魔法学校 その2‐親友‐
シーラと別れたリーシャとノアたち3兄弟は、自分たちを待つ人物がいるルーン棟へと急いだ。
ルーン棟はリーシャのように魔道具を使わずに魔法を発動できる人間が魔法を学ぶ場所となっている。
そこは別に彼らを隔離するために造られたわけではない。
ただ万が一、授業中に魔法を暴走させてしまった時に被害を最小限にするため、他の生徒と授業の場を分けているだけの事だ。授業のない時間は他の生徒と合流し、食事したり出かけたりしている。
ルーン棟の中に入ると、リーシャたちは生徒が講義を受ける部屋へと向かった。講義部屋の出入り口の扉にはガラスがはめ込まれている。
そこから中を覗くと、リーシャより少し年上の大人しそうな容姿をした女性と、小さな女の子が横並びで椅子に座り何かを話していた。
久々に見た女性の姿にリーシャの頬が綻んだ。
「ハンナ‼」
勢いよくドアを全開にしたリーシャは飛びつくような勢いで女性に駆け寄り、彼女の手を握った。
「ひさしぶり‼ 元気だった⁉」
「ええ、元気いっぱいですよ。リーシャ先生の方はどうでしたか? お変わりはないですか?」
「私も元気いっぱい! ちょっと嫌なことはあったけど、楽しくやってるよ」
リーシャとハンナと呼ばれる女性は嬉しそうに微笑み合った。
ハンナの横に座っていた少女はというと、リーシャの登場と同時にすぐさま立ち上がり、ハンナの後ろへ隠れてしまった。
警戒しているようで、様子を窺うように陰からこっそりとリーシャのことを見ている。どうやら、いきなり現れた見知らぬ人間の大声にかなり驚いてしまったようだ。
それに気が付いたリーシャはしまったという顔をし、頬を人差し指でかいた。
「あ、ごめん。ちょっと大きい声出しすぎたかな?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。先生の大声には慣れてますから。この子はちょっとびっくりしてしまったみたいですけど」
「あはは……ごめん。けど、ハンナも1年ぶりなんだしもっと、うわぁぁ! って感じで喜んでくれてもいいんじゃない? 一方通行過ぎて寂しいよ」
「ええと……これでもこの上ないくらいに喜んでいるのですが……」
ハンナは少し苦笑していた。
彼女、ハンナ・マグダレーノは感情の起伏があまり表に出ない。それはリーシャもわかっている。
けれど、仲の良い相手に会ったのだ。一緒に会えた嬉しさを分かち合いたいと思い、冗談も込めてそう言わずにはいられなかった。
リーシャがハンナと初めて出会ったのは去年の事。一緒に過ごした期間は半月ほどだった。
いつもならその程度の期間で、リーシャが他人にここまで気を許す事はない。
今でこそかなり親しい関係にあるシルバーとアメリアでさえ、用事のないリーシャが自分から話しかけに行くようになるまでに何カ月もの時間を費やしていた。しかもかなり嫌そうな顔をされながらだった。
けれど、ハンナは違った。
彼女の傍は心地よく、初対面の相手だと距離を置きたがるリーシャも、不思議とすぐに打ち解けることができたのだ。
2人で笑いあっていると、ハンナの視線がリーシャの背後へと移った。完全に存在を忘れていたけれど、その視線の先にはノアたち3兄弟がいるはずだ。
振り向くと、ノアたちは入り口付近で不満そうに佇んでいる。
リーシャはいかにも「最初から話が終わったら紹介するつもりでした」というような感じを漂わせて手招きをした。
「3人もこっちに来てよ」
呼ばれた3人は表情を明るくしてリーシャの傍へとやって来た。エリアルにいたっては、リーシャがハンナに駆け寄った時と同じような勢いだった。違ったのは実際に飛びついたかどうかといったところだ。
「もしかしたらハンナも気が付いてるかもしれないけど、この子たちが今一緒に暮らしてる竜の兄弟。この髪の長い子がノアで、こっちがルシア。で、今私にしがみついてる子がエリアル」
紹介されると3人は「よろしく」と言い、軽く頭を下げた。
ハンナもそれに応え会釈をした。
「初めまして。私はハンナ・マグダレーノと申します。リーシャ先生には昨年大変お世話になりました」
ハンナは上品な貴族のような話し方で自己紹介をした。
実のところハンナは“貴族のような“ではなく、本当に魔法貴族だったりする。
