出会い その6‐兄と妹‐
2人が見張りを交代したのは、東の空が白んできた頃だった。
シルバーはぐっすりと眠っているリーシャを起こすのを忍びなく思い、明け方まで1人で見張りをしていた。それ故にあまり寝ていない。
シルバーは短い睡眠から目を覚ますと、大きく伸びをした。
「ふぁぁぁぁ……おい、リーシャ」
返事がない。辺りを見渡すが、リーシャの姿はなかった。
「リーシャ‼」
寝ている間に何か起こったのではないかとシルバーは慌てて立ち上がった。
けれど慌てたのも束の間。自分に向かって走ってくる人物の姿が目に入った。
「シルバーーーー‼ スカイディーパに動きがありましたぁぁ‼」
どうやらリーシャは、昨夜見つけたスカイディーパの住み付いている洞窟へ様子を見に行っていたようだ。大声をあげながら慌てた様子で走って戻ってきた。
「バカ‼ こんなとこででけぇ声を出すんじゃねぇ‼」
「ご、ごめんなさい!」
スカイディーパに警戒されてしまうかもしれない。
それ以外にも魔物がこの森をうろついているのだ。興味を持って近づいてきた魔物との戦闘は、できる限り避けたかった。
予想外に怒られてしまったリーシャはひどくびくついていた。
シルバーとしては、本当はまだ言いたい事がいくつかある。
眠っている仲間を1人置き去りにしてどこかへ行くなだとか、1人でスカイディーパの様子を見に行って襲われたらどうするのかだとか。
けれど少女の怯える姿に、言い方がきつかったかと反省し、それ以上を口に出すことができなかった。
そしてスカイディーパが動き始めたというのならばそんなことを言っている場合でもない。
「ったく……まあいい。すぐに向かう準備しろ」
「はい……」
シルバーとリーシャは急いで少ない荷物をまとめた。ろくな野営準備をしていなかったため、片付けはすぐに終わった。
「準備できたか?」
「は、はい」
「よし、そんじゃあ急ぐぞ! スカイディーパの被害が増えちまう前にな」
「はい!」
2人は昨夜見つけた洞窟へと急いだ。
洞窟に辿り着いたとき、そこにスカイディーパの姿はなかった。
「ちっ。出遅れたか」
「……あっ‼」
突然リーシャは声を上げた。何かやらかしてしまったかのような表情をしている。
「あの……さっき向こうに飛び立つ姿を見たんでした……」
リーシャはある方角を指差し、申し訳なさそうに言った。
それを聞いたシルバーはさすがにムッとしてしまった。
走り出す前に言ってくれていれば、無駄足を踏むことはなかったのだ。
「バカ! それを先に言えっての‼」
シルバーはきつめの口調で言った。
もしスカイディーパが餌を求めて飛び立ったのだとしたら今頃被害が出ているだろう。
けれどリーシャばかりを責められはしない。
リーシャが戻って来た時のあの慌てよう。飛び立ったと考えるのが妥当だった。
自分にも非があったと思ったシルバーはしまったと頭を押さえた。
リーシャは、そのしぐさに呆れられたのだと思い、ひどく落ち込んでいた。
「……ごめんなさい……」
「いや、俺も悪かった。きちんと話を聞かずに走り出したんだ。俺が言わせねぇようにしちまったんだ。ほんと悪かった……」
シルバーはリーシャを一方的に攻めるような形になってしまったと、バツが悪そうに言った。
けれど今は反省会をしている場合ではない。飛び去ったスカイディーパを追わなければならないのだ。
シルバーは先ほどリーシャが指差した方角を見た。
「やつの向かった方角は……昨日の農場か」
「たぶん」
「今からだとかなり時間がかかるな……」
昨日ここにたどり着くまでの時間を考えると、走って向かったとしても早くて1時間はかかるだろう。
そんなに時間をかけていたら、どれだけの被害が出るかわからない。着いたころには、スカイディーパは飛び去った後かもしれない。
シルバーが悩んでいると、リーシャが落ち着かない様子で言った。
「あ、あの、多少だったら、早く移動はできますよ」
「どうやって?」
「こうやるんです」
リーシャがシルバーに向けて手を伸ばすと、その手から魔力の光があふれ出た。
その光がシルバーの体へ溶け込むと、内側から一気に力が溢れてきた。リーシャは自身にも同じ魔法をかけた。
「身体強化の魔法をかけました。これなら早く走れます!」
リーシャは少し自信をとり戻したように言った。
体はいつもよりも軽く感じ、その場でジャンプをしてみると、人ひとり飛び越えられるほど飛び上がった。
これなら30分もかからず農場に辿り着けるかもしれない!
