと言いたくなるような距離まで、スティアナはルシアに体を近づけていた。リーシャのことなど眼中にない様子だ。

 リーシャはモヤっとした思いを抱えながら、ルシアの向かいの席に座った。


「じゃあ、さっそく作ってみましょうか。作ると言っても、ブレスレッドに刻印を刻むだけなんだけど。どの魔力刻印がいいかしら」


 スティアナは持参していた本をテーブルの上に広げ、目を細めて真剣に目を通し始めた。本には様々な図案が数多く載っている。

 分厚い本の中から目ぼしいページを見つけたのか、スティアナの瞳が広がった。


「うん、これがいいかも」


 スティアナがある図案を指差したため、リーシャとルシアは覗き込むように本に視線を落とした。


「これはね、効力は弱いけど1番簡単な回復の刻印。まだ仕事として作るわけじゃないから、作りやすさ重視で、尚且つ実用的な物を作ったほうがいいだろうし。少し深めの切り傷くらいなら簡単に治せるわ」


 指差されている図案は同じページに書かれている図案の中でも単純そうで、初心者にもどうにか作れそうな模様をしていた。ルシアの表情も悪くないと言っている。


「これなら俺にもできそうな気がする。これにするよ」

「わかったわ。それじゃあ、そのままいきなり形を彫るのは難しいから、まずはこの紙に書いて練習しましょう」


 スティアナは足元に置いてあった荷物の中から白い紙を取り出し、テーブルの上に置いた。

 ルシアは不思議そうな顔で白紙を見た後、スティアナの顔へ視線を向けた。


「なんで練習で紙に描くんだ? 練習なら木とかを彫って練習した方がいいんじゃないのか?」

「紙に描く練習は初心者にとって重要な修行過程なのよ。それにね、これはただの紙じゃないの。刻印は彫るときに魔力でコーティングするように加工しながら彫らないといけないことは知ってるわよね?」

「ああ。加工した部分は使用者が流し込んだ魔力を弾いて、魔力を魔法発動に必要な流れに整えるとかいうようなことが本に書いてあった」

「そうね。こうして図案として描かれている刻印と比べて形の誤差が大きいと、魔力の流れが狂って魔法は発動しない。だから、魔道具技師になりたい人はどんな図案でも正確に描けるようになるために何年も修行を積まないといけないのよ。熟練の技師も初めて彫る模様は何度も練習してるわ。そういう練習をする時にこれが使われるの」


 スティアナは机の上に置いてあった紙を手に取った。


「普通の紙にしか見えねぇけど」

「見た目はそうね。けど、普通の紙じゃないわ。はじめのうちは刻印の模様を描きながら、同時にそれに魔力を込めるなんてこと難しいわよね?」

「そうだな。途中でわけわかんなくなって、魔力込めるの忘れそうな気がする」

「でしょ? かといってただ紙に描いたり実際に何かに彫ったりするだけだと、魔力を流しても流れができなくて魔法は発動しないから、その模様が正確かどうかなんてわからない。で、そこで登場するのがこの紙。これにただ模様を描いて、出来上がった模様に魔力を流すだけでだけで正確に描けているかがわかる優れものなのよ!」


 ルシアは差し出された紙を受け取ると裏表をひっくり返しながら観察し始めた。


「ふーん。やっぱ、普通の白い紙にしか見えねぇんだけど」

「ふふっ。それでも、れっきとした練習用の道具だから安心してちょうだい。私も仕組みについては詳しくはわからないんだけど、紙の繊維に細工がしてあるらしいわ。刻印の模様が正確に書けていれば魔力を流した時、紙はそのまま維持される。発動が不可だった場合は紙が裂けるようになっているの」

「へぇ」

「それじゃあさっそくやってみましょう」

「ああ、そうだな」


 ルシアは気合いを入れてペンを握ると、黙々と図案を紙に写し始めた。

 ルシアの手によって紙の上に姿を現し始めた刻印と図録に書かれている図案を見比べると、さほど気になるようなズレは生じていない。

 もしかしたら1発で成功するのではないかと、リーシャが感じるほどの良い出来だ。

 しばらくするとルシアの手が止まった。


「できた! わりといい感じなんじゃね?」


 ルシアは刻印の書かれた紙を両手で掲げ、自信満々の笑みを浮かべた。

 リーシャが伏せた状態でルシアを見ていると視線がぶつかった。


「じゃっ、あとは魔力だな。リーシャ」


 刻印を描き上げた紙をリーシャに手渡そうと差し出した。

 ルシアとしては自分の実績をリーシャに体感して欲しかったのかもしれない。

 リーシャは自分でやればいいのにと思いながらも、差し出された紙に手を伸ばした。

 けれど紙はリーシャの手には届かず、横から伸びて来た別の手によって攫われてしまった。

 今、刻印の描かれた紙はスティアナの手に握られている。

 

