魔法学校 その11‐それぞれの成果‐
怒涛の出来事から2週間。
リーシャはステファニーの魔法指導を続けていた。目を覚ました翌日には完全復活し、何事もなかったかのように指導を再開した。
そのかいもあり、ステファニーの魔力をコントロールする力は格段に上達した。
そしてその過程で発覚した事実もあった。
これまでステファニーの周りでは、謎の物音や高所からの突然の物の落下など、様々な怪奇現象が起きていたらしい。けれどそれらは、ステファニーが魔力を制御できるようになるにつれて鳴りを潜めた。
どうやら制御できずに溢れ出した魔力で、無意識のうちに魔法を発動させていたようだ。
魔力のコントロールを覚えたステファニーの今の実力は、リーシャと軽い模擬戦ができるほどになっていた。
この日もリーシャとステファニーは模擬戦をする予定だった。2人は練習場の真ん中で距離を取り、向かい合って立っていた。
離れた位置ではノア、ルシア、エリアル、そしてハンナが2人を見守っている。
「せんせー、いくよ!」
「うん、いいよ」
ステファニーは今から楽しい事が始まるかのようにニッと口角を上げた。
「みずよ!」
ステファニーはさっそく両手の先にいくつもの水の球を作り、リーシャに向けて飛ばした。
発動速度もコントロールも申し分ない。
リーシャはその攻撃を魔力で高められた身体能力で流れるようにかわした。
「うん。魔法自体はいい感じ。でもこんな単純な手じゃ私に攻撃は当たらないかなぁ」
「むうう……それなら」
ステファニーはさらに速度を上げて水の球を放ち続けた。けれど、それでもリーシャには当たらない。
むきになって放たれる攻撃は次第に単調化し、かわすのも容易になっていた。疲れも出ているようで、軌道が段々足元へと下がっていく。
そろそろ仕掛けようかな。
リーシャは反撃に出ようと地面を踏み込んだ。
すると足元に違和感を感じた。
「へ?」
リーシャは柔らかい地面に足を取られ、重心が後ろへと傾いた。
勢いの強い水が地面に衝突し続けたことで、硬かった地面の一部にぬかるみが出来ていたようだ。
ステファニーが嬉しそうな声を上げた。
「かかった!」
「しまった!」
リーシャが倒れそうになっているさなか、ステファニーはすかさず地面へと手を付けた。
何か仕掛けてくる!
そう思ったリーシャもすかさず地面に手をつき、魔力を流した。
水気の少ない地面の奥らから土が押し上がり、リーシャはそれを踏み場にしてその位置から飛びのいた。
地面に着地したリーシャはすぐに次の攻撃に備えて身構えた。
けれど何も起こらない。
起きている事と言えば、せいぜいぬかるんだ地面が異様に波打つような動きをしているだけだった。
ステファニーもこの状況に戸惑っている様子だ。
ああ、もしかして……
状況をなんとなく察したリーシャは、遠慮することなく微弱な雷の魔法を地面に放った。
「わっ!」
ステファニーの足がピクリとわずかに痙攣し、そのまま後ろに仰け反り地面に尻もちをついた。
「はい、しゅーりょー」
リーシャの宣言にステファニーの頬は膨らんだ。
「むぅぅぅぅぅ……せんせ! なんでわたしのあし、ピリピリしてるの⁉」
「それは、私が雷の魔法使ったからだよ。地面を伝って狙ったの」
「なんで⁉ かみなりのまほーってつちのまほーによわいんでしょ⁉ なんで⁉」
ステファニーは納得いかないと、駄々をこねるように言った。
確かに有属性魔法の優劣に関しては土の魔力に雷の魔力は効果が薄いと習う。
けれど自然の力が関わったり、魔力が複合された状態だったりするとその関係性は異なってくるものだ。
「たしかに土魔法、というか土の魔力を帯びたもの自体は電気を一切通さないし、逆に雷の魔法も普通の地面相手だと使い物にならないけど……」
リーシャはさっきまで自身がいたところからステファニーの足元までの地面を目でたどった。その視線の先をステファニーも一緒に辿った。それでもまだ気がつかない様子だった。