シルバーはリーシャの頭を撫でまわした。
「でかした! やっぱお前はすごい魔法使いだ!」
リーシャの頬が照れくさそうに赤く染まった。
「よし、んじゃあ行くぞ!」
「! はい!」
2人はスカイディーパによる被害を大きくしないため、言葉も最小限に走り出した。
1時間かかると思っていた道のりも、魔法のおかげでほんの20分足らずで駆け抜けることができた。
農場にたどり着くと、シルバーたちの姿を見つけたフリルゲルトが慌てて駆け寄ってきた。
「あ、あんたたち何してたんだい! どうにかしてくだされ! このままだと私たちまで食われてしまう! 食われなかったとしても生活が出来なってしまうじゃないか」
農場へ辿り着いていたスカイディーパは予想通り、家畜を襲っている最中だった。
空中のスカイディーパは家畜に狙いを定めると一気に急降下し、捕らえるとすぐにまた上空へと飛び去って行った。
現状では剣士であるシルバーに出番はない。リーシャに頼るしかなかった。
「リーシャ、打ち落とせるか?」
「やってみます! 土よ、巨大な槍に!」
リーシャが空へと掲げた両手の上に、魔法で作られた巨大な石の槍先が現れた。
その槍の巨大さを見たシルバーとフリルゲルトは目を見開き、絶句した。
スカイディーパの大きさから考えると、打ち落とそうとするならばかなりの大きさのモノが必要だという事はわかっていた。
けれど打ち落とせるほどの巨大な魔法を、魔法に長けているとはいえこの少女が発動できるとは思っていなかった。それなのにスカイディーパを打ち落とせそうなほどの大きさの土の塊が不意に、突然現れたのだ。
リーシャの魔法の腕を知り、もう驚くことないと思っていたシルバーも、これはさすがに驚かずにはいられなかった。
フリルゲルトは声を震わせた。
「ななななな、なんだいこの大きな石! どこから‼」
「今作りました! 土の有属性魔法で! じゃあ、いきますよ。そぉれっ!」
リーシャはスカイディーパに向かって巨大な槍先を投げつけた。
しかし、土の槍はリーシャの思い描いた軌道には乗らずに大きく逸れ、スカイディーパの横を通過してしまった。
いきなり飛んできた物の存在でスカイディーパはリーシャの存在に気付き、リーシャめがけて急降下を始めた。
「ガルァ‼」
「失敗したぁぁぁぁぁ‼」
リーシャは想定外の事態に慌てた。スカイディーパがリーシャに紫の炎のようなオーラを纏った爪を向け、距離を詰めて来る。
シルバーが思い描いていた展開とは違ってはいたけれど、理由はともあれスカイディーパが高度を下げている。
地面に近づいて来るスカイディーパに向かってシルバーが飛びかかった。
「おらぁ‼」
シルバーの攻撃は見事にスカイディーパの胸を切り裂いた。
身体魔法で強化された脚力で思った以上に飛び上がってしまったため、シルバーはそのままスカイディーパへ衝突してしまった。
突然の切りかかられた痛みで翼の操作を失ったスカイディーパは、シルバーを巨大な体の下敷きにして墜落したのだった。
「シルバ――――‼」
墜落の衝撃が響き渡った直後、リーシャもフリルゲルトもシルバーは死んだと思った。あの巨体に圧し掛かられたのだ。生きているわけがない。
けれどそうはならなかった。
突然スカイディーパが目を見開いたかと思うと、耳を押さえたくなるほどの呻き声を上げた。そして弾かれたように起き上がると、ふらつきながら歩き始めた。
その下からは荒い呼吸をするシルバーが現れた。
「し、死ぬかと思った‼」
下敷きにはされたもののシルバーは生きながらえ、下から剣で攻撃したのだった。
リーシャは目から大粒の涙を流しながら駆け寄り、シルバーの胸に抱き着いた。
「シルバー……大丈夫……ほんとに大丈夫なんだよね?」
抱きしめる両腕に力が込められた。
