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初クエスト その1‐猫かぶり‐

 ノアたちが現れてから2週間ほどたったある日の事、リーシャは王都のギルドへ赴いていた。

 リーシャの隣には長い黒髪をひとまとめにした、すらりと背の高い男性の姿があった。彼はこの場に似つかわしくない、貴族のような白いワイシャツに黒いジャケットを着こなした見目の麗しい男性だ。周りの女性たちからはチラチラと視線を向けられている。

 リーシャとその男性はギルドの壁に設置されている掲示板の前に立ち、そこに貼られている多くの紙を見ていた。

 リーシャは心配そうに男性の方へ視線を移した。


「ねぇ、ほんとにクエスト受けるの?」

「しつこい。一度はお前も承諾したんだ。いいかげん諦めろ」


 男は掲示板を見つめたまま、抑揚のない声で答えた。

 この掲示板にはクエストの依頼書が貼られている。自国から出されたものが主ではあるけれど、時々他国からのクエスト依頼が張られていることもある。

 内容の大半は危険生物の盗伐・捕獲、物資運搬の護衛。ランクはE~SSまでで、最高ランクはSSランクだけれど、滅多にお目にかかることはない。

 この掲示板に貼られている依頼書をはがし、受付で手続きを行えば、クエストを請け負ったことになる。


 リーシャの隣に立っている男性というのは、自称人間の姿に擬態した黒竜のノアだった。

 2人がこうしてギルドに足を運び、掲示板前に立っているのは、ノアが自分たち兄弟の生活費を稼ぎたいと言い出したからだ。

 王都に入った当初、リーシャはノアをどこかの店の店員として働かせよう考えていた。そのつもりで街をうろついていたのだけれど、突然ノアがクエストを受けてみたいと言い出したのだ。

 リーシャはノアに危険なことはさせたくはなかったので、もちろん反対した。けれど、口が立つノアにリーシャの言い分が通るわけはない。

 結局リーシャは、ノアを渋々ギルドへ連れて来る羽目になったのだった。


「別に、ノアがわざわざ稼がなくても、私1人で3人の衣食住に必要なお金も十分に稼げるのに」


 リーシャは投げやり気味に言った。

 リーシャは手練れの魔法使いだ。王都では“最強”といわれる程に実力はあり、リーシャの右に出る魔法使いはこの国にはいない。

 本来は10人以上で挑むようなクエストでも、リーシャは1人で達成してしまう。高額な報酬を1人で持ち去ってしまえるほどの手練れなのだ。居候が2人増えようが3人増えようが金に困るという事はない。

 けれどノアはそんな理由でリーシャに面倒をかける事を良しとするような雄、いや男性ではなかった。

 ノアは眉間にしわを寄せた。


「そういう問題ではない。自立した雄がいつまでも雌の庇護下であぐらをかいているわけにはいかない」


 そうは言っても、ノアは魔物と対峙するどころかろくに家から出たこともない。そんなノアがなんの訓練もせず、いきなりクエストを請け負うのは無謀すぎる。

 リーシャはどうにかしてノアに考え直させたかった。


「別にいいじゃない。一緒に住んでるんだから。ノアもまだ人として暮らすことにも慣れてないんだし。稼げる人が稼いで、家のことをできる人が家事をすれば」


 リーシャのそんな思いは伝わらなかったらしく、ノアはリーシャに冷ややかな目を向けた。


「俺たちがお前を番にしたいと言っていることを忘れてないだろうな」

「わっ、忘れてないよ?」


 鋭い視線を向けられ、リーシャはたじろいだ。

 どうやらノアの癇に障る事を言ってしまったらしいけれど、何がまずかったのか全く分からなかった。

 それが態度に出てしまったようで、ノアの眉間の皺が濃くなった。


「わかっていて、そんな相手に住処の事をしていろと言っているんだな?」

「え? あの、ダメだった?」

「お前は外で働く雄より、家のことをしてくれる雄の方が好ましいと思っているという事なんだな? つまりはエリアルには強い雄が好ましいと嘘をついたという事だ」

「そういう……わけじゃ……」


 リーシャは俯いた。

 たしかにエリアルに、自分と同じくらい強い男性が好きだと言った。

 嘘は言っていない。

 今後、もし家庭を築くことがあれば自分が家事をし、働いて帰ってくる夫を迎えたいとは思っていた。そして、時々クエストに一緒に行って体を動かす。それが理想だ。

 さっきの言葉は、ノアたち兄弟に対して恋愛とかそういった感情を持っていなくて、ただノアが心配で気を変えさせようとして出た言葉だ。まさかそんな風に返されるとは、リーシャは夢にも思っていなかった。

