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ターニングポイント その13‐敵か味方か‐

 リーシャは平静を装い、長い廊下を使用人の後を追って歩いた。

 もちろん国王と会う緊張が大きいのだけれど、やはりこの高級感漂う廊下の雰囲気はそうそう慣れるものではない。

 そんな廊下にある扉の前を何枚も通り過ぎていくと、他よりも大きく、両開きになっている扉の前に辿り着いた。上等な作りであることからも、この扉の向こうが玉座の間に間違いない。

 リーシャが前に立つと、ギーっという大きな音を立てながら扉は開かれた。

 扉の先にはとても大きな部屋が広がっていて、正面数十メートル先には王座に座る王の姿があった。

 国王の姿を見たことがなかったリーシャは、勝手に威厳のある姿を想像し、勝手に緊張していた。

 けれど実際に玉座に座っていたのはリーシャの想像とは異なり、どちらかというと穏やかそうな顔つきをした国王だった。

 横の壁際には王家に仕えている騎士たちが並んでいた。人数は最低限の人数と言えるほどしかいないけれど、それぞれが緊張感を漂わせているため圧がすごい。

 視線を正面に戻すと、王宮で顔を合わせると思っていなかった人物の姿も見つけてしまった。

 玉座の前にある階段の下に、国王に向かって跪いている人影がある。あの後ろ姿はおそらくシルバーだ。

 リーシャが現状をかなりの速さでそんなことを分析していると、使用人に小さな声で前へ出るよう促された。リーシャはその指示に従い、シルバーの横へ行き同じ姿勢をとった。


「リーシャ、ミストレスト。2人とも楽にしなさい」

「はい」


 リーシャとシルバーは背筋を伸ばし、国王の方を向いて立ち上がった。

 国王は先ほどから変わらない、穏やかな顔をしている。


「リーシャよ。今日そなたをここへ招いた理由、わかっているな?」

「はい。私の家にいた竜のこと、ですね」


 リーシャは、声が震えないよう平然を装って答えた。

 無礼を働けば周りに控えている騎士たちに刃を向けられ、下手をすれば捕らえられるかもしれない。

 表情には出していないながらも、リーシャはすぐにでも平静さが剥がれ落ちそうなほどに緊張していた。

 国王はリーシャが答えると首を小さく縦に振った。


「そうだ。では聞くが、竜を含め魔物の飼育や売買を禁じていることは知っているな?」

「……はい」

「何故なのかも知っているか?」

「以前、密かにこの国で魔物の売買をしていた者のところから、商品としていた多くの魔物が逃げ出し、この国を襲ったからです」

「左様。ことのあらましはミストレストから報告を受けているが、そなたが連れていた男たちは竜であり、それはそなたも承知の上であった。ということに間違いはないのだな?」

「……はい」


 周りから「嘘だろ?」と騒めく声がしはじめた。

 竜が人に擬態できるなどという知られざる事実が明らかになったのだから当然の反応だ。リーシャも初めは信じられず戸惑ったほどのことなのだから。

 国王が「静まれ!」と大きな一言を上げると、一瞬にして玉座の間は静寂を取り戻した。

 国王はやはりそうかというように大きく息を吐きだすと、リーシャに向けて話を淡々と続けた。


「本来なら問答無用で処罰すべきなのだが、第2皇子、フェンリルの進言があってだな。そなたと共にいる竜たちは進んでそなたと共にあり、思考も人間寄り。何より先の問題となっておった雷竜をそなたと共に討伐した。その恩賞として特例としてこの王都への出入りを認めるべきだ、とな。その考えには私も一理あるのだ」