「これくらい私がやってあげるわ」

「えっ……あ、じゃあ、頼むよ」

「任せて」


 始めは困った様子のルシアだったけれど、すぐにさわやかな笑顔に切り替わった。

 普段ルシアは女性からの熱い眼差しに気がつくと、いつも何も言わずに笑顔を返している。どこで学んだのか、それが波風立てずに済む穏便な方法なのだと言っていた。

 この数十分の間、ルシアはスティアナからの好意に気付いていて気づかないふりをしていたのか、気付いていなかったのかは定かではないけれど、彼女に対してもいつも通り、他の知り合いに対する態度と同じ態度で接していた。

 けれど露骨になりすぎたスティアナの好意をずいぶんと負担に感じていたようで、彼女からの視線が外れた途端ルシアはパッとしない表情を浮かべた。

 そんなルシアの表情に気がつく事のないスティアナは紙に魔力を流した。


 ビリビリビリッーー


 紙は音を立てて小さく千切れ、机の上に散ってしまった。

 どうやら紙に描かれた刻印は、魔力刻印としての役割を発揮できない仕上がりだったようだ。


「どこかズレていたみたいね。もう一度この紙に描いてみて」

「……わかった」


 新しい紙を渡され、ルシアは改めて図案を描こうと机と向き合った。するとルシアは眉間にうっすらと皺を寄せた。おそらくスティアナが先ほどよりも距離を詰めて座っているからだろう。

 ルシアは距離を取ろうとするけれど、スティアナはお構いなしに離され分だけの距離を詰めた。


 やっぱりこの人……ルシアのことが好き、なのかな?


 練習に励むルシアの様子を眺めていると、少しだけ顔を上げたスティアナのジトッとした目と視線が合った。

 リーシャは思わずピクリと肩を震わせた。

 彼女はリーシャの動きに気がついていたはずなのに、眼中に無いとでもいうようにすぐに視線をルシアの手元に戻した。そして再び楽しそうな声でルシアに助言を与え始めた。

 そんなスティアナの態度に、さすがにリーシャもイラっとした。


 なによ。私がいつもルシアといるのが気に食わないのかもしれないけど、そんな露骨に嫌な態度取らなくてもいいじゃない!


 2人の姿を見ていられなくなったリーシャは視線を逸らした。

 ふと視界の端に本棚が映り込んだ。

 魔道具研修歴、国宝認定魔道具一覧。読んだことのない様々なタイトルが目に入り、棚に手を伸ばしたくなった。

 話しかけたくはない。けれど他人の敷地内にある本を勝手に読むわけにもいかない。リーシャは仕方なしにスティアナに声をかけることにした。


「あの、そこの本棚にある本を見てもいいですか?」

「別に。好きにしたら?」


 トゲのある言い方に文句を言いたくなった。

 けれどここで感情のままに騒いでしまったら仕事に集中している人たちの迷惑になってしまう。リーシャは出かけていた言葉を飲み込んだ。


「ありがとうございます……」


 いつもなら読んだことのない本を見つけると、心弾むような気持で手を伸ばす。今のリーシャはそんな気持ちなど起こらないほどの不快感に纏わりつかれていた。

 モヤっとする気持ちのまま本を手に取り、再び椅子へと腰を下ろした。


 “魔力刻印の種類。有属性の魔力を要する魔道具”か。あれ? 手書き? これ読んでいいのかな?


 スティアナの方へ視線をやった。リーシャのことを気に掛ける様子はなく、彼女はルシアに自身の肩を押しあてながら熱心に助言を送っていた。

 むやみやたらにくっついてくるスティアナから離れたいようで、ルシアの体はやや傾き、距離を取りたそうにしていた。

 嫌がられているにもかかわらず、指導のためではなく恋愛感情らしきもののためにスティアナは熱心な指導を続けていた。リーシャはその様子を見ていると、不快を通り越し、呆れ果ててしまった。


 …………ま、いっか。ルシアも問題を起こすような事はしないだろうし。それに一応好きにしたらっていう言質はとったわけだし。


 リーシャは気にすることをやめ、手記に視線を落とした。

 手記はどうやら覚え書きのようだ。その本には、刻印には必要とする魔力の属性ごとに共通する形が存在しているという一般的な知識に始まり、現在も使われている刻印の大まかな図柄、どんな形でだいたいどういう系統の効果を発動できるといったことが書いてあった。

 魔道具に関する知らない知識は、リーシャの好奇心を刺激する。


 へー。別々の効果のある図案を組み合わせることでそれぞれの効果が作用しあって新しい効果を発動するんだ。合成魔法と似てる。あれ?


