魔法学校 その10‐溝‐
「どうしたんだよ」
ルシアが問いかけると、ナタリーは自信なさげに口を開いた。
「い、いえ。そういえば、なんですけど……その、人間ではないのであんまり関係ないんですけど、暗黒竜っていう闇属性の魔法が使える竜がいるって話を聞いたことがあったような気がして」
本当に今この状態のリーシャとは関係なさそうな話だった。
けれどその言葉の中にルシアの興味を惹く言葉が紛れ込んでいた。
「暗黒? 俺らとは違う竜なのか?」
「ええ。その竜は霧? みたいな黒いもやで体を覆っているらしいんです……ただ、それは昔から語られている噂なので、その竜がいつ頃、どこで見られたのかというのもよくわかってないんですけど……」
信憑性に欠ける話だとルシアは思った。
これ以上聞いたところでその暗黒竜という竜についても、闇の魔法についても何の情報も得られないように思い、ルシアはノアに視線を送った。
ノアはすぐに首を振って返事をした。どうやら同意見のようだ。
そんな本当かどうかも怪しい話を聞いていた別の女性教員が、疑わしそうに会話に入ってきた。
「私も聞いた事あるけど、でもそれただの噂でしょ? そもそもそんな竜がいるっていう公的資料なんてもの自体がないんだし」
「そ、そうよね。ごめんなさい。今の話は忘れて」
余計なことを言ってしまったと、ナタリーの表情には焦りが見え、ビクついていた。いい加減なことを教えたとルシアが怒り出すと思ったのだろう。
この程度で怯えられるという事に、ルシアは人間と竜の間の溝の深さを感じた。
「気にしてねぇからそこまでビビるなよ。そもそも俺が他にいねぇのかって聞いたから、あんたは教えてくれただけなんだし。いないっていう共通認識があるくらいだ。聞いたってそれ以上のことがわかるわけないよな。俺の方こそ余計な事聞いてわるかったよ」
「い、いえ……」
ナタリーはほっと胸を撫で下ろした。
その後、居心地の悪い沈黙が流れた。
リーシャという竜たちの手綱を握る存在が気を失っている今、この場にいる人間全員が、どう動くかわからない竜の兄弟の出方を窺っているようだった。
リーシャ以外にどう思われようが関係ないと思っていたルシアも、どれだけ暴れ者に思われているのだろうと思い、「はぁ」と小さく息を漏らした。
溜め息の音にナタリーが突然ビクッと体を震わせた。
空気に耐えられなくなったのか、ナタリーは話題に終止符を打つように両手をパンっと叩いた。
「と、とにかく、このことは他の方々には知られないようにしましょう。とくに魔法の研究職の方々に知られたら何をしてくるかわかりませんし、みなさん、この事は心の内に留めておいてください」
「ああ、そうだな。今は俺たちの同僚としてここにいるんだし、仕事仲間を突き出すようなことは絶対にあっちゃならない。それにこの子だって俺たちの教え子の1人にかわりはないんだ。守ってやらないと」
男性教員がナタリーの言葉に共感すると、この場にいる教員全員が頷いた。
ノアは安心した。
ノアたち兄弟に対して強い警戒を示す教員たちではあるけれど、竜の兄弟を連れたリーシャに対しての信頼は揺らぐ事はなく、こうして守ろうとしてくれているのだ。
そんな団結した集団に向かって、ノアは不要だろうと思いつつも声をかけた。
「それとこれは俺たち3人からの頼みなんだが、リーシャとはこれまで通りに接してほしい。こいつは人の視線を集めたり、負の感情を向けられることを極度に嫌う。すでに俺たちのせいで余計に負担をかけている。できればこれ以上傷ついてほしくはない」
教員たちはノアの言葉を聞いて目を丸くした。自制の利かない暴れ者だと決めつけていて、そんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。
そんな教員たちの中でノアの思いに言葉を返したのは、意外にも1番怯えているであろうナタリーだった。
「あの、わかってますよ。昔からそういう子だってことは、なんとなくですが、知ってましたし……」
「……それならいいんだ」
ノアは口角がわずかに上げ、わずかに優しげな表情をしていた。
それを受けてなのか、ナタリーの表情も今までノアたちに向けていた怯えとは違う、少し柔らかな表情に変わっていた。
「にっ、人間の姿をしているけど、あっ、あなたたちは竜、なんですよね?」
