魔法学校 その14‐約束‐
広場では竜の姿で伏せているノアと、その背中に座るルシアとエリアルがリーシャの到着を待っていた。
ノアの足元には魔法学校の教師や、知り合った多くの生徒が見送りに来てくれている。
はじめの頃はノアたちの存在を遠巻きに見ていた生徒たちも、3人とかかわるうちに心を開いてくれた。
おかげで今、好奇心旺盛な何人もの生徒がノアの足を触りまわしている。ノアの方も触られる事を嫌がらず、生徒たちにされるがまま大人しくただただ伏せていた。
リーシャはノアたちを取り囲んでいる生徒や生徒たちを見渡した。
今回新しく知り合った学生、多かったんだなぁ。前の見送りよりだいぶ増えた感じがする。
こんなにたくさん見送りに来てくれているのに、1番姿を見せて欲しかった生徒の姿は見当たらなかった。
「やっぱりいないか」
リーシャがぼそりと呟くと、横にいたハンナが口を開いた。
「だいぶごねてましたからね」
ステファニーの姿が見当たらなかった。
ステファニーは数日前から「かえらないで、ここにいて」とリーシャに言い続け、ずっと不機嫌だった。
昨日に至っては泣き喚き、最後には自分の部屋に閉じこもってしまう始末。
またいつ会えるかわからないというのに、こんな別れ方になってしまうのは寂しい。リーシャは切なげな笑みを見せた。
「1番来てほしかったんだけどなぁ」
リーシャがそう言うと、ハンナはわざとらしく意外そうな声を出した。
「あら、私は来なくてもよかったんです?」
「もー、意地悪言わないでよ。ハンナにも来てほしかったに決まってるじゃない。ただ、ステファニーちゃんとは、今回ずっと一緒にいたから……」
「冗談ですよ。ちゃんとわかってますから」
「もう!」
リーシャはムッとした顔をしてハンナを見ていたけれど、にらめっこを続けているうちに互いに「フフッ」っと笑いあった。
これでハンナとは何のわだかまりもなく別れられそうだ。
「じゃあ、元気でね」
「ええ、先生も。お手紙お待ちしてますから」
ハンナと別れの言葉を交わした後、見送りに来てくれていた人たちと別れをかわし、リーシャはノアの背中に乗ろうと手を伸ばした。
その時。
「せんせーーーーー‼」
振り向くと、走ってくるステファニーの姿が見えた。
「ステファニーちゃん!」
リーシャが両腕を広げるとステファニーはその中に飛び込んだ。
「見送りに来てくれないかと思った」
「せんせもおにいちゃんたちも、いっちゃヤダ! ここにいて!」
腕の中で泣きながら思いを伝えてくるステファニーに、リーシャの胸がギュッと締め付けられた。
けれどその願いに応えてあげることはできない。
「ごめんね、ステファニーちゃん。私たち王都に戻ってしないといけないことがあるから、ここに残れないんだ」
「ヤダヤダヤダ‼ ほかのせんせーたちがいってた。リーシャせんせーつぎいつくるかわからないって! せんせーかえっちゃったら、もうあえないかもしれないもん!」
「うーん、困ったなぁ」
引きはがすこともできず、その場で動けずにいるリーシャに変わってハンナが腰を屈め、落ち着かせるように背中を撫でた。
「ステファニー、先生を困らせちゃダメだって言ってるでしょ」
「ヤダァァァ! わたし、せんせといっしょがいいぃぃ‼」
激しさを増す鳴き声の中、教員たちも加わりステファニーを宥めリーシャから引き離そうとした。
けれど、がっしりとしがみついているステファニーをなかなか離すことはできない。
意識的か、無意識なのかはわからないけれど、ステファニーが身体強化の魔法を使っていることに気がついていたリーシャはなすすべなく、しがみつかれ続けた。
「リーシャ。その子供はあとどれくらいここにいなければならないんだ?」
竜の姿をしたノアから、辺りに響き渡るような声が発せられた。
「えーっと、勉強が終わるのが5年くらいかかるからそれくらいかな? 頑張って勉強すればもっと早くなるかもしれないけど。でも、それは養子先とか保護者が見つかったらの場合で、1人で生活となると10年はここにいないといけないんじゃない?」
聞くだけ聞くと、ノアはリーシャには言葉を返さず、若干視線を下げた。