他人の死を恐れるリーシャの姿にシルバーの胸は痛み、あやす様に背中を叩いた。
「ああ。リーシャの身体強化の魔法のおかげで、巨体に押しつぶされても平気だったみたいだな」
「よかった……また、私のせいで、人が死んじゃったかと」
「また?」
泣き崩れるリーシャの耳にはシルバーの疑問は届いてはいなかった。ただ、ひたすらシルバーの目の前で泣き続けている。
リーシャを宥めよう背をさすっていると、辺りに強い風が巻き起こった。
そこでシルバーは思い出した。まだスカイディーパにとどめを刺していなかったのだと。
スカイディーパを見ると既に飛び立ち、飛び去ろうとしているところだった。
「どけ、リーシャ! まだあいつを倒せてない‼」
シルバーはリーシャを押しのけ立ち上がった。
すでにスカイディーパはかなりの高度で飛行していたため、シルバーの攻撃はもう届きはしない。先ほどの土の槍での攻撃の逸れ具合から見て、リーシャの攻撃も当たらないだろう。
追いかけ、地上に降り立ったところを狙うしかない。
「くそっ! リーシャ、やつを追うぞ! 泣くのは後だ‼」
リーシャがゆらりと立ち上がった。
「待って……私がやる……」
「リーシャ?」
「1つお願いがあるの。私、全力であいつを消し炭にするから、魔力の使い過ぎで多分意識を失うと思う。だから後のこと、お願い」
「は? 何言って……」
リーシャは地面を力強くけると、スカイディーパに向かって空を滑るように飛んで行った。
あっという速さでスカイディーパに追いつくとその背に足をつけ、辺り一帯に響き渡るような大きな声を上げた。
「地獄の炎よ、こいつを喰らいつくせぇぇぇぇぇ‼」
リーシャの足元から、黒い炎が燃え上がった。
その黒い炎は一瞬でスカイディーパの体全体を包み、跡形もなく消し去ってしまった。炭すらも残ってはいない。
そして強力な魔法を使い、魔力を使い果たしたリーシャは意識を失って地面へと落下していったのだった――……
「ってなことがあってだな。今思えばあの頃あいつが不愛想だったのは、いつ起こるかわからない魔法の暴走に他人が巻き込まれないか怯えてたんだろうなぁ。それからは、リーシャの方からも話しかけてくるようになったし、俺も他の奴等とも話せるように無理やり介入してみたりして今みたいな感じになったんだ」
シルバーは懐かしみながらリーシャと出会った時の話を語った。
最初はエリアルも面白そうに聞いていたのだけれど、気づけば途中から不機嫌そうな顔をしていた。
シルバーはその顔に気が付いてはいたけれど、あえて昔話を続けていた。
話終わってからやっとシルバーはエリアルの不機嫌な理由を聞いた。
「なんでそんな顔してんだよ。聞いてきたのそっちだろ?」
「リーシャねぇちゃんと仲良くしてる話、なんか面白くない」
「お前もかよ」
シルバーは苦笑した。
話しを聞いているうちに、エリアルはどうやらシルバーに嫉妬してしまったようだ。
そうはいっても、シルバーもリーシャもお互いにそういう感情を持って相手を見てはいないため、嫉妬されて八つ当たりをされるのは迷惑だ。
シルバーはエリアルの八つ当たりを避けるため、自分がリーシャをどう見ているのか教えておく事にした。
「あのなぁ、俺はリーシャのことは手のかかる妹としか思ってねぇよ。だからそんな顔止めろ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
「そっかぁ。ならよかった」
エリアルはシルバーにリーシャを取られる事はないと安心したのか、上機嫌で目の前の肉に噛みつき始めた。
こうして横から見ていると、普通に食べ盛りの子供にしか見えない。これで本性が竜種だというのは今でもたまに疑いたくなる。
