魔法学校 その12‐兄弟対決‐
順番と勝敗内容が決まると、ルシアはリーシャの方を向いた。
「と、いうわけで、3回連続命中のやつが勝ちだと時間かかりそうだから、2回成功したやつが勝ちってことにしたから。審判頼んだぜ、リーシャ!」
「はいはい……」
1番手はルシアのようで、的に向かって魔法を放つための場所へと足を進めた。
魔法を当てにくいような距離ではないけれど、集中して狙わなければ当たらない程々の距離だ。
「んじゃ、まず俺の1発目な!」
ルシアは定位置に立つと、この数週間で練習した通りに魔力を操り始めた。
魔力の流れを見ることができるリーシャには、ルシアがこれまで通りにできていることはわかった。だからこその不安もある。
「よし、いくぞ。炎よ」
ルシアが右手に魔力を集めた手を的に向けるとほんの少し先の宙に炎が現れた。
この場の全員がその成否を見届けようと息を呑んだ。
「あっ‼」
静寂はルシアの一言を境に破られた。
炎は的に向けて放たれることはなく、突然膨らんだかと思うと次の瞬間にはルシアの手に燃え移った。
「うわっ! あっちーーーー‼」
「もう、なにやってんの⁉」
リーシャは慌てて魔法で大きな水の球を作り、炎で燃えているルシアの右手に向かって投げつけた。そしてすぐに、慣れない回復魔法を施した。
「これでやけどの跡は残らないとは思うけど。大丈夫?」
「ああ……ありがとな」
ルシアの目尻にはうっすらと雫が浮かんでいた。
この光景は果たして何度目になるのだろうと、リーシャは片眉を上げた。
「魔力をきちんと1点に集めきれないうちに発動させるからこうなるんだよ。前にも言ったでしょ?」
「……言われた……」
「もー、回復魔法使っても跡が残っちゃうことはあるんだから。次からは慣れるまで水か土の魔法を使いなさい。ってことで、ルシア1投目失敗ね」
「くそぉ……」
ルシアはその場で項垂れた。
するとそんなルシアを他所に、次に魔法を披露する選手は名乗りを上げた。
「次は僕の番! ルシアにいちゃんどいて」
「おー……」
「それじゃあいくよ。炎よ」
エリアルは落ち込みモードのルシアを追いやると、こともなさげに炎を作り出した。
炎は安定していて、消える気配もない。
ルシアと違って、ここまでは完璧だった。
「それっ!」
炎を放っても軌道はぶれてはいない。
魔力のコントロールは申し分なく、エリアルの魔法は見事に的に命中した。
「エリアルは1回目成功だね」
「やったぁ!」
エリアルは両手を上げて喜ぶと、くるりと向きを変えてリーシャの元へと駆けていった。
「すごかったでしょ? ルシアにいちゃんにできなかったことが僕にできたんだよ! 練習の時、1回目で成功したことあんまりないんだけど、初めて1回で成功できたんだよ! やったぁ! やったぁ!」
一通りの喜びをリーシャに伝えたエリアルは満面の笑顔をしていた。
すると突然、思い出しといわんばかりにノアの方を向いた。
「次ノアにいちゃんの番だよ!」
「ああ」
いつも通り冷静さを保っているように見えるノアは、エリアルに促され勝負の舞台に立った。そして手に魔力を集め始めた。
その姿を見守っているとノアの瞳がリーシャの方を向いた。視線が合ったように感じたリーシャの体はビクッと震えた。
ノアは溜め息をついた。
集めていた魔力は手から消え、何故か見物人たちの元へと戻って来た。
「ノア、どうしたの?」
「やはり俺は棄権する。勝敗の見えている勝負に挑んでも魔力の無駄だ」
「え?」
ノアらしからぬ発言に、しゃがんで項垂れていたルシアも顔を上げた。
「は? なんだよそれ。俺らはラッキーだけどさぁ。つーか、兄貴は負けるってわかっても棄権するような奴じゃねぇだろ」
「……万が一にエリアルに勝てたとしても、今の状況ではリーシャとの距離が開くだけだと思い直しただけだ」
「あー……リーシャに避けられまくってるからってことか?」
「そうだな」
「ふーん。まあ、兄貴がいいならいいんだけど」
ノアは勝負から降りると、何食わぬ顔でリーシャの真横に立った。先ほどからノアの行動にビクついているリーシャが戸惑わないわけがない。