「おい、そこの小さいの」
「ちいさいのじゃないもん! ステファニーだっていってるでしょ! ノアおにいちゃんのバァカ!」
ステファニーはリーシャ越しに、可愛らしい瞳でノアを睨みつけた。
当然そんなことでノアは心を乱しはしなかった。ノアはステファニーの怒る姿を無視して話を続けた。
「5年」
「5ねん?」
話についていけていないにステファニーは首を傾げた。
「遅くとも5年後にはこの地に来てやる。リーシャといたいならそれくらいは耐えろ」
「……? どういうこと?」
「お前がここから去れるようになった時、迎えに来てやると言っている。努力すればもっと早く来てもやれる。俺たちの住処には住ませはしないが、王都でなら面倒を見てやる。それならすぐにリーシャに会えるだろ。それでどうだ」
勝手な提案に驚いたリーシャは、何を言いだすのかと声を張り上げた。
「ちょっ! ノア! 勝手にいい加減な約束しないでよ! そんな放り出すような事できるわけないでしょ! 5年後って、ステファニーちゃんはまだ小さいんだよ⁉」
「お前も幼いころから、1人であの家で暮らしていたんじゃなかったか? ならば無理な話というわけではない。それに5年もあれば気も変わるだろう」
「そんな、いい加減な……」
2人のそんな大声の会話も、ステファニーは聞こえていないようだった。ぼんやりと何かを考えているようにじっと何もない宙をじっと見つめている。
そして恐る恐るノアの方へ視線を向けた。
「……がんばっておべんきょーしてまってたら、せんせーとまいにちあえるようになる? エリアルおにいちゃんとも?」
「ああ」
そう言葉を交わすと、ノアとステファニーはじっと目を合わせた。ノアはステファニーの返答を待っているような、ステファニーはノアが嘘をついていないか探っているかのような時間だった。
リーシャの事を拘束していた両腕から力が抜けた。
そしてステファニーはリーシャから手を放すとノアの方へ一歩近づいた。
「……わたし、がんばる。がんばるから! せんせーたちに、リーシャせんせーのとこにいってもいいよっていわれたら、おてがみかく! おむかえにきてって! だから、ぜったいおむかえにきてよ、ノアおにいちゃん!」
「ああ、わかった。約束してやる」
ステファニーが、こっちを向いてというようにリーシャの服の裾を軽く引っ張った。
「せんせ。せんせは、わたしをおいていなくならなでね……」
眉が下がり、不安そうな表情だった。
本人が理解しているのかどうかはわからない。けれど、幼いころに親に置いて行かれた小さな女の子の縋るような姿に、事情を知るリーシャの胸は締め付けられた。
「うん。ちゃんとステファニーちゃんのお手紙待ってる。お迎えにも来るから」
「! やくそくだよ!」
リーシャの言葉に安心したステファニーは、花が咲いたように顔をほころばせた。
ノアの背の上の方から声が聞こえてきた。
「リーシャ、話終わったのかぁ? 終わったなら、早く乗れよ」
上を向くとルシアがノアの背の上からリーシャたちのいる地上を覗き込んでいた。
「すぐ行くからもうちょっと待って!」
リーシャは教員たちの方を向いた。
またしばらくの別れの時が来た。もしかしたら、今回で合う事もなくなる教員もいるかもしれない。
リーシャは寂しさを押し殺し、明るく笑った。
「じゃあ、今度こそ帰ります。お世話になりました」
「こちらこそ、助かったわ。ありがとう」
リーシャの1番の師であるナタリーが微笑みながら言った。他の教員たちもみんな笑顔で送り出そうとしてくれている。
リーシャは続けてステファニーの方を向き、腰を屈めた。
「ステファニーちゃん、元気でね」
「うん。やくそくわすれちゃやだよ?」
リーシャは小さな背中に手を回し、優しく抱きしめた。
「忘れない。忘れないよ」
ステファニーもリーシャの背中に手を回し、互いにキュッと抱き合ってから体を離した。
「それじゃあ、さようなら」
リーシャは風の魔法で体を浮かせてノアの背中に上ると、学校の人たちに向かって手を振った。
「みんな、さようなら! 元気でね」
「さようなら、先生!」