 国王がリーシャの今後の処遇にこうして迷っている事が、フェンリルの言う“撒いた種”の影響なのだろう。

 国王もフェンリル同様、リーシャの類まれなる才を易々と手放すわけにはならないと考えているのかもしれない。

 けれど手放せないとはいえ、何の咎も無しにこの問題を終えてしまえば、法の抑制力が弱まってしまう。

 だからと言ってリーシャに重い罰を科せば、竜3匹という膨大な力の矛先がこの国に向くかもしれない。

 たとえ理知的なリーシャが不利益な処遇に納得し、大人しく拘束されたとしても、人ではない生物、竜が納得するとは限らない。

 彼らが国を守り、発展させる可能性を秘めている一方、判断を間違えれば彼らの逆鱗に触れ、1夜にして国を滅ぼされる可能性もあるのだ。


「参考までに聞かせてもらうが、もしそなたたちに重い処罰が下った場合、どうする?」


 悩む素振りを見せ続けていた国王のその言葉に、リーシャはフェンリルの助言通りの言葉を言うならここだと思った。

 リーシャの喉は緊張で、無意識にゴクンという音を鳴らした。


「私は……叶うのなら、これまで通りあの子たち……黒竜たちとあの家で暮らしたいと思っています。それを認めていただけないというのなら……私たち誰かが1人でも欠けるようなことになるのなら……どんな手を使ってでもこの地を離れ、人目の届かないところへ移り住みたいと思っています。たとえ反逆者と言われることをしてでも!」


 途端に周りで金属が擦れる音がこの玉座の間全体から響いた。

 リーシャはフェンリルの言う通りに言ったつもりだ。けれど、周りの反応からその選択をしたのは間違いだったかもしれないと不安に駆られた。

 騎士たちはリーシャが宣言通り、この場で暴れ逃げ出すかもしれないと強い警戒心を抱いたようだ。彼らの剣先はリーシャに向けられている。

 リーシャの頬を一滴の汗が流れ落ちた。

 武器を構える騎士たちを制止するように、国王は手を掲げた。

 再び金属の擦れる音がし、騎士たちの剣は元の位置に収められた。


「やはりそうなのか……ふむ、フェンリルの言った通りだな。これは困った……」


 国王はリーシャの宣言に怒るわけでもなく、悩まし気に再び口を閉じた。

 どうやらフェンリルの思惑通りに事は進みそうだ。本当にお咎めなしな上に、ノアたちのことも認めてもらえるのではと、リーシャの期待は膨らんでいく。

 皆が国王の言葉を待ち静まりかえっていると突然、玉座の間と廊下を隔てる大きな扉が勢いよく開かれ、慌てた様子の騎士が駆け込んできた。


「お、お話の途中に失礼いたします! ご報告いたします! 竜が、竜が王都へ向かって来ています‼」


 突然のその報告に玉座の間は騒めきに包まれた。


 まさか……ノアたちが王宮に向かって来てるんじゃ……


 リーシャが王宮へ連れていかれた事をノアたちが一大事だと判断したとすれば、今王都に向かっている竜がノアたちである可能性は十分にある。竜の姿に戻って飛んで向かった方が早く到着できるからだ。もしかしたら威嚇の意も込めているかもしれない。

