表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/178

巨大な訪問者 その4‐2つの選択肢‐

「は? なんだよそれ」


 ルシアが衝撃を受けた様子で声を漏らした。

 他の2人の兄弟たちも子供の話を含めてリーシャと番になりたいと考えていたようで、かなり衝撃を受けた様子だった。

 リーシャは「そうなんだ」と内心受け入れつつも、どうしてか胸に晴れない靄がかかったような気分がしていた。

 とはいえ、竜王が言った言葉が事実であるとも思えなかった。

 自身が人間との間に子供ができなかったからそう言っているのではないかと思ったからだ。それだけでは根拠には成り得ない。

 けれど頭の良い竜の頂点にいる竜王がその点に気がついていないとも思えなかった。

 リーシャは竜王が何故そう言い切れているのか疑問に思った。

 竜王に問いかけようとした時、一瞬早くノアがリーシャの思っていた事と同じ疑問を口にした。


「何故そうと言いきれる。あんたに子がいないからというだけで人と竜の子ができないとは言いきれないだろう」


 ノアは拳を強く握りしめ、少し苛立っていた。

 その姿はまるで竜王の言うそれが事実であるはずがないと心の内で言い聞かせ、どうにか感情を押さえているようだった。


「まあまあ落ち着いて。実をいうとね、人間側にも竜側にも知られていないんだけれど、これまでに番になった人間と竜たちが私が知る限りでも10数組はいたんだ」

「そういう人たちが他にもいたんですか?」


 リーシャが信じられないというような声で言うと、竜王は平然とした態度で頭をコクンと縦に振った。


「いたんだよ。知られれば混乱を招いて、彼らが殺されかねないから私が匿っていたんだけど。そしてどの番も子を成すことはできず、みんな同じ運命を辿っていったよ」


 リーシャは寂し気な竜王の表情と含みのある言い方に引っかかりを覚えた。


「同じ運命って何ですか?」

「お嬢さん、君は私たち竜がどれくらい生きてきているか知っているかな?」

「いえ。以前、1,000を超えていそうな竜が見つかったという文献は読んだ覚えはありますけど……」

「うん。そうだね。平穏に暮らしてきた者たちはそれくらい超えているよ。私自身もたぶん2000は超えているはずだ」

「そんなに?」


 想像もできないほど長い年月を生きているという事に、リーシャは驚きで何といえばいいかわからなくなった。


 本当に竜がそんなに長生きだなんて……


 竜王はリーシャの目を丸くしている表情を見てクスッと笑うと話を続けた。


「ただ、私ほど生きているものは他にはいないし、天寿をまっとうした竜がいないから、私たちは自分たちの命の限界というものがわからないんだ。私もどこまで生きていられるかわからない。まあ、とりあえず今は、私たち竜という生き物が君たちよりとても長生きなんだって事さえわかっていてくたらそれでいいよ」

「はい」


 リーシャは素直に頷いた。そして竜王が言わんとしている同じ運命とはどういうことなのかを考え始めた。どうせ彼は素直に教えてくれる気はないのだろう。


 今の言い方からすると、竜が人間よりも長く生きる生き物ってことが関わってるのは間違いないはず。運命……辿っていった…………過去形……?


 嫌な予感が這い上がってきた。

 リーシャは自分の予測が間違っていてほしいと思いながら、そっと竜王へ視線を向けた。


「もしかして、竜王様が伝えたかったことは人間と番った竜は寿命が短くなるとかそういう話ですか?」


 竜王は寂し気に微笑んだ。


「察しがよくて助かるよ。ただ、番を持った者の寿命が短くなるという表現は適切ではないかな。番を持った竜は片割れを失うと、皆衰弱死するか、自ら命を絶ってしまったんだ」

「そんな……なんで……」


 愛の形は違えど、リーシャも大好きだった母を亡くしているため、愛した人を失って悲しみに落ちるのはわかる。

 人間でもそういう道を選ぶ者がいるのも知っている。

 ただそういう人間は本当に稀で、竜の全てがそうであるという事がにわかには信じられなかった。

 そして、それを信じたくなかったリーシャの手には力気込められた。


「私たち竜の執着は並々ならないって聞いただろう? 数日会えないだけで気が狂ったように心配する者もいる。そんな者が大切な相手を失って、その後の長い長い時の旅を愛しい相手無しで渡って行けると思うかい?」

