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魔法学校 その13‐別れの日‐

 リーシャたちがセントノーグ魔法学校に来て1カ月以上の日々が過ぎた。

 この間トラブルに見舞われることも多々あったけれど、魔法研究や練習に没頭できる有意義な時間を過ごせた。訪問の目的だったステファニーに魔法の扱いを教えるという仕事も無事完遂する事が出来た。

 役目を終えたリーシャは、小さなカバンの中へ残されていた衣類と書物を黙々と詰め込んでいた。


「ふう。これで全部まとめられたはず」


 最後の物を詰め終わり部屋の中を見渡すと、借り受けたときと同じ眺めの部屋が広がっていた。

 リーシャは久々に住み慣れた自分の領域に帰ることができる嬉しさと、新しい思い出ができた懐かしい地を離れる寂しさが同時に押し寄せて来て何とも言えない気分に浸っていた。

 これまでも何度かこんな思いを繰り返してきたけれど、この学校を去る感覚はなかなか慣れないものだった。


 コンコンーー


 部屋の扉がノックされる音がした。

 ノアたちは先に広場で待機させている。訪れたのは見送りの誰かだろう。


「どうぞ」


 リーシャが答えると、扉を開けた主は遠慮がちに声を発した。


「リーシャ先生。今よろしいですか?」

「ハンナ?」


 外の広場からワイワイと騒ぐ声が聞こえてきた。教員や生徒たちがリーシャを見送るために集まり始めているようだ。

 リーシャはハンナやステファニーともその別れの場で言葉を交わすつもりでいたため、こうしてわざわざ部屋まで来てくれたのが嬉しく、心が温かく感じられた。


「荷物はまとめ終わったから平気。どうしたの?」

「先生が発たれる前にお渡ししておきたい物がありまして」

「私に?」

「はい。よろしければこちらを受け取っていただけませんか?」


 ハンナは小さな紙袋をリーシャに差し出した。


「これは?」

「先生へのプレゼントです。よければ開けてみてください」

「うん、じゃあ遠慮なく」


 受け取り、中を覗いてみると可愛らしい箱が入っていた。

 リーシャは箱を取り出し、蓋をゆっくりと開けた。

 箱の中にはブレスレッドが入っていた。

 ブレスレッドの内側に、何か模様が彫られているのがちらりと見えた。どこかで見覚えのある形が所々に刻み込まれている。


「これって、回復の魔道具?」

「はい。先生は回復系の魔法が不得手と伺いましたので。この魔道具、魔力量が多い人でないと使えない効果抜群の1品なのですよ。少しでもお役に立てたらと思いまして。余計なお世話、でしたか?」


 リーシャは突然の素敵な贈り物に驚き、すぐに言葉を返せなかった。

 けれど思考が巡り始めるとすぐに頭を左右に揺らし、ブレスレッドの入った箱を両手でキュッと握りしめた。


「ううん、余計なんてことない! とっても嬉しい! 助かるよ! けどこれ、すっごい高かったんじゃ……」


 効果が抜群という事は、それだけ値も張るという事だ。

 装飾として彫られている模様やはめ込まれている石もそれを物語っていた。

 ハンナがにこりと柔らかく笑った。


「実家が実家ですから。小さい頃からお金は貯めていましたし、先生のお役に立てるならなんてことありませんよ」


 本当になんという事もなさげの、とても良い笑顔だ。

 人のことを下に見ることはしないハンナではあるけれど、こういう羽振りのいいところだけはさすが魔法貴族だと思わざるを得なかった。


「アハハ……」


 リーシャは苦笑した。

 けれど、手元の魔道具に目を向けるとハンナの心遣いに再び心が温かくなり、自然な笑みが浮かび上がってきた。


「ありがとう、ハンナ。大切にするね」

「喜んでいただけたならよかったです」


 ハンナもつられて幸福そうな笑顔になっていた。

 こうして親身になってくれるハンナだからだろう。

 なんとなく最近の心情を聞いてほしくなったリーシャは、自分を待っている人たちがいるにもかかわらずその場で語り始めた。


「私ね、今まで攻撃に使える魔法しか練習してこなかったから、回復魔法は発動するまでの時間は長いし、不発のことも多いんだ。今までは、私自身が大怪我することほとんどなかったし、パーティを組んだときは他の魔法使いの人が回復魔法を使ってくれてたから、まぁいいかって思ってた。けど、最近はそれじゃダメだなって……」


