魔法学校 その5‐練習と勝負‐
ステファニーと魔法の練習を始めて5日ほど経った日の事。
リーシャの生徒は4人になっていた。その理由はノアたち3兄弟もこの練習に参加するようになったからだ。
事の発端はルシアが言ったある一言だった。
「なあ。俺らってさ、もしかして魔法使えんじゃねぇのか?」
ルシアはステファニーの魔法練習の様子を見ながらぼんやりと呟いた。
リーシャはその考えに至っていなかった事に地味に驚いていた。
「まあ、使えるでしょ。竜ってもともと“息吹”っていう魔法に近い技を使えるんだから。個体によっては、魔法に分類されるようなのを使うのもいるし。それに種によって得意な属性があって、主にそればっかり使ってるけど、他の属性が使えないってわけじゃないみたいだよ」
「そっか」
同じくステファニーの様子を見ていたリーシャの答えを聞くと、ルシアは考え始めた。おそらく自分も魔法の練習をしたいと思っているのだろう。
どうせ考えても答えは変わらないんだから、やりたいってそのまま言えばいいのに。
こういう場面に出くわす度に、リーシャはいつも思っていた。
「ルシアも一緒に練習したいの?」
「やってみたいけど、ほんとにできるようになんのかなぁって思ってさ。できないならやるだけ無駄だし」
「私は無駄ではないと思うけど。魔法使えるようにならなくても、ルシア頑張ったなぁ、ってみんなからの評価が上がると思うし」
「リーシャも?」
「うん」
リーシャはルシアに絶対に魔法の練習をさせたかったわけではない。けれど少しでもやってみたいと思えたのなら、やらせてみたいとは思っていた。
そんな思いから出た何気ない言葉がルシアの背中を押したようだ。
ルシアは嬉しそうで悔しそうな何とも言えない表情でリーシャを見ていた。
「その言い方ずるくね?」
「え? 何が?」
リーシャは何故そんな事を言われるのかわからず首を傾げた。
その仕草に、ルシアは困り気味に言った。
「あー……うん。気づいてないならそれはそれでもいーか。ある意味それがリーシャって感じもするしさ」
「?」
ますます意味がわからなかった。
首を傾げるリーシャの傍らで、ルシアはふっと微笑んだ。
「そんじゃあ、俺も練習に混ざっていいか? 習得できるなら習得しときたい」
「! いいよ、大歓迎! ノアとエリアルは?」
ルシアがやると言いだしたのなら、ノアとエリアルがやりたくないわけはないはずだ。むしろする事もなく、ただ練習の様子を見ているだけの彼らもうずきだしているに違いない。
「にいちゃんがやるなら僕もやるー!」
「俺にも、頼む」
想定外の人物たちが生徒になり、それを嬉しく思ったリーシャはニッと笑った。
「わかった! ステファニーちゃんに教える合間になっちゃうけど、きちんと基礎から教えてあげるから、頑張ってよね」
リーシャは別に教えるのが好きというわけではない。ノアたちがそこまで本気で魔法と向き合おうとしているわけではないのもわかっている。
それでも彼らと共有できることが増えるのが、リーシャには嬉しかったのだ。
そんなやりとりを経て、リーシャはステファニーだけでなくノアたち3兄弟にも魔法、もとい魔力のコントロールの方法を教えるようになった。
正直なところ、ノアとルシアはまだ魔力を全くと言っていいほど制御できていない。火や水に変換する以前に、魔力を1点に集めきる事ができずにいるというのが現状だ。
今も両手を胸の前で組み、魔力をその手に集めようと集中している。
突然ルシアが肩を落とした。
「あーあ、また魔力がどっかいっちまった。兄貴は?」
「俺もだ」
「うーん。やっぱ俺らじゃ無理なのかなぁ。なぁリーシャ、どう思う?」
ルシアはリーシャの方へ視線を向けた。
リーシャが見たところ全くセンスがないというわけではなさそうだった。