 ノアは感情を吐き捨てるかのように大きく息を吐いた。


「そういうことだ」

「……そこまで考えてなかった。ごめん」

「わかればいい」


 ノアは視線を掲示板に戻した。

 この数日、リーシャはノアに嫌がらせのようなことを散々言われたり、そっけない態度を取られたりしてきた。

 けれどノアもこのままではよくないと思い、ノアなりに好かれようという努力を始めたのかもしれない。

 働きたいと言い出したのもその一環で、リーシャが強い男が好きだという事を知り、一人前の強い男になって認められようとしているのだろう。

 けれど、リーシャにはそんな努力よりに先にしてほしいことがあった。


「はぁ……こういう努力をする前に、態度と口の悪さを直す努力をしてほしいんだけど……」


 思うだけにとどめるはずの言葉が、口からこぼれた。


「は?」

「ひっ……!」


 睨まれ、リーシャは思わず目を背けた。

 ノアに見られるのは居心地が悪かった。

 顔にはあまり感情が出ないけれど、目だけは異様に感情を表していた。特によくないことを考えた時や、不機嫌な時は恐ろしいほど目に感情が浮き出る。


 態度や言葉よりも、あの負の感情豊かな目をどうにかしてくれないかなぁ……


 そんなことを考えているリーシャの横で、ノアは怯えさせてしまったことを後悔したのか、気づかれないように無言で顔をしかめていた。





「よう、リーシャ! 今日はどんなクエスト探してんだ? 朝にSSがあったんだけどよぉ、どっかのギルドのやつがもってっちまったみたいで、今ろくなヤツねぇだろ」


 背後から陽気な男の声が聞こえた。

 振り向くと軽い防具を装備して、腰に剣を携えた男が片手を肩まで上げて立っていた。

 男性の名前はシルバー・ミストレスト。たまにパーティを組むことがある、手練れの剣の使い手だ。


「シルバーもクエスト探しに来たの?」

「おうよ。酒代を稼いどかないとなんねぇからな。んで? その隣にいるにいちゃんが例の居候くんか? 噂では、背のちっさい、可愛い子供みたいなやつって聞いてたんだけど」


 その情報源はおそらくグレイスだろう。

 それ以外にも、エリアルが街中で大声を出し、注目を集めてしまってもいた。その時の情報が追加され、さらに噂が広がっているのかもしれない。


「それは末っ子のエリアル。こっちはノア。長男よ」

「へぇ」


 シルバーはノアの頭から足先まで品定めをするかのように見た。

 ノアは気にしていないかのように、にっこりと笑い、お辞儀をした。


「ノア・ドラゴノイドです。どうぞお見知りおきを」


 リーシャは唖然とした。

 いつものリーシャに対する態度では考えられないほど、礼儀正しい男性を演じきっている。

 そんなことなど知らないシルバーは親しげに話を続けた。


「ドラゴノイド? おっかねぇ家名してんのな、あんた」

「私の家系には竜の血が流れているという言い伝えがありますので、それが関係しているのだと思いますよ」


 和らげな表情を浮かべるノアの横で、リーシャはあいた口がふさがらなくなっていた。


 よくそんなすがすがしい態度で嘘をつけるよね。


 と、内心感心もしていた。

 けれど、そんな場合ではないことを思い出した。ノアが、正体がばれないように話を進めるようにしているのだから、リーシャも合わせなければならない。


「今日はね、ノアがクエスト受けたいって言いだしたから連れてきたんだ。初めてだから勝手もわからないだろうから、私は付き添い」

「へーえ。けどよ、そんなひょろっこい体で戦えるのか?」


 ノアの眉がピクリと動いた。表情は笑顔のままだ。

 シルバーは気づいていないようだけれど、絶対に怒らせた。

 とりあえず、触らぬ神に祟りなしというので、リーシャは気づかないふりをすることにした。

 ノアが何を口に出すか若干心配ではあった。

 けれどそんな心配は不要だったようで、ノアは何事もなかったかのようにシルバーの失礼な問いに答えた。


「最低ランクの依頼で少し腕試しを、と考えています。今日はリーシャもついていますし、お恥ずかしいですが、最悪手を貸してもらおうかと」


 ノアも感情を抑え込む術を一応は持っていたようだ。


 いつもは思ったことを口に出してくるくせに。私にだって少しくらい気をつかってくれてもいいじゃない。


 ノアの受け答えを見ながら、リーシャは面白くないと感じたのだった。



「そうかそうか。まぁ頑張りな。ところでにいちゃんはなんも持ってねえけど、得物は?」

「エモノ?」

「武器だよ、武器。ちなみに俺の相棒は見ての通りこの剣だ。リーシャは魔法使いだから杖。と言いたいとこだけど、こいつ杖なしで魔法ぶっ放す変人だから必要ねぇんだよな。あんたも魔法使いか?」