「これだけびしょびしょの地面だと簡単に電気は通るし、雷の魔法でできた電気なら行先もコントロールできちゃうんだよね」
「あっ……」
自分の足がしびれている原因に気がついたステファニーは口をぽかんと開けた。
それと、ステファニーが勝てなかった理由はもう1つあった。
「あと、ステファニーちゃん。私が転びそうになった時、土魔法で攻撃しようとしてたでしょ?」
「うん」
「それで地面の土を使おうとしたけど、うまく操れなかったんじゃない?」
「うん……」
「まあ、あれだけ地面がびしょびしょじゃねぇ……水に邪魔されて形を作れないから、こういう時は土魔法で土自体を作って攻撃に使うといいよ。それか土と水の合成魔法を使えばこの地面の土も操れるよ」
そうアドバイスをしたけれど、それでステファニーがリーシャに勝てる可能性が出てきたかというと、否ではあった。
魔法使いとしての知識量に実戦経験、そして魔力量に差がありすぎる。それに、リーシャはステファニーの実力に合わせて加減はしても、負ける気は一切なかった。
ステファニーの表情はどんどん崩れていく。そしてキッとリーシャに鋭い視線を向けた。
「もう1かい! せんせーもう1かい! つぎはちゃんとできるから!」
「ええっと……」
ステファニーの懇願に、リーシャは困った顔をした。
リーシャの方はこのままもう1戦しても問題ないのだけれど、小さいステファニーには今の模擬戦は体にそれなりの負荷がかかるものだっただろう。連続は避けた方がいい。
そんなリーシャの意図を汲んだハンナはステファニーの傍へやって来て、気持ちを落ち着かせるように背中をさすった。
「いっぱいにお水を飛ばしたんだから、少しお休みしないとだめよ? その後もう一度先生にお願いしましょう」
「イヤ! いますぐするの!」
「無理したって怪我をするだけだよ。だから、ね?」
「でも……がんばってるのにぜんぜんせんせーにあたらないし、ぜんぜんじょうずにまほーつかえるようにならないし……せっかくせんせーがおしえてくれてるのに、へたくそなままじゃきっときらわれちゃうから……もっとがんばらないといけないんだもん」
ステファニーは眉間にしわを寄せ、すぐにでも泣きそうな顔をしながら言った。
いじらしいステファニーのそんな姿に、リーシャは優しく笑いかけた。
「そんなことで嫌いになったりしないよ。それに地面に水をぶつけて足場を悪くする作戦は良かったと思う。しっかり魔力を込められてなかったらぬかるみは作れなかっただろうし、ステファニーちゃんはちゃんと成長してるよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
リーシャの言葉でステファニーは落ち込んだ表情から、輝きを放っているような表情へ変わった。
ステファニーの様子を見ていたエリアルが模擬戦をしていた2人の方へと駆けてきた。
「ステファニーちゃん!」
「あっ! エリアルおにいちゃん!」
駆け寄ってくるエリアルの声を聞いたステファニーは嬉しそうに振り向いた。
初対面の日から、ステファニーとエリアルは仲がいい。
エリアルは妹ができたように思っているのだろう。リーシャ以外の人間に積極的に関わっていくのも珍しいのに、いつも楽しそうに世話を焼き、一生懸命兄のように振る舞おうとしているように見えた。
ステファニーも初対面好印象で優しく接してくれるエリアルを兄のように慕っているようだった。
と、リーシャは胸の内に巣食う不可解な感覚を、そう思う事で覆い隠す事にした。
ステファニーの側へ駆け寄ったエリアルは、まるで自分が何かを成し遂げたかのように興奮気味だった。
「ステファニーちゃん、すごかったよ! 僕も早くあんな風に魔法を使えるようになりたいな」
「でしょ、すごかったでしょ! せんせにもほめてもらったんだよ!」
ステファニーは胸を張って誇らしげだった。
そして、ステファニーは飛びつきそうな勢いでエリアルに提案した。
「そうだ! おにいちゃん! 今度はおにいちゃんともしょうぶしたい! しょうぶしよ!」