魔道具に魔力を流すのと、魔力を体のある1点に集め、留めるというのとでは難易度に雲泥の差がある。魔法にはできずともこの短期間でコツを多少なりとも掴めているのは、それなりにセンスはあるという事だ。
黒竜は身体能力に特化していてあまり息吹を使わないという事から、黒竜という種自体が魔力を操ることを苦手としているのだろう。
けれど、黒竜も竜であることには間違いない。魔法を使えないという事はないはずだ。
リーシャは3兄弟たちも練習を重ねれば、魔道具を使わずに魔法を発動できるようになると思っていた。
「練習を始めたばかりの頃は、みんなそんな感じだよ。使えるようになるって」
「けどさ、あれ……」
ルシアの指さす方向にはエリアルがいた。掌の上には小さいながら火の玉が浮かんでいる。
エリアルは兄2人に比べると上達スピードが明らかに早かった。
「ねぇちゃん! 火、またできた! 見て見て」
嬉しそうにエリアルがリーシャの方へ体を向けると、振り向いた時にできた風で灯った火はすぐに消えてしまった。
「あーあ。消えちゃった」
「ちゃんと見てたよ。数日で一瞬でもこんなに形を作れるようになれるなんて、エリアルはすごいよ」
「そ、そう? えへへ」
エリアルははにかむように笑った。
それにしても、竜の姿に戻ろうとしていた時はあんなに苦労したのに。正直、エリアルに魔法の才能がこんなにあるとは思ってなかったんだけどな。
リーシャは内心では非常に驚いていた。
そしてそう思ったのはリーシャだけではなかった。上達の差を見せつけられたルシアは、つまらなさそうにしていた。
「ちぇっ。竜の姿に戻れるようになるのはあんなに苦労したのに、なぁんで魔法はとっとと上達しちまうんだろうなぁ」
「まぁ、人には得手不得手があるんだから。もちろん竜にもあるだろうしね。ルシアはルシアでゆっくり上手くなっていけばいいよ」
リーシャはルシアの背中をポンポンと叩いた。
「はぁあぁあぁぁ。そうは言われても、そろそろやる気が失せてきた」
「いや待って。そろそろって、まだそんなに練習してないじゃない」
ステファニーに魔法を教え始めてからは5日経過しているけれど、3兄弟に教え始めてからはまだ2日しか経っていない。やる気を失うには早すぎる。
「けどさぁ、ここまで何の上達のかけらも見えないとなぁ……」
項垂れていたルシアが突然バッと顔を上げた。
「そうだ! リーシャ、俺やる気が出る方法思いついたんけど!」
リーシャは眉間に皺を寄せた。ろくな提案じゃないのがなんとなく予想できたからだ。
「聞かない方がいい気がするけど、一応聞いてあげる」
「あのさ、あの的に魔法を当てられるようになったら、リーシャからキスしてくれよ!」
リーシャの眉間の皺がさらに深くなった。
「やっぱり。はぁ……まぁたそんなこと言って」
ルシアは何かとかこつけて、リーシャとこういった接触をご褒美と称して要求してくるようになっていた。無理やりしてくるようなことはないのでいつも受け流すようにしている。
ルシアは棄却されないように食い下がった。
「いいだろ、減るもんじゃないんだし。それに、そろそろそれくらい俺らとしてくれてもいいだろ? なぁ、兄貴?」
「……」
「兄貴?」
ノアの沈黙に嫌な予感がしたのか、ルシアはリーシャの方を見た。
「……リーシャ。なんで顔赤くしてんだよ……」
リーシャは恥ずかし気に、手で口元を隠している。
いつもは鈍いルシアではあるけれど、珍しくそれで察してしまったようだ。
「はっ! もしかして! 兄貴、正直に言ってくれ!」
「……お前の思ってる通りだろう」
「嘘だろ……って事は、最近2人の様子が変だったのはそう言う事か」
ついにリーシャの唇がノアに奪われてしまったことがルシアにバレてしまった。幸い魔法の練習に熱中しているエリアルには届いていないようだ。
事実を知ってしまったルシアは項垂れた。