「……でも、竜王様。あなたはこうして生きてますよね? その姿になれるっていうことはあなたも……」


 竜王の姿が人間に恋をした結果、という確証はなかったけれど、ノアたちやファイの状況からその可能性は極めて高い。

 リーシャのそんな推測から出た言葉を竜王は否定しなかった。


「私は手遅れでなかっただけさ」

「どういう事ですか?」

「この姿を手にした時、たしかにその女性を傍に置きたいと思ったよ。けどその感情が何なのかわからなかった私は、そうはしなかった。そして私は自分の内側にあるその感情が恋だと自覚する前に、人間との戦いで自らその女性のいる街を滅ぼし、彼女も同胞に殺された」


 平然とした態度で答えた竜王が信じられなかった。

 竜王の恐ろしい本性が垣間見えてしまうのではないかと、恐る恐る尋ねた。


「つらく、なかったんですか?」

「つらくはあったよ。けどそれは仲のよかった者を失ったからだと思ってたし、実際それが恋の始まりだったのではと気がついた時にはすっかり彼女への熱は冷めてしまっていたんだ。だから、後を追う気にはならなかったんだ」


 どうやら竜王は非情な竜ではないらしく、つらかったと答えた時、複雑そうで悲しそうな表情をしていた。どんなに憎んでいる人間でも情を持ち、失えば悲しんでくれる優しさを持ち合わせた竜だ。

 ふと、ファイドラスの顔が頭をよぎった。

 あの火竜も愛した人間を殺されたと言っていた。どこかで臥せっていないかという心配だった。


「じゃあ、ファイさんは?」

「会ったときに憔悴しきっている様子はなかったから、彼もまだ後追いするまでの感情に至っていなかったんだろう。今もどこかで思うままに旅を続けているはずだ」

「そうですか。よかった」


 ただの知り合い程度の関係でしかないけれど、言葉を交わした相手が命を絶っていたら後味が悪い。

 リーシャがほっと胸を撫で下ろすと、竜王は優し気な瞳でリーシャの事を捉えた。


「君は優しい子だね。1度しか会ったことのない相手の、しかも敵対しているような関係上の立場にある相手の心配をするなんて」


 ファイの事を敵として認識していなかったリーシャは、竜王から言われたことに驚いた。

 けれどたしかにその通りだと思うと困り気味に返事をした。


「ひどいことをされたわけではないですから」

「そうか。君たちのように互いに竜と人間が寄り添って生きられれば、互いの心配事も減るんだけどね」


 竜王はリーシャと3兄弟のことを交互に見た。

 リーシャも竜王と同意見だ。ただ、人間側のノアたち兄弟に対する様子を見る限りそう簡単には達成し得ない事だと痛感していた。


「うーん。この子たちのことを受け入れてくれる人たちはいますけど、やっぱりよく思ってない人も結構いるみたいなので難しいかもしれませんね」

「やっぱりそう思うか」


 竜王は大きく溜め息をついた。

 もしかしたら竜王は人間と竜の共存を望んでいるのかもしれない。

 聞いてみようかと悩んでいると、竜王は冷めたカップを口へ運び、リーシャより先に口を開いた。


「話を戻そう。それで、君は今後どうしたい?」

「どうしたいっていうのは……」

「このまま彼らといれば、君は後世に血を繋ぐことができず、彼らは君がいなくなった後、先の長い命を放棄するだろう。番う前の今、彼らから離れるのなら君は他の人間との子を残せるし、彼らも君を追って死ぬことはないかもしれない。まあ、もしかしたらもう手遅れかもしれないけれどね。それを踏まえて、君がどの道を選ぶのか、私は知りたいんだ」

「それは……」


 リーシャとしてはこれからもノアたち兄弟と暮らしていきたいというのが本音だ。けれど共に生きることを望めば、リーシャが死んだ後必ず彼らは長い生を途中で手放してしまう。そう考えると即答はできなかった。