思わず身構えていると、ノアが口を開いた。
「リーシャ」
「な、なに?」
見上げたノアは正面を向いたまま、何かを考えているように目は閉じていた。次の言葉を発しないところから、呼んだはいいけれど言うかどうか悩んでいるといったところだろうか。
リーシャは何を言われるのだろうと心臓の鼓動を大きくさせながら、ノアの次の言葉を待った。
「……くちづけたこと、謝らないからな」
「え?」
リーシャは目を丸くした。
いきなりその話⁉
持ち出されるとは思っていなかった話題にどう返していいかわからなかった。
けれど、やはりリーシャとしてはあの出来事は未だに尾を引いているのだ。多少なりとも反省はしてほしいところだった。
「えーっと……そこは謝ってほしい、かな。あの時いきなりで……その、びっくりしたんだから」
「後悔もしていない」
「えっ。あの、ノアさん? 聞いてる?」
「ああ、聞いている。ああでもしなければリーシャ、お前は俺たちのことをこれからも庇護すべき対象としか見なかった。そう思わないか?」
「そっ、それは……」
否定できずにリーシャは口ごもった。
ノアはそんなリーシャに対して日ごろの憂さを晴らすように、リーシャに追い打ちをかける。
「俺たちはお前と番いたいと言っているのに、そういう意識を持とうともしていなかったんだからな」
3兄弟といると、ふとした拍子に胸が騒ぎだしたことが何度かあった。
もしかして彼らにそう言う好意を抱いているのでは、と思う事もあったけれど、まさかそんな事はと頭から払いのけ、これまでずっと深く追及してこなかった。だからノアの言った通り、好きだの恋だのそういった意識で彼らを見ようとはしていなかったというのは間違いではない。
リーシャは図星をつかれ、口を閉ざした。
会話が止まると、それを横で聞いていたルシアが2人に声をかけた。
「なぁ、話は終わったのか?」
「ああ」
「そっか。んじゃ、続き再開するか。次は俺だな」
言いたいことをぶつけたノアはどこかすっきりしたような顔で、勝負に挑もうとするルシアを見ていた。
リーシャは不服そうにノアを見上げた。
ノアはその視線にすぐに気がつき、リーシャの方へ視線を落とした。
「今はあいつらのことを見てやれ。お前にいいところを見せようと必死なんだ」
「ノアが変なこと言うから……」
「……」
「……なんでもない」
ノアに無言で横目で見られ、リーシャは咄嗟に謝ってしまった。
ねちねちと文句を言われるよりも、ただ無言で見つめられる方が逃げ出したいという本能が強く働いてしまう。
「はあ……」
リーシャは大きなため息をついた。
けれどどれだけ逃げ出したくても今は我慢しなければならない。ノアの言う通り、ルシアとエリアルは真剣勝負をしているのだ。
動機がどうであれ、彼らは今日まで努力し、その成果をリーシャに見せようとしている。それにリーシャはその審判を頼まれ、引き受けたのだから。
リーシャは邪念を払拭しようと頭を横に振るった。
今は考えるのをやめよう。ルシアたちが頑張った成果を見てあげないと!
リーシャは再び的と向かい合うルシアのことを見た。
「負けるってわかってても、1回くらい成功させとかねぇとかっこ悪いからな」
ルシアはそうぼそりと呟くと、慎重に魔力を集め始めた。リーシャに指摘された通り魔力の量に注意し、先ほどよりも多くの魔力を1点に集めている。
「水よ!」
十分な量の魔力で作られた水の球は、姿を保ったまま的目掛けて放たれた。
飛んでいく方向も完璧で、命中した的は水気を帯びた。
「おっし!」
ルシアは嬉しそうに両腕に力を込めた。
リーシャもそんなルシアを見て、胸の奥から込み上げてくる喜びが溢れ出た。
「やった! すごいよ、ルシア! 今度は成功だね」
「へへっ。前に比べたらすごい成長ぶりだろ」
「そ、そうだね」
ルシアがあまりにも自信満々な様子で自分からそんなことを言うため、リーシャはどう答えるのが正解なのかがわからずに苦笑いになっていた。
これは、もっとのってあげた方がよかったのかな?
