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巨大な訪問者 その1‐思案‐

 セントノーグ魔法学校から戻ってきて数週間、リーシャたちは以前と変わらない生活を送っていた。

 リーシャは闇の魔法について、情報が学校の外へ洩れてはいないか心配しながら過ごしているけれど、問題なく生活できているところから今のところ秘密は守られているようだ。

 それに国王から賜った騎士団の遠征に同行するという処罰も、本当に同行させられるような遠征があるのかどうか疑わしいくらいに、フェンリルからの音沙汰はなかった。ただし、セントノーグ魔法学校に滞在している間に、フェンリルがリーシャを探してギルドを訪れていたというアメリアからの情報はあったけれど。

 それ故にリーシャはこの数週間、自由気ままにクエストに赴きながら、のんびりとした森での生活を満喫していた。



 この日、暇を持て余していたリーシャはノアたちとのこれからについて、食卓を囲うためのテーブルで頬杖を突き、本に視線を落としながらひっそりと1人考えていた。


 もし私が3人の誰のことも受け入れられなかったら、3人ともここから出て行っちゃったりするのかなぁ……もし3人とも出て行ったら……私は1人きりの生活に戻る。それだけ。前はそれでもいいと思ってた。けど今は……


 リーシャは顔を上げた。

 誰もいない部屋を見渡すとズキリと胸が痛んだ。


 それは寂しいな。我儘だけど、今のままでいられるなら今のままでいたい。けど、それじゃあ今までと変わらない。じゃ、じゃあ誰かとつ、番になると仮定してみよう! 番になりたいってことは、人間でいうところの結婚したいってことだよね? 結婚ってことは、子供とか……つまりはそういう事もするってことで……3人のうちの誰かとなんて……できるわけ……できるわけ……


 リーシャは赤面しながらも、真剣な顔で思案し続けた。

 考え続けていると、部屋の扉が開き誰かが入ってくる気配がした。

 リーシャはなんとなくそれを察したけれど、かまわず本を相手ににらめっこを続けた。


「ねぇーちゃん! 何してるの? あれ? なんか顔赤くない?」

「へっ⁉」


 突然エリアルに問いかけられ、動揺しすぎて思わず上ずった声が出てしまった。


 しまった! 変に思われたかも。けど、正直に話すのは恥ずかしいし、ここは冷静に。


 リーシャはコホンと咳払いをすると、何もなかったかのような笑顔を作った。


「ただ本を読んでただけだよ? かなり集中しちゃってたみたいだし、ちょっと体温が上がってたのかも。窓も締め切ってたし。そっ、それより、いきなり話しかけてくるからびっくりしたよ」