 ノアたちと離れるという選択をすれば大きな喪失感を味わう事になるだろうけれど、彼らは長い時を生き続けられるかもしれない。

 それにこれからも一緒に暮らし続けたとして、番う選択を迫られた時、選ばれなかった2人の行く先はどうなるのか。


 今の幸せを取るか、彼らの未来を取るか……か。


 答えを出せず押し黙っていると、竜王はノアたちに向けて言った。


「君たちは、彼女の番になれないからって死を選ぶんじゃないよ?」

「選ばせないからいーんだよ。俺らはそれで納得してるし」

「え?」


 ルシアの何を言っているんだと言わんばかりの返事に、竜王はきょとんとした。

 竜王はリーシャが兄弟たちから離れる選択をした場合の事を言っているけれど、どうやらルシアはリーシャがこれからも自分たちと暮らすことを前提に答えてしまったらしい。ルシアの返答にノアが頭を抱えていた。

 嚙み合っていない話に竜王は考え込むような仕草をしていたけれど、すぐにすれ違いに気がつき、話を合わせた。


「あー、そういうことか。君たちがいいのならどんな風に番おうと私は何も言わずにいることにするよ」


 竜王は呆れるわけでもなく、目を細め温かい瞳でルシアたちのことを眺めた。

 その瞳を見たリーシャは、まるで小さな子供を見守る親のようだと思った。長く生きる竜王は、全ての竜を我が子のように思っているのかもしれない。


「そういえば。君、名前はなんだっけ?」


 ぼんやり見ていたところにいきなり話しかけられ、リーシャは慌てて答えた。


「えっ、私ですか? えっと、私はリーシャといいます」

「リーシャね。彼らは?」

「1番身長が低いのがエリアルで、長髪なのがノア。もう1人がルシアです」

「ん。覚えておこう。リーシャ、今すぐに結論を出す必要はないけど、できるだけ早く考えを固めた方がいいよ。手遅れにならないように」

「はい……」


 竜王はおもむろに立ち上がった。

 どこへ向かうかは告げずリーシャたちの横をすり抜け、部屋の外に出た。向かう先から、この家から出ようとしているのは明らかだった。

 好き好んで招き入れたわけではないけれど、一応有益な情報を運んできてくれた。

 リーシャが見送ろうとその背を追うと、竜王はふと足を止めた。


「あーそうそう。あと1つ教えておいてあげようと思ったことがあったんだった。詳しくは教えてはあげられないけど」

「なんですか?」


 竜王は頭と瞳だけを動かし、リーシャを横目で見た。


「若い同胞たちがそう遠くないうちに人間に戦いを仕掛けようと目論んでいるみたいだよ」

「……えっ?」


 ファイや竜王から聞いた竜が人間に向ける敵意の話に、雷竜による国の陥落。

 リーシャは竜との戦いを全く考えていなかったわけではなかった。

 ただあまりにも現実味がなかったため、もしかしたらという程度でしかとらえていなかった。

 実際にそうだと肯定され、これから起こるだろう出来事を想像したリーシャの心臓は、全身をめぐる血液を感じられるほどに音を立てて鼓動し始めた。

 困惑するリーシャを他所に、竜王は淡々と続けた。


「もともとそういう動きはあったんだけど、この前の雷の彼の事が後押しになったみたいだ。私が止めるよう言っても止まらないからもう好きにさせているけど」

「それっていつ頃……」

「詳しくは教えてあげられないって言ったよね? これ以上は仲間を裏切るようなことは言えないよ」


 リーシャは竜王の立ち位置がよくわからなかった。

 竜王はリーシャたちの敵ではないようだけれど、味方をしているというわけでもない様子だ。中立の立場という事なのだろうか。

 だとしても、竜王も少なからず人間を憎んでいるはずだ。何らかの理由で人間に手を下さないようにしているのはわかるにしても、仲間の竜たちが不利になる情報を教えてきた理由がわからなかった。