 リーシャは手元の箱を指でさすりながら、ぼんやり遠くを見つめるような瞳で見つめた。


「そう思える何か、があったのですね?」

「……私が参加した武闘大会で起きたこと知ってる? 決勝戦でのこと」

「ええ。見に行っていたわけではないのですけど、お話は聞いております。たしか、お相手はラディウス様という、とてもお強い方だったとか」


 ハンナの答えを聞いたリーシャは悲しげな顔をした。

 知らないわけはないだろうとは思っていたけれど、やはり知られていたのだとわかり、胸の奥で黒い靄のような感情が膨らんできているような気がした。


「そう。その人に大怪我をさせちゃったのに、私はその怪我をすぐに治してあげられなかった。それに、私自身も怪我をして寝込んだ事もあるし。それから時々練習はしてるんだけど、思うように上達できなくてさ……ある程度上達するまでは魔道具を使おうかなぁとかも考えてはいたんだけど、なんか踏ん切りがつかなくってずっと先延ばしにしてた。そしたら、また今回のホーリンス先生の足の件でしょ……もっと、きちんとどうすべきなのかを考えてたら、違う結果になったんじゃないかな、って思ったんだ」

「……それは……」


 さんざん聞かされた言葉が出る予感がした。

 リーシャのせいじゃない。

 責めて欲しくてこの話をしたわけではないけれど、できたかもしれない努力を怠っていたと反省しているリーシャにとって、その言葉は聞きたくはないものだった。

 リーシャは自分が作り出した淀んだ空気を打ち払うように、明るい声でハンナの言葉を遮った。


「ごめん、こんな変な話して。なんか最近ずっとモヤモヤしてて。ハンナが優しいから聞いて欲しくなっちゃった」

「……いいんですよ。年齢的には私の方がお姉さんですし。それに、先生がこうして心の内を話してくれるのは信頼してもらえていると実感できて、嬉しくもありますから」


 ハンナも慰めの言葉は不要だと察したようで、リーシャの声の調子に合わせて言った。

 こういう聡いところも好きなのだ。

 リーシャは安心したような柔らかい笑みを浮かべた。


「ありがとう、ハンナ。あっ、そういえば……」

「どうしました?」


 これまでこの学校を離れる時、生徒とはいつも互いに別れの言葉を交わすだけで贈り物を貰った事はないし、何かを贈った事もない。なので、今リーシャの手元にはハンナに渡せるようなものが何もなかった。


「ハンナはこうしてプレゼントをくれたのに、私の方は何も用意してないよ! うーん、どうしよう……」


 リーシャは唸りながら、真剣に悩み始めた。

 次々と出てくる案をあーでもないこうでもないと棄却していくばかりで、なかなか決まらなない。

 そんなリーシャを見て、ハンナはクスリと笑うと愛しいものを見るような視線を向けて微笑んだ。


「それでしたら先生、贈り物の代わりに私が気になっていたことを教えていただけませんか? ずっと気になっていたことがあるんです」

「いいけど、私に答えられること?」

「魔法の理論の質問のような、そういうお話ではないので大丈夫ですよ」

「?」


 魔法関係以外の質問内容には見当がつかず、リーシャは頭を傾けた。

 リーシャのその行動が面白かったのか、ハンナはまたクスリと笑った。


「先生は、ノアさんたち兄弟のどなたと恋仲になられるおつもりなのですか?」

「……えっ?」


 予想外の質問にリーシャは固まった。


「先日の魔法対決でノアさんたち兄弟が先生に好意を抱いていることを知ってしまったわけですし。私も恋の行方というものが気になるお年頃なのですよ」


 ハンナは恥ずかしそうな素振りはしているけれど、「教えてくれますよね?」と無言で圧をかけてきているような気がした。

 リーシャはハンナの謎の好奇心に戸惑った。

 けれどある事を思い出し、ハンナがなぜ追及する構えをとっているのかがわかってしまった。


 そうだ! ハンナも恋愛小説が大好きだった‼


 ハンナと初めて出会った年、リーシャは彼女の趣味を偶然にも知ってしまった。

 話をしていくうちに、ハンナのお気に入りという小説が普通の恋愛小説だけでなく、どうやらリーシャがクローゼットに隠している本と類似しているものも多々あることが判明した。

 何時間も本を紹介し合ったり、どこがよかったなどと共感しあったりしたのはいい思い出だ。

 こういう共通点もあったため、それを直感したエリアルは2人を「似てる?」と言ったのかもしれない。


「ハンナは年ごろとか関係なく、昔からずっとそういう話は気になってるんでしょ?」

「覚えてくださっていたのですね、先生」


 ハンナは珍しく頬を染めながら無邪気な笑みをリーシャに向けた。


 こういう話の時だけこうなるんだよねぇ。


 ハンナが求めている物語を聞かせてあげたいところではあるけれど、リーシャの中にはそんな物語は出来上がってなどいない。期待に応えることは不可能だ。


「期待してるとこ悪いけど、私は3人の誰ともそういう関係になるつもりはないよ。ノアもルシアもエリアルも家族みたいには思ってるけどさ。第一、あの子たちは竜だよ? 種が違うんだからそういう風に見られるはずないよ」