魔法貴族の多くは周りを顧みない振る舞いをするけれど、ハンナは身分を笠に着ることはない。そのためリーシャはハンナといても不快になる事はなかった。むしろ、下手に出すぎでいると感じる。
リーシャとしてはもう少し対等に話してほしいと思っていた。
「ねぇ、やっぱり先生はやめようよ。なんか恥ずかしい。それにハンナの方が年上なんだしさ」
「年齢なんて関係ありませんよ。先生は先生です」
純粋に尊敬してもらえるのは嬉しい。けれど、年上から先生と言われるのは変な感じだった。それが親しい相手なら余計にむず痒い。
そんなくすぐったい感情と戦っていると、リーシャは前にハンナが悩んでいた事をふと思い出した。
思い出した途端、気になって聞かずにはいられなくなった。
「そういえば、ハンナ。あの話どうなったの? ほら、縁談の話」
魔道具を使わずに魔法を使える人材はとても貴重な存在だ。魔法貴族たちはこぞって彼らと縁を結びたがる。
すでに魔法貴族であるハンナも例外ではなかったらしく、より力のある家から圧力がかけられ、婚約させられそうだと去年の別れ際にぼやいていた。
ハンナはリーシャの問いかけに、困った顔で笑っていた。
「一応大丈夫そうです。そのことで先日、ネクロノーム家の方へ伺ったのですが、どうやら白紙に戻りそうで」
「よかったぁ! 不安そうにしてたから、心配だったんだ。しかも相手ハンナの従兄なんでしょ?」
「ええ……」
ハンナの母親は彼女の縁談相手であるネクロノーム家の現当主の妹。従兄との婚約だったため、余計に抵抗があったようだ。けれど、断りたくとも家柄の力関係もあり、断るに断れなかったという事だった。
それが白紙に戻りそうだというのに、ハンナの表情はなぜか浮かないまま。
リーシャは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? 嬉しくないの?」
リーシャが聞くとハンナは言いにくそうに口を開いた。
「安心はしてますよ? シリウス様……従兄のことは嫌いではないですし、仲はいい方だと思うのですが、婚約者としては考えられませんでしたので。ただ、伺った際に聞いたのですが……その、私より先生の方が大変なのでは? シリウス様の婚約者候補に挙げられている、とお聞きしたので……」
「ああ、そういう」
思い返せば、たしかにそれ関係の手紙の中にネクロノームと書かれた手紙もあった。
応じる気は全くないので、リーシャはきれいさっぱり忘れていた。というよりも、忘れていたかったから忘れていた、という方が正しいかもしれない。
「うーん。一応お断りはしてるんだけど……たしかあそこはしつこい方だった気が……未だに手紙が来てた気がする」
断りの手紙を送ってからも、いくつかの魔法貴族からはしつこく縁談の申し入れの手紙は送られてきている。何度断っても、何度断っても際限なく。ネクロノーム家もその一つだったはずだ。
「ですよね……リーシャ先生ほどの魔法使いとなると、どこの家も先生の才能は喉から手が出るほど欲しいでしょうから」
ハンナはリーシャが魔法貴族をよく思っていないことを知っている。そのせいか、彼女自身が何かしたわけでもないのに、申し訳なさそうにしていた。
この場に暗い空気が流れた。
こんな空気を作りたかったわけではないのにと、リーシャは申し訳なさげに視線を下げた。けれど作ってしまったものは仕方ない。
リーシャは流れを断とうと、パンと手を鳴らし、明るく切り出した。
「もうこの話はおしまい‼ ハンナがあの家の人間と婚約しなくて済むならそれでいいの! 私の方はどうにかするから、大丈夫!」
「先生が大丈夫とおっしゃるのでしたら、きっと大丈夫なのでしょうね」
ハンナも同じようにこの場の空気を変えたかったようで、目元は困り気味だったけれど、穏やかそうに口元に弧を描いていた。
お読みいただきありがとうございます。
また予定していた範囲の文字数が思った以上に長くなってしまいました。まとめるのにも時間がかかってしまい、「このままだ更新できないぞ⁉」となったので、きりがよさそうなところでいったん切りました。片割れが残っているのでもしかしたら、早めの更新をするかもしれません。
でわ、また次回!