「この際だから言っちまうけどよ、俺はリーシャのことを妹みたいに思ってるからこそ心配してた事があるんだ。なんだかわかるか?」
「? ふぁはんふぁい」
「もう少し考えろよ、ったく。俺はな、ぽっと出のお前ら3人、しかも人間じゃないお前らにリーシャを預けてもいいもんなのかって、これでもずっと心配してたんだよ」
リーシャが強いとはいえ、ずっと妹のように面倒を見てきた少女の側に危険な生物を3匹も置かせておくことに心配が無いわけではなかった。
彼らと打ち解けられた今でも、彼らの言動を見ていると無理やり嫌がる事をされているのではないだろうかと心配になる事がある。
「……だからリーシャねぇちゃんを僕たちから引き離したいってこと?」
シルバーが思いを零した途端、エリアルの様子が一変した。
口の中の物を嚥下すると、先ほどまでの機嫌の良さが嘘のように消え去り、冷めたような目でじっとシルバーの事を見つめていた。
シルバーはその雰囲気にぞわっとした感覚が背筋を駆け抜けた。けれど、あえて何も感じていないかのように話を続けた。
「引き離せるもんならな。けど、実際できるとは思ってねぇし、リーシャもそれは望んでねぇからそんなことはしやしねえよ。それに、お前らがちゃんとリーシャを守ってやるってんなら、俺はいくらでも手を貸すつもりだ。お前らのことも一応弟みたいに思ってるからな」
シルバーは複雑な気持ちで、困ったような、けれど優しい笑みを浮かべた。
愛娘を嫁に出す父親の気持ちとは、こんな感じなのだろうか、そう思っていた。
エリアルはじっとシルバーを見つめた。
「……シルバーにぃちゃん。おじちゃんって言ってごめんね?」
「なんだよ。それはもう解決してんだから、何回も謝んなっくていいって」
「えへへ。なんとなく言いたかったの。それよりにぃちゃん、これも貰うね」
エリアルはそう言って、シルバーの前に置いている皿の上から肉の塊を持ち去った。
「あっ! この野郎‼ 自分の分食ったからって俺のまで食うんじゃねぇ‼」
「早く食べないのがいけないんだよー」
「お前が教えろっていうから教えてやったのに!」
シルバーはエリアルの鼻をつまんだ。
「いへへへへ‼ やっ、やめてひょ! にぃひゃん‼」
2人が騒がしくしていると、アメリアとの話を終えたリーシャが背後に立っていた。
「なにやってんの、2人とも……」
リーシャは呆れた顔で立っている。
「リーシャ! こいつ、俺がわざわざ買ってきてやった肉をとっとと全部食って、俺の分の肉にまで手ぇ出してきやがった!」
「らってにぃひゃん、じぇんじぇんてをつけてらかったじゃん!」
「だからって人の分食うやつがあるか、このヤロー!」
「いひゃい、いひゃいっへ!」
エリアルは鼻をつままれ涙目になっている。
その様子はまるで子供の兄弟の喧嘩そのものだった。見ているリーシャが恥ずかしくなってくるほどの。
「もう、なにやってんの、エリアル。あなたが悪いんだから、ちゃんと謝りなさい」
リーシャに諭される間も、大人気ないシルバーから鼻をつままれ続け、耐えられなくなったエリアルは大声で叫んだ。
「ご、ごめんなひゃいぃぃぃぃぃ‼」
エリアルのその声はギルドの外にまで響き渡った。
声を聞いたギルドの者たちは2人の様子を見に来て、騒ぎの真相を知るとみんな一様に爆笑し、立ち去っていったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
出会い編、今回にて終了です! 実は今回はエリアルがシルバーを身内認定したお話でもありました。エリアルは身内と他の人に対してでは地味に使い分けている部分があります。多分気付かれてはいないと思いますが……気づいてもらえていたら嬉しいです。
でわ、また次回!