そうリーシャは思ったけれど、ルシア本人が自分の功績に満足して周りの反応は気にしていないようだったので、それ以上の追及はやめておいた。
ルシアが観戦している集団に戻ってくるとエリアルが軽やかに1歩踏み出した。そしてくるりと向きを変え、ルシアに向けて宣言した。
「じゃあ次、僕の番! せっかく成功したところ悪いけど、僕がこれで決めちゃうからね」
「緊張で盛大に外すなよ」
ルシアが悪戯っぽく言うと、エリアルは口を尖らせた。
「大丈夫だもん。にぃちゃんこそ、負けそうだからって邪魔しないでよ?」
「んなことするわけねぇだろ。つーか、今までお前にそんな嫌がらせした事ねぇだろうが」
「えー。だって、ねぇちゃんが関わってくるとにぃちゃんも何するかわかんないじゃん」
「そんなことは……」
ないと言いたいのだろうけど、否定できない自分がいるようでルシアは眉間に皺を寄せて明後日の方を向いてしまった。
「じゃあ、頑張ってくるね!」
ステファニーが「おにーちゃん、がんばれぇ」と声援を送ると、エリアルは大きく手を振って返していた。
「ふう……」
定位置に立つとエリアルは瞼を閉じ、魔力を集め始めた。まわりから見ても集中しているのがわかるほど真剣な表情をしている。
リーシャの目には、これまでで1番上手く魔力を集められているように見えていた。まさに集大成と言えるほどだ。
エリアルの瞳は開かれ、視線が的を捉えた。
「炎よ……」
手がゆっくりと的の方へと向けられた。
標準が合わさるとボンッという音と共に炎が的へ向けて飛ばされた。
炎は大きく、標的を捕らえることに成功した。
そして、成果はそれだけでは納まらなかった。
的は水気を帯びていたにもかかわらず大きく燃え上がり、炎が消えた後の姿は形をとどめているものの真っ黒になっていた。戦闘にも使える十分な威力だ。
燃え上がっていた炎が消えると同時に、エリアルの体が集中の糸が切れたようにビクリと揺れた。
「あっ! 的が黒くなってる! やった!」
2回目の成功を収めたエリアルは走ってリーシャたちのところへ戻って来た。
「あれ僕がやったんだよね⁉」
「そうだよ」
リーシャが答えると、エリアルは勝ち誇った顔をしてルシアの事を見た。
「ってことでにぃちゃん。勝負は僕の勝ちだね!」
「やっぱ外さねぇよなぁ。ってか、どんだけ集中してんだよ。当てた瞬間が見えてないって」
「ふっふっふっ。僕だってやればできるんだから」
「そうだな」
ルシアはエリアルの頭をガシガシと撫で回した。エリアルはやめてと言いながら嬉しそうにしている。
リーシャはそんな微笑ましい様子をリーシャが横で眺めていた。
するとエリアルがルシアの手から抜け出し、リーシャの方へ視線を向けた。
「リーシャねぇちゃん!」
「なに?」
「約束! ねぇちゃんからチューしてくれるんだよね?」
「わ、私から……?」
3兄弟で勝手に決めただけでリーシャは約束をしてはいなかったのだけれど、尻尾を振る犬のように見つめてくるエリアルに向かって嫌だとは言いにくい。
とはいえ、思いきることもなかなかできず、どうにか誤魔化す方法はないかと必死に考えた。
エリアルなら、もしかしたら美味しいものをいっぱい食べさせてあげるっていえば誤魔化せるんじゃあ……
リーシャがそんな逃げ道を模索していると、誰かから軽く背中を押された。
振り向いてみると背後にいたのはノアだった。顎を動かして「やれ」と言っている。この様子では考えている事もお見通しなのだろう。逃げ道は早々に潰されてしまった。
「あの、ぽっぺた、にでいい?」
「うん。いいよっ! はい!」
エリアルは頬をリーシャに向けて突き出した。
エリアルが単純でよかった!
口になんて言われでもしたら、耐えきれず逃走していたかもしれない。
リーシャは覚悟を決め、唇をエリアルの頬へ素早く、軽く押しあてた。たったそれだけの行動なのに、心臓は強敵と戦った後のように早鐘を打っている。
リーシャは、約束は果たせたと安堵して息を吐きだした。
エリアルは接触部を手で触ってぼんやりとしていた。突然、口が大きく喜びに満ちた弧を描いた。
「ねぇちゃん、だぁいすき!」
エリアルは勢いよく地を蹴り、リーシャに向かって飛びかかった。
「きゃっ‼」
「わわっ⁉」
恥ずかしさで頭が正常に機能していなかったリーシャが、自分とあまり変わらない大きさの相手からの、想定していなかった行動に対応しきれるはずもなく2人は揃って地面へと崩れた。
倒れる途中、慌てたルシアから名前を呼ばれたような気がしたけれど、混乱するリーシャにはそれが現実の事だったのかはわからなかった。
背中に地面の感触を覚えると同時に、リーシャの唇にフニッとする、覚えのある感触がした。
「ご、ごめん。リーシャねぇちゃん! だ、大丈夫?」
「えっ? え?」
リーシャは体を起こすと、唇に手を当てた。そしてエリアルの口元に視線を向けた。
これって……今唇に当たったのって、もしかしてエリアルの……?
状況を理解すると、キャパオーバーしてしまったリーシャは頭から湯気が出るくらいに顔を赤くし、そのまま気を失ってしまった。
「ね、ねぇちゃん⁉」
「せんせ⁉」
驚いたエリアルとステファニーは声をかけ続けた。
どうしていいかわからないルシアはノアに尋ねた。
「リーシャが気を失っちまったぞ‼ あ、兄貴、どうしたらいいんだ、これ⁉」
「まったく……」
周りが慌てふためく中、リーシャの目は回り続けていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
魔法学校編は次回で終わりです。とは言っても「これで1話なの?」と思えるほど短い話になると思います。なのでできれば早めの更新をして、次の日曜には新しいお話に入れたらなぁと思っています。
でわ、また次回!