「なんでわざわざ私にそのことを教えてくれたんですか? もしかしたら私が他の人に言って対策を練るかもしれないですよね? 言わなければ確実に奇襲をかけられて、そちらの被害も最小限ですむのに……」


 リーシャは緊張が纏わりつく中、竜王の答えを待った。

 すると、竜王の確信を持っているような強い視線が向けられた。


「君たちがこのことを他の人間に話したところで、人間から受ける同胞たちへの被害は大して変わらないと私は考えている。昔のように我々は個々で縄張りを守っているわけではないし、過去の戦士たちよりも今の子たちは実力を伸ばしている。数体でかかれば1国を落とすことなどたやすいことだ。現に君たちに殺された雷の彼だって1体で1国を滅ぼしただろう? リーシャ、たとえ君たちが同胞の行く先に待ち受けていたとしても、彼らの勝利は揺るがない」

「けど……!」


 どうにか戦いを回避したかったリーシャは必死に声を張り上げた。けれど、竜王の態度は変わらなかった。

 続きを言わせまいとするように、リーシャの言葉に続けた。


「だから、できれば君たちはここで身を潜めていてほしい。君のような子には死んでほしくはないからね。池の主殿の力があればここが被害を受けることもないだろう。彼は幼い頃にこの辺りで起きていた人間たちの大戦の中を己の能力で生き抜いた。今度の大戦下でも身を守り切れるだろう」

「竜王様はスコッチさんとはお知り合いなんですか?」


 竜王はニコッと笑っただけだった。

 おそらく竜王がスコッチを一方的に認識しているだけで、スコッチはこの竜の事を知っているわけではないのだろう。

 スコッチは自身より力のある存在からは身を隠して暮らしていたような魔物だ。リーシャでも側にいると落ち着かないと感じる相手の前に姿を現すとは到底思えなかった。

 結局、竜王はそうとも違うとも答えはしなかった。


「話はそれだけ。伝えるべきことは伝えたし、そろそろ帰らせてもらうよ。黙って出てきてしまったから、周りの者が慌てているだろうしね。いきなり来てすまなかったね」

「いえ。いろいろ教えてくださってありがとうございました」

「ああ。またいつか会えるといいね」


 竜王は外へ出ると、人の姿のまま翼を生やし、空へと飛びあがった。

 飛び去るうちに姿が変化していった。遠く離れた頃には元の竜の姿になって飛んでいた。

 ただ、リーシャはその竜の色を見て目を丸くした。


「え? 白?」

「どうかしたのか?」


 リーシャの唖然とした声にルシアが不思議そうに反応した。

 いろんな種類の竜がいるのは知っているけれど、白い竜がいるとは聞いたことがなかった。


「……ううん。何でもない。さっ、家にはいろう」

「? ああ」


 この世の全ての事をリーシャが、人間が知り尽くしているというわけではない。まだ発見されていない事があっても不思議ではないのだ。


 いったいどんな竜なんだろう。


 リーシャは竜王が飛び去っていった空を見上げた。空を滑るように飛ぶ姿はもう見えない。

 竜王の言葉を聞いたリーシャは竜と人間が共に暮らすことには大きな障害があるという事を知り、これからの事を本気で考えていく必要があると悟った。

 感情を取るか、ノアたち兄弟の命を取るか。

 思った以上の難問に感じたリーシャは大きな溜め息をついたのだった。




 後日、竜王のことを知りたかったリーシャは後にスコッチに竜王について尋ねてみた。

 けれどやはり2人は知り合いというわけではないようで、竜王が一方的にスコッチの存在を認識していただけ。

 ただスコッチ曰く、竜王は昔この辺りで起きていた人間同士の戦争に手を加えて去って行った、怒りを纏った不気味な気配の生き物に似ていたらしい。

 お読みいただきありがとうございます。

 なんと、この話を書き始めて1年が経ってしまいました。毎週最低1話のペースは崩さずにやってこれました。これからも続けていけるように努力します。

 来週の更新予定は日曜日です。今回のお話はここで終わりなのですが、小話的な話を入れるか次へ進むかで悩んでます。

 でわ、また次回!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