「種が違うからこそ苦難を超えて恋は燃え上がるのではないですか! 私は好きですよ、禁断の恋。先生も恋物語を好まれるのに思考が固いのですね? 先生は読まれません? 人間と人化した獣や魔物との恋物語!」


 どうやら変なスイッチを押してしまったようで、ハンナはリーシャにグイグイと迫ってくる。その勢いは、どうしてもあの兄弟たちの誰かとくっつけようとしているようだった。


「それは、読むけど……けど、物語は物語! 自分に起きる事とは別・問・題!」


 リーシャも負けるものかとハンナに迫った。

 するとハンナは憐れむような表情をリーシャに向けた。茶化そうとかそういうようなものではなく、心からのその表情にリーシャの胸がズキリと痛んだ。


「な、何? どうしたの?」

「……余計なお世話だと思われるかもしれませんけど。先生、1度あの方たちとの関係をきちんと考えられた方がいいと思いますよ?」

「考えるもなにも人と竜じゃあ……」

「そんな答えではノアさんたちが可哀想です。あの方たちは先生のことを心から慕ってくれているのではないですか? 性格の相性でどうしても受け入れられないというのなら仕方ないですけど、ただ種が違うからとあしらい続けるのは酷なことだと思いますよ。しかも先生、中途半端にしか拒絶してないのではないですか?」

「そんなことは……」


 これまで誤魔化して目を背けようとしてきた事実を突かれ、リーシャはそれ以上答えることができなかった。


「と、説教じみたことを言ってはみましたけど、自分がそういう人ならざる方から好意を抱かれているわけではないから言えているところもあります。すみません。けどノアさんたちが先生と同じ人間の姿になってまで先生の傍にいるということは、心から先生のことを慕っているという事のように思うので、断るにしてもきちんと向き合って、無理なら無理ときっぱりと言ってあげてください」

「……そう、だね。すぐにできるかはわからないけど、考えてみる」


 リーシャの言葉にハンナは満足そうに頷いた。


「そうしてください。それでは、みんな待たれているでしょうし広場の方へ向かいましょうか」

「うん」


 ハンナは先ほどまでの好奇心旺盛な子供のような態度が嘘のように、普段のおしとやかな調子に戻っていた。

 広場へ向かう途中の廊下でハンナが寂しそうに口を開いた。


「今度はいつ会えるかわかりませんね」

「また来年、新しい人が見つかるとも限らないからね」


 リーシャの言葉にハンナは困った顔をした。


「それもあるのですが、私も今年でこの学校を去らなければなりませんので」

「そっか……」

「先生の今の立ち位置からして、この魔法学校を卒業した私と関わる事は避けた方がいいでしょうし」

「そう、だよね」


 ハンナは魔法貴族であり、本来普通に暮らしている人間が関われるような相手ではない。おまけにネクロノーム家の血を引いている。

 煩わしい縁談話が消えない今、ハンナと頻繁に連絡を取ればその縁を縁談の材料にされる可能性がある。そうなってしまうのはリーシャとしては避けたかった。

 けれどハンナとこれっきりというのも嫌だった。


「縁談話の嵐に区切りがついたら手紙を送るよ」


 寂しそうにしていたハンナの顔からは陰りが消え、恋する乙女のように頬を染めて笑った。


「楽しみにしていますね。その時はきっと、先生のお相手の方も決まっていると思いますし、ちゃんと紹介してくださいね」

「まだ言ってる。きちんと向き合ってはみるけど、ノアたちとそういう関係にはならないと思うよ?」

「あら、先生。私、お相手がノアさんたちなんて一言も言っていませんよ?」


 ハンナはクスクスと笑っている。

 リーシャは自身の失言に顔を真っ赤にし、恥ずかしさをごまかすためにムッとしたような態度になった。


「もういい! 帰る!」

「すみません、先生。お荷物お持ちしますから、機嫌直してください」


 そう言っているハンナに悪びれている様子はない。むしろ面白がっているのではと思える。


「むう……」


 不機嫌そうに鳴いてみたけれど効果は無し。何故か頭を撫でられてしまった。

 そして有言実行で荷物を奪われたリーシャは、ブツブツ文句を言いながらもハンナの横に並んで皆の待つ広場へと向かった。

 お読みいただきありがとうございます。

 ……今回で魔法学校編終わる予定だったのですが、お察しの通り終われませんでした。なので予定変更で日曜更新分で本当に終わります。どれだけ長くなっても終わらせます。という事です。

 でわ、また次回!

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