「ああ」
「あの、実は私、あなたたちがもしかしたらいきなり襲い掛かってくるんじゃないかって、今まで、内心ずっと怖かったんです」
ノアの顔は、感情の乏しい表情に戻っていた。けれどそれは、ナタリーから怖かったと言われて何かを感じたからというわけではない。
ルシアとエリアルも恐れられていたという事実を突きつけられても顔色は変わらない。
それは3人とも感じ取っていたし、怯えられたところで多少不快に思ったとしても、そんな事はたいした問題ではないのだ。リーシャ以外からどう思われようが関係ない。
ノアは少し間を開けた後、ふっと鼻で笑った。
「だろうな。ずっと恐怖心を持たれているのはわかっていた」
「……でも…………力は私たちより圧倒的だし、竜としての姿も持っているけれど、あなたたちは無暗に襲い掛かってくるような方々ではないし、リーシャちゃんが大切にしている物を壊すような方々でもない。そうですよね?」
ナタリーは歩み寄ろうとする姿勢は見せているものの、よく見ると怖くて全身力んでいるようで、手も震えていた。
恐怖心が拭えていないのにわざわざそんな話題を振ってきたナタリーの事を、ノアは少し愉快に思った。
「そう思いたいのなら、そう思っていればいい。別にお前たちに嫌われようが好かれようがどうでもいい。が、リーシャを引き離そうとする連中に対してならば、無暗に襲い掛かるし、リーシャが大切にしているものであっても壊し尽くすのは間違いないがな」
脅すようなことを言いつつも、ノアの表情は柔らかかった。
ずっと無に近い表情だった男が見せた言葉とは真逆の表情に、ナタリーの体からスッと力が抜けた。そして、恐怖とは無縁の表情をノアに向けた。
「それは、人間でも大切な人を奪われたらそうなりますよ」
ナタリーはフフフッと楽しそうに笑い、その柔らかな笑みのまま3人に向けて言った。
「リーシャちゃんのこと、これからもよろしくお願いしますね」
リーシャが倒れた後のそんなやり取りについて、ルシアは怯える教員の様子や、ノアからの頼み事を隠したままざっくりとリーシャに伝えたのだった。
「まあ、そんな感じの事があってさ」
リーシャは想定外の事実にほとんどの話を聞き流し、ある1点にばかり気を取られていた。
「闇の魔法……」
俯くリーシャの顔は青ざめていた。
あの黒い炎が闇の有属性魔法で、そんな人外の魔法を他人の目があるところでためらうことなく使ってしまっていたと知ったのだ。周りの目を気にするリーシャが後悔にさいなまれないわけがない。
ルシアは心配そうにリーシャの顔を覗き込んだ。
「どうした? 大丈夫か?」
「えっと、あの黒い炎の魔法、闇の魔法の炎に特徴が似てるなぁとは思ってたんだけど、人間は闇属性の魔法は使えないし、あれは炎属性の魔法だろうなって勝手に納得してたから……だからびっくりしちゃって」
人間が発動することのできる有属性の魔法は、どんな魔法も火や水、風、雷、土といった有属性の魔力がベースになっている。それらの魔力を一定の割合で合わせることで他の属性の魔法、合成魔法として発動ができる。
合成魔法は魔力量やセンスの影響を受けるけれど、練習すれどんな魔法使いでも習得する事は可能だ。リーシャが使っているどの魔法も例外ではない。
そうリーシャは思っていた。だから自分が使っていた魔法の中に人間以外にしか使えない魔法があった事に焦りを感じているのだ。
「ほんとにそれだけか?」
リーシャの動揺に違和感を持ったルシアが心を探ろうとするように目を細めた。
「うん。なんで?」
「だってさ、驚いただけで普通そこまでの顔になるか? もしかして、座っとくのはまだきついんじゃないか? 俺らに心配させないように無理してんだろ」
「えっ?」
見当違いの結論にリーシャは間の抜けた声を上げてしまった。
それでもルシアはリーシャの体調不良を疑い、不意に立ち上がった。
「ほら、つらいなら横になっとけ。俺らに遠慮することなんてねぇんだから」
「ちょ、ちょっと‼ えぇ⁉」
ルシアはリーシャを無理やり横にさせると、シーツをしっかりと肩までかけた。
変な勘繰りをされたわけではなく、純粋に体調を心配されていただけだと知ったリーシャは拍子抜けをしていた。そして顔は緩み、面白いものを見たかのように笑いだした。
「ほんとに驚いただけだって」