見送りに来てくれた子供たちが大声で別れの挨拶を叫び、手を振った。その中で一際大きく聞こえてくる声があった。
「ぜんぜー、まだねぇぇぇぇ‼」
ステファニーの瞳からはずっと我慢していた大粒の涙が流れ出し、ぐしゃぐしゃの顔で叫んでいた。
つられてリーシャの目頭も熱くなってきた。
「またねぇぇぇ、ステファニーちゃぁぁぁん!」
そんな別れの合戦の中、ノアは翼を羽ばたかせ空に舞い上がると、王都クレドニアムの方角へと飛び立った。
1カ月ぶりの空の旅の途中、リーシャは後ろへと流れる景色を眺めていた。魔法学校での楽しかった思い出が脳裏で再生される。
ステファニーと魔法の練習をしていた時の事を思い出していると、ふと1つの疑問が浮かび上がった。それをリーシャは独り言のように口から零した。
「ステファニーちゃんのあの執着はいったい何だったんだろう?」
「やたら懐かれてたな」
ルシアは平然とした態度で答えた。
もっと不機嫌になると思っていたリーシャは目をパチパチとさせ、じっとルシアの事を見つめた。
「なんか俺、変なこと言ったか?」
「ううん。言ってない。ただ、ラディウスの時みたいに騒がないんだなって思っただけ」
「ステファニーは別にリーシャと番おうとかそんなこと考えてないだろ? それなら、いい……いや、よくはないけど、子供だからギリギリ許せる。まあ、あそこまでベッタリしてるのを見てんのは不快ではあったけどな。なあ、兄貴」
「ああ」
不機嫌そうな同意する声がした。どうやらノアも子供相手だからと我慢していたようだ。
「だよなぁ。けど、あの雄はダメだ。あいつは本気でリーシャの番の座を狙って来てるからな。油断してたら何してくるかわかったもんじゃねぇ……」
リーシャの目には、見えないはずのルシアから立ち上る負の黒いオーラが見えたような気がした。
そこからはルシアのラディウスに対する不満話が長々と繰り広げられた。リーシャには心配のし過ぎなのではと思えるような内容のものばかりで、最終的にはそれを右から左へと受け流すようになっていた。
リーシャはぼんやりと流れる風景を見つめ、ぼそりと呟いた。
「番か……」
この時リーシャはハンナに言われたことを思い出していた。
もし本気で拒絶したら、3人はどうするんだろう。もし出て行くようなことになったら私は……
リーシャが物思いにふけっていると、黙り込んだ事を心配したルシアが顔をのぞき込んだ。
「おーい、俺の話聞いてるか? ってか、どうかしたのか?」
いきなり現れた顔に驚いたリーシャの意識が3人のいる空間に引き戻された。
「なんでもない。それより、本当に5年後に迎えに来てって手紙送ってきたらどうしよう。10歳くらいの女の子を1人で王都に住ませるわけにもいかないし。うちは周りが森で危ないし……」
ルシアが呆れたように溜め息をついた。
「やっぱ俺の話聞いてなかったんだな」
「……ごめん」
「いいけど。アメリアだっけ? リーシャと仲がいいやつ。相談してみたらどうだってさっき聞いたんだけど」
どうやらリーシャがぼんやりしていた間にステファニーの話題に戻っていたようだ。
聞くだけ聞いて話を聞き流してしまっていたことに気まずくなったリーシャは笑ってごまかした。
「そ、そうだね。あっ、そういえばギルドには宿舎があったっけ」
「ならちょうどいいんじゃね? どうせステファニーもリーシャと一緒にクエスト行くとか言って、ギルドに入りそうだしな」
「うん、言いそう。帰ったらちょっと相談してみるよ。それにアメリアもそこで暮らしてるから、その時は気に掛けてくれるだろうし」
ステファニーがもし王都へ来ることになったときの話をしながら、リーシャは家に帰ったら1度自分の気持ちを整理しようとひっそりと心に決めた。
そんな話をしているうちに、4人の空の旅は無事終わりを迎えたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて魔法学校編終了です!次回から少し短めの話を挟みます。とはいえ、なくてもいい話ではないので頑張ります。次回更新は次の日曜予定。
でわ、また次回!