 本の後半の方まで読み進めていくと異様なページが現れた。

 これまでのページで、魔力刻印の効果がかかれていた部分が黒く塗りつぶされ、図案ばかりが並べられていた。

 不思議に思ったリーシャは読み進めてきたページを逆走し始めた。

 リーシャは気がついた。

 刻印の図案は必要とする魔力の属性ごとでまとめられて描かれている。そして、一般的に使われている有属性の刻印の共通部分の図案は、その塗りつぶされているページまでで全て出てしまっていた。

 黒く塗りつぶされた箇所のあるページに書かれている図案たちは、それらのどの属性のものとも異なっている。


 いったいこれはどの属性の図案なんだろう。もしかして、実は無属性のものだったから消したとか? 


 ふと自分の手元にあった回復の魔道具の刻印を見た。

 どうやらその考えは間違っているようだ。

 有属性魔法のものは一瞬見ただけだと同じ刻印に見えるくらい構成が酷似している。近づいてよく見て、ようやく違うとわかる。無属性魔法の刻印と比べると根本の構成から全く違うのだ。

 線の密度も有属性のものの方が圧倒的に高い。


「あの……ストロネシアさん」

「何?」


 リーシャの言葉に、スティアナはぶっきらぼうに答えた。


「この図案ってどんな魔法のものかわかります?」

「魔力刻印の……何この本。こんなものあったの?」


 スティアナはじっと塗りつぶされたページを見つめた。

 さほど考える様子もなく、彼女はすぐに首を横に振り本を押し返してた。


「こんな図案のものは知らない」

「……そうですか……」

「お父さんに聞いてみたら? 何かわかるんじゃない? たぶん、この部屋を出て右にずっと行った突き当りの部屋にいると思うわよ」


 スティアナの提案は、これまでの態度から“2人きりになりたいから出て行け”という意味を込めているようにも聞こえた。

 そうは聞こえても、リーシャの奥底からは好奇心が湧いてくる。

 ルシアの魔道具作成の様子も気になるけれど、気になる事を先に片づけてしまわないとじっくりと見学などできはしない。

 それにルシア自身、スティアナに少しの興味も抱いていないのだからどうこうなる事もないだろう。


 ルシアの方はまだまだ時間かかるだろうし、聞くだけならそんなに時間はかからないよね。


 リーシャはスティアナの父、ディフェルドに聞きに行くことに決めた。それを伝えようとルシアのことを見ると、彼がまじまじと図案を見つめているのに気がついた。

 何かを思い出そうとしているようにも見える。


「どうしたの?」

「あ、いや。何でもない。ただの勘違いな気がするから」

「そう。私、この図案のことが気になるからディフェルドさんのところに行ってくる」

「なら俺も……」


 ルシアが腰を浮かすと、横に座っていたスティアナがルシアの腕を引いた。


「あなたはここで練習の続きよ。時間は有限なんだから」

「えー……」


 さすがは親子。言葉の根底にある真の意味は違えど、言うことは同じだ。

 リーシャとしても、ルシアの学びの邪魔はしたくはなかった。


「聞いたらすぐ戻ってくるから。それまでに成功出来たらかっこいいんだけどなぁ」

「‼ わかった! 魔道具完成させて待ってるからな」


 完成はできはしないだろう。けれどリーシャの言葉にルシアはやる気が満ちている様子だ。

 リーシャはニコッと笑った。


「楽しみにしてる」


 そう告げるとリーシャは部屋を後にした。

 お読みいただきありがとうございます。

 以前出てきたシアリーという女性とはほとんど衝突することはなかったですが、今回はがっつり衝突してしまいました。シアリーはというとルシアが竜とわかると恋の熱は冷め、普通に良い仲間として付き合ってるようです。ルシアたちが竜と知られた今も、3兄弟の人気具合はある程度残ってます。なんたって外見がいいらしいですから。

 次回更新は次の日曜予定です。

 でわ、また次回。

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