「ふーん。ならいいけど……」
ルシアは疑るような目でリーシャのことを見ていた。どうしても驚いただけという理由では納得いかないものがあるようだ。
けれど疑ったところでルシアではリーシャの本心を見透かす事が出来るわけがない。諦めたルシアは話を元に戻した。
「にしても、なんでリーシャはあんな魔法を使えるんだろうな」
リーシャは再び起き上がると難しい顔をした。
「さっきも言ったけど、あの魔法は偶然使えるようになっただけだから……普段はとくに感じないんだけど、イライラしたりすると、なんかその闇魔法の魔力が溢れ出してくるっていうか……なんか今使うべき時、みたいな感じで使いたくなっちゃうんだよね。使ったのも今回入れて3回? だったと思う。使って気持ちのいい魔法じゃないから、あんまり使いたくはないんだけど」
初めて使えるようになったのは、まだリーシャの母親が生きていた頃。
小さなリーシャが1人で面白い魔法が使えるようにならないかと遊び感覚で魔法を使っていたところ、不意にその闇魔法を発動させ、今回と同じように気を失ってしまっていた。
気がつくと、泣きそうな母親の顔が目の前にあったことは今でも覚えている。目を覚ました後はモヤモヤとした気分で不快だった。
それ以来、この魔法、この魔力は使ってはいけないとなんとなく感じ取り、忘れ去ってしまおうと意識の外に追いやっていた。
使わないようにしてたのにこれじゃあ……この子たちが来てからトラブルに巻き込まれることも増えて、不本意にも悪目立ちし過ぎてるし。この調子じゃ……あの事もバレるのも時間の問題な気がする。
リーシャは盛大な溜息をついた。
リーシャが1人であれこれ考えている間、ルシアは小言を言っていたようだ。
黙り込んだ後の突然の溜め息を聞き、リーシャが小言を全く聞いてなかった事を悟ったらしく、流れ出ていた言葉が急に塞き止められた。
そして頭の中の余計な考えを追い出そうとするかのように、ルシアは後頭部をかきむしった。
「ったく。ともかくだ! もうあの魔法は使うなよ。いいな? 人の領分じゃねぇ魔法なら、リーシャの体に悪い影響を与えないとも限らないんだぞ」
まるで子供を心配する母親のようなルシアに、リーシャはためらいがちな笑顔を向けた。これではいつもと立場が逆だ。
「うん。なるべく使わないようにする」
「……なるべく、ね」
ルシアはリーシャの回答をあきれ顔で復唱した。
現状でも気を失うような魔法だ。
よくわかっていない危ない魔法、そもそも人間が使えるはずのない魔法を、「今後は使わない」とはっきり言わない相手に呆れるのは当然の反応だろう。
けれど、リーシャにもそれに対する言い分はあった。
「死ぬかもしれないっていう瀬戸際にくらいは使わせてよ。どっちにしても危険な時なら、闇の魔法を使えば生き残れるかもしれないじゃない。あの魔法は危険かもしれないけど、窮地を脱せることができるくらいに強力だから」
「……絶対だな。それ以外では絶対に使うなよ。それに、危ないとか以前に、そんな魔法を使えるってバレたらまたリーシャが嫌な思いすんだからな」
ルシアの言葉の意味が一瞬わからず、リーシャは首を傾げて考えた。
嫌な思い? あー、たしかに……
ルシアは「魔法研究をしている人間の興味を惹いてしまったら、あれこれ面倒な研究に付き合わされるぞ」という事を言っているのだろう。
昨日の出来事についての話はろくに聞いてはいなかったけれど、自分が気を失っている間にそういう話を教員たちとしていただろうという事はなんとなく察した。
リーシャは自由に生活したいのだ。そのためにどうすべきなのかは言われるまでもない。
「わかってるよ。私だって実験体になりたないもん。自分で実験するのはいいけど、されるのは面白くないし」
「ほんとにわかってんだか」
「だ、大丈夫だって。わかってるから」
おちゃらけた態度でごまかしていたけれど、リーシャはまた手を握りしめていた。
幼い頃のように、再び自分の中を流れるモノを憎く思う日が来るとは思ってもいなかった。
お読みいただきありがとうございます。
最近仕事から帰ると眠くて小説を書くどころではないことが多いので困ってます。日曜更新分が少し怪しいですが、宣言したので本日更新しました。日曜分も更新できるように頑張ります。
でわ、また次回!