「なんだよそれ……はぁ……まあでもしちまったもんは仕方ねぇしな。けど、それなら俺とエリアルにもリーシャとキスできる機会があっていいと思うんだ。っというわけで、1番はじめに魔法を的に3回連続で当てたやつがリーシャからキスしてもらえるってことでどうだ!」
「俺はそれで異論はない」
自分を置き去りにして着々と決まっていく勝負ごとにリーシャは焦りを覚えた。
「待って、待って、待って! 私いいなんて言ってないからね⁉」
リーシャがどうにか景品の座から降ろしてもらおうと騒々しくしていると、これを聞きつけてしまったエリアルもやって来た。
「なになに? リーシャねぇちゃんがチューしてくれるの? それなら僕もっと頑張るー!」
「だから勝手に決めないでよ!」
徐々に話が大事になっていく中、リーシャは背中の服を引っ張られたような感覚がした。
振り向くとそこにはリーシャの服を引っ張るステファニーの姿があった。
「せんせ。まほーをまとにあてられたらチューしてくれるの?」
「ち、違うよ。このお兄ちゃんたちがただ勝手に言ってるだけだから
「なんだ。つまんないの」
しれっと3兄弟の戦いに混ざろうとしていたステファニーに、リーシャは驚いた。
いったい何がつまらないの⁉ まさかステファニーちゃんまでキスして欲しかったとかそういうわけじゃないよね⁉
そんなステファニーの成長状況はというと、著しい成長は見られないものの、少しずつ確実に魔法の扱い方は上達している。
練習を始めてからの2,3日は魔法の発動自体の成功率は10回に1回ほどの成功だったけれど、5日目にあたる今では5回に1回の成功率にまで上がった。
まだ的には当てられてはいないけれど、近いうちに成功するだろう。教えている側としては嬉しいことだ。
それにしても、あんな勝負のご褒美を本気で狙おうとしてたのかな……
ステファニーはリーシャと打ち解けてから遠慮というものが全くなくなった。
行きつく先の答えが嫌な予感しかしない。
うん。考えないようにしよう。
リーシャは考えていた事を頭の中から追い出し、遠い目で空を眺めた。
「せんせー! こんどはわたしががまとにまほーをつかうからみてて!」
「うっ、うん。ちゃんと見てるね」
「いくよ」
ステファニーは胸の前で手を組むと魔力を手に集め始めた。
「炎よ! いっけぇぇ!」
ステファニーが的に向かって指差すと、魔力は炎に変換され的へ向けて飛び出していった。方向も完璧。
けれど威力が足らず、的へ届く前に燃え尽きてしまった。
「……」
「……」
ステファニーはしかめっ面になっていた。
コントロールが良ければ的より前で魔法は消え、的へと到達する威力の魔法はあらぬ方向へ飛んでいく。
けれどこの調子で上達していけば、もう1週間ほどで討伐ランクのかなり低い魔物との実践演習に入ることができるだろう。
「昨日より上手になってるね。狙いは完璧だったし、炎のまま飛んでいった距離も長くなってたよ」
「ほんと?」
「うん。もう少し練習したら的に当たるようになると思う。当てられるようになったら次の練習に入ろうね。あのお兄ちゃんたちのことは放っておいて」
リーシャとステファニーの視線の先では3兄弟たちが練習を再開していた。
「せんせ。私あのお兄ちゃんたちに負けないように頑張るね」
「う、うん?」
向きをくるりと変えたステファニーを見ながら、リーシャは首を傾けた。
負けないように? どういう意味で?
謎が解けないうちにステファニーも再び的に向けて魔法を放つ練習を始めた。かなり集中して練習をしている。
すると突然、慌てて練習場に駆け込んでくる人影が現れた。
「リーシャちゃん! 大変!」
「フローネ先生?」
お読みいただきありがとうございます。
最近恋愛パートが少ないなぁと思っていたので、恋愛とはちょっと方向性違うような気もしますがそっち方向の話を混ぜてみました。予定外の乱入者もいますが……
次回更新は来週の日曜予定です。
でわ、また次回!