 リーシャは王都に向かう竜がノアたちではないことを必死に祈った。

 しかしながらその竜がノアたち出ない場合、それはそれで大変な事態に巻き込まれるのは間違いない。けれど、ノアたちが頭に血が上って暴れ出すよりはいくらかマシではある。

 竜についての報告の続きを待っていると、壁際に並んでいた騎士の列から1人の男性が歩み出た。


「竜は何頭だ‼ 竜種は‼」


 男性の声にはかなりの迫力があり、駆け込んできた騎士は一瞬たじろいだ。


「えと、竜は1頭! 竜種は黒竜であります、フィファス隊長!」


 するとフィファスと呼ばれる男はキッとリーシャのことを睨みつけた。

 突然向けられた鋭い視線にリーシャの体はビクリと震えた。

 その様子を見ていた国王は落ち着いた様子で口を開いた。


「待つのだ、レイモンドよ。そう逸るではない」

「しかし、国王様。先ほどのこの者の発言、竜にこの王都を襲わせて逃げようという算段を予め企てていたのかもしれません!」


 この男の名はレイモンド・フィファスというらしい。リーシャはその名には聞き覚えはなかった。とりあえず、現状では騎士団の部隊長という事だけがわかっている。

 リーシャを貶めるような発言を聞いたシルバーは、国王の前だというのにズカズカとレイモンドの方へと近づいた。


「シルバー?」


 リーシャが不安そうに名前を呼んだ。

 するとシルバーはレイモンドの胸ぐらを掴み上げた。今にも殴り掛かりそうだ。


「リーシャがそんな汚ねえ事するわけねえだろうが‼ ふざけんな‼」

「ちょ、シルバー⁉」


 慌てたリーシャはシルバーとレイモンドの間に割り込んだ。けれど、シルバーの勢いは止まりそうになかった。

 そんなシルバーをレイモンドは鼻で笑った。


「どうだかな? 野蛮な生物と暮らすような女だ。それぐらいのことを考えていても不思議ではないだろう。それに自身が反逆者になってもいいと言っていたではないか?」

「テメェ……‼」


 2人の間に飛び交う火花は止めどころが無い。

 諍いの原因になっているリーシャが止めに入れば、火に油を注ぐ結果になりかねない勢いだ。リーシャは止まらない2人の間で小さくなった。


「やめんか2人とも」


 国王の声にどちらも我に返ったようで、しまったという顔で互いに目を逸らした。


「まったく。いい大人2人がこんな時に何をしているのだ」

「……申し訳ありませんでした」


 シルバーとレイモンドは、呆れて独り言のように言った国王の問いかけに息を合わせたのかというくらいぴったりと同時に頭を下げ、謝罪した。

 近くで2人を見ていたリーシャには、どちらも頭を下げたまま「お前のせいで」と言わんばかりに睨みつけ合っているのが見えた。


「もうよい、頭を上げよ。それで、リーシャ。今こちらに向かって来ているという黒竜とは、そなたが育てていた竜だと思うか?」


 このタイミングで全く関係のない黒竜がいきなり攻めてくる、なんていう可能性よりも、待つように言っておいた3兄弟のうちの誰かが心配して向かって来ている可能性の方が圧倒的に高い。

 リーシャは頭を縦に振った。


「おそらく、そうだと思います……」

「ふむ。それならば、リーシャよ。その竜をレイモンド・フィファスと共に迎えに行き、そしてこの場に連れてくるのだ」

「え?」


 国王の信じがたい言葉に、リーシャだけではなく辺りの騎士たちも驚き、騒めいた。

 それを代表するように、レイモンドが口を開いた。


「国王様。失礼を承知の上で申し上げさせていただきます。人間であるこの者を呼ばれるのはまだしも、人でもない、ましてや我々と敵対していると言ってもよい竜をこの場に招くのはいかがなものかと」


 リーシャはこの男からあからさまな敵意を感じた。

 レイモンドはどうしてもリーシャとノアたちを認めたくはないようだ。


「竜だからと言って、その者たちが我々と敵対しているとは言い切れぬであろう? 彼らはこの娘のために同族である竜を手にかけているのだ」

「しかし……」

「おぬしの言い分もわかる。だが、フェンリルも言っておったであろう。竜の動きが活発化してきている今、無暗に戦力を削ぐのは愚策。可能であるのならば、いざという時のためにその黒竜たちも人間(こちら)側に留めさせておきたいのだ」

「……」

「わかったら、リーシャを連れて黒竜を誘導するのだ」

「……御意……」


 フィファスは不本意そうに頷いた。

 竜が嫌いだから竜を飼う人間を嫌っているのか、はたまたリーシャのこれまでの実績や噂話を総合した結果嫌っているのか。

 リーシャは自分が責められても仕方ない事をした身だという事はわかっている。けれど、よく知りもしないのにいきなりそんな強い敵意を向けてくる相手なんかとは、リーシャも一緒に行動したくはなかった。

 けれど、たかだかそれくらいの理由で国王の言葉に逆らうわけにもいかない。

 相性の悪そうな相手と行動を共にしなければならないことに、リーシャはげんなりした。


「おいお前、行くぞ。付いて来い」

「はい……」


 あからさまな敵意を向けられ、嫌だなぁと思いつつ、リーシャはしぶしぶレイモンドの後を追い、玉座の間を後にした。

 お読みいただきありがとうございます。

 50話になりました。祝50話です‼ それぞれの話が予想以上に話数かかってしまっているので、これは完結までに100話は余裕で超えるのでは? と思っています。200も超えるかも? いったい何話になるのでしょう……すでに伏線張ってるものが結構ある(つもりな)ので、回収してから終わらせられるよう努力します。今後もお読みいただけると嬉しいです。

 では、また次回!

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