「あ、ごめん! そうだよね。集中して読んでるときに声かけたらびっくりするよね。ごめんね?」


 咄嗟の言い訳で必要以上にエリアルをオロオロさせてしまい、リーシャの中で罪悪感が芽生えてきた。


「そんなに謝らなくてもいいよ」

「うん、わかった。それで、ねぇちゃんは何読んでたの?」


 エリアルはテーブルの上に置かれていた本を横から覗き込み、不思議な光景に首を傾けた。


「それ、最後のページだよね? ずっとそのページ読んでるの? そこって、一生懸命読むようなところじゃなくない?」

「え? あれ、ほんとだ」


 開かれていたのは、本の最後にある奥付のページ。

 考え事をしながら読んでいた、というより眺めていたため、無意識にめくっていた本はいつの間にか終わっていたようだ。


「えーっと、ちょっと考え事もしてたから。自分でもページめくってたの気がつかなかったよ」

「ふーん」


 エリアルは少し疑わし気な態度だった。更なる苦し紛れに言った誤魔化しに、さすがのエリアルも赤面の理由は他にあると悟ってしまったかもしれない。

 向かいの椅子に座ったエリアルは机に伏せ、リーシャのことを見つめた。


「じゃあさ、ねぇちゃん。本読み終わってるのに気がつかないくらい、何考えてたの?」


 エリアルは上機嫌に尋ねた。どうしてもリーシャが赤面していた理由を知りたいらしい。

 結局は墓穴を掘り誤魔化すことに失敗してしまったリーシャは、顔に張り付いた笑顔とは反対に、内心では焦りの汗を流していた。


 とっ、とにかく誤魔化して話を逸らそう‼


 リーシャはこれから言う事が嘘だとバレないように、エリアルの視線にしっかりと自分の視線を絡めた。

 エリアルが今見せている表情はいつもの無邪気な少年のものではなく、少し大人びた悪戯っぽい笑顔だった。見た事がないような表情に、リーシャは思わず一瞬ドキリとしてしまった。


「えーっとね、本を読んでるうちに新しく合成魔法を作りたいなぁって思い始めちゃって。けど、もういろいろ試しちゃってるから、なかなかいい案が思いつかなくてさ。それをずっと考えてたの。あっ! エリアルも何か思いついたら教えてくれると嬉しいな」


 リーシャは動揺を悟られないようにそれっぽいことを、本当のことを言っているような顔で並べ連ねた。嘘がバレないか動揺し、鼓動を大きくした自分の心臓の動きを感じていた。

 エリアルは何も言わず、リーシャのことを見つめた。


「どうしたの?」

「……それ、噓でしょ。ねぇちゃん、魔法のこと考えてるときはいつも真剣な顔してるもん。さっきのねぇちゃんはなんか、ヒャクメンソウ? っていうんだっけ? 顔がすっごい変わってたから絶対違う」

「えっ……」


 真実を見抜こうとするように、じっと自分を見てくる視線に耐え切れなくなったリーシャはついに目を泳がせてしまった。


 絶対に騙されてくれると思ってたのに……


 まさかエリアルにこうもあっさり嘘を見破られるとは微塵も思っていなかったリーシャの体は動揺で硬直していた。

 それでもなお、エリアルの追及は続く。


「ほんとは何考えてたの?」

「……」


 リーシャは口を結んで必死に考えた。

 本人を目の前にして、そう簡単に「エリアルたち3兄弟とのこれからについて考えていました」などと言えるわけがない。

 かといってすぐに先ほど以上の言い訳を思いつけるはずもなく、リーシャは観念するしかなかった。

 それに仮に誤魔化せたとしても、このまま1人で悩み続けたところで結論に辿り着ける自信もない。

 悩みの一端を担っている本人相手に相談するのもどうかとはわかってはいるけれど、これが自分の今の現状なのだという事を知ってもらった方がいいような気さえし始めていた。


「はぁ……エリアルたちのことを考えてたんだよ」

「僕たちのこと?」

「そう。ハンナに3人とのこれからの事をちゃんと考えろって言われちゃって……」


 エリアルの背筋がピンと伸びた。

 これまで全力で拒否するわけでなく、かといって受け入れようとしているわけでもなく、その手の話を避け続けていたリーシャが進んでその事について考えていたのだ。

 そんな思いもよらぬ出来事にエリアルの関心が向かないわけがない。


「……それで、ねぇちゃんは? これからどうしたいと思ってるの? やっぱり僕らとは番になりたくない?」

「わからない。このまま4人で暮らせたらいいなっていうのは今でも思ってる……けど、その、誰とつ、番になってもいいかとか考えてると、なんだかよくわからないんだけど、その……モヤっとするというか……」