「いいけど、僕じゃ相手にならないと思うよ?」
「いいの! それでね、しょうぶしたあとに、わたしがエリアルおにいちゃんにまほーおしえてあげるの!」
「んー、じゃあお願いしようかなぁ」
それは微笑ましい光景だった。
けれどそれを見たリーシャの中には拭いきれない何かがあった。胸がわずかに締め付けられるような、そんな感じだ。
エリアルとステファニーの2人がワイワイ盛り上がっていると、ノアとルシア、ハンナもリーシャたちの方へやって来た。
「リーシャ!」
それはルシアの上機嫌といえるような声だった。
何も起きていない今、何故か上機嫌になっているルシアを見て嫌な予感がした。
「何?」
「休憩入れるならその間に俺らの勝負の審判やってくれねぇか? 誰が先に的に魔法を当てられるかの勝負するからさ」
「えっ、ええー⁉ あれ本気だったの⁉」
やはり予感は的中した。
リーシャはこの2週間、ルシアたちがこの話題を持ち出すことがなかったため、冗談だったのか忘れる程度の話だったのだろうと高をくくっていた。
けれどそうではなかった。
兄弟たちが、リーシャを景品にした勝負事を冗談で言ったり、忘れたりするわけがなかった。
「当たり前だろ。何のために今日まで頑張ってきたと思ってんだよ。なぁ?」
ルシアは同意を得ようと2人の兄弟たちに視線を送った。
けれどエリアルは少し首をかしげた。
「うーん。それもあるけど、僕はねぇちゃん守れるようになりたかったから頑張ったよ? 僕、元の姿に戻るのへたくそだし、いざって時に役に立てないのは嫌だもん」
「……」
エリアルはそれなりの理由を並べ、ノアは目を瞑っただけ。
2人に肯定してもらえると思っていたルシアは声を荒らげた。
「なんだよ! 裏切りか! んじゃあ俺の不戦勝ってことでいいんだな‼」
「ふせんしょう?」
エリアルがはてなマークを浮かべながらノアの方を見た。
「戦わずして勝つという事だ」
ノアは平然とした態度で答えた。
対してそれを聞いたエリアルは焦りで声を張り上げた。
「なんでそうなるの⁉ 僕、やりたくないとは言ってないじゃん‼」
ルシアの口元がニヤリと弧を描いた。
「なら、エリアルもこの勝負のために頑張ってきたんだよな?」
「うん! 僕、ねぇちゃんにチュウしてもらうために頑張ったよ‼」
見事に乗せられているように見えたけれど、リーシャはつっこまなかった。
つっこまなかったというより、もう何につっこんでいいのかすらわからなかった。
憐れむかのような目をしたハンナから肩に手を置かれ、リーシャは遠い目で空を見つめた。
そんな状態のリーシャをよそに、兄弟たちの勝負の話は着々と進んでいく。
「よし、んじゃあ順番決めるぞー」
もう何を言っても止まらないだろう。
不意に横から服をちょいちょいと引っ張られた。
「せんせー」
「なに? ステファニーちゃん」
「私もあの勝負したい」
それでリーシャはステファニーも聞き捨てならないことを言っていたのを思い出した。
そういえば……ステファニーちゃんも……
この勝負に参加させれば十中八九勝者はステファニーだ。本人もそれをわかっているはずだ。
リーシャはステファニーと視線の高さを合わせると、真剣な顔で言った。
「……ステファニーちゃん。ぎゅっとしてあげるから、ステファニーちゃんはここにいよ?」
「うーん、いいよー!」
そう返事をしたステファニーは勢いよくリーシャの腕の中へと飛び込んだ。とてもご機嫌だった。
話し合いに熱中する竜の兄弟たちはこの状態に気付いていない様子だ。
リーシャの苦悩が増える中、竜の兄弟たちの戦いの火蓋は切られるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
そろそろ魔法学校編も終わり間近! 今回やっとわちゃわちゃさせる場面がやって来たので楽しかったです。
さて、次回更新は次の日曜日の予定です。できれば1週間で次の編のストックも作っておきたいところ。
でわ、また次回!