「いえ、私は魔法なんて使えませんよ。とりあえず今日はこのギルドで貸し出されているという剣をお借りしようかと」


 ギルドは、まだ装備を買えないという初心者のために武器や防具を貸し出している。

 ノアに新しい装備を買ってもよかったのだが、剣が扱いにくく、他がよいとなった場合に無駄になってしまう。なので、まずはギルドで借りようという事になったのだ。

 残る問題は、どうやって剣の扱い方を教えるか。

 武器を持っても、それを扱う術を身につけなければ、討伐系は低ランクのクエストさえ危ない。

 魔法使いのリーシャは、剣士の心得など持ち合わせていないため教えることはできない。


 誰か探さないと……


 誰に頼もうかと考えていると、シルバーの腰に装備されているものに目がいった。途端にリーシャは目を輝かせた。


「あーーーー‼」

「な、なんだ⁉」


 突然の叫びにシルバー含め、周囲の視線がリーシャに向いた。

 けれど今はそんな事気にしている場合ではなかった。


「そうだよ、シルバー! 今日の予定ないならノアの剣を見てあげてよ。私、魔法以外はからっきしだから困ってて。指導料として、安いけど報酬半分持って行っていいから!」


 シルバーは剣の使い手。剣の腕もなかなかのものなので指導者にもってこいの人物だ。

 そんな適任者をリーシャは危うく見逃すところだった。


「んー、まぁ、リーシャの頼みってんなら。いいぜ。面倒見てやるよ」

「ありがと!」


 これで一安心だ。そもそもシルバー以上の剣士はこの王都では見込めない。最高の指導者を確保できたと言っても過言ではない。

 リーシャが上機嫌になっているその横で、ノアが面白くなさそうにしていた。けれど、リーシャはその事に気がついてはいなかった。



「すみません。では剣を選んでくるので、少しの間ここでお待ちいただいてよろしいですか?」


 ノアが突然リーシャとシルバーの間に割り込んできた。


「一緒に行かなくて大丈夫か?」

「ええ。リーシャについてきてもらいますので」


 何故指名されたのかわからなかったリーシャは首を傾げた。


「私? 剣ならシルバーのほうが……」


 振り向いたノアの表情を見て、リーシャは背筋がゾクっとした。


 ノアの目が……笑ってない‼


 口元は笑っているけれど、目の奥に黒い何かが宿っている。おそらく怒っている。

 怒りの対象は間違いなくリーシャだ。


 何で⁉ 何もしていないのに‼


 リーシャは慌てて取り繕った。


「だっ大丈夫! 私がバッチリいい剣選ぶから! アハハ……」

「リーシャがいいってんなら俺はいいけど」


 リーシャが苦笑いを浮かべていると、肩にノアが手を置いた。


「では行きましょう。案内をお願いします」

「う、うん。武器庫は、たしかこっちだよ」


 リーシャが前を歩き、ノアが後ろからつい行く形で武器庫へと向かった。

 武器庫は人気のない地下に作られている。

 2人の足音だけがコツコツと響き続けた。


「リーシャ。後で話がある」

「……っ! はい……」


 足音に紛れ、背後から不穏な言葉が聞こえ、リーシャは再びゾクっとする感覚を味わったのだった。




 武器庫にたどり着くと、入るや否やノアはリーシャに詰め寄った。目だけでなくすでに口元すら笑っていない。


「な、なんでしょう、ノアさん……」


 怖くてじりじりと後ずさっていくと、短い距離を保ったままノアはリーシャの後を追ってきた。

 ドンと壁にぶつかった。

 逃げ場がないところまで追いやられてしまった。

 ノアはリーシャの顔のすぐ横の壁をドンと強く叩いた。


「おい、何勝手なことをしている」

「か、勝手なことって?」

「あいつのことだ。俺には指導者などいらない」


 あいつとはシルバーのことだろうか。

 ノアは剣を使ったことないのだから、クエストで稼ぎたいと言っている以上、教えてくれる相手は必要になる。

 シルバーは指導者として申し分のない相手だ。責められるいわれはない。


「そ、そんなこと言わないの。私、剣は全然使えないって言ってるでしょ。武器を振り回すだけじゃ、受けられるクエストが限られてきちゃうじゃない。ある程度は扱い方を習得しないと」

「……チッ」


 リーシャの言い分に一応納得はしたらしい。しぶしぶ壁から手を放し、リーシャから離れた。

 それでも不満げな顔は消えてはいなかった。


「……俺が怒っている理由、わかるか?」

「私が勝手に指導してもらえるようにシルバーに頼んだから……」

「俺は何故それで怒ったのか、についての理由を聞いているのだが」


 リーシャは、「おまえは馬鹿か?」と、憐れむような目を向けられているような気がして少しムッとした。


 プライド? シルバーが気に食わなかった?

 

 いろいろ考えてみたけれど、しっくりくる言葉が見当たらなかった。


「わ、わかりません」


 リーシャが正直に言うと、ノアは溜め息をついた。


「だろうな。お前はこういった感情を察せられるわけがないな」


 馬鹿にされている気がしたのではなく馬鹿にされていたようだ。

 けれどなぜか、そう言ったノアの表情が寂しそうに見えた。


「ほぼ答えだがヒントをやる。俺は別に指導されるのが嫌なわけではない。どんな形であれ、他の人間を俺たちと同行させると言っていたら同じように怒った……これでわかったか?」


 つまりは、リーシャ以外の同行者はいらないという事。


「あ……たぶんわかった、と思う」

「ならいい」


 ノアは答えを無理に口に出させようとはしなかった。短い返答から、リーシャがきちんと気づけたことを察したようだ。

 ノアはただ、こう気付いてほしかっただけなのだ。


 2人が良かったってことだよね。


 それならば素直にそう言えばいいのに、リーシャはそう思った。

こちらの「初クエスト」のお話は3話構成の予定です。

続きの調整が終わったら本日投稿していきます。

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