 リーシャの声は、恥ずかしさで徐々に消え入る声のようになっていった。

困った顔をしているとエリアルの口が小さく動いた。


「誰と、じゃなくてもいいんだけどなぁ」


 リーシャにもエリアルが何かを言った事だけはわかった。

 けれど、息が漏れただけのような小さな声と小さな口の動きのせいで、何を言ったのかまではわからなかった。


「えっ? 何? よく聞き取れなかったんだけど、なんて言ったの?」


 リーシャが聞くと、エリアルはニコッとしながら返した。


「ねぇちゃんが僕らと番になることをやっと考えてくれるようになって嬉しいなって言ったの」

「ほんとに?」

「うん! ねぇちゃん僕らのこと、よくて兄弟くらいにしか思ってなさそうなんだもん。それに最初から、兄弟以外はあり得ない、みたいな感じで、番にしたいかどうかなんて考える気もなさそうだったし」

「うぐっ……」


 エリアルの口をとがらせて言った言葉がリーシャの心に突き刺さった。

 これ以上変なことを言われたくはなかったリーシャは、咄嗟に話題を変えようとした。


「さっ、さあ、聞かれたことは話したし、そんなことより、エリアル。最近魔法も上達してることだし、複合魔法の練習してみない? 教えてあげるから」

「ほんと⁉ する! やりたーい!」

「じゃあまず、ここでもできそうな簡単な魔法から――」



 リーシャは風と水の魔力を使った、氷の魔法についてエリアルに教え始めた。思惑通り、エリアルは夢中で練習をしていて先ほどの話を気に掛ける様子はない。

 リーシャが魔法教室を続けていると一瞬、窓の外が暗く陰った。

 太陽が雲に隠れたのかとも思ったけれど、その陰りは雲よりも厚いものが日の光を遮ったように暗かった。それに雲で隠れたにしては明るくなるのが早すぎる。

 直後、家の外で強い風が吹き始めた。窓や扉が激しくガタガタと音を立てている。

 この謎の現象にエリアルは体を小さくして怯えていた。


「ねぇちゃん……何が起こってるの」

「おいで、エリアル」

「うん」


 エリアルはリーシャの腕を抱きしめた。よほど不安なようで、抱きしめる力は、腕の血流が止められるのではないかと思うほど強かった。

 十数秒もすると風は収まった。


「おい! リーシャ! エリアル! 無事か! いったい何が起きたんだ⁉」


 別室にいたノアとルシアが慌てた様子で合流してきた。


「わからない。けど、魔法によるものじゃなかったと思う。今までこんなことなかったし自然現象でもないんじゃないかな。なんだろう。いきなりこんな……」


 リーシャはどこからか視線を感じた。

 それはノアも同じだったようで、リーシャより数秒速く窓の方を勢いよく向いていた。


「誰だ‼」


 ノアが見つめた先の窓の向こうで、何者かがリーシャたちの方へ近づいて来ていた。どうやら男性のようだ。

 窓の傍まで来ると男性は立ち止まり、何をするわけでもなくリーシャたちの事をただただ見つめていた。

 悪意のあるような気配ではない。けれど窓の男はうっすら笑みを浮かべていて、不気味ではあった。


「リーシャ。あの男は知り合いか?」

「全く」


 立っているだけでこんなに存在感のある相手ならば思い当たらないわけがない。

 ルシアだけは何か思い当たる節があったようだった。じっと睨みつけながら、何かを思い出そうとしているようだった。


「あいつ、なんか変な感じがする。なんだろう。どっかで感じたことあるような、そうじゃないような」

「どこかで見かけたことがあるかもしれないってこと?」

「そうじゃなくて。あいつ自身は知らねぇけど、前にどっかで似たような気配を感じたことがあるっていうか……あーくそ‼ どう説明したらいいかわかんねぇよ‼」


 リーシャたちが話し合っている間も、その男性は窓から部屋の中を覗き込んでいた。

 そしてその場所から声をかけてきた。


「お邪魔したいんだけど、いいかな?」

 お読みいただきありがとうございます。

 今回からのお話は恋愛パートに近いです。そんなに長くならないと思うので少しお付き合いください。

 次回更新は日曜予定です。朝から出かける用があるのでお昼前くらいで予約しようと思うのですが、もし不手際で更新に失敗したら夜の更新になります。

 でわ、また次